第九話 幼馴染みの本音
アリシアが働いている魔道具店で俺の装備を作るために俺の採寸が始まった。店主はどうやら急用が出来たらしく、アリシアが俺を採寸してくれた。
「なんで試着室で採寸するのよ」
「採寸って個人情報の塊なのよ?エリシアと言えど、見せられないわ」
「そんなものなの?」
エリシアが首を傾げて俺に聞いてきた。とは言え、俺はこの世界はおろか、日本での採寸事情すら知らない。
「さぁ?俺は知らない」
「測るからカーテン閉めるわね」
アリシアはゆっくりとカーテンを閉めると、身長から採寸を始めた。
「18……へぇ~180cm越えてるのね」
「まあな」
小学生から毎日欠かさず牛乳を飲んでいた甲斐があってか、俺は日本人男性の平均身長を優に越している。アリシアからお褒めの言葉を貰って俺は少しだけ優越感に浸たった。
「じゃあ、次にバストね」
「測る必要あるのか?」
「そうよ?男性でも胸囲を測らないと服のサイズが定まらないんだから」
しばらく採寸してた時、エリシアが声を掛けてきた。
「私、暇だから魔道具でも見に行っていいかしら?」
「え?行かないでエリシア。そこでゆっくりしていてちょうだい」
「……見に行ってくるわ」
アリシアが引き留めようとするものの、エリシアの足音は少しずつ離れていった。すると、アリシアが強行手段を取った。
「ちょっ?!どこ触ってんだよ!?」
「まあまあ~気にしないで下さい!」
「いや!マジで!」
そんな声を聞いてエリシアが慌てて戻ってきた。要はアリシアの作戦勝ち。ただエリシアは留まる事を忘れ、そのままカーテンを開けた。その時にはアリシアは現状回復をとうに済ましていた。残っていたのは俺の荒れた呼吸だけだった。
「……何してたのよ」
「さあ~?」
「はあ……」
エリシアが安堵と共にアリシアへの苛立ちを感じる大きなため息を付く。
「んじゃあ、私はちょっと探索に行きます」
「終わったら呼ぶわね」
「わかったわ」
その後、アリシアは俺と試着室の中で少々じゃれあいながらも素早く採寸を終えた。試着室から出ると、俺は既に疲れきっていた。
「なんか疲れた……」
今さらだが、アルトシュタインには幼馴染みの彩月がいる。もし、彩月にアリシアとの関係がバレれば半殺しにされそうだ。
「そう?私は楽しかったですよ?」
「それは良かったな……んで、その敬語だったりタメ口だったりはいつ固定されるんだ?」
「あ……やっぱり変でした?」
「誰だか分からなくなるから、固定してくれ」
「誰かはわかるでしょう?」
「……まあ、それはそうだが」
すると、アリシアが一つの提案をした。
「じゃあ、エイトの前では全面的にタメ口にするね。ただし、公的な場では敬語にします!」
「それでいい」
すると、丁度そこに店主が戻って来た。
「採寸は終わったか?」
「はい!これが採寸表です」
「はいよ。……うし、じゃあこれで魔道師用の服やらを作ればいいんだな」
「お願いします」
「おう!流石に明日には出来ねぇが、三日後の昼頃にまた来てくれれば完成してるはずだ」
「了解しました」
すると魔道具を見終わったのか、エリシアも戻って来た。
「終わったみたいね」
「帰るか」
「そうね」
俺とエリシアは一礼してから出口に向かった。ドアノブに手を掛けた時、アリシアが声を掛けてきた。
「エイト、また会えるよね?」
「またって……三日後に会えるだろ」
「そうよね、また会いましょう!」
「ああ」
そう言うと俺とエリシアはお店を後にし、トリスの元へ向かった。
「にしても、あの魔道具店はどうなってんだ?」
「なんか時空間魔法を使うことで出入口を複数の場所に設置出来るそうよ。けど私達は同じ扉からしか出入りしないといけないルールがあるから、関係ないけど」
「へぇ……そんな事に使えるのか」
「私も初めて聞いた時は驚いたわ」
あの魔道具店にはそんなギミックがあったのか。もしかして、アリシアが使ったバスティオン共和国からアルトシュタイン王国に一瞬で移動したのはそれが理由か……?んじゃあ、俺は規律違反してないか?バレてなきゃいいんだが。
エリシアと軽く雑談を交わしながら、俺とエリシアはアルトシュタインの拠点に戻って来た。
「おかえり、二人とも」
「遅かったニャね」
「色々と疲れたよ……」
「ん……?」
彩月は何かを感じ取ったのか、俺の元に近づいてくると俺の体を周りながら臭いを嗅んできた。
「……他の女の匂いがするニャ」
「げっ?!」
次の瞬時、俺は彩月から一、二歩後退りした。
「英斗……」
彩月が爪を立てて再び近付いてきた。その後は察してくれ。
翌日、俺は傷だらけの状態でトリスの話を聞いていた。
「戦争まで残り五日、僕達はトリス隊は最終準備を終えて、僕が率いるトリス第一部隊は船でゼルフィニア帝国本土に強襲上陸。セレア率いるトリス第二部隊はザノタイン王国との国境に向かう。エリシアはアルトシュタインの第二都市に避難して、英斗は僕が率いる第一部隊で先鋒を努めてもらう」
「その際、英斗の持ってる魔道書で有効な魔法になるであろう魔法をピックアップしたから読んでおいて」
すると、紙に魔法の名前が並べられていた。
「この魔法だけ使えばいいんだな」
「そう。貴方の魔力総量とこの魔道書ならアルトシュタイン近くの海上からでも魔法をあっちの本土にぶつけられるわ。それを試してほしいの」
「わかった」
俺はズボンのポケットにその紙をしまった。
「現地での拠点準備もあるから、僕とセレアは明日の明朝には出発するよ」
「わかったニャ」
「英斗とエリシアは装備を受け取った後、英斗は指定した港町に来てくれ。エリシアは第二都市に」
「わかった」
「わかったわ」
その日は正午の内に解散して残るは自由行動のみとなった。
「彩月は今日暇か?」
「どうでしょうかニャ」
彩月と帰る拠点が同じ為、俺は気まずくならない為に話かけるが昨日の事もあってか彩月はなんだが距離を取っているように感じる。
「改めて、昨日はすまなかった」
「……別にそれはもう良いニャ」
「許してくれるか?」
「許しはしないニャ」
「……どうすれば許してくれる?」
そうすると彩月は俺の前に立つと手を後ろに組み、振り返りながらこう言った。
「今日は一日私とデートしてニャ」
「……それでいいのか?」
「いいニャ」
その日、俺と彩月は初めデートをした。日本にいた頃は毎日公園で遊ぶ仲だったが、一緒に外出するなんて事は一度もなかった。外出にギリ当てはまる事があるとすれば学校での遠足ぐらいだが、俺にとっての彩月との念願のデートは嫌でも「遠足」というワードが当てはまっている気がする。
「……なんか、これだとデートじゃなくて遠足だな」
「敢えて言わなかった事をいちいち言うんじゃないニャ」
「彩月も思ってたのかよ」
「ニャはは」
「なに笑ってあがる」
俺は彩月の両頬をつねった。
「痛いニャあ!離せニャ!」
俺はしばらく彩月の頬を堪能すると、ゆっくり手を離した。
「人前でやるもんじゃないニャ」
今ので通行人がチラチラとこちらを見てきた。
「人前じゃなきゃやっていいんだな」
「ああ言えばこう言うニャ……」
「まあまあ、デートなんだし楽しもうぜ」
「……そうニャね、今日は楽しもうニャ」
それから俺と彩月は王都の商店街に赴き、食べ歩きやら飲み歩きを始めた。
「この肉美味いな!」
「それ、カエルの肉ニャ」
「うえ……マジかよ」
俺が串に刺されたカエルの焼かれた肉塊を口から離すと、その肉を隣の彩月が喰らい付いた。
「うおっ?!」
彩月はある程度咀嚼すると、そのまま飲み込んだ。
「まあ、美味しいなら食べないとダメニャ」
「……よし、最後まで食うか。にしても彩月はよく食えるな」
「焼いた肉ならなんでも食べれる体質ニャから、イケるニャ」
「なるほどなー」
昼頃から始まったデートは早くも夜を迎え、俺と彩月は近くの酒屋に入店していた。俺達はカウンターの座ると、目の前に店主がやって来た。
「白ワインで頼むニャ」
「スライムサワーで」
すると彩月は「こいつマジか」という顔つきで俺を見てきた。
「なんだその顔は。失礼だぞ」
「いや、飲む人初めて見たからニャ……何が美味しいニャ?」
「まあ、普通に味が美味しいんだよ」
そう言うと、彩月はしばらく上の空になった。
「どうした?」
「そう言えば英斗はまだ十七歳って事は飲酒はまずいにニャよね?」
「え?この世界なら、十五歳から呑んでいいはずだ」
「それは、現地の人だけニャ」
「うっせぇ、彩月が飲むなら俺も飲むぞ」
そう言いうと、間もなくバーの店主は白ワインとスライムサワーをテーブルに置いた。
「いただきます……」
「いただきますニャ」
俺達はそれぞれゆっくりと一杯を飲み干した。俺はお酒には全く酔わない体質の為、酔えない事は明白だった。ただ、隣にいる獣人族はどうやら一杯目で既に泥酔してる様子だ。顔もかなり火照っている。かなり色っぽいが、アリシアのせいである程度免疫が付いたのか、理性は保てている。
(たかが、一杯だぞ……)
「英斗ぉ~」
酔っ払った彩月が俺の肩に頭を乗せながら喋りかけてくる。
「どうした?」
「聞きたい事があるんだけど~いいかニャ……?」
「いいぞ」
「私ねぇ……英斗の事が好きなんニャけど、英斗は私の事……どお思ってるニャ?」
早速際どい質問がぶつかってきた。何と返せばいいか迷うが、この迷いの時間も怪しまれる。俺は少し考えたが、素直に答えた。
「好きだよ……前からずっと」
「本当ニャ……?」
「本当だ」
「ニャら、なんで他の女の子とつるんでたニャ?」
「だから、採寸をしてただけだって……」
「どうせ、私は獣人族だから好きになれないんでしょ……」
いきなり語尾に「ニャ」が消える。俺は少し鳥肌が立ったが、これは恐らく彩月が前から思っていた本音なのだろう。俺は今度こそ即答した。
「彩月はどんな姿になっても彩月のままだよ」
「じゃあ、なんでセレアって呼んでくれないニャ?」
「セレアより彩月の方がしっくり来るから」
「それニャら仕方ないニャ……」
彩月はそう言うと、頭を俺の肩から離れて隣に座り直した。一件落着……と言った所だろうか。
「それで、私の事は愛してる……?」
前言撤回。落ち着いたと思ったら、好きのワンランク上の質問をしてきた。
「愛してるよ」
「ホントニャ?」
「本当だ」
「ニャら、確かめてもいいニャ?」
「何を?」
すると彩月が俺の耳に口を近付けると一言俺に耳打ちしてきた。その言葉を聞いて俺は驚いた。
「……いいのか?」
「私と結婚してくれるなら……どうぞ」
それから後の事は全く覚えていなかった。翌日、目を覚ますと俺の隣には彩月が寝ていた。