第十一話 呆気ない勝利
あの後、俺は一言も声を溢さずに王城の拠点に向かった。
「ただいま……」
誰一人いない王城にあるトリス隊の拠点に俺の声だけが寂しく響いた。近くにあるソファに横になると、俺は一人で嘆いた。
「これからどうしろってんだ……」
戦争に恋愛。それぞれ相反する言葉ではあるが、今の俺には密接に関わっている。もちろん、今の俺には戦争を優先させる他ないのだが、その後は彩月とアリシアの問題だ。一夫多妻制のこの世界において、二人の妻がいるのは何らおかしくないのだが、俺には彩月とアリシアがお互いに嫌悪し合う未来しか見えない。……そもそも、アリシアが俺を好きかは確証が無いため、これはあくまで俺の行き過ぎた妄想なのだが。
「……よし!トリスのところに行くか」
俺は自分の両頬を叩くと、気持ちをリセットして拠点から出て行った。
トリスのいる港町に着いたのは翌日の朝だった。戦争開始前日に到着した俺はトリスと合流して港町で一日を過ごしていた。ただ、その日も俺はやることが無く宿屋のベッドにただ座っていた。こんな時にスマホがあれば、どれ程良かった事か。
そう思っていた時、部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
俺がそう言うと、トリスが中に入ってきた。
「調子はどうだい?」
どうやら、隊の作戦会議を終え休憩の時間を縫って俺の様子を見に来てくれたらしい。
「まあ、悪くはない」
「その様子だと王都で何かあったのかい?」
「まあ……察してくれ」
「そうかそうか」
するとトリスは目の前の椅子に俺が見える様に座ると、脚を組んで考え事をした。
「元妻子持ちの僕がアドバイスすると、そういう恋愛沙汰は戦場に持ち込まない方がいい」
エリシアにも言われたという文句が喉を通る前に、俺はトリスの元妻子持ちという言葉に引っ掛かった。
「……妻子持ちだったのか?」
「そうだよ?当時は二十九歳で自動車に轢かれそうになった僕の娘を庇って亡くなったんだ。娘は無事だと女神に教えられて、心惜しみ無くこの世界に転生できたよ」
「女神?」
「そう。僕は転生時に特殊能力を付与されてこの世界に生まれた」
「急なカミングアウトだな……」
まさかこの世界に来る時に女神に能力を貰ってから来るなんて、まさにラノベ的な展開だ。羨ましい。魔力総量しか取り柄の無い俺はこの世界では雑魚キャラじゃないか。
「ただ、君だって僕に近しい能力は得てるよ」
「え?」
「普通、転移者は魔力は持ってないからね」
「そうなのか……ちなみに彩月は特殊能力は持っているのか?」
「セレアは持っていないね。そもそも、女神に会ってからこの世界に来る人は一定数いるみたいだけど、どういう条件かはよく分からないんだ」
「なるほどな……トリスは女神からどんな能力を授かったんだ?」
「うーん……それは秘密だ」
そう言うと、トリスは静かに立ち上がった。
「あと二時間で戦争開始時刻。確認を終えたら、集合地点まで来てくれ」
「わかった」
トリスは先に部屋を出て行った。一時間後、俺は装備を整え集合地点に向かった。そこにはトリス率いる第一部隊とトリスの兄、ガリスが率いる部隊が勢揃いだった。目の前にある壇上にトリスが登ると、兵士達は一斉に静まり返った。
「よし皆集まったね。これから一時間後、僕達は船に乗ってゼルフィニア帝国に侵入する。その際の具体的な説明は兄であるガリスに説明して頂く」
すると壇上からトリスより一回り大きい体格かつ豪勢な鎧を身に付けた好青年がゆっくりと登ってきた。
「改めて、ガリス・プロドシア・アルトシュタインだ。この戦についてこれから具体的な説明をする。我々はこの港から船に乗り、ゼルフィニア帝国南部にある港町に上陸する。港町を制圧した後、我々は帝都を目指す……」
以降具体的な作戦行動開始に関する内容や捕虜のついての取り決め等を話していた。俺は序盤の話は聞けていたが、その後は戦に対する心配が勝り話が聞けなかった。
そしてガリスの説明が終わりと、兵士達は続々と船に乗り込んだ。
「英斗は僕の船に」
「わかった」
その後船の最終準備を終えると、とうとう船は前進した。俺は船内での作業は特に無いので、ずっと船の上で海岸線を眺めていた。その時、トリスが声をかけてきた。
「ここから三日は掛かる。その間、航行中の船の上で英斗は遠距離の魔法を撃つんだっけ?」
「そうだ。夜になり次第、星から現在地を把握。その後、ゼルフィニア帝国全土に魔法をぶち込む」
「わかった。じゃあ、その間はゆっくりしていて」
「ああ」
その後、俺は夜になるまで魔道書を読んで暇を潰していた。トリスに声を掛けられた時、俺はとっくに夜になっていた事に気づいた。
「今なら星はばっちりと見えるけど、そろそろ始めるかい?」
「そうだな。ここからやろう」
俺はトリスの手を借りて立ち上がると、トリスは続けて船に乗っている兵士全員に伝わる声量で話した。
「これより英斗が遠距離魔法を撃つ!船を停止してくれ!」
そう言うと、どこかから「承知しました!」と声が響くとゆっくりと船は停止した。
「これで安全に撃てそうだ。現在地の把握で少し時間がかかるから待ってくれ」
「わかった。他に手伝えそうな事があれば教えてほしい」
「ああ」
それから俺は最も輝く星を特定してから頭に叩き込んだ知識をフル利用した。
「よし、ここからおよそ五十六度の角度で撃てば良い」
「わかった。障害物は?」
「無い……ここからでも撃てる」
「範囲攻撃ならもう少し広い所でもいいと思うけど、大丈夫かい?」
「最初は一直線な攻撃で、最高到達点に達すると自動で分散する魔法だから大丈夫だ。ここから撃つ」
「わかった」
すると、トリスは肺に空気を溜め込んだ。
「全隊員!衝撃備え!」
そして俺はエリシアに指示された魔法を発動した。本来なら無詠唱でも発動できる魔道書に組み込まれた魔法だが、エリシア曰く詠唱をする事でより強力な魔法になるそう。俺は魔道書に今使えるほぼ全ての魔力を注ぎ、慣れない詠唱を始めた。魔道書からモーターの焼けた様な臭いがするが気にせずに、ゼルフィニア帝国の本土の方向に手を向ける。
次の瞬間、俺の左手から魔方陣が形成されると、魔方陣から放たれた光はゼルフィニア帝国本土に向かった。空を見上げると、その光は途中で分散し別け隔てなくゼルフィニア帝国に襲い掛かった。
「成功したかい?」
「多分上手くいったが、港に到着次第、確認してくれ……」
すると俺は全身から力が抜け、倒れかけた。咄嗟に気づいたトリスが俺を支える。
「お疲れ様。後は船が港に着くまで休んでいてくれ」
「ああ……頼んだ」
俺は急に襲い掛かった眠気とだるさに負け、大人しく眠りについた。次に目覚めたのはゼルフィニア帝国の港町に着いた頃だった。
「……良い天気だ」
船から出たあと俺は晴天に歓迎される中、ゼルフィニア帝国の港町に足を踏み入れた。ここも中世ヨーロッパ風の町並みでとても綺麗だった。唯一の懸念点は通行人が全員甲冑を着ていることだろうか。
「おはよう、英斗」
「トリスか」
暫く町並みを見るために散歩をしていると、トリスと偶然出くわした。港町の整備をしていたそう。そんな中、近くから重々しい足音が近いてきていることに気づくと、ガリスが俺の元に慌てた様子で向かってきていた。ガリスはその勢いのまま俺の胸ぐらを掴んできた。
「貴様!ゼルフィニアに一体何をした!?」
「なんですか?」
「状況を説明しろ!」
「兄上!僕が先程にも説明したように……」
「お前の話は聞いていない!今はこいつに話を聞いている!ゼルフィニアの貴族らは何が起きたのかも分からず死んだ。生き残った妻子は白旗を上げ、皇帝は当人も含め二親等以内は全員死亡したそうだ!こんな的確に敵対する者を殺す魔法は聞いた事がない!これはお前がやったのか!」
その様子はまるで同志を殺された猛獣。今にも、腰にある剣を抜きそうな勢いだ。
「……その様子じゃ、アルトシュタインを裏切ってヴァルシュタインに寝返ってるな?」
「なっ?!」
それは図星だったのか、俺の胸ぐらを掴んでいた手を慌てて離すと数歩後退りした。
「兄上!それは本当ですか?!」
トリスが怒りと焦りを含めた様子でガリスに弁明を求めた。
「……こんな魔術師になれなかった幼稚な魔法を使う端くれを我がアルトシュタインの英雄にはさせたくはなかった!我が一族を救った英雄が魔道師だという戯れ言は伝えたくはなかったのだ!」
「……つまりアルトシュタインを裏切った事は認めると」
それはガリスの言い分を淡々と分析し、客観的に感想を述べた。今にも俺を殺しそうなガリスを俺はこの時何故か落ち着いて対処できた。
「なっ……」
「兄上!事実ですか?!」
ガリスはそれ以上口答えをしなかった。しかし、ガリスは静かに剣を取り出していた。
「兄上……!」
「……妹のイリスは第二都市の地下牢に監禁してる。助けたくば、俺を倒せ!」
「っ……」
トリスはガリスに負けじと剣を抜いた。すかさず俺も本を構える。
「これは兄弟喧嘩だ。手は出さないでくれ」
「……わかった」
俺はトリスの言うことを聞き入れ、二人の戦いを見守った。
次の刹那、ガリスが上段の構えでトリスを攻める。しかし、トリスは目にも止まらぬ速さでガリスの胴を裂いた。
「うっ……!」
ガリスは自分の身に何が起きたのか理解出来ないまま膝から崩れ落ちた。トリスは背後にいるガリスを確認すること無く、剣を鞘に閉まった。
「命までは届いてない。ここに残って死ぬか、ここから逃げるか、兄上が選んで下さい」
「くそっ……」
ガリスはゆっくり立ち上がると、どこかに消えてしまった。
「殺さなくていいのか?」
「兄に力はもうない。それに流石の僕も実の兄は殺せないよ」
「……そうか」
そしてアルトシュタイン王国対ゼルフィニア帝国の戦争は開幕早々ゼルフィニア帝国の敗北宣言により、アルトシュタイン王国の勝利で終わった。その後、トリス隊とリーダーであるガリスがいなくなったガリス隊はトリス隊に再編入され、大規模になったトリス隊はゼルフィニアでの後処理を素早く終えると、続々とアルトシュタインに戻って行った。




