第四話 神聖の魔道師
四日後の夕方、俺はバスティオン共和国に辿り着いた。バスティオン共和国は世界でも魔法技術が発展した国で、あらゆる魔法技術の最先端が集められる国の一つである。
「ヴィクタドルフに言われた場所はここか……」
俺はヴィクタドルフに一通の手紙を渡されていた。その手紙をアリシアに渡して欲しいらしい。俺はアリシアが留学していると言われた魔法学校に出向いた。
「何の用でしょうか?」
正門に到着した時、学校の警備員らしき人に止められた。特別、事を荒くする理由はない。俺は丁寧に対応した。
「……こんにちは、私はエイト・シドウです。アリシア・ヴァルシュタイン様に用があり参った次第です」
「わかりました。確認等もありますので、まずは身分証の提示をお願いします」
「……どうぞ」
「……確認します」
しばらくの間、警備員の顔色を伺う事になったが無事通過できた。
「お待たせしてしてしまい、申し訳ございませんでした。アリシア様は二階の生徒会室にいらっしゃると思います」
「わかりました。ありがとうございます」
俺は軽く会釈をすると言われた場所に向かった。校舎らしき建物は白を基調とした、まるで城。また、内装は国会議事堂の用な威厳と高貴さを感じさせるものだった。俺は床から聞こえてくる木材の床特有の足音を聞きつつ、とうとう生徒会室に着いた。少しの緊張を残したまま、ノックを三回した。
「……はい」
ドア越しから返事が聞こえると、俺は自分の名を名乗った。
「ヴァルシュタイン王国から参りました。エイト・シドウです。ヴィクタドルフ・ヴァルシュタインからのお達しを届けに参りました」
「……お入り下さい」
立ち入りの了承を得ると、俺は重圧感のある木製の扉をゆっくりと開いた。室内は真ん中に木製のテーブルがあり、左右に二人程が座れるソファがあった。そして真っ正面には会長が座るであろう、この部屋で最も高級そうな木製の机と本革であろう椅子が置いてあり、そこに座っている人物がいた。まさに容姿端麗という四字熟語が当てはまる。綺麗な灰白色の長髪でこの学校の制服が一層その人の美しさに拍車をかけていた。サファイアの様な蒼い瞳を持ち、じっくりとこちらを見ていた。その様子はまるで人を選別するかのような目付きだと捉えられる。女性は静かに立ち上がると、俺の目の前まで来て社交儀礼を始めた。
「お初にお目にかかります、私はヴァルシュタイン王国第一王女継承権第二位アリシア・ヴァルシュタインですわ」
いきなりの王族の挨拶に頭が真っ白になる。こんな美人かつ王族の挨拶には免疫がなかった。
「て、丁寧な挨拶……恐れ入ります」
「……ふふっ」
俺の返事が可笑しかったのか、アリシアは一瞬固まると口元を抑えて微笑んだ。
「何かおかしかったですか……?」
不敬罪は御免だ。気分を悪くしたのなら直ぐに謝罪したい。
「いえ……ただ、お父様が言っていた人物がどのような人かと思っていたのですが、あまりにも親しみやすそうなお方で笑ってしまいました」
「……お戯れを?」
意味は分からんが、これを言っておけば良いだろう。気になるのは口調が疑問文になってしまったことだけ。
「断じて、そのような事はありませんよ?」
「ほんとですか?」
「まあまあ、落ち着いて下さい。エイト様が直々にこちらに来てくださったと言うことは何か事情があっての事でしょう。初対面でここまで会話が崩れたことに少々驚いているのですが、一先ず座って落ち着いてお喋りしまょう」
「……わかりました」
俺はアリシアに言われるがまま、二人掛けのソファに腰を下ろした。俺が待っている間、アリシアは紅茶の用意をしていた。アリシアは俺の目の前に紅茶を置くと、続けてアリシアも席に着いた。
「あの……」
「どうかなさいました?」
「座るとは言いましたが、普通対面では?」
今、アリシアは俺の隣にピッタリと座っていた。肩と肩がかなり触れ合う。正直に言って心臓に悪い。こいつのおかしな行動に心拍数が上がったような気がするが、なんとかしてアリシアを目の前のソファに移動させることは出来ないだろうか。
そう思っている最中、アリシアを間髪入れずに口を挟む。
「お話をする際に、隣に座ってはいけないと誰が決めたのでしょう?」
「いや、別に誰も決めてませんけど……」
「なら、問題ありませんね」
「はあ……そうですか」
このお嬢様……礼儀作法は洗礼されていると感じるが、性格が難ありだ。あの父親はどんな教育をしたんだ。
「何か失礼なこと考えてません?」
「いえ、全く……」
「そうならいいのですが……とりあえずお父様のお達しをいただけますか?」
「あぁ……どうぞ」
バックの中から受け取った手紙を取り出すと、アリシアに渡した。
「一旦、読みますね」
「どうぞ」
アリシアはペン型のレターオープナーで丁寧に封を開くと、中に入っていた手紙を読み始めた。しばらく待っていると、アリシアは読み終えたのか俺に声をかけてきた。
「お待たせしました」
「いえいえ……」
「んんっ」
「?」
アリシアはわざとらしく咳き込むと、俺の瞳を見て話し始めた。
「どうやら、お父様は私とエイト様との婚姻を望んでいるそうです」
「はい?!」
そんな話初めて聞いた。まさか、政略結婚とかそういう事をあの国王は計らってるのか?
「冗談です」
アリシアは真顔でそう言った。流石の俺もこれには驚いたが、同時にイラつきも覚えた。
「一回頬をつねりましょうか?」
「なっ?!破廉恥な……!」
「どこが?!」
「冗談です」
こんな冗談にずっとついて行けば、少しの会話だけで疲労困憊になりそうだ。
「……もう一人でアルトシュタインに行っていいですか?」
そう言って俺はゆっくりと立ち上がった。するとアリシアが慌てて俺の裾を掴んだ。
「待って下さいまい!もうやりませんから!」
「マジで?」
「まじです!」
「はあ……わかりました」
俺はアリシアの言葉を信じて、再びゆっくり座った。
「ごめんなさい。社交の場が多すぎるあまり、普段は素の自分を出せずにいるんです」
「それが素なら出さなくて正解ですね」
「それは流石の私も傷つきますよ?」
「それはすみません。にしても何故、初対面なのに俺にはそんな態度を?」
「以前、お父様にエイト様は弟の様に扱っても問題ないと言われました」
「あのお方はその様な事を……」
弟って、このお姫様とそんなに年齢は変わらないだろ。ヴィクタドルフ……案外大真面目な国王ではないのかもしれない。
「まあ、そのお陰でエイト様も砕けて来たようですし、結果オーライですよね?」
「……お陰様で」
「それで本題に入りますが……」
「緩急すげぇな、おい」
「え?まだ、私とお話がしたいのですか?」
「いや、そう言う訳じゃ……」
「そうなら、そうと言って下さい!もう……私がそんなに魅力的なんですねー」
最後だけ、どうにも棒読みに聞こえてならなかった。さっきの話もそうだが、このアリシアとやら結構いい性格してやがる。
「どうぞ本題を……もう疲れました」
「あら?そうですか?私はまだまだエイト様から搾り取って上げようと思ったのですが」
「アリシアの方こそ破廉恥じゃないか」
「ん?なんのことでしょう?」
しらばっくれているか、はたまたこれが素の性格なのか俺には判断がつかなかった。ただ、貴族や王族は案外とてつもなく面倒で厄介な一面があることを再確認した。
「……いや、なんでもない」
「そうですか?えーっと……お父様はエイト様をアルトシュタイン王国まで案内させて欲しいそうですね。結論だけ言えば、それは簡単にできます」
「本当ですか?」
「本当です。私の顔に掛けてもいいですよ?」
「はい……?」
「顔が広くあらゆる事を知ってる為、安心して下さいという意味です」
やっぱ、このお嬢様末期だ。脳内男子中学生か?いや、一周回って本当は俺が悪いのか?にしても端から見たら失言がやべぇ奴にしか見えないぞ。一応、言葉の訂正はするが説明も一周回っておかしい。分かる様で分からん。こんなお嬢様が今まで高貴な場に居たとは思えない。どうやって社交場で会話を乗り越えていたのだろうか。ただ、それよりも話さなければならないことがあるので突っ込みは入れずにアリシアとの会話を続行させる。
「んで、ここからどうやってアルトシュタイン王国まで移動するんですか?転移魔法でも使うんですか?」
「……それは秘密です」
「んじゃあ、今日中には移動しましょうか」
「そうですね。早速やりましょう!」
「……ん?」
「……あれ?」
少しの間、疑問符を頭に浮かべたまま目と目を合わせる。早速やりましょうって……全科持ちのアリシアを踏まえると、どっちの意味にも捉える事ができる。まあ触れないでおくという選択肢が正しいという事には変わりない。ただ、この微妙になってしまった空気感に気まずいと思うだけ。
「……ごめんなさい。こんなに心を通わせる事が出来たのは妹のエリシアでも無理だったので」
いきなり丸くなって反省するアリシアを見て何か感じるものがあった。恐らくアリシアは国王の意向で自身の意見も言えずにこの国に留学という名目で半ば亡命してきたが、心はまだ子供のままなんだろう。あの国にやり残した事がまだ沢山あるのかもしれない。そういうのでストレスも溜まるが、王族だからとか、女性だからとか言う目に見えないものに囚われて上手い具合にストレス発散が出来てないのだろうか。なら、俺がそのストレスを少しでも緩和できるなら、ヴィクタドルフへの礼も兼ねて手助けぐらいしよう。
「……いいですよ。ただ、俺と二人だけの時にしてくださいね。収拾がつかなくなる……」
「本当ですか?ありがとうございます、エイト様」
「様もつけなくていい、タメ口で話した方が楽だろ。なあアリシア?」
「私には様はつけて下さい。失礼ですよ?」
「マジかお前……」
「冗談です!アリシアで良いです!是非タメ口で!」
「よかった。マジで一回つねる所だったわ」
「……ふふっ」
「……ははっ」
俺とアリシアは暫くの間、共に笑いあった。不覚にも、この些細な幸福な時間が少しでも長く続いて欲しいと思った。
「……なんだか、楽しいですね!こんなにはしゃいで会話をするのは何時ぶりでしょうか……」
「ああ……俺も楽しいよ」
ふとアークとの思い出が蘇える。王都にある酒屋で仕事帰りに一緒に飲む。俺は酔わないからずっと喋り、アークは聞き手。だが、アーク酔って来た頃には立場が逆転。俺が聞き手でアークの愚痴を沢山聞いた。あの辛い戦場から助かった後の人生。出会いは最悪な場所だったが、それでもあそこでアークに会えて本当によかった。俺とアークの冒険者としてのタッグはそう長くなかったが、とても楽しかった。また、アークと迷宮にでも行ってモンスター狩りがしたい。
「……エイト?」
俺が過去の余韻に浸る中、アリシアが心配そうに俺の顔を覗いてきた。
「あ、いや……すまん。昔を思い出したもので」
「……そうですか」
(懐かしそうに昔を思い出す様子を感じた……けど、同時にとても悲しそうな表情をしていた。一体あの戦争から今までに何が……)
アリシアは少し考え込む様子を見せると次の瞬間、俺はアリシアに横から抱き締められた。
「どうした……?」
突然のアリシアの行動に驚きを隠せずにいたが、俺は何故か抵抗出来ずにそれを受け入れた。人の温かみを直に感じてか、俺の鼓動は異様に高くなった。けど、それと同時に深い安心を得られた。
その時、アリシアが静かに喋った。
「男性でも時には泣いていいんですよ」
この言葉を聞いて、心の中に秘められた一種の不必要なプライドが壊れた音がした気がした。そのおかげで今にも泣きそうになった。目覚めたらいきなり戦場にいて、死が目の前まで迫ってきた。なんとか生き延びはしたが、次は英雄呼ばわりした国が敵になった。もう十分、異世界でのバッドイベントは経験したよな。そんな俺に今必要なのは人の温かさだと再確認する。
「じゃあ……少しだけアリシアの胸借りるわ」
「はい。私のおっぱいに先客はいませんから、存分に堪能して下さい」
「ありがとな……」
それから俺は日が暮れるまでアリシアの胸で泣いた。その間アリシアは俺の頭を撫でながら鼻歌を歌っていた。