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スエのカミ  作者: 樫花藻
9/10

間話 ハクバイと初めての鉄道乗車記






 【鉄道】、それはハクバイにとって未知なる存在だった。


 そもそも現在の鉄道が産まれたのは十六世紀から十八世紀頃とされ、日本の地を初めて走ったのは幕末に長崎へもたらされた模型であったと、インターネットに流れる有象無象うぞうむぞうの情報では書かれている。

模型であっても日本で蒸気車が走ってから十九年後の一八七二年に新橋・横浜間が開通し、二〇二二年で一五〇周年を迎えるという、人類にとっては短くない歴史を持っているのだが、神武じんむ天皇が即位した年から始まる皇紀こうきと比べると、比較的最近の出来事だと言わざるおえない。


 長らく美濃国みののくに飛達ひたち村にあった窯元かまもと豊結窯ほうゆうようにて窯の安全と制作物の成功成就を見守っており、村と窯が滅ぼされたその後も廃窯はいようとなってしまった場所にずっと留まって、人への恨みと奪われた妻への思慕しぼつのらせていたハクバイには、関わりなかった出来事である。

せいぜい、その時代の移動手段として思い付くのは主に徒歩であり、ふところに余裕があればかごや馬での移動が普通であった。


 鉄で作られた箱に車輪が付き、想像出来なかった動力で動く電車や自動車は、ハクバイにとって見たことも聞いたことも無い未知な代物であった。






 時はうつ、西暦は二〇XX年の現代にてハクバイが初めて電車に乗ったのは、死にたがりな『たわけ者』の加藤直幸かとうなおゆきと廃窯で邂逅かいこうし、次の住処となる彼のアパートの部屋を掃除させた次の日の事。

 彼が「今日は仕事だから、早く家を出ないと……。」と話すので、その背に取り憑き、全く異なる日の本の姿をこの目で確認するべく、会社へ行く為の準備をしている直幸へ話しかけた。


つとめを果たす為の準備は終わったか?」


 あの夜に出会った時のように、着古された白色のシャツに紺のチェック柄のネクタイをくくり、洗い替え用に持っていた予備の物だろうチャコールグレーのスラックスを黒の革ベルトで締めた、いかにもサラリーマンといった服装に身を包んだ彼は、不満そうな顔を隠しもせずにハクバイと言葉を交わす。


「いや、まぁ………終わったけどさ、本当にお前もついてくるのか?嫌なんだけど……。」

「嫌とはなんだ嫌とは。我が身も人間を恨む身であるから、人の多い所などあまり留まりたくはないが………今の人の世を学ぶ為だ、いたしし方ない。それに我が身に魂を握られておるのだから、協力するのは義務ではないか?」

「人間が嫌いなら、ここで待ってりゃいいじゃん!無理してついて来なくてもいいし、むしろついてくるなよ。」


 直幸は顔をしかめ、シッシッと手を振りハクバイを追い払おうと態度を示すが、ハクバイは気にも留めずに問いの答えを考える。


 先程言ったように、人間の多い場所は彼は好まない。

村が滅んだその時を思い出すし、怨念がれ出てしまうかもしれない懸念けねんは確かにある。

それでも彼に憑いていこうと思ったのは、待っていてもどうにもならなかったからだ。


「待つ事は今までもしてきた事だからなぁ……、待っていても妻は帰って来なかった。……待つだけでは駄目なのだ。」

「お前………。」

「妻を奪った人間が憎らしい。が、しかしは移ろうのが早すぎる。目に見えるもの、見えないものが変わり過ぎて持っている知識でこの世界にくり出すには、ちと心許無こころもとない。」


 知識は大切である。

 自ら情報を集め、それを元に経験し、体感して知識とする。

たとえ情報にあやまりがあるならば体験した事柄は失敗に終わるだろうが、それもまた失敗したと言う情報が増える。

 ハクバイの持ちうる知識は安土桃山時代から江戸初期辺りなので、現代の新しい情報を集めて体験しなければ妻を探す手段も限られるだろうと思っていた。


「だから我が身は……妻が何処に居るのか探る為に、先ずは今の世の知識を蓄えるのだ。そうすれば何れ知恵は、我が身を妻の元へ導いてくれる。」

「………。」


 何か思う所があるのか、直幸は真剣な表情で静かにハクバイの話を聞いている。


「まぁ……本懐ほんかいはそれなのだが、好奇心に心が揺れ動くのでな。単に興味があるから、憑いて行くだけだが。」

「おまっ、ちょっと可哀想だなとか同情したのに……。」


 少しショックを受けたのか言葉を失い、顔を歪める直幸に、何故、その様な顔を向けられなければならないのかハクバイには理解できなかった。

妻と我が身を引き離したのは、そなたら人間の都合であるのに。


「同情なぞいらん。それより、仕事場へと行くのだろう?時間は大丈夫なのか?」

「あっ!?早く行かないと……!?」


 話のきりが良かったため、ハクバイは少し強引に会話を終わらせて直幸を仕事へと急かす。

 促されるままにスマートフォンで時間を確認した直幸は、ジャケットとコートを慌てて羽織はおり、荷物をまとめたリュックサックを背負って家を出て駅へと足早あしばやに向かった。







 彼の住むアパートから徒歩で約十分かかる位置に、最寄もより駅の尾張瀬戸おわりせと駅が存在する。

この駅は愛知県瀬戸市の市内にあり、名古屋なごやの大手私鉄鉄道の路線の一つである瀬戸線の終端に位置している。

 愛知県瀬戸市と言われても、とんと知らない人も居ることだろうが、日本六古窯にほんろっこよう……古くから続く日本の代表的な陶磁器産地の内の一つと言われれば、日本史の授業で習った者はいるはずだ。

六古窯については何れ触れる事もあるだろうが、話を尾張瀬戸駅へと戻そう。


 そもそも、瀬戸市は『大いなる田舎』と比喩ひゆされる事が多い名古屋市や、近くには大手自動車会社を有する豊田市にも車でアクセスしやすいため、ベッドタウンとして住んでいる人も多いエリアになっている。

特急は止まらないが、急行は止まるので充分じゅうぶん通勤通学にも利用され、尾張瀬戸駅も観光で使われる駅と言うよりはそういった用途の方が多い様に感じる駅だろう。


 駅へ向かう道すがらに、アスファルトの道路を走る自動車を直幸の右肩から眺めながら、考え深げにポツリと呟いた。


「じっくりとそなたの肩越しから見るに、あの黒い道を走る……絡繰からくりの一種か?とても興味深い。」

「あれっ?アレの名称教えて無かったか?アレは自動車だぞ。」

「ふむ、『じどうしゃ』と呼ばれる物ばかりなのか?他の形もあるようだが。」


 早歩きで駅に向かう直幸の横、道路を走る自動車を観察するハクバイは、走っている物が様々に形状が違うので(他にも何かあるのでは?)と、疑いの眼差しを彼に向ける。

直幸は面倒そうにため息を一つついて、言葉を発する。


「まぁ……自動車にも色々種類があるから一纏ひとまとめには言えないけど、あのタイプ……えっと形?なら、自動車で大体通じるぞ。」


 ついと直幸の指差す方を、ハクバイは見る。

それは一般的には普通乗用車と呼ばれる種類の物で、確かに自動車と言われれば思い付く姿形をしていた。

直幸の大雑把おおざっぱな説明に少々不服な部分を覚えつつも、今は良いかとハクバイは思い直す。


「そうなのだな……まぁ、今はそれで良い事にするが……それにしても『じどうしゃ』と言ったか、鉄の箱……と言うには硝子がはめられた窓と、きちんと形が組まれた駕籠かごに車輪が付けられ、馬や牛が引かずとも動いている姿は誠に異様だの……。暗闇で一部が光るその姿は、初見ではものたぐいだと思うたぞ?」

「そうか……?俺が産まれた時にはもうあったから、そうは思わないな。」


 自動車の歴史もさかのぼれば二百五十年以上前にフランスで発明された物が最初なのだから、現代を生きる人間等にとってはごく普通の当たり前に存在していると認識してしまっても仕方がない。

まだ、自動車がいつ開発されたのかわからないハクバイでも、その認識の差はわかっていた事だったので、納得したように一つ頷いた。


「そなたの記憶がある内に存在していたならば、それが普通となっているのだろう。して、『じどうしゃ』とはどう漢字で書くのだ?」

「漢字として書くなら、自ら動く車って書いて『自動車』だな。後は短縮して『車』とか。」

「ほぉ、自ら動く車とは……わかりやすい名付けで良いではないか。」

「乗用車やバスとか、車って言っても使用する目的によって色々種類があるから、それはまた今度な。」


 一般人が運転出来る乗用車の他にも、バス等のように乗客を乗せる物や怪我人等を搬送はんそうする救急車など、普通によく見る物から一般人にはよく知らない物まで車両は様々に存在している。

それを通勤中の短時間で説明出来るほど、直幸は『自動車』について知らない。

 他の説明はまた今度にしてくれと頼む彼に、ハクバイは仕方ないと一つ頷いた。


「機能別に多岐たきに渡るのか、専門によって使い分けるとは良き事だ。して、道路?を多く走っている物が、庶民が良く乗っている物と推測するが、あれの名称は?」

「あれ?あぁ、あれが乗用車って呼ばれる車で、数人を乗せて移動出来るんだ。移動手段として使われるから、一人で使ってる人も多いけど。」

「そなたは車を持たぬのか?」


 車を持っていれば、移動するにも一人で何処にでも行けて楽だろうに、とハクバイは思うのだが、当の直幸はしぶい顔を作る。


「うーん……乗用車って結構高いし、免許……使うにも資格がいるし、維持費がかかるから今は良いかな……。」


 免許を取得していない直幸は、車を買ったとしても免許を取る所から始めなければならない。

本人確認には使えそうだが、あまり必要にかられなかった現状を思うと、持つとしてもだいぶ先になるだろうと、直幸は思う。

 ハクバイはそんな彼をチラリと見て、言霊ことだまを使わぬ限り車を運転せぬのだろうなと、ため息を密かに吐いた。


「作りが精密そうであるし、長く使うには修繕も必要であるか………致し方ない。乗ってみたくはあったのだが。」

「乗ってみたかったのか……。」





 そうこうしていると、いつの間にか駅に真っ直ぐ向かえる道にたどり着いた。

瀬戸川の川沿いにあるこの道路は、そのまま歩けば瀬戸のコミュニティセンターや尾張瀬戸駅にたどり着く事が出来る。

 陶磁器専門店の立ち並ぶ右手側を横目に見つつ駅付近まで来ると、通勤客も多くなり直幸の話す言葉は小さくささやく様なものになっていた。


「さてと、もうすぐ駅に着くんだけど……ぶっちゃけ電車の中で喋るのはあんまりしたく無い。」

「ふむ?また、その様な事を言うとは……言霊で縛られたいのか?」


 ハクバイは片目を細め右前脚を動かし、ツイと直幸ののどを緩く触る。

その感触にゾッと鳥肌が立ち彼は叫びそうになるが、なんとかえて小声で抗議した。


「嫌だけど!?……えっとさ、電車の中で話す人ってそこまで居なくて、友達とかグループ…複数人の集団で乗ってたりすると話すこともあるだろうけど、基本的に話し声はそこまで無いんだよ。モーター音とか、車内アナウンスとかはあるけどさぁ……。」

「ふむふむ、会話をあまりしない場所なのだな。それで?」


 続けろと言うようにハクバイは、尻尾で彼の背中をペシリと軽く叩く。

直幸はその行動に、(自分が、普通の一般人に見えない事を忘れているんじゃ無いか……?)と訝しげに彼を睨んだ。


「お前って基本的に、霊感の無い人には見えないんだろ?と言うことは、俺ははたから見れば独り言をブツブツつぶやく変人に見えるわけだ。」

「別に良かろう?人間の害になる訳では無いのだから。」

「良くないが!?………だから、スマホに文字打ったり調べたりしてお前の質問には答えてやるから、乗り物の中で喋らせるのは本当に勘弁して………。」


 あきらめ悪く拒否の姿勢をとり続ける直幸に、ハクバイは本当に嫌なのだろうなと思う。

仕方ないとばかりに肩をすくめる様な仕草をした後、譲歩してやろうとハクバイは二回ほど彼の背中を尾で軽く叩き、話しかけた。


「そなたそこまで嫌なのか……ならば、その『電車』の内部の様子を見てから、考えてやろう。」

「上から目線だなぁ……。」

「それはそうだろう?我が身はそなたを掌握しょうあくせし者なのだから。」


 フフンと胸を張り尊大そんだいな態度を示すハクバイは、黄金こがね色にきらめく金継きんつぎの跡をキラキラと朝日に光り輝かせていた。

横目だけでは少々姿は見えないが、きっと満足げな顔をしているのだろうと、直幸はため息を一つ吐いた。






 所々に植えられた枝垂しだれ桜の硬く閉じられた蕾が、まだまだ肌寒い早春の中にも春の芽吹きを感じさせる。

瀬戸市市内を流れる土岐川ときがわの川沿いに整備された道路の歩道をスタスタと早歩きで歩き、直幸達は尾張瀬戸駅へと向かっていた。


 まず一番に目立つのは、駅の隣に建っている瀬戸市のコミュニティセンターであろうか。

円筒形にデザインされたコミュニティセンターは、田舎町のここでは比較的新しく、全面硝子張りのビル壁面は朝の陽光を反射させ目に眩しい。

 コンビニエンスストアや歯科医院等の複数店舗が入った複合施設の隣にある尾張瀬戸駅は、作りとしては二階建ての作りで、かまぼこの様な半円の屋根をしている施設である。

黄土色のタイルが貼られた壁が、今風と言うよりは公共施設みを感じさせるようだ。


 駅舎の中に入ると、ハクバイの目にまず映るのは、プラットフォーム内外を区別する為に区切られた改札だった。

低い扉で仕切られたそこは、客が紙の切符を通したり交通系ICカードをタップして中へと入る度に自動でパタリと動く。

 その様子が面白いのか、ハクバイは直幸の肩から身を乗り出し興味深く眺めていた。


「ふむ?これはなんだ?さくの様であるが、笠木かさぎの部分が動くみたいだが……。」

「後!後で答えるから……!」


 時間がギリギリで急いでいる直幸には彼に説明しているひまは今は無く、リュックサックから定期券を購入してある交通系ICカードを取り出し、素早くホーム内へと入っていく。

改札を抜けた先には地続きで整えられているプラットフォームがあり、老若男女様々な人間が列を成して電車が到着するのを待っていた。

 直幸もまた、彼等にならい列の後ろへ移動する。


 数秒か数分か経っただろうか、彼の到着とうちゃくを待っていたかのように電車が来る。


 数車両が連なるそれは、朝の清々しい朝日を浴びて白銀色に煌めく長めの車体に、唐紅からくれないごとく赤いラインが横一本に伸びていて、意匠いしょうとしては実用的でとてもシンプルなデザインをしている。


 直幸にとっては見慣れた日常、しかし、ハクバイにとっては全くの未知なる造形物であった。

大名達がもっと位の高い者をもてなす御殿ごてんの様な華美かびな意匠は無い、神社仏閣等の宗教的な意味合いの意匠も無い、ただただ人々の運搬とそれに合わせた、人の乗り心地が考えられたデザインがとても美しいと、初めて電車の車両を見たハクバイは思うのだった。


 待ち人達や乗客が危なくないようにゆっくりと定刻で停車後、電車の扉が開き人々が降りてくる。

 降車していく人々と入れ替わりに、待っていた次の乗客達は車内に乗り込み、横に長い青色の座席へと思い思いに座ったり、吊り革へ手を掛けて立っていたり思い思いに目的地へ向かう為の場所を見つけていた。

日頃残業続きで疲れ切っている直幸も少しの時間も立ちたくは無い為、急いでまだ誰も座っていない空いていた座席に座った。

 その動作に彼が一息つけたのを見て、ハクバイは彼へ話しかける。


「無骨な鉄の箱かと思えば、中は存外凝っているではないか。他の者らを見るに、上から皮か何かでぶら下がる三角の輪に手を掛けて、体を支えるのだろうか?」


 彼の疑問へ答えるため、直幸は宣言通りスマートフォンを取り出し、メモとして良く使っている文書作成アプリを開いて文章を入力していった。


「(まぁ……そうだな。それは吊り革って呼ばれる物で、立って乗る人はそことか手すりに掴まって揺れを耐えるんだ。)」

「なるほどなぁ……。」

「(……あのさ、いちいち質問に答えるのは面倒だから、一旦、駅と電車について書かれてるホームページ見てもらってもいいか?)」

「そなたが知りうる事で良いのだが?」

「(説明苦手なんだよ……。わかりにくくなってもいいなら、良いけどさ。)」

「仕方あるまいなぁ……それで良いが、我が身が良いと言うまで映されている絵を変えるでないぞ?」


 仕方ないとばかりに首を横に振るワガママな付喪神つくもがみに少しイラッとしつつも、直幸はスマートフォンで駅や電車について説明が書かれているウェブページを開き、首を左へ少し傾けて彼が見やすい様に姿勢を動かす。

 ハクバイは右肩からその画面を覗き込み、文字を追って顔を動かして、読み終われば「次の文へ動かせ。」と直幸の頬をペチペチと軽く叩いて合図を送った。


 しばらく彼は静かにページに書かれた文字を読んでいたが、直幸の職場に一番近い最寄り駅は十分前後の乗車時間でたどり着くため、あっという間に時間が過ぎてしまう。


「(……これぐらいでいいか?もうすぐ降りなきゃいけないんだよ。)」


 いそいそとスマートフォンを仕舞う彼に、物足りなさげな顔をしてハクバイは一つため息をつく。


「目的地に着いたのならば致し方ない。基本的な知識は手に入ったが……まだまだ読み足りぬがゆえ、これからも移動時にはその『スマホ』なるもので読ませるが良い。」

「(………はぁ、わかったよ。)」


 自分が拒否しても言霊で縛られれば、結局従うしかない。

直幸は前までの憂鬱ゆううつさとは別の、鬱屈うっくつとしたモヤモヤを心の内に抱える。

束縛されている故の反逆心か、解放されたいと言う願望か、死を選択肢として選べない絶望なのかは、彼にもわからない。

 彼の悩みの原因である窯の守り神は、意気揚々とこれからの事を考えてた。


「電車はこれから体験出来るとして、今度はバスや新幹線とやらを乗ってみたいものだ。」

「(俺はあまり観光とか長距離移動しないからなぁ……。まあ、縁があればな。)」

「ふむ……『縁』。そうだな、『縁』があれば自ずと導かれるだろう。」


 意味深に呟かれた言葉に直幸は首をかしげ、( まあ、気にすることじゃないな。)と仕事場へと向かうのだった。




















 さて、時は過ぎて……ほがらかな陽気と共に桜前線が日本列島を北上している頃。


 直幸へ絡みに絡まった悪縁の『縁切り』を祈願する為に、愛知県某所にある縁切り神社の【曽鷹そたか神社】へ向かうことになった。


 【曽鷹神社】は尾張瀬戸駅からだと二時間半以上かかる場所にあり、鉄道で向かうとするならば豊田市市内の駅からバスに乗り換えて移動し、最寄りのバス停がある道の駅『花枝はなえまゆの里 そたっか』から歩いて行く事になる。

そのため、まず尾張瀬戸駅から『花枝まゆの里 そたっか』までバスが出ている最寄り駅へ、移動することにしたのだった。


「さて、縁切り神社がある場所までは如何ほどに時間がかかるか?」


 定位置となった右肩から直幸に話しかけるハクバイは、ユラユラと尾を揺らし楽しげにしている。

まさか、このたたりり神未満な付喪神とプチ日帰りを行うことになろうとは考えていなかった直幸は、彼の質問に答えるために道順を検索していたスマートフォンから顔を上げた。


「あー………そうだな……電車で行くなら地図アプリを見る限りだと、二時間半から三時間だから……一刻半いっこくはん、になるのか……?自動車だと移動時間変わってくるけど、俺は車持ってないし。」

「鉄路の敷いてある場所は電車が便利であるが、それ以外の場所では車に利があるのだな。」

「そうだな……この地域は、鉄道よりは自動車の方が色んなところに行けると思う。……まぁ、俺はバスか、タクシーか、鉄道使うしかここら辺での移動手段ないんだけど。」

「そなたの生活を少々見ていたが、たとえ車を持たずともそれで事足りていたみたいであるからな。仕方ないと言えば、仕方ないのだろうか………。」


 言外げんがいに普通乗用車にも乗ってみたいと圧をかけるハクバイを無視して、直幸は歩を進めた。

現時点では直幸は車を買うつもりも無いし、レンタカーを借りてまで運転をしようとも思わないからだ。

 (はぁ……)と心の内側で直幸はため息を吐き、黙々と歩いていく。


 いつも通勤で使っている尾張瀬戸駅に着いた彼等は、一旦交通系ICカードにお金をチャージして、改札を通った。

老若男女の人々が混在し、程よく人がひしめくホームの列の最後尾へ向かい並んで待っていると、乗り慣れたいつもの風雨によって少し白く傷んだ銀色の電車がホームへ入って来たので、直幸達はその人波に従う様に電車へ乗り込み、運良く空いていたロングシートに座ることが出来た。

 彼は身体の前へと動かした黒いリュックサックからスマートフォンを取り出し、ハクバイへ伝えるためにメモアプリを開いて書き記す。


「(ここから新瀬戸まで乗って、別の鉄道に乗り換えるぞ。)」

「別の電車に乗れ替えねばならぬとは……鉄道とは、全て繋がっている訳では無いのだな。」

「(まぁ、鉄道会社それぞれに路線持ってるからなぁ。でも、行けるところまで行って乗り換えればいいし、繋がってるってある意味言えるんじゃないか?)」

「ふむ……そう言えるかも知れぬな。」


 それから少し話を続けていると乗り換え駅である新瀬戸駅に着いたようで、サッと荷物を持ち電車を降りる。

二階に登り新瀬戸駅を出てから、両側が硝子がらす張りの階段を下りて隣接している瀬戸市駅へと移動し、別の鉄道へ乗り換える。

 ホームにやって来る車体は一円玉の様な白みの強い月白つきしろ色で、内側に白い線のあるあま色のラインが描かれていない金属部分がツヤリと陽の光を受けて鈍く光っていた。


「(ふぅ……無事に乗り換えられたな。俺もこの鉄道乗るのは初めてだったから、上手くいくか心配だったけど良かった。)」

「先程乗ってきた電車とは、似通った意匠だの……横に長い座席が多いのか?」

「(この車両は新しいからだと思うけど……、ボックス席……えっと二人座れる席が縦に並んでるタイプもあるみたいだぞ。)」


 ハクバイとの会話のために開いていたスマートフォン内にある検索エンジンに、キーワードを打ち込み検索をかける。

色々と専門的な用語の書かれたサイトを横に置いておいて、画像の出力された辺りからいくつかの車両の内部が映された写真を見せた。


「ほうほう、ゆったりと乗れそうで良いではないか。この形式の座席はまだ体験していないな……一度、乗ってみたいものだ。」

「(そのうち通勤で乗るんじゃないか?何回か乗ったことあるし。)」

「ふむ、そうか。楽しみであるなぁ。」


 比較的空いている車内であったので、ハクバイは直幸の隣へと降りて四つ足を伏せてスマートフォンをのぞき込む。

「楽しみだ」と長い尾をゆったりと動かしながら話した時のリアクションが、なんとも穏やかな犬の様に思えて、少しだけ可愛げを感じてしまった事に直幸は少々悔しさを覚える。

 そんな彼のちょっとした感情など露知らず、鼻歌を歌い出しそうなほど呑気のんきに尻尾を揺らすハクバイは、ふと疑問に思ったのか言葉を呟いた。


「しかしながら、此度こたびの目的地は徒歩ならば半日以上かかる道のりなのだろう?」

「(そうだな……。地図アプリだと徒歩でかかる時間は、十四時間ってなってるな。)」


 十四時間とはつまり半日以上かかる時間であり、その距離を徒歩で移動するのは無理だなと直幸は思った。


「そのように遠い道程であるのに、一刻半程で辿たどり着けるとは……明治時代にあったと言う『文明開化』とはすさまじきものである。」

「(まぁ……その時に整備された制度とかもあるから、やっぱり大きな変化だったんだろうし。そこから戦争があって……日本の復興の為に頑張っていた後の高度経済成長期から、もっと便利になっていったんだと思う。)」


 明治大正と近代をけた日本は昭和に入り、世界の潮流ちょうりゅうに揉まれながら今日へと至るのだが、その中でも東洋の奇跡とまで言われた『高度経済成長期』の影響は計り知れなかっただろう。

自身の親とはそういった輝かしかった時代の話など話題にもならなかったが、『東京オリンピック』や『大阪万国博覧会』など活気に満ちあふれていたらしいと言うことは歴史やメディアで伝え聞いたように思う。

そう直幸は、歴史として高等学校で学んだなと思っていると、ハクバイは思い出す様に首をひねって考えていた。


「なんだったか、『おりんぴっく』なる祭が江戸でおこなわれたのだったか?そのおりに『新幹線』なる電車が走るようになったと、そなたが見せてくれた物に書いてあったな。」

「(お祭りかって言われたらちょっと違う気もするけど……、世界各国の成績優秀なアスリートが一堂に会して競うオリンピックの、東京開催に合わせて開通した新幹線のお陰で、移動がさらに速く便利になったのは間違いないと思うよ。)」


 『東京オリンピック』がおこなわれるに際して、交通系のインフラは目覚ましく発展していく。

日本の代表格と言ってもいい高速鉄道『新幹線』もまた、オリンピック開催の数日前に開通し、その後の現代日本における人々の往来にとって重要な役割を担っているのだ。


「ふむふむ、『新幹線』か……ますます興味が湧いてくるな。いずれ乗ってみたいものだ。」


 興味深いのか頷きながら乗ってみたいと話すハクバイに、直幸は面倒臭そうにする。

確かに新幹線は大都市をつなぎ、人の行き来を手伝う便利な移動手段ではあるのだが、如何いかんせんその線路や車体、その他様々な設備に金銭がかかる。

それ故なのか……そこそこの運賃と、新幹線が通るような大都市へ移動する機会の無い直幸は、ただ乗りたいと言う願望だけで新幹線に乗車するのは嫌だった。


「(新幹線は大体遠くへ行くときに乗るって印象だからなぁ……今のところ予定ないし。)」

「ま、今後行くかも知れぬからな。それより今は『バス』なる自動車に乗る訳であるし、『新幹線』については未来に期待しよう。」

「(俺はそんな旅に行く時間が出来るくらい、お前と一緒にいる気は無いんだけど……。)」


 出来るだけ早くハクバイの妻を見つけ、彼から……そして此の世からも解放されたい直幸は、楽観的にこれからの事を思う。

彼の対の存在もこの辺りに居るだろうし、新幹線を使ってまで遠征えんせいする事もきっと無いだろうと………。


 未来への漠然ばくぜんとした不安を直幸が抱えていると、電車は定刻変わりなく降りる駅に着いたようで、彼等は席を立つ。


 区分けされて四角く広大な田畑と所々に残る丘のような小高い森、そうした緑の多い平野の中に開発された住宅地が迷彩模様を描く。

少し高くなっている土手に似た場所の内部に乗り換えるバスの最寄り駅があり、地下の様な内部から外へ出ると陽射ひざしのまぶしさにクラリと目眩めまが起こりそうで、直幸は思わず目を細めた。


 駅前の広いロータリーには乗用車も少なく、思わず本当にバス停があるのかと彼はキョロキョロと辺りを見渡した。

バス停は思いのほか近く、白い屋根のある待合所が作られた場所が、駅の出入り口の目の前にあった。


 人が居ない寂しげなそこの、空いていた椅子に座って数分待っていると、低いエンジン音を響かせてバスがこちらにやって来た。

長方形の車体が白地に塗られ、一部分がだいだい色の映えるデザインに思えるバスには誰も乗っておらず、貸し切り状態のそこに一人と一体は乗り込んでいく。

電車よりも狭い車内の後方の座席へ座り直幸が一息ついていると、ハクバイは肩から降りて彼の隣に立つ。


「おお、これが『バス』であるか。電車よりは窮屈きゅうくつであるが、つらなっていない分そこそこ自由に行けそうではないか。」

「まあ、電車は線路が繋がっている場所しか動けないからな……。バスはバスで、停留所がある区間を走っている訳だから、どこまでも行けるって感じじゃないけど……。」


 電車内ではスマートフォンを介して話していた直幸は、滅多にない遠出の為か……移動での疲労かわからないが眠気に抗えないようで、スマートフォンをリュックサックから取り出しもせずに、コクリコクリと船をぎながらハクバイと会話をしていた。

直幸にとって幸運なのは、その『独り言』が聞こえているであろう存在がバスの運転手位であったことか。

 睡魔すいまあらがえないままでいる彼は、一つ大きくあくびをする。


「ふぁあああ………ねむ……。」

「ん……?そなた、疲れたのか?まだ【曽鷹神社】へは着いておらぬぞ?」

「車の中や電車の中って、なんか眠たくなるんだよな……。」


 夢現ゆめうつつに言葉を交わす直幸に、ハクバイはそこまで眠いのならば、いっそ眠ってしまえば良いと提案することにした。


「次の乗り換えまでは半刻程であるがゆえ、一眠りしても良いぞ。我がわがみは外の景色をながめておるでな。」

「そうする………。」


 そう言葉を呟いた直幸は、スッと目を閉じて緩く呼吸をたて始める。

少し血色の悪い顔も目の下のくまも変わらないが、心なしか穏やかに眠っているようにハクバイは思えた。


「この者も勤めにはげんでいる故な、今はそっとしておいてやろう。まだまだわからぬことが多い此の世である、急いても事を仕損じるだけであろうさ。」


 ハクバイは直幸から視線を外し、バスの窓から流れる風景を見つめる。

目まぐるしく変わる車窓は、新たな発見と好奇心を刺激させると、ハクバイは思うのだ。


 普段は行かない場所の、いつも変わらぬ景色を嬉しく思うのか憎く思うのか、あるいは興味も持たないのかは人それぞれの価値観で変わるだろう。

 それでも絶えず動きゆく人の営みを、ハクバイは観察し続ける。

そのたくわえた知識と経験が、いつしか妻の元へ辿り着かせる一因になるだろうと信じているのだ。


 バスが、街の中を走り出す。


 直幸は乗り気では無かったが、やっぱり『新幹線』にも乗ってみたいものだと、好奇心を心に秘めながらハクバイは思うのだった。









間話 ハクバイと初めての鉄道乗車記 了


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