2-5 複雑な事件
綿は、警察を偽装していたその男性を、驚きながら見つめていた。
室蘭の事件に関わっていると予想してはいたが、まさか白柳本人とは。
それよりも、彼の判断。
「つまり...やなじゃないと?」
「はい、保証できます。」
綿は無力に息を吐いた。
無数の事件を解決した彼も、危うくこの事件に屈するところだった。
顔を確認する余裕もなかったから、なのか。
とりあえず、白柳のおかげで、綿の頭は回り始めた。
「最初から事件を説明してくれ。乗務員の君は...?」
「灰野です。もしよければ、私にも手伝わせていただけませんか?」
「手伝うって言っても、事件の内容知らないでしょ?」
「知っています。」
乗務員灰野は真剣に言う。
「私の妹が、臨海実験所に働いています。」
白柳と、灰野姉妹の姉である灰野乃瑠の説明により、綿はやっと自分が容疑者となった事件を把握できた。
土曜日当日の朝、綿とやなが来ることを楽しみながら、白柳はいつもより早く起きた。
彼はシャワーを浴びて、ランチを食べてから、昼十二時に研究室についた。
二階についたとき、真っ先に見えるのは黒須研究室
の接待室と、向こうの黒須専用の研究室。
その隣にいるのが、白柳の接待室と、白柳専用の研究室。
つまり、二つの接待室が隣り合わせていて、向こうには二人それぞれの研究室だった。
そして一番奥の部屋が、学生たちが使っている研究室。
しかし、二階についたばっかりの白柳は、すぐに異常に気付いた。
廊下が汚い。
廊下の果てから、いくつの水溜まりが見えて、そして階段口まで続いていた。
よく見たら、色も透明から段々濁っていた。
何か、真っ赤な液体に混ぜたように。
違和感を感じた白柳は、まず自分の研究室と接待室を確認しようとした。
しかし、黒須の接待室と研究室の前を通るとき、ある音が聞こえた。
彼は研究室の扉を開けてみたが、中には誰もいなかった。窓は開けっ放しで、海風がカーテンをさらった。
「なんだよ...」
文句を言おうとした白柳は、急に息を潜めた。
学生たちが窓を開けたせいで、うまく染色できなかったと、黒須の文句を何度も聞いた。
そんな黒須が、自分の研究室の窓を開けっ放すなんて、するのか。
白柳はすぐ部屋から出て、扉を閉じ、そして黒須の接待室の方を見た。
狭間から、微かなの光が。
白柳は決意を決め、ノックをした。
返事はなかった。
二人の友情にかけて、白柳は黒須の接待室の扉を開けた。
真っ先に伝わってきたのは、鼻につく匂い。
そして白柳も、その真っ赤な液体と、匂いの理由を知った。
「...!」
白柳は狼狽えて振り向き、救急車と警察を呼ぶために一階に行こうとした。
しかし、振り向いた先には、二階に来たばっかりの、黒須の生徒である黒駒紗穂だった。
黒駒紗穂は、黒須の学生の中でも最も優秀な生徒で、黒須への憧れも一目瞭然。
彼女の敬愛な教授の死を、彼女に見せるのか?
白柳はそれが嫌で、目を逸らした。
「白柳先生、黒須先生に用事ありますか?もう来たと思いますけど、いませんでしたか?」
「それは...」
紗穂は戸惑いながら、接待室を覗こうとした。
白柳はそれを止めようとしたが、結局紗穂を止めなかった。
「...!あ...!教授!」
紗穂は信じきれずに何歩も下げ、目線も急に恨みに包まれた。
「この人殺し!人殺し!」
白柳を責めながら、紗穂は一階に駆けつけた。
誤解された白柳は、現場に残り真相を話すつもりだったが、自分の無実を証明できると思わない。
最後、彼は緊急時の階段に駆けつけ、裏門から逃げ出した。
そのとき、秘書を務まる、灰野姉妹の妹である灰野波彩は、すでに一階の事務室で働いていた。
二階からの足音を聞こえた波彩は、確認しようと思ったら、慌てていた紗穂を見かけた。
「灰野さん!救急車!あと警察!」
「え!?...わかった。」
波彩はすぐに救急車を呼び、そして紗穂から事情を教えてもらったあと、警察に連絡した。
警察たちはすぐに現場に到着したが、事件の複雑さを感じ、徹にお願いした。
それで、徹が資料を受け取ったあとに、綿に連絡するわけ。
「しかしおかしいな...」
乃瑠と白柳の話を聞いた綿は、事件全体をある程度把握できたが、事実と噛み合わない部分に気付いた。
「朝田教授、私の話を信じてください!」
「僕も、君をずっと観察しているから、嘘をついているようには見えないが...ただ、こっちの情報によると、白柳恵弦はすでに捕まれたはず。」
「何...!」
白柳も当然、どうして警察に追われていないのかを考えた。
しかし、その理由が「自分がすでに捕まれた」とは思わなかった。
「この話なら、波彩からもそう聞きました。白柳教授は確保されたと。」
「私がここにいますよ!捕まれたのは一体誰?」
「わかりませんが...」
乃瑠は少し躊躇った。
「警察側も、誰かが裏門から逃げたと気付いたみたいです。そして最後、逃げた人があなたの生徒、白土由起夫だと判断しました。」




