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#7

 さて。両親が蒸発し、家を失い。家財諸共所有物がほぼ消え去って。

 そんな危機的な状況から一転。住む家と最低限の服。謎に充実している家具や家電類。そして、驚きの隣人。

 少なくとも悪い方向には向かっておらず、むしろ、どん底からではあったものの、そこからについてはいい方向へと変化していっている、と。そう評していいであろうここまでの流れではあったものの。


 当然。そんなわけもなく。人生波があるわけで。

 いいこともあれば、当然悪いことも起こる。


「おう、悠也! 今日も元気そうでなによりだ!」


 月曜日。二日ぶりの学校ではあったが、なんだかこの週末にいろいろなことが起こりすぎていたせいで、どこか懐かしく感じる。

 前の席のクラスメイト――高橋が、そう気さくに話かけてくれて。いつもどおりの日常がここにはあるんだな、と。そう噛みしめる。


 少し違うことといえば――、


 ちらと、視線を動かしてみると。ひとりの女子生徒と目が合う。

 たまたまだろうか。あるいは、彼女もこちらに視線を遣っていたのだろうか。

 まあ、おそらくは前者ではあるのだろうし、それくらいのことであれば今までも起こり得る。

 だがしかし、どうにも彼女――雲雀さんとの関係性がこの週末に変わってしまったせいで。


 雲雀さんは、にこやかに笑いながら。こちらに向けてその手を小さく振った。


「うおおお! 見たか悠也! 雲雀さんがこっちに向かって手を振ってくださってるぞ! きっと俺が昨日真面目に部活してたからだな!」


「……あ、おう。そう、だな」


 敢えて言うようなことは絶対にしないが。アレはおそらく、俺に向けられたものである。……なにかを間違ったとしても、絶対にこの場でそのことについて言うようなことはしないが。

 高橋くらいの胆力があれば言えるのかもしれないが。俺には到底無理だ。

 言えば間違いなくただの自意識過剰野郎として処理されるし。実際、その可能性自体はないわけではない、が。


 お隣さんへと相成った関係性は、なぜか料理を教え、そして作ってもらったものを頂戴する関係性へと変化していった。……いやほんと、なんでだ。

 そういった背景がそこにあり。直前に彼女と目があっていた、という事実がそこにあって。そう考えると、おそらくはアレは俺に宛てられたものである、と。そう感じてしまう。

 ほんの少し嬉しく感じはする。それは、本当にそうではあった。……が、同時に。サーッと、顔から血の気が引く。


 雲雀さんからしてみれぱ、ただ単に仲良くなった友人に対して挨拶をしているとか、そういうレベルの話なのだろう。至極普通で、当然の思考であり行動だ。同性同士の関係性であれば褒められたものだろう。

 しかしながら、それが異性関係。更には校内でも有数の有名人がやったとなれば話が変わる。目の前の彼なんかは都合よく自分のいいようにそれを解釈してくれているからいいが、そうとも限らないわけで。

 例えば、ちょうど今の様子をはたから見ていて。そうして雲雀さんについてなんらか噂を流すやもしれない。

 噂を聞きつけて、調べようとする人が出てくるやもしれない。


 なにより、俺と雲雀さんの関係性が、実際問題として歪で変わっているからこそ。見られたときに、なにも反論ができないから困るのだ。


 そんなこんなで、トラブル、とまでは言わないまでも。ちょっとしたことが起こりつつあった、学校の朝。

 少しの変化はあったにせよ、今までどおりに流れていく、と思っていたそれは。


「あー、広瀬。いるか?」


「はい、なんでしょう」


 HRには少し早いというようなそんな時間に入ってきた先生に、俺が呼び出されたことによって。大きく変化を遂げることとなる。


「ちょっと、ここで話すのはよくないから。こっちに来な」


 なんか、既に嫌な予感しかしない。






 さて。先生から話されたことについて。全く予想してなかったかというと、むしろそんな可能性のほうが高いだろうな、とは思っていた。


「俺の学費が払い込まれていない、ですか」


「ああ、そうなんだ。だから、このことについて両親に伝えて、至急払い込んでもらいたくってな」


 金曜日までの俺であれば、もっと驚いたことだろう。だがしかし、両親が俺を置いて夜逃げしてしまった現状では、まあ、そうだろうな、としか。

 そこまで切羽詰まっていたであろう両親が、俺の学費など払っていられる余裕があるわけがなく。もしあったとしても、それを別のところに使っていたことだろう。


 うん。どう考えても俺の学費が払われているという可能性があり得ない。


 しかし、さて。どうしたものだろうか。

 せめて高校は出たいとは思っていたのだが、こうなってしまうとそれは到底叶いはしないだろう。

 最悪今年度分が払われているとしたならば、どうにかバイトを増やして一年かけて来年度分を稼ぎ集めるという方法もなくはないが。しかし、仮にそうだとしても自分自身の生活費を確保した上で更に学費までとなると、果たしてそれが可能なのかどうか、と。……いや、不可能に近いだろう。

 その上、それは先述したように。もしも今年度の学費が支払われていたならば、という話であって。現在進行形で今年度の学費の支払いの必要性がある現状では、更に不可能性が増していると言える。


(……まあ、高校は卒業しておきたい、というのはあくまで俺の希望であって。必ずしも必須、というわけではない)


 むしろ、今の俺の経済状況を鑑みるのであれば、絶対的に学校に行っている暇などないことはわかる。

 自分の生活費をどうにかして工面していかないといけない都合、バイトなどを増やさなければいけないのは明白で。そうなってくると、学業に割く時間が勿体ないとまでは言わないものの、その余裕はないだろう、と。


「わかりました、とりあえず伝えておきます」


 伝える両親はもういないのだけれども。しかしながら、それをこの場で言うのは少し憚られて。

 まあ、どうせ払えないから退学しますと、そういうときには事情を話さなければいけないだろうから、言ってしまってもよかったのだろうが。しかしながらあと十数分としないうちに授業が始まってしまうこの状況で、今からその話を始めるには時間が足りないように感ぜられた。


 だがしかし、さて。こうなったところでお金の問題がどうにかなったわけではなく。その日の授業はどうしても話半分に、上の空で聞いてしまっていた。

 前の席からは「大丈夫か?」とそう声をかけられてしまった。どうやら相当だったらしい。


 まあ、それほどのことが目の前に壁として現れてしまっているので、こればっかりは許してほしいのだけれども。とはいえじゃあ「両親がいなくなった上、俺の学費が払われてなかったんだよね」なんて言えるわけもなくって。

 ひたすらに愛想笑いと適当な言葉回しでそれらを回避しているうちに、放課後になった。


「……帰るか」


 とは言っても、バイトに行ってからにはなる。


 気鬱なことが多い現状だけれども。しかしながら、今夜についても雲雀さんと料理をするということを考えると、それだけでも少し救われたような、そんな気がした。






 バイトに勤しみ、雲雀さんに料理を教えて。

 相変わらず初心者とは到底思えない手際の良さの彼女の料理に舌鼓を打って。

 いやほんと、流石雲雀さん、というと彼女のその努力を否定するようで嫌ではあるが、本当に上手である。


 そうして彼女に感謝を述べつつ、部屋から出て。

 隣である自分の部屋に戻ろうと、扉を締めて廊下に向き合ったところで。


 大きく、息をついてしまう。

 はたして、これからどうしたものかと。


「広瀬さん、どうかされましたか?」


「……へっ?」


 突然に声をかけられて、俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

 声の方向に振り返ってみると、そこには大家さんが立っていて。

 はたしていつからそこにいたのだろうか。……今、俺が雲雀さんの部屋から出てきたのは見られていただろうか。

 いや、あくまで近所付き合いの一環とそう言い訳できるだろうか。待て待て、まだなにか疑われたわけではないだろう、わざわざ言い訳を考える必要性なんてないわけで。

 でも、女性一人暮らしの部屋から、男が出てきているのは事案では? と。そんなことがぐるぐると頭の中をめぐりながらに混乱しかけていると。


「私のお節介ならばそれでいいんですけれど。……どこか、悩みがあるような気がしたので、よければ話してくれませんか? 話すだけでも、少し楽になるかとしれませんし」


 大家さんは、そんな柔らかな表情を浮かべながらに、そう言ってくださる。

 正確な年齢は知らないが、見た目だけならそう俺からも離れていないだろうに。こんなにも優しさや余裕などを兼ね備えている彼女の立ち居振る舞いには驚きと尊敬とを感じてしまう。


「……それならば、お願いしてもいいでしょうか」


 大家さんには、ここに入居する際に、その情報は必要だろうということで諸般の事情は話してしまっている。

 であるので、確かに相談する相手としては相応しいのかもしれない。


 それでは私の部屋に来てください、と。そう言われるままに大家さんの部屋へと誘導されていく。


 入居したときもそうではあったが、キレイに整えられている室内にて。座布団に座りながら、どうぞ、と。そう差し出された緑茶を受け取る。

 ひとくち飲むと、落ち着く、良い香りと味。至極当然の話ではあるが、今の今までめちゃくちゃに焦っていたのだろう、と。それを自覚する。


「それで、どういった悩み事なんでしょうか」


「……まあ、こんな事を話されても、大家さんが困ってしまうだけかもしれないんですけど」


 俺はそう前置きながらに、今朝方に教師から告げられた事についてをかいつまみながらに説明をする。

 話せば話すほどに、彼女の表情が難しくなっていき。だんだん、話に巻き込んでしまっていることが申し訳なく感じてくる。


 ひとしきり、事情を話し切る頃には。まるで信じられないとでも言いたげな表情で、彼女は驚いていて。


「そんな、ことが」


 と。その言葉だけでも。やはり、彼女が優しい人物であることがよくわかる。


「ごめんなさい、こんなことを話したところでどうにかなるという話でもないのに」


「……いえ、どうにもならない。というわけではない、ですよ」


 大家さんはそう言いながらに、少しの間、ジッと考えてから。

 そうして、俺にその視線を合わせてから、ゆっくりと口を開く。


「広瀬さん。奨学金、というもの知っていますか?」


「ええ、まあ。いちおうは」


 システムとしては知っている。もちろん、詳しいかと言われるとアレなのだが、最低限であれば知識として有している。


「でも、その云々をやろうにも、両親が消えてしまっている俺には難しい話ではありません?」


 そもそも、もしかしたら俺の預かり知らぬところでその手のものは利用されているかもしれない。

 無論、仮にそうであったもしても、その金は両親が使ってしまっていることだろうが。現状の学費が払い込まれていない、今を鑑みれば。


「それはそうなのですが。……ですので、参考にするのは、そのシステムのみです」


 そう言いながら、大家さんは、思いもよらぬことを言う。


「学費に必要なお金についてを。無期限、無利子でお貸ししましょう」


「……はい?」


 耳を疑った。学費の話をする上で、大まかにどのくらいの金額か、という話はしている。

 決して安くはない金額だ。だというのに。……えっ?


「高校は。……いえ、可能であるならば、大学までは出ておくべきです。これが学力が足りていないゆえであるとかならば、また話は別にはなりますが」


 そういうことではないでしょう? という彼女の質問に、俺は頷く。

 無期限、無利子。つまるところが、返すのに時間をかけてもいい。その間、借金が増えることは、ない。

 間違いなく、俺にのみ得があって、大家さんには利が無い話だ。

 今の俺の現状からして見るならば、とてもありがたい話で。でも、だからこそ。


「安心してください。特に、裏なんかはありせん。これに関しては、ただの心配であるとか。言葉を悪く言うのであれば、同情に近いような、それです」


「……ははは、ええっと」


 バッチリ、考えていたことを見抜かれていた。

 まあ、実際怪しさとしては十二分にあるので、そう思ってしまったことは許してほしい。


「とはいえ、せめて高校は卒業しておいたほうがいい、というのは事実です。なので、どうでしょうか?」


 大家さんは、こちらに向けて。本当に、言葉のとおり、ただ、心配からそう提案している、と。そういう様子を見せながらに、尋ねてくる。






 悠也くんの学費が支払われていないということが判明した昨日の夜。さて、どうしたものか、と。春恵とともに私は考えていた。


「いっそ、学費であれば私が全て支払ってしまえば、両親が払っていたということにできるのでは」


「明日までに払い込みが成功すればそうできるかもしれませんが、それは難しいでしょう」


「……むう」


 明日になれば、学校が始まる。そうなれば、悠也くん本人に学費のことが伝えられる可能性がある。そうなれば、秘密裏に支払っておく、ということができなくなる。


「でも、いくら学費として必要なものであったとしても、悠也くんは受け取らないでしょうし」


 だが、このまま引き下がるわけには行かない。未だ学校の中で悠也くんとイチャイチャラブラブできていない。私はそういうアオハル的なこともしたいのだ。


 そのために、お父様とめちゃくちゃな喧嘩をしながらに、無理を押してこの高校に進学してきたのだから。


 私がううむ、と。唸っていると。春恵は「それならば」と。


「貸す、という形はどうでしょうか。それこそ、奨学金のような形式で」


「……えっ?」


「雲雀様からでは受け取ってはくれないでしょうが。都合私は広瀬さんの現状について、直接彼から伺っています。ですので、その体裁を使って、彼と話して。学費を彼に貸す、という形にするのはどうでしょうか。もちろん、これでは広瀬さんから雲雀様へと感謝が行かないことにはなりますが」


 春恵のその話は、なるほど、たしかに筋が通っている。


「いえ、感謝云々については、この際大丈夫です」


 究極、今回の件に関しては、悠也くんが助かるのであればそれでいい。

 だからこそ、それならば春恵のその作戦で納得しかけて。しかし、そんなときに彼女はしかし、と。


「今回の話、おそらく、これだけでは済みません」


「……えっ?」


「もうひとつの問題についても、対処しておかないと。おそらく、広瀬さんは学校をやめてしまうか、と」

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