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婚約

霊元院との家継縁談の数度の打診結果が

京都所司代から千代田の御城に届けられた。



知らせを聞いた白石が

越前の私室に駆け付けると

既に、越前の前には老中 土屋相模守(つちやさがみのかみ)

当然のように寛ぎながら茶を(すす)り座っている。


越前は半ば諦めた表情を浮かべ

白石を迎え入れ

相模守はにっこりと笑う。


「おや、白石殿、奇遇ですなぁ。

 麩饅頭が手に入ったので

 越前殿に差し入れに参ったのじゃが

 白石殿も如何かかな?」


相模守はそう言うと

折敷に(うずたか)く盛られた麩饅頭を白石に勧めた。


白石は微かに咳払いのような喉を鳴らし

麩饅頭を見ながら挨拶をする。


「相模守様、忝うございまする。

 それでは御言葉に甘えまする」


頭脳を酷使している白石は

常に糖分を必要としているので

遠慮なく麩饅頭に手を伸ばした。


相模守が麩饅頭のお代わりを食べながら

独り言のように本題を呟く。


「所司代からの書状には

 昨年お生まれの皇女の八十宮(やそのみや)様の

 御名前があった。老中一同、

 この御縁談を喜ばしく存じておりまする」


意外にも、霊元院は

家継と皇女との縁談に乗り気という。


越前守と白石は霊元院と老中達の

色よい返事に湧き上がる。


白石の声が弾む。


「越前殿、ようございましたな。

 早速、一位様にお伝えくだされ」


「承知仕った。では、御免」


越前は喜び羽が生えたように足取り軽く

熙子の元に急いだ。



将軍付上臈御年寄の豊原の先導で

人払いをした御対面所に通された。


部屋には熙子と熙子付の御年寄達と

豊原と越前だけ。


喜び溢れる越前が熙子に奏上。


「京都所司代より知らせがございました。

 霊元院様の皇女八十宮様を

 御台所にお許しのご意向。

 土屋相模守様からも

 御老中様一同、御賛同と伺いました。

 誠に御目出度うございまする」


越前の報告に、熙子の顔が嬉しさに輝いた。


「越前、ようやってくれました。

 文昭院様もお喜びでしょう。

 それでは、正式に御申し入れの手続きを。

 白石や老中達に、宜しゅう伝えてたもれ」


豊原と御年寄達は顔を見合わせると

熙子に向き直り

嬉しそうに御祝いの言葉を述べる。


「一位様、誠に御目出度う存じまする」


「誠に御目出度きこと」


熙子は、大きな肩の荷が一つ下り

ほっとして晴れやかに華やかに頷いた。



次の日、家継を中奥に送った後

熙子達と越前は、再び御休息之間に集まり

月光院に伝える。


越前が月光院に経緯(いきさつ)を説明。


「上様の御台所様に

 霊元院様の皇女の八十宮様をと

 院様より内々にお許しがあった旨

 京都所司代より知らせがございました。

 御老中様方も賛同しておりまする」


「そうですか…」


月光院は、浮かない返事をした。


息子の縁談なのに何の相談もなく

ほぼ決定してから聞かされる。


皇女様が嫁と言われても

朝廷は異世界のようで実感がない。

聞けば、八十宮は熙子の従姉妹だという。


尾張藩主の継友にも

熙子の姪が嫁ぐと聞いた。


月光院は町娘出身。

将軍生母と云いながらいつも蚊帳の外。



越前は月光院の浮かない様子を

内心怪訝に思った。

家継にこれ以上ない良縁が決まったのに

嬉しそうな素振りがない。


越前は月光院の反応に

毎度、違和感を覚える。


越前は感情を隠し、説明を続けた。


「朝廷への正式な奉書には

 一位様、月光院様

 並びに、老中一同の願いと致したいと

 白石殿の提案にございまする」


白石の案に

熙子は手に持つ檜扇を微かに弾ませた。


「それは良い考え。

 月光院も朝廷から従三位を賜っているし

 老中達も歓迎とお伝えできれば

 幼い愛娘様を遠い関東に手放される

 霊元院様も御安心あらしゃいましょう」


熙子の手応えある言葉に

越前も安心して同意した。


「御意に御座りまする。

 皇女様を御台所様にお迎えするのは

 初めての事なれば

 心を尽くしとう御座りまする」


「嬉しいこと。それでは越前

 忙しくなるけれど宜しゅう頼みまする」


熙子は越前に晴れやかに微笑むと

月光院にも言葉を掛けた。


「月光院、誠に目出度きことですね。

 皇女様を御台所にお迎えになれば

 上様の御威光も盤石となりましょう。

 それに、上様と姫宮様が並ばれたら

 どんなに麗しいことか。

 きっとお幸せになられます」


「はい…」


月光院の返事は心もとない。


家継はまだ五歳で

姫宮は二歳にもならないという。


息子の縁談は嬉しいはずなのに

頭越しに決まっていく事に

じりじりとした腹ただしさを覚えていた。



熙子には月光院の心が透けて見え

気の毒に思った。

でも、公家や武家の縁談などそんなもの。


当事者の思惑や立場など

お構いなしに決まっていく。


家宣と熙子だって

例外ではなかったのだから。


今回の家継の縁談も霊元院の内諾と

老中達の賛同が得られたから

やっと月光院に話せた。


これでも月光院に最速で伝えたのだ。



その日の夜いつもの如く

熙子の寝室の柔らかな絹の布団の上で

透明な家宣が熙子を腕に抱きながら話す。


『いつもながら、白石の奉書案は良い。

 大奥と表が協力体制にあると

 朝廷に示す事ができる。

 それに、そなたも良くやってくれている』


家宣はそう言うと熙子の頬を

手で愛おしそうに包んだ。


「お褒めいただき、嬉しいですわ。

 八十宮様が入輿(じゅよ)される日が

 待ち遠しゅうございます。

 御祝言の上様は

 どんなに御立派にあらしゃいましょう」


熙子は夢見るようにうっとり。


家宣は遠い日の熙子との祝言の日を思い出し

甘い目で熙子を見つめる。


『花嫁姿のそなたは大層愛らしく

 美しかった。今も美しいが』


「文昭院様もお優しそうな

 お美しい殿御(とのご)であらしゃり

 ほっとしていました」


『嫌われてはいなかったのだな。

 世はそなたに一目惚れだった』


家宣は優しく微笑むと

熙子への愛情を溢れさせ長い接吻をする。



数日後、京の近衛家に

熙子から早馬の文が届いた。


「なんやと…」


文を読んで

太閤は驚き思わず言葉を漏らす。


文には家継と八十宮の縁談が

内々に決まったと書かれていたから。


御所から急ぎ帰ってきた息子の家熙も

驚いている。


太閤はまさか霊元院が

将軍と皇女の縁談を許可するとは

思ってもいなかった。


熙子の実母品宮(しなのみや)と霊元院の

父の後水尾天皇は

皇族と武家の結婚に反対していた。


後水尾天皇はおよつ御寮人や紫衣事件など

幕府に何度も圧迫され

複雑な心象を抱いていたから。


熙子の最初の縁談は

尊皇の水戸光圀の跡取だったが

後水尾天皇の意思を尊重して断った。


家宣と熙子の縁談は

当時将軍だった家綱の直々の声掛かりで

流石に断れなかったのだ。


太閤は、その日の日記に無念と書いた。


幸運にも熙子と家宣の結婚は成功し

近衛家にも繁栄をもたらしたが。


太閤の脳裏を一抹の不安が掠めたが

決まったことゆえ見守るしか為す術はないと

太閤は静かな覚悟をしたのだった。

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