2-6 殺人現場
黒須の接待室に入った徹は、自分の鼻が壊れたかと思った。
血の匂いしかいないから。
コン。コン。
徹が振り向いたら、来たのは彼の信頼する部下、桜内警官だ。
「桜内か。どうした?」
「失礼します。死者の診断報告と、手がかりの調査報告が来ました。こちらです。」
「...大丈夫、お前がまとめて報告してくれ。死因はなんだ。」
「頸動脈の怪我による失血です。」
「傷口は?」
「刃物によるものです。また、傷口周りにひとつ、特別な物質が残っています。」
桜内は隣に立っている波彩を見て、報告を徹に見させた。
傷口周りに、海水の成分を検出したと。
海藻を研究している、この北海道室蘭実験所で起こったこの事件には、ぴったりな手がかりだ。
「...了解。失血ということは、こっちが殺人現場で間違わないだろう。」
「しかし先輩、凶器らしきものを見つけませんでした。」
「そりゃ、犯人が処分したんだろう。」
この実験所に詳しい上、凶器を簡単に処分できることから、おそらく犯人が実験所内部のメンバーだろう。
そして今まだ把握されていないメンバーが、白土由起夫だ。
「...灰野さん。黒須教授は、海藻と染色の結合の研究をしていますよね。しかしここの本は...?」
「はい。黒須教授は、染色に使える海藻の研究をなさっていますが、服まで海藻で作ることも目指しています。」
「だから服を作る本まで?」
「はい。しかし、残念ながら、染色に使える海藻を見つけましたが、染色に似合う服を作れる海藻を未だに見つかっていませんでした。」
徹は、黒須の接待室を一周見回した。
かなり片付けている接待室から見る限り、黒須は真面目で、そしておそらく自分に厳しい人だ。
「...証人の女の子、たしか黒須さんの生徒ですよね?」
「はい。名前は黒駒紗穂と言います。」
「わかりました。桜内、黒駒さんを一階の会議室にお越ししてもらってくれ。聞きたいことがある。」
一方、列車上。
綿と手を組むと決めた白柳は、乃瑠に発車命令を伝えてもらった。
そして彼らはますます目的地、北海道室蘭に近づく。
「あと三十分ほどで、室蘭につきます。」
乃瑠は顔を上げて、二人に言う。
そして、手がかりを探しに行った警察たちも戻ってきた。
「報告します。彼女を目撃した乗客は多数います。乗務員に協力してもらって、列車に乗りましたと。」
「最初から目が見えない...か。」
白柳は意味深に呟く。
「わかった。まずは室蘭に行って、そこで別組に合流しよう。」
「はい!」
白柳が「別組」を話した瞬間、綿も徹の言葉を思い出した。
あのバカ長官も、自分の考えを隠せるようになった。
そして次の瞬間、綿はやなのことしか考えられなくなった。
あの死体がやなじゃないなら、やなは一体どこにいるのか?
目の前にいる黒駒紗穂を見た瞬間、徹は感心しちゃった。
教師の一挙手一投足が、想像以上に学生を影響できると。
黒駒紗穂の服装から言葉の使い方まで、座り姿でさえ、ありえないほどに穏やかな雰囲気だった。
まだ幼い大学生ところが、社会人経験の大人女性のような気がした。
「黒駒紗穂さんですよね?」
「はい。」
「今日の出来事、可能の限り話してもらえませんか?」
「はい。今朝に用事が入りまして、私は昼頃に実験所につきました。灰野さんに挨拶してから二階に行ったら、黒須先生の部屋の前に立っている白柳先生を見かけました。」
「その時の扉は開いてますか?」
「半分だけです。白柳先生が私に気付いたあと、扉を少し締めたが、締め切っていませんでした。」
「...彼を見かけたとき、あなたは何を?」
「黒須先生を探していますかと。黒須先生、もう実験所に来たはずなので、外で待つ必要はないかと。」
「どうして黒須教授が来たとわかったんです?」
「黒須先生の車を見かけましたし、灰野さんに声かけた時、『黒須先生もう来ましたよ、怒られるぞ!』とからかわれましたから。黒須先生、時間に厳しいですからね。」
「なるほど。その時のあなたから見れば、白柳さんが怪しかったでしょうね?」
「はい。それに、白柳先生はその時、少し目を逸らしました、私の質問に答えるのを避けているように。誰だっておかしいと思うはずでは?それで少し覗いてみたら、接待室にいる血まみれの黒須先生を見ました。」
「ちなみに、白柳教授の反応は?」
「...恥ずかしながら、私は黒須先生をとても憧れていますので、彼の死体を見たのがかなりショックでした。白柳先生に向かって、『人殺し』だと連呼して、一階にいる灰野さんを呼びに行きました。二階に戻ったら、白柳先生か彼の研究室に戻り、警察を待っていました。」
事件から少し時間が経ったにもかかわらず、紗穂はかなり不安そうな顔で語っていた。




