第四話 陶祖祭とやきものずくし(一)
天から罰が下ったのか、それともあの【縁切り】が上手くいったのか……捻れに捻れて雁字搦めに直幸へ絡まった悪縁を断ち切る為に【曽鷹神社】へ向かった後、直幸の生活はジワジワと変化していった。
『春』と言う出会いと別れの季節であるが故に部署異動、配置替え等色々重なった事もあるのだが……まず、あれだけ彼へ罵詈雑言を吐き、パワハラをしていた上司は別部署に異動になった。
聞く所によると若い社員にセクハラまがいの言動があったらしいので、時が来ればその部署からも干されるかも知れない。
また、彼へ自分の仕事を押し付け定時で帰っていた同僚は、配偶者の転勤に着いていくらしく退職した。
他にも仕事を押し付けていた社員はいたが、その人々も残留したり異動したりと様々だった。
そして、新しく新入社員が数人入り、新たに配属された上司の下、新体制の中で直幸は仕事を始めている。
残業等はまだまだあるが、それでも日にちを跨いで仕事をしろと強制される訳でも無く、押し付けられる訳でも無く、前よりは時間に余裕が出来るようになってきた。
時間が出来たとしても直幸には趣味と呼べる物が無いので、持て余す事になるかも知れないが……それでも睡眠時間が増えるのはちょっと嬉しいと彼はぼんやりと思う。
苦しめられてきた上司の異動が決まった日、ハクバイは直幸の肩でドヤ顔をしながら「【縁切り】が上手くいったではないか!あやつ、面白いほど悪縁が絡まっていたでなぁ……。今後も少々、不幸が訪れるであろうなぁ。」と楽しげに呟いていたが、直幸としてはこの後関わりが無ければそれで良かった。
さて、久しぶりに定時で帰宅することが出来た直幸は、今日の夕飯は何にしようかと考えながら朗らかな陽気に包まれながら帰路に着く。
薄紅色の桜が舞う朗らかな夜の始まりは、パステルカラーに街を染めて優しげに存在している。
春茜と呼ばれる事もあるが、茜空みたいな濃くやや暗い赤色では無く、柔く淡い世界が広がっていた。
太陽が沈みゆく杏色の地平線から、勿忘草の花の色に滲み、紫苑色に暮れる空のキャンバスに鴇色の雲が、翼の如く軽やかな線を描く。
『春は曙』と、春は一番早朝が美しい時刻と挙げられる有名な随筆もあるが、夕暮れも柔らかな春の温もりを感じられる良い時間帯だと、ハクバイは駅の構内の隙間から見える空を眺める。
直幸と共に降りていく乗客達の中には、糊のきいたブレザーやセーラー服を着た中高生もきゃらきゃらと笑い合いながらホームを歩く姿を見せ、新年度が改めて始まったのだと彼はぼんやりと思いながら歩いていると、ふと、駅の掲示板に貼られたポスターが目に入り、彼は立ち止まってそれを眺める。
そこには若草色や青竹色等の緑系で纏められデザインされたフォントで『瀬戸 陶祖祭』と書かれており、どうやら祭りの告知みたいであった。
「あっ、そういえばもうすぐ【陶祖祭】なんだ。」
ポスターを見て直幸は、この町で行われているイベントの一つを思い出す。
残業続きで土日も休日出勤を求められていた彼は、地元でおこなわれている祭を観たことは無い。
強いて言えば残業が終わり、静まり返った深夜の屋台が立ち並ぶ風景を足早に駆け抜けていった覚えはあるのだが……。
ハクバイもそのポスターに目が釘付けとなり、内容を読んでいたが疑問に思った事があったのか直幸へ質問する。
「ふむ?【陶祖祭】とは一体何なのだ?祭だと言うのはわかるが……。」
彼の過ごしていた飛達村では聞き覚えの無い単語であったのか、首を捻りながら不思議そうにしている。
が、聞かれた直幸も【陶祖祭】とは一体どういった祭なのか知らないため、同じように首を傾げていた。
「俺も良く知らないんだよな、興味無かったし。でも、屋台が出たり食器とか売り出したりしてるぞ。」
「うーむ………それだけではないのだろう?すぐさま帰宅し、調べて我が身に伝えるのだ!」
「いや、夕飯買ってからな……。」
そう話して直幸達は、止めていた脚を動かして自宅へと帰ることにした。
何時ものようにコンビニエンスストアで夕飯を買ったのちにコーポ『吹雲』へ帰ると、食べ物はちゃぶ台に、背負っていた黒いリュックサックを枯草色の畳に置いて、直幸は瀬戸市で行われる【陶祖祭】について調べるため、スマートフォンを取り出す。
そもそも【陶祖】とは一体どういった存在なのか、皆様はご存知だろうか?
陶磁器の生産が有名な地域の出身の人々や陶芸に興味のある人は聞いたことがあると言う人もいるだろうが、一般的にはあまり聞かない単語であろう。
【陶祖】とは、陶磁器産地に陶磁器の技術を伝え発展させた功労者を指していると言える。
例を挙げるならば、日本の陶磁器産地の中でも一般人でも名前を聞いたことが多いだろう、佐賀県の焼き物【有田焼】の【陶祖】は、日本で初めて白磁を焼いたとされる朝鮮の陶工『李参平』と呼ばれる人物で、有田の街には彼を祀る神社が存在するらしい。
かと言って、産地各地に絶対有るとは断言出来なさそうで、物造りの神様を陶祖としてお祀りしていたりする場所も有ったりするのだ。
色々な形式はあれど、陶磁器の産地では少なからず【陶祖】と言う存在が大切に祀られている……と、認識していただけると幸いだ。
さて、直幸の住む愛知県瀬戸市には【祖】と呼ばれる人物が、二名いる。
九州の窯業関係者には苦い人物かもしれないが、一人目は九州で磁器の製法を学び、瀬戸に磁器の技法をもたらした【磁祖】の『加藤民吉』。
二人目は鎌倉時代に居たとされ、この尾張の瀬戸の地で陶器に適した土を発見したとされる伝説的な陶工の【陶祖】『加藤景正』である。
さて、話は【陶祖祭】に戻るが……【陶祖祭】では『加藤景正』の功績を追慕するものとして、【御物奉献】……つまり神様への奉納物として陶磁器を神社へ奉納する神事が行われる。
それに伴い【陶祖祭】が行われる二日間は、縁日として露店や屋台が出店し、賑わいを見せるのだ。
このお祭りが他の縁日と少し変わっている所は、やはり焼き物の産地である為、出店に陶磁器関係の物が多い点だろう。
企業関係から個人作家まで様々な種類と形状の作品が集まっているので、個性豊かな食器や置物に出会い入手するにはいい機会であると思う。
そういった情報の乗った資料を電子の海から探し出して一人と一体が読んでいると、ハクバイは清らかで美しい白絹の衣装や雅楽の楽器を奏でながら練り歩く御物奉献行列の画像を、興味深げに覗き込んでいた。
「ふむふむ、陶磁器を奉納する際に行列をなして神社へ赴くのだな。……それにしても水干や千早を纏いて、笙や篳篥などを奏でながらの行進とは……なんとも豪華絢爛であるな。」
「和服着てるし、伝統って感じの行列だな。……そういえば、お前の居たあの場所でもお祭りがあったのか?」
ハクバイが主張している話だと、彼と出会った廃窯のある辺りには、昔、飛達村と呼ばれた集落が有ったようだった。
そこに集落があったのならば、その村でも祭はおこなわれていたのではないかと、直幸は彼へ質問をする。
その問いに、ハクバイは昔の事を思い出したのか、懐かしそうに目を細めた。
「あるにはあったぞ。このように豪勢な物では無かったが……それでも、祭りの時は村も賑やかで楽しそうであった。」
「へぇ……。」
パタリパタリと、翡翠や緑柱石みたいな……透明でありながら深い艶めきを有する織部釉と、黄金に彩られたヒビ割れた金継ぎの跡が印象的な尻尾が、室内の明かりを受けてキラリキラリと煌めきを周囲に撒き散らしながら優雅に揺れる。
長い尾をユラユラと揺らし機嫌良さげに話すハクバイに、直幸は彼が居た飛達村について少しだけ興味が湧いてきた。
直幸が絶望と虚無の中で見たあの景色は、冷たい雨の打ちつける荒天の最中、夕闇の塗り重ねられた青漆の如く幽遠な森とそこにひっそりと……しかし誰からも忘れ去られて壊れかけの寂れた廃窯だけであり、自暴自棄で余裕が無い中でも覚えていた限りでは集落があったようには見えない程の深山幽谷であった。
しかしながらハクバイは、かの鬱蒼とした森林に村があったという過去があり、祭事もおこなわれていたと語るので、自分の事で手一杯でろくに他の事柄へ関心を向けてこなかった直幸でも、廃村が集落として機能していたその当時に一体どんな事をしていたのかと好奇心が擽られる。
一方、昔を偲んでいたハクバイは、やはり【陶祖祭】が気になるのか祭について直幸に問いかけた。
「………して、この【陶祖祭】には職人も店を出しておるのだったな?」
「職人……というか、クリエイター達が各々自分の造る創作物を売ってたりするらしいな。勿論、その中に職人の人もいるかも知れないけど。」
【陶祖祭】へ行った事の無い直幸は、お祭りの内容について説明が難しいと思ったが、市の公式サイトにあるチラシを読む限り『若手陶芸作家』や『作品販売』と書かれた文章があるので間違い、と言う訳では無いだろうと思う。
アーティスト、クリエイター、作家、職人と作り手の呼び名は様々に存在するが、創作について縁の無い直幸ではその言葉の違いがいまいちわからない。
けれど……職人とクリエイターはきっと、近いが違うのだろうとぼんやりと把握はしている。
ハクバイもまた、聞いたこともない『クリエイター』という言葉に首を捻るが、直幸の説明を自分の中の知識と擦り合わせていた。
「ふむ、『くりえいたぁ』と言う単語は初めて聞くが……つまりは、多様な陶磁器を見れるチャンスであるという事だな。」
「まぁ…普段よりは見れるんじゃないか?」
「それは良い!そなたの勤め先と此処との往復ばかりでは、現代においてどの様な陶磁器が有るかわからぬからなぁ……。」
ウキウキとサイトの内容を再び確認し始めるハクバイに、嫌な予感がする。
「おい……もしかして、【陶祖祭】に行きたいのか?」
嫌な事に気付いたと眉をひそめながら彼はハクバイに聞くと、はぁ……と溜め息を吐かれ呆れたような顔を返された。
「もしかしなくても、『調べて伝えよ』と申したのだから察していたのだと思っていたのだが?」
「なんとなくそうなる気がしたけどさぁ……、お祭りって人多いし人混み疲れるし行きたくないんだけど。」
前までの多忙な日々から比べて、出勤日の残業時間は減ったといえど、それでも一・二時間程は残業して働いていて仕事に行く度に体力と気力が持っていかれる。
休日は特別な用事が無ければ大抵の場合は部屋に籠もり、何処にも出たくないと無気力に思う直幸にとっては、人混みが激しい祭りやイベントの中に飛び込むなど更に疲労やストレスの溜まる要因にしかならない。
お祭りという混雑した場所には絶対行かないと拒否の意を示す為、直幸はハクバイを睨んでいるが、彼はするりと視線を無視してサイトが開きっぱなしのスマートフォンの画面を覗き込んでいた。
「お、この土日におこなうようだな。土曜日は確か……勤めに出ねばならんから、日曜日に行くとしよう。」
「お前!俺の話聞いてないな!?」
パッとスマートフォンの画面を消した直幸に、ハクバイは冷ややかな目で見据える。
駄々をこねる子供を見守るような、子を思う気持ちと辟易とした気持ちが内在した感じではない。
それは、部下が指示に従わなかった時に似た苛立ちがそこにあった。
冷たく静かでありながら高圧的な様相に気圧され、直幸はジリジリと後ろに後退した。
怯える直幸へ更に圧をかけるように、ハクバイは一つ前へ歩を進める。
「そなたの意見は聞いておらぬよ。聞いてどうすると言うのだ、我が身がそこに行くと言っておるのに。」
「いや、興味も無いし、仕事で疲れてるのに行きたくないんだって!!!」
「仕方の無い奴だの……。」
溜め息を一つ吐き目を細めたハクバイの姿に、直幸は背筋にヒヤリと悪寒が走る。
彼のその感は当たり、彼の忌避していた『言霊』が寂れた六畳一間に響き渡った。
「〈加藤 直幸〉、つべこべ言わず日曜日に【陶祖祭】へ行くぞ。」
静寂の中に木霊した声は波となり、直幸の心を侵食していく。
命令された『言霊』に逆らいたくあっても、反抗しようとする精神さえ薙いで抑圧されていく感覚に、直幸は身の毛のよだつ気持ち悪さを脳味噌に臓物に心の表皮に感じていた。
思わず心臓付近のシャツの布地をぎりぎりと握りしめ、強制された命令を遂行しなければと鳴り響く声に直幸は流され始める。
『言霊』を使われた彼は、憎々しげにハクバイを睨みつけた。
「……っクソ!!!命令するな……!」
「口が悪いの。そなたが観念せぬから、言霊を使う羽目になっておるのだぞ?」
『言霊』を使って圧をかけ終えたのか直幸から距離を置き、ヒョロリとした白土色の前脚を組みながら溜め息をまた吐いたハクバイは、聞き分けの無い子供に言い聞かせるようにまた一つ言葉を紡ぐ。
「そなたが自由に行動出来るのは、我が身が寛容であるからだぞ?その気になれば魂を縛り、傀儡の如く動かすことも出来よう。」
「……。」
「しかし、それをしないのは……我が身以外の思考もまた必要だからだ。一つの考えでは偏ってしまう……故に、そなたを自由にしている……わかったか?」
沈黙を抵抗の意として黙り込む直幸に、( 此奴も無意味な事を……。)と呆れた顔をする。
初めて出逢ったあの時、見知らぬ他人の……それも人外の者に本名を名乗った時点で迂闊だった……ただそれだけの事なのだ。
「不貞腐れても決まった事だ、そなたも【陶祖祭】を楽しみにするといい。」
愉しげにそう話すハクバイに、直幸はギリッと唇を噛み締める事しか出来なかった。
愚かな様子が面白いのか、愚かであるからこそ愉悦を感じるのかは……付喪神のみぞ知る所である。
さて、時は進み【陶祖祭】、当日。
天色の碧空は晴れやかに澄み、キャンバスへ模様を描くように白い綿雲や筋雲が自由に空をたなびく。
気温は寒くもなく、ほわりと温かな陽気が外で遊んだり散歩したりと活動するのに丁度いい。
そんな良い天気の日曜日、直幸はハクバイと出会ってからルーティンとなった掃除をおこなっていた。
白い長袖のTシャツに、濃紺のジーンズという『縁切り』に【曽鷹神社】へ行った時よりも春らしく爽やかで動きやすい格好をした直幸の掃除の手際は悪く、「そういえば、ここも掃除した方が良いよな。」と思い出してはその場所を清めていたので、コツコツと時間をかけて進めていたが故に少々時間がかかっていた。
普段の休日よりは早めに起きて朝から始めた掃除は、ようやく昼前に終わる。
枯草色の畳の目に沿って掃除機をかけて……面倒だからと少し溜まっていた洗い物を終えて、さぁ次はとコインランドリーへ持っていく為の洗濯物を纏めているとハクバイから声をかけられた。
「掃除は終わったか?そこそこ手間取っていたな。」
「仕方ないだろ!昨日も仕事だったし、疲れ取れてない中でやるんだから遅くもなるって……。」
前日の土曜日は残業が少しあり、帰宅した後に家の用事を事前に済ませられるほど体力は残っていなかった。
素早く夕飯を食べて寝間着に着替え、布団を敷いてさっさと寝てしまったのである。
ハクバイも彼の疲労等はわかっていたので、これ以上は何も言わず出かける為に行動を促す。
「まぁ、良い。祭りへ行くぞ!支度せよ!」
ワクワクと待ちきれんばかりに尾でパシンパシンと畳を叩くハクバイに、直幸は少しげんなりしていた。
「はいはい、行くよ……。お前、楽しみにし過ぎだろ……。」
「仕方がなかろう、数百年ぶりの祭りだぞ?昔とも違うであろうし……そも、飛達村でおこなわれていた神事とは違うのはわかっている。しかし、それ故に楽しみなのだ!!」
祭りが楽しいのは人間も付喪神も変わらないのか、ハクバイは上機嫌で直幸を待っている。
人間においても日常の雰囲気とは違う非日常感や、一体感、高揚感からの多幸感が感情へ影響しているみたいであるから、彼もその高揚感から感情を揺り動かされているのだろう。
「わかった、わかったから……。」
彼に急かされながら直幸は掃除で汚れないように隅に置いていた、曇天の如く黒味の強い鈍色のカーディガンを羽織り、いつものナイロン地の黒いリュックサックを背負う。
使い込まれ色褪せ始めた紺のスニーカーを履いて、錆びた階段をトントンと音を鳴らしながら降りていき、祭りのおこなわれている尾張瀬戸駅の方面へ向かった。
さて、愛知県瀬戸市では陶磁器に関するお祭りがいくつか開催されている。
一つは、四月頃におこなわれている【陶祖】『加藤景正』を偲ぶ【陶祖祭】。
一つは、九月の前半におこなわれる【磁祖】『加藤民吉』を偲ぶ、日本三大陶器祭にも数えられる【せともの祭】。
一つは、九月後半に催される招き猫が沢山集まる【招き猫祭】である。
他にも提灯が沢山吊るされた山車を中心に列を作って練り歩く『品野祇園祭』等の伝統的な祭も開催されているが、陶磁器に関係した祭と言えばこの三つではないだろうか。
この中でも【せともの祭】は特に有名で、日本三大陶器祭に数えられている為か、大勢の人々が祭りを楽しみにやって来る。
夜には花火も打ち上げられるらしく、昼も夜も大賑わいのようだ。
詳しく話をしたいが、説明すると大幅に横道へ逸れてしまうので、【せともの祭】や【招き猫祭】については、縁があれば詳しく話す時が来るだろう。
さて、話は【陶祖祭】に戻るのだが……【陶祖祭】は三つの中では一番知られていないかも知れない。
と、言うのも昭和七年から開催されている【せともの祭】がとても有名であるからだ。
その後、すぐに【招き猫祭】と呼ばれる猫好きにはたまらない、招き猫が集まるお祭りが続けて開催されるので、その二つと比べると知名度に差が出来てしまうのも否めない。
しかしながら、通勤時にいつも使う駅へ向かう瀬戸川沿いの道路は、普段より人出も多く賑やかで、通り沿いに建っている陶磁器専門店の数々もイベント用のテントを店の敷地内に出し、大売り出しとばかりに食器が並べられていた。
街を歩く人々も様々なテントを覗いては、お目当ての商品を探しているようだ。
直幸は独り言を気にされないよう、スマートフォンを片手に持ちながら道の隅に立ち止まる。
「ほら、現代のお祭りってこんな感じだぞ。まぁ【せともの祭】の方がもっと人が多いんだけど……。」
「良い良い、賑わっておるではないか!十分に楽しいぞ!天候に恵まれて良かったのぅ。」
目を細めてキョロキョロと物珍しそうに周りを見渡すハクバイは、楽しいとばかりに長い尾を振っていた。
風切り音が聞こえる位にブンブンと振る彼に、直幸は(そこまで楽しいか?)と疑問に思うが藪をつついてわざわざ蛇を出すまいと言葉を飲み込む。
「まぁ……今日は比較的あったかいし、歩きやすくはある、のか……。」
「ハレの日であるからな、澄み渡る晴天に恵まれるとは大変良きことだ。」
『祭』と言う日常からかけ離れた非日常感が非現実の存在である付喪神の彼にとって心地よいのか、祭独特の賑やかさや高揚感に当てられているからか、普段のテンションより高めに頷きながら話すハクバイは周囲を眺めて祭りの雰囲気を楽しんでいた。
その様子に二時間程、周囲をぶらついて終わりだと思っていた直幸は、これは長くなりそうだと長丁場になる覚悟を決める。
嫌がったとしても『言霊』を使われてしまうだけだろう……それは避けたかった。
あのまっさらな白地の布が染まっていく様な、自身が強制的に命令された事へと染め上げられていく感触は何度も味わいたくは無い。
気持ちの落ち込む直幸の肩をポンポンと軽く叩き、ハクバイは立ち並ぶテントを指差した。
「早速、器を見に行こうではないか!」
「わかったから……。」
一歩歩き出そうとした瞬間、くぅ…と何処からか腹の虫が鳴く音が聞こえた。
チラリとハクバイが直幸の顔を覗くと、彼は腹を押さえ恥ずかしそうに頬を赤くしている。
「……ひとまずは腹拵えに行くぞ!昼時であるし、なにやら愛らしい音が聞こえたからなぁ?」
「しょうがないだろ!?人間なんだから、腹も減るだろ……。」
「うむうむ、何も可笑しい事はない。」
直幸の照れた姿が愉快だったのかニヨニヨと笑みを浮かべるハクバイに、彼は話を昼飯の話題に戻す事にした。
「飯か……駅近くのコミュニティセンターのロータリー……えっと、広場?に結構出店出てるみたいだから、とりあえずそっちに行くぞ。」
目的地も決まって、彼等は歩みを進める。
暖かな春の陽射しの下、そよそよと緩やかに吹く風と共に屋台から流れる炭火の芳しい煙の匂いや醤油やソースの焼けるいい匂いが何処からか香り、歩く直幸はどんどんとお腹が空いてくる。
辿り着いた先にある建物……側面の円筒系に作られた壁に多数の硝子が嵌め込まれたスタイリッシュなコミュニティセンターの前は、いつものバスや車が停められそうなロータリーでは無く、道路が通行止めにされて完全に広場のようになっていた。
何か出し物が出来るように中央は広く場所を取り、パイプ椅子がいくつかならべられている。
その周りを囲うようにイベント用テントや出店が集まっていて、駅からやって来た観光客もすぐに祭りを楽しめるだろう。
企業が出しているブースや地元の名産や魅力をPRするブースの間に、昔ながらのピンクや赤、黄色等の華やかなテントが挟まり、何の屋台か示すロゴが青空に良く映えていた。
「ほぉ、ここにも陶磁器が多数売られておるが……『べびーかすてら』『たい焼き』『くれーぷ』……ふむ、聞いたことのない物が売っておるな。」
歴史としては大正時代辺りから存在していたらしい『ベビーカステラ』、誕生時期が明治辺りとされている『たい焼き』、フランスのガレットと呼ばれる料理から派生して昭和に日本へやって来た『クレープ』と、直幸にとっては馴染み深い食べ物であっても、安土桃山時代から江戸時代初頭に生まれたハクバイにはどういった食べ物なのか見当もつかない。
「お前がさっき挙げてた三つは全部食べ物だけど、ベビーカステラもたい焼きも、クレープもどれも甘い物ばっかだな。」
「そうなのか……『たい焼き』と書いてあるのだから、鯛を焼いておるのでは無いのか?」
どうやらハクバイはその名称から、目出度い時に語呂合わせで食べられる魚類の鯛を焼いた物だと思ったらしく小首を傾げていた。
「お前の言ってるタイって……魚の鯛のこと?」
「そうだが?」
「いや、『たい焼き』は魚使って無いぞ。鯛の形をした甘味って感じだから、買うとしたらおやつとしてかな。」
「ふむふむ、鯛の形ならば縁起も良かろう……八つ時を楽しみにしておこう。」
上機嫌にウンウンと頷きながら、ハクバイは次に気になった場所の看板を読み上げる。
「そこにある『ちょこばなな』や『ちーずはっとぐ』なる物も甘味であるか?」
「チョコバナナは甘い系だけど、チーズハットグは確かチーズになんかして揚げた奴だからしょっぱいんじゃないか……?食べた事ないから知らないけど。」
読み上げる名前がことごとく甘いスイーツ系だとわかり、今はそれを探していないとばかりにハクバイは渋い顔を作ってしまった。
「ふむ……ここにある屋台は甘味ばかりなのか?」
「見つけられてないだけで、そうでもないと思うけど……。」
「お、あちらに『たません』なるものがあるぞ。」
ハクバイの肉厚で陶器質な指でツイと指差した方向へ彼が顔を向けると、黄色の屋根に同色の暖簾が垂れ下がっている屋台があった。
目立つ金糸雀色の背景にデカデカと『たません』と言う文字が、赤い色で勢いよく綴られてとてもわかりやすくなっている。
「あぁ…『たません』はしょっぱいけど、腹持ちはどうだろう……?確か……愛知県のローカル……えっと地元の食べ物で、でっかい海老せんべいで卵を挟んでたはず。」
曖昧な記憶のまま語る直幸の態度に、おや?とハクバイは不思議に思い質問した。
「そなたは『たません』を、食べた事が無いのか?」
「無いなぁ……妹は買って貰ってたかも知れないけど……。お祭りに来るの自体が、幼稚園以来じゃないか……?」
直幸の実の父親が生きていた頃は、まだ母も態度が柔らかった。
あまり良い顔はしなかったが、父が直幸を祭に連れて行くのを止めなかったのは薄っすらとした記憶でも覚えている。
しかし……それも随分と前の話である為、鮮明には思い出せなかった。
苦しげに眉を寄せて悩む彼に、ハクバイは食べた事が無いなら食べてみれば良いと『たません』を買うように勧めることにする。
「ふむ……では『たません』とやらを、まず食してみようではないか。ほれ、買いに行くがいい!」
「はぁ、わかったよ………。」
彼は背負っていたリュックサックから、使い古した財布を取り出して屋台へ歩み寄る。
もうもうと鉄板から発せられる熱気をじんわりと肌に浴びながら、その奥の快活そうな店員のおじさんに声をかけた。
「………すみません!『たません』一つ下さい!」
「あいよ、兄ちゃん!トッピングはどうする?」
『たません』の追加トッピングとしてはネギやチーズ、青海苔等が定番であるが、直幸は初体験であるため追加のトッピングはせずに注文する。
「トッピング無しでお願いします。」
「あいよ!」
屋台の店主は元気な声を一つ上げると、食用油の入ったオイルボトルを手に持ち、サッと鉄板に回しかけて油を薄く広げた。
次に、卵を一つ割って鉄板の上に落とすと、ジュワっと白身が焼けてプルプルとした透明から白く不透明になっていくのだが、白身が完全に固まり焼ける前に店主は金属のヘラを黄身に刺して崩し、白身と混ぜながらある程度平らに伸ばしていく。
素早く作業を熟していく手際に、ハクバイは爛々と目を輝かせてその工程を見守っていた。
さて、料理は終盤へと差し掛かる。
生だった卵に火が通るのを待つ間に、大人の草鞋程ある楕円状の海老せんべいの半分にお好み焼き用のソースを刷毛でクルリと薄く塗っていった。
そして飴色の焼け目が程よく付いた卵をソースで色付いた海老せんべいに乗せ、シュルシュルとクリーム色のマヨネーズをジグザグにかける。
仕上げにせんべいを半分に折り、手に持ちやすい様に包装紙で包めば完成だ。
出来たてホヤホヤでほんのり湯気を立てる『たません』を、店主のおじさんはヒョイと差し出す。
「はいよ!」
「ありがとうございます。」
おつりも無く丁度の代金を支払い『たません』を受け取った直幸達は、邪魔にならないようにその場を離れる。
硝子張りのコミュニティセンターの壁際に人の少ないスペースを見つけたので、焼きたての暖かな温もりを掌に感じながらそこまで移動した。
「買ったは良いけど、昼飯としては少ないんだよな……。」
「ならば、それを食した後にまた別の物を買えばよかろう。ほら早く『たません』を半分……はそなたの腹も膨れぬからな、三つに分けた内の一つ分を貰おうか。」
ウキウキと身を乗り出して『たません』を食べようと爬虫類独特な口を大きく開く彼に、直幸は少し待ったをかける。
「いいんだけど……そういや、お前が食べてる姿って他の人には見えないんだよな……?」
「霊感のある者は見えるやも知れぬが、基本的にはそうだろうな。」
廃窯の守り神の窯守であり、御神酒を入れていた酒器の付喪神であるハクバイは所謂……霊魂に似た存在である。
そもそもが人間とは同じ次元……レイヤーに存在していないのだから、能力を持たない者が見える筈は無いのだ。
ハクバイのその言葉に、直幸は少し青ざめて考えを伝える。
「と、言うことは……はたから見たら、食べ物が何も無い空間に消えていくのか……?」
その光景を想像した直幸は、思わずふるりと震える。
人間が口を付けていないのに、パリポリと海老せんべいが減っていく様はシュールで少し面白くあるが……超常現象に他ならない。
常ならぬ事が起きるという気味悪さが伝わらないのか、当の本人は首を傾げて不思議そうにしていたが。
「まぁそうであろうが……名も知らぬ赤の他人の食事風景など、まじまじと観察せぬだろう?気にせずに、我が身へ差し出すがよい。」
ホレホレと『たません』を指差す彼に、悩むのも馬鹿馬鹿しく思えてきた直幸は『たません』をそっと彼へ向けた。
「それもそうか…はい、どうぞ?」
「うむうむ、いただくぞ!」
ガパリと再び大きく口を広げてハクバイは『たません』へ齧り付くと、バリバリと小気味よい音を立てて咀嚼する。
その後、三口ほど食べて満足したのか、ハクバイが『たません』へ齧りつかないかタイミングを待って、直幸も『たません』を口に含むのだった。
海老せんべいが唇に少し貼り付く感じがするが、そこから顎に力を加えて噛み砕くと海老独特な香ばしい味わいと、海を感じさせる磯の風味が舌の上に広がっていく。
そして、塗られたお好み焼きソースのフルーティな野菜や果物の甘みの中にスパイスの複雑な刺激が、もう一口と食を進めさせていた。
極めつけは鉄板で焼いた卵の素朴な味とマヨネーズのクリーミーさに負けない酸味が合わさり、一つ完食したらもう一つと言ってしまいそうである程であった。
黙々と食べ進め完食すると、ハクバイは長い舌で自身の口をペロリと一舐めして機嫌良く笑った。
「ふむふむ、前に味見をした『焼きそば』に味が似ておるな!直ぐさま満腹には至らぬが、手に持って屋台を巡ると言う点において食べきりやすく手頃で良い。」
「まぁ……初めて食べたけど味も間違いない感じだし、たまには良いかもな。」
直幸も実物を食べてみて、こういった機会があるかはわからないが、祭に行く際は買ってもいいかもなぁ……と舌先に残るソースの甘じょっぱさの余韻を感じる。
「うむ!新たに知見を得られたな。さて、次は何を食べようか?」
「流石に腹に溜まる物がいいなぁ……。」
「では、あれはどうだ?」
直幸の肩からハクバイが指を向けた方向には、緋色の暖簾に黒く極太なフォントで『やきそば』と書かれた屋台がある。
昼時という時間からか立ち寄って買い求めるお客も少なくなく遠くから観察すると盛況だが、作り置きもしているみたいで透明な容器に詰められた『焼きそば』が鉄板に当らない端の方に積まれていた。
「あー……『焼きそば』?」
「そうだ。『焼きそば』は、そなたが夕飯に買ってきた弁当にあった料理の一つだろう?先ほど味わった『たません』の味付けに似た、麺を用いた食べ物だったと記憶しているが。」
「あぁ……そういえば買って帰った事もあったな。よく覚えてたな……。」
基本的に夕飯は一週間の中で被らない様に購入している直幸だが、気分によっては同じ料理も続く事もあるのでいつ食べたかは覚えていない。
「我が身へ捧げる物は果物の入ったゼリーがいい。」と語ったハクバイにはゼリーを貢いでいるが、直幸が食べている物は気になれば味見程度しかしていなかった。
そんな微かであろう記憶を良く覚えていると、彼はこのいけ好かない付喪神に感心する。
「うむ、あの晩もまた学が一つ進んだ日であった。そも見知らぬ作物が多いとは思っていたが、我が身の創造主が山に籠もって陶磁器を作っていた頃に南蛮から渡ってきた食物が、姿形は変われど現代でも食べられているとは……。」
昔は観賞用に育てられていて、その後に食用へ品種改良されている野菜はそこそこ存在しており、皆様が知っている名称を挙げるならばトマトがとても有名な例だろう。
食に余り興味の無かった直幸でも、調べてみると野菜にも色々と長い歴史がありちょっと面白さを感じていた。
「俺も初めて知って驚いたけど、キャベツとか元々観賞用だったって書いてあったもんなぁ……。そこから食用にしていくのが、食への探究心凄いな!?って思う。」
「その探求の結果、今の世は食せる物に満ちておるのだから先人達に感謝せねばなるまい。」
ウンウンと頷くハクバイにそれは同意するが、昔の先人達の食に対する情熱と探究心に彼は畏怖を覚えた。
「さて、話は戻るが……此度は『焼きそば』を昼飯にするというのはどうだ?」
「凄い食べたいって物も無いし、それにするか。……っと、その前に自販機でお茶を買いたいかも。喉を詰まらせるのは嫌だしな……。」
『たません』はなんとかなったが、焼きそばも食べるとなると飲み物が欲しくなってくる。
それは流石に水分を用意したいと提案すると、ハクバイも理解を示す。
「ふむ、食事後は祭会場を歩き回らねばならないからな、よく選ぶがよい。」
「まあ、選んだとしても水か緑茶だけどな……。」
まずは飲み物からだとコミュニティセンターの会場付近にあった自動販売機に行き、数秒だけ逡巡したが初志貫徹することにして五百ミリリットルの緑茶を選択した。
ガコンッと重い音を響かせて落ちてきたそれを拾い、そのままキャップを回してフタを開けて口内を湿らせる為に一口含むと、茶葉の青くも爽やかな苦味が口に広がり気分がリフレッシュしたようだった。
無意識にホッと一息ついた直幸を眺め、ハクバイは『焼きそば』の屋台へ行くように急かす。
「飲み物は買い終えたな?では、焼きそばを買いに行くぞ!」
「ちょっ、そんなに急がせるなよ……。食べ終わったらゆっくり見るんだし……。」
深緑の細長い尾を使いペしりペしりと直幸の背を叩いて次へと促すハクバイに不満を零すと、呆れたように直幸へ視線を向けた。
「これでも待っておるんだがな?我が身は基本的に食事を必要とはしない。供物…または神饌は捧げ物であるからキチンと食すが……人間のように動力源として食ってはおらん。」
「えっ、お前が買えって言うから買ってるだけでそんなつもり全く無いんだけど。」
「そなたに関しては【そなたが、我が身に捧げる】行為が重要だから、信仰心はさして気にしてない。」
なぜそれが大事なのかイマイチわからない直幸は、ただハクバイが食べたいだけなんだろうと内心で結論づけることにする。
困惑した顔をする彼に、ハクバイはニヤリと笑いかけた。
「……我が身は人間が食事が大事だと理解の意を示して、そなたを待っておるのだ。これほど甘くしてやっているのだから、文句を言うでない。」
「はぁ……。」
ハクバイの言い分に不満を抱きつつも腹を満たす方が先決かと、直幸は『焼きそば』の屋台へ行くことにした。
屋台に近付くにつれてソースの焼けた甘辛い香りに、食べたばかりの腹も空いてくるようだ。
目的の場所に着くと、鉄板を挟んで正面に立っている若い店員に『焼きそば』を一つ頼む。
彼も活気に溢れた声で返事をして鉄板横に並べられたパックを一つ取り、留められた輪ゴムに挿すように割り箸を添えて直幸へ手渡した。
受け取って代金を支払うと、何処か座れそうな場所を探す為に直幸達はその場を離れて辺りを見渡す。
「『焼きそば』を立ち食いは難しいからなぁ……座れそうなとこあるか?」
「先ほど『たません』を食した場所はどうだ?人々も少なそうであったし、静かに食べられそうだったぞ?」
「今から探すの面倒だしな……そこでいいか。」
まだ温かい『焼きそば』が冷めないように気を付けて足早に歩き、先程まで居たコミュニティセンターの壁際に戻って身を寄せる。
歩いている間、ハクバイは直幸の手に持っている『焼きそば』をじぃと観察して気付いた事があった。
「この『焼きそば』は、そなたがいつもコンビニなる商店で買い求める物に近しいな。」
透明なパックの容器から見える『焼きそば』はソースで作られた『焼きそば』で、キャベツや人参の他に豚肉が入っており、上に青海苔がふんだんにかけられ、紅生姜がそっと脇に添えられている王道なスタイルである。
塩焼きそばや醤油焼きそばといった種類も有るが、普段見るタイプとしてはやはりソース焼きそばが多いだろう。
「まぁ……大体『焼きそば』の作り方って、野菜と肉に火を入れて、それをソースで中華麺と一緒に炒めて、青海苔を振ってから付け合わせに紅生姜を置いて完成だろ?だから、似た感じになるのはしょうがないと思うけど。」
「ふむ、聞くに誰もが作りやすそうな手順であるな。」
「そうなんだよ。だけど、作る人とか店によってなんか味が違うのが不思議だ……。」
たまに気分を変えていつも使うコンビニエンスストアでは無く別のチェーン店でも弁当等を購入するが、同じ様なメニューであっても微妙に味が異なる。
それは『焼きそば』に限った事では無いが、直幸は屋台の『焼きそば』を食べて実感していた。
「そこが作り手の妙と言う訳だな。それぞれに、こだわりや決め手があるのだろう。」
「そういう事なんだろな……俺は料理出来ないし、美味しければいいや。」
料理を作るのも食べるのもそこまでこだわりの無い直幸は、味が美味しければそれで良いと思考をまとめて『焼きそば』を食べる体勢に入った。
一旦、太腿を閉じて膝を曲げ、つま先で立ちながら踵に尻を乗せる……相撲等で見られる蹲踞に似た体勢をとり、その膝に『焼きそば』の入ったパックを器用に乗せる。
リュックサックから緑茶を取り出して腹の方に抱え、輪ゴムと割り箸を引き抜くとパックの蓋が勢いよく開き、青海苔とソースの美味しそうな匂いがふわりと空気中に漂った。
「お前も、これ食べるか?」
「いや……今回はよしておこう。そなたが全て食せばいい。」
「そうか?じゃあ、いただきます。」
そう言って割り箸をパキンと軽やかな音を立てて割り、焼きそばを食べ始めた。
茶褐色の煮詰められた甘辛いソースから届けられる深いコクに、スパイスと塩胡椒のピリリと辛い刺激がインパクトを与える。
鉄板で炒めているだろうがキャベツや人参といった野菜の甘さと豚肉の淡白でジューシーな肉質が、青海苔の濃く芳しい潮の風味とソースの味わいととても良くマッチしていた。
「どうだ?味は。」
「そうだな……王道っていうか定番っていうか……頼んどけば間違いないって安心感がある味、か?」
「なるほど、つまりは安定して美味いのだな!」
「まぁ……そうだな。」
雑談を交わしつつ箸を進め、直幸はようやく食べ終わるとペットボトルのキャップを外して緑茶をゴクリと飲んで喉を潤した。
「はぁ……ごちそうさまでした。」
「うむうむ、食べ終わったな?では、行くぞ!」
「はいはい、わかったよ……。でも、どこから見ていくんだ?こことか商店街の方とか、この博物館が併設されている所とか……結構あるぞ。」
直幸はお茶をリュックサックにしまうと、スマートフォンを取り出して【陶祖祭】の会場が載っているサイトを開いて確認する。
地図には数カ所ある会場が記されているので、何処から行くか迷ってしまう。
その表示を見たハクバイは指を顎に当てて少し考えると、自分の意見を話した。
「とりあえず、今いる所を見物しようではないか。その後は博物館のある場所が大きい会場のようであるし、そちらに向かうとしよう。」
まずはそこの屋台からだなと、ハクバイの視界に入ったテントから散策する為に一歩踏み出した。
第四話 (ニ)へ続く
※こちらの作品は舞台とした市町村のホームページを参考にしていますが、筆者とは関わりがありません。
気になった方は、是非ご自身で調べていただけると幸いです。




