2-9 死者の登場
「...すみません、今はどの駅ですか?」
「今?もうすぐ室蘭です。」
「あら、そうですか。ありがとうございます。」
「お姉さん、室蘭に降りるんですか?」
「...はい。」
「気をつけてね。警察たちも室蘭に降りるらしいです。」
「お?警察?」
「殺人事件起きたみたいです。」
殺人事件を聞いた途端、彼女は黙り込んだ。
そして、室蘭につくまで、彼女が一言も喋らなかった。
列車上の死体について、徹はすでに報告を受けた。
監察医からの報告はまだだが、死者が見つかれた場所や、当時の状況など、一通り把握した。
綿は嘘をついていない。
しかし、何かを隠しているんだと、徹は気付いた。
「...お前、今自分の状況を知っているのか?」
「全く知らないね。」
「黒須教授が殺された日に、お前が来た。白柳恵弦の殺人の共犯かもしれない、ということ。」
「ほう...?」
「そして列車上の死体。乗務員に探すのを手伝ってもらったみたいだが、ごまかしなのかもしれない。」
「たしかに。」
「二つの事件の唯一の共通点がお前だ。容疑者扱いも仕方がない。」
「唯一...果たしてどうだろう?」
綿は微笑んだ。
「どういうことだ?」
「一人目の目撃者、調べなくても大丈夫かな?
「火事の事件を忘れるな。証人はいつも、一番疑うべき存在だってこと。」
徹は少し考えたあと、桜内に乗務員の身分を調べると命令した。
「しかし先輩、彼が我らを誘導する可能性もあります!」
「そうだな。しかし、資料は資料だ。手がかりを増やすところで、誘導されるわけがない。」
桜内は少しためらったが、部屋から離れた。
「...どこまで把握した?」
「あと一つかな。」
「どの一つ?」
「やなを殺した犯人。」
綿の表情を見ていた徹は笑った。
「数年間、お前と一緒に行動した甲斐があった。」
「ほう?」
「初めてお前の嘘を見抜いた。」
「それは感動するよ。」
「彼女は?」
「さぁな?列車にいるんだろうけど、いつここに来るのか。」
綿は微笑んだ。
今この嘘を、徹は見抜けなかった。
やながどこにいるのかは確かに知らないが、やなの次の動きを彼はすでに予測できた。
出口からのブレーキの音が、彼の期待を答えた。
「ヒロインの登場だね。」
「...!ということは!」
徹は驚きながら、人に支えられながらビルに入った女性を見つめていた。
綿は微笑んで、振り向かなかった。
現状を悟ったやなは、一般人のホタルや、警察に目をつけられる赤蝶に連絡しないだろう。
彼女を助けるのは、力を持ちながら、彼女とただの知り合い程度の関係性を持つ人。
天羽家の当主、天羽篁。
乗務員の乃瑠の資料をもらった桜内は、会議室に帰る途中に、篁とやなと出会った。
篁については知らなかったが、死者であるやなのことを知らないはずがない。
彼はびっくりして転んだ。
「き...き...君は死んだはずでは!?」
「死...んだ?」
やなは、目覚めたときに、自分の服が変わったことを思い出した。
そして、乗客が言っている警察のこと。
「...なるほど。死者が私の服を着ているわけですね。」
「その通り。」
やなはびっくりして、そして微笑んだ。
「先に来たんだね。」
「ようこそ、容疑者...違うか。死者二号。」
やなの要求に応じて、やなの尋問に、綿は同席することができた。
「ホタルのおかげで、私は無事に列車に乗れました。
「着席に助けてくれた女性の乗務員の方は、私が朝田やなだと気付き、私に手伝えてうれしいと言いました。
「しばらくして、彼女は急に来て、事件があるから来てほしいと言いました。
「綿の事件調査を手伝っていることは、結構知られているので、私は疑わずについていきました。
「しかし、車両から出た瞬間に、私は意識を失いました。」
やなは頭の中の手がかりを、順に語っていた。
「...ということは、その乗務員が怪しいですね。」
「脅迫された可能性もありますが、事件に関わっていることは間違いありませんね。」
徹はうなずき、やなの言葉を肯定する。
その時、桜内はさっきもらった資料を渡した。
「どれどれ...灰野乃瑠...あれ?」
「先輩、先ほど確認しました。こちらの灰野乃瑠さんが、灰野波彩さんの姉です。」
「姉妹か!だとしたら二人とも、改めて尋問する必要があるな。」
「波彩さんは今、黒駒さんと一緒に外に座っています。乃瑠さんは、朝田さんを移送する警察たちと一緒に別室で待っています。しかし...」
「しかし?」
桜内は綿とやなをチラッと見てから語った。
「その乃瑠さんは、写真と違っていました。偽物かもしれません。」




