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#6

 鶏肉は一口大よりもいくらか小さいくらいに切ってもらって。その際にも、またもやどのくらいの大きさなのか、一緒に教えて下さい、と。そんなことを言われて。と、そうこうしているうちに、いつの間にやら米の炊きあがるいい匂いがしてくる。

 ディスプレイを見てみると、残り数分。焼き始めておいても良さそうだろう。


「そろそご飯米も出来上がりそうだし、こちらもチキンライスを仕上げる準備をしていこうか」


 少し大きめのフライパンを用意して、そこに油を少しだけ引く。

 コンロでフライパンを熱してから、そこにタマネギと鶏肉とを投入して、焼き始めてもらう。


「一緒で大丈夫なんですね」


「ああ、たしかに野菜の火の通りと肉の火の通りじゃ結構違ってくるし。野菜だけでも変わってきたりもするんだが、今回は全部の食材を小さくしているし、鶏肉の相手方がタマネギということもあるから、一緒でも大丈夫だ」


 気になるのならば別で分けても構わないが、と。そう俺は尋ねてみるが、雲雀さんは「いえ、大丈夫です!」とそう言うと、フライパンに向けて真剣に向かい合う。

 小さく切っていることもあり、火の通りもそこそこに早い。三分、四分としないうちにそれなりに良い頃合いになるので、塩胡椒で下味を軽くつけてから、ここにケチャップを投入。


「ご飯より先にケチャップを入れるんですね」


「まあ、割と意外かもしれないけど、食材がケチャップを中継してご飯につけてくれるから、存外にこっちのほうが万遍なく色がつくし、あと、ケチャップって少し水っぽいところがなくはないから、ある程度先に水気を飛ばしておいたほうがベチャッとしないんだよ」


 目的だけを考えるなら、確かにご飯にケチャップを掛けても問題ないのだけれども。順番を少し入れ替えるだけで味の程度が変わるのであれば、それをやるに越したことはないだろう。掛かるお金も変わらないわけだし。


 ちょうどそんなやり取りをしているさなかで、炊飯器から、ピーという電子音が鳴って。どうやら、都合よくご飯も炊きあがってくれたらしい。

 フライパンに手を付けていて離れられない雲雀さんに代わって、俺が炊飯器の蓋を開けると、炊きたてのご飯のいい匂い。

 そのまま嗅いでいたい気持ちをぐっと抑えて、しゃもじを使って軽く混ぜておいてから。必要分を容器に取って、雲雀さんの元へ。


「うん、そろそろ良さそうだね。それじゃあ、ここにご飯を入れて、全体的に混ぜ合わせていこう」


「はい!」


 しばらく混ぜ合わせれば、全体的にしっかりと色がついてきて。最後に、塩胡椒で味の調整を行う。

 これで、チキンライスの準備は完成。あとは、これを卵で巻くだけだ。


「まあ、オムライスと言っても、特に最近ではその見た目……というか上に乗せる卵の形態でいろいろな呼ばれ方をしたりしてるが。とりあえず、一番シンプルなやつで行こうか」


 他のやり方も、なんとなく見聞きしたり、あるいは想像がつくものではあるものの、俺は今のところ作ったことはない。

 なにせ、このシンプルなオムライスが、一番簡単に作れると思うし、なにより卵一個でキチンと巻ける。

 コスパ、大事。


「じゃあ、卵をボウルに割り入れて。で、黄身をほぐしつつ、混ぜていこう」


 イメージとしては、白身を切りながらというのが理想なんだけど、そこまで言うと混乱するかもしれないし、オムライスを作るだけなので、少なくとも自分で食べるぶんならこのくらいでいいだろう。

 他人に出すのであれば、カラザなんかも取り除いたりするんだけど。って、雲雀さん、ちゃんとカラザも取り除いてるのか。几帳面だな。……なんか、引っかかることがあるような気がしなくもないけど。


 と、変なことを考えそうになっていたが、ここから先は再び火を扱う。キチンと、料理に対して集中していかないと。


「フライパンに油を少しだけ引いて、熱しよう。目安は、油から煙が出てくるくらいまで」


 先程までのフライパンを別の口に移動させて、今度は小さなフライパンで調理を始める。

 フライパン全体に油をなじませるようにしておきながら、油煙が出てくるのを待って。


「よし、それじゃあ入れて。手早く、少しだけかき混ぜつつ、フライパン全体に卵液が広がるようにしていこう」


「うん!」


「軽く卵が固まってきたら、そこにさっき作ったチキンライスを入れて。そして、お皿を持つ」


 そうして、ここからは少しやり方がややこしいので、雲雀さんの傍によって、少し触るね、と。先に前おいてから、彼女の身体に触れる。

 彼女の身体が少し跳ねるが、そのまま、腕をリードするようにして。


「そのままフライパンから転がしてお皿の上に移動させるようにして、移動させれば……ほら、完成!」


「おお、できました! 悠也くん、私、できてますか!?」


「うん、できてる。とても上手にできてるよ」


 実際、本当にそう思う。食材の下処理のときも十分上手だと思ったし、今だって卵が破れないでキチンと焼けていた。これを上手にできていないと言わずになんと言うのだろうか。


「あ、その。私もう一回やってみますね!」


「え? うん」


 たしかにチキンライスはまだ残っているし、もう一個なら作れるだろうが。それにしても先に食べてしまってもいいと思うんだけれども、と。

 そう思いはしたものの、まあ、本人の意思なので特別口は挟まないでおこう。

 実際、先程のものは最後の一瞬は俺が手伝っていたので、そこまで一人でやってみたい、ということかもしれない。


 カチャカチャ、と。雲雀さんが真剣にキッチンに向き合う。

 先程の一回でしっかりと工程を認識できたのだろう。手早く、ササッと準備を終えた彼女は、そのままにオムライスを巻き上げて。そのまま、キレイに盛り付けまで仕上げる。


 完成したそれをこちらに見せながら、満面の笑みを見せる雲雀さんに、俺は称賛の声を送る。


「それじゃ、食べましょうか!」


 そう言いながら雲雀さんは、オムライスとサラダ。そしてスープとを準備して、自身の食卓に置き。

 その対面の席にも、同じセットを準備する。


「うん? えっと、これは」


「あ、そういえば、オムライスの上にはケチャップを乗せるんでしたね。忘れてました」


「いや、それはそうなんだけど。そうじゃなくって」


 たったったっ、と。軽い足取りでケチャップを取ってきた雲雀さん。

 俺は少し困惑したままに、彼女に疑問をぶつける。


「ええっと、その。こっちの席は」


「はい、悠也くんの席ですよ。せっかく一緒に作ったんですから、一緒に食べましょう!」


 屈託のない笑みで、もしかしたら、と考えていたその内容を真っ直ぐに伝えられて。

 なんてことだ。こんな役得があっていいのだろうか、と。そんなことを考えてしまいつつ。その光り輝くような純真な表情に浄化されそうな気持ちになりながら。


「あ、そうだ。悠也くんのオムライスにもケチャップかけておきますね」


「うん、ありがとう」


 なんのことについての許可取りだったか、ということはもはや俺の中では重要ではなく、とりあえずそれに対して頷いていた。今なら、それこそメチャクチャなことを言われてもうんと頷きそうだった。

 いやだって、明日の食い扶持に困っているような状態で、クラスメイトのめちゃくちゃかわいい女の子の手料理を食べられるってどんな状況なんだよ、と。

 たしかに料理を教えはしたけれど、それに対する役得としてあまりにも大きすぎないだろうか、と。


「これでよし! それじゃ、食べましょうか!」


「うん。それじゃあいただきま――」


 改めて、ありがたく食事をいただこう、と。そう思って視線をオムライスに戻して。そこで、絶句する。

 オムライスにケチャップで。でかでかと、ハートマークが描かれている。


「……ええっと」


「オムライスにはケチャップで絵を描くものだとクラスメイトの人から聞きました。どうでしょうか?」


「う、うん。そうだよね。うん。上手だと思うよ!」


 多分引き攣っているであろうその表情を見せないようにしながら、俺はなんとかそう言葉を絞り出す。

 勘違いするな、勘違いするな。これはただ、絵が描かれているだけ。たまたまハートマークなだけで、他意はない。勘違いするな……という方が無理があるだろう!

 大きくひとつ深呼吸をしながら、ゆっくりと顔を上げると、ニコニコとした笑顔でオムライスを頬張りながら、おいしい! と、そう声を上げている雲雀さんがいた。……うん、他意はない、はずだ。俺のただの勘違いだ。

 だから、意識するな、意識するな。そう自分に言い聞かせながらに、オムライスを口に運ぶ。


 半分くらい味がよくわからなかったけれど、それでもなお美味しいとそう感じられたのだから。まあ、上手に作れている、はずだ。

 きちんと教えられてようで、よかった。


「しかし、今回わかったことなんですけど。自炊って、思ったよりも安くなるわけじゃないんですね……」


 ぽつり、と。雲雀さんがそんなことをつぶやく。

 口の中に含んでいたものをゴクンと飲み込んでから、俺はそれに、そうだなと答えて。


「特に、一人分だけつくる、とかをやったところで然程節約になる、というわけでもなかったりする」


 無論、飲食店などで食べることを考えるのならばさすがに変わってくるものの、その一方でスーパーの惣菜なんかを比較対象に挙げるのであれば、こと一人分を作る場合で考えると、いい勝負になってくる。

 なんなら、夜間で割引をされて行くことを考えれば、こちらに利があるまである。調理に時間がかかることを加味すれば、もはや勝負にすらならなくなる。


 もちろん、今回の料理自体が、食材としてもそれなりに良いものを使ったとか、調味料の系統はイチから買ったなどの都合もあるために単純に比較するのは難しいが。しかし、雲雀さんの評価自体も間違ってはいない。


「まあ、人によっては自分の好きな味を作るために、という人もいるらしいから。特に一人暮らしだと安く仕上げるために、という理由で自炊する人はあんまりいないんじゃないかな」


「そう、なのですね……」


「とはいっても、安くしていく方法はなくはないんだけど」


 要は、少しだけを作っていくから高く付くのだ。

 で、あるならば。一気にたくさん作って、それを作り置きしておいて、と。そういう方針で作れば、多少は費用を抑えられる。

 まあ、それ用の調理をする必要があるのはもちろん。いつまで保つのか、ということをキチンと管理する必要があるし。期間内に食べきらないといけないため、たくさん作れば安くはなるが、その分頻繁にそれを食べる必要が出てくる。

 それから、保存を意識する必要がある都合、作れる料理の幅もやや狭くなるというのも事実ではある。


「結局、そうなってしまうのですね」


「まあ、そういう都合だから。案外一人暮らしで料理ってしない場合もある。正直、俺もそうなりそうだなって思ってるし」


 いろいろと他にやらないといけないことが出てくるだろうし、なによりお金の工面で苦労している現状、格安スーパーの値引き済みの惣菜や弁当を頼るほうが確実に安く上がる。

 正直キッチンの装備がめちゃくちゃに整っているのでやってみたいと思わなくはないのだけれども、その余裕も正直ないのが現状だった。


「一人分を作るよりも、二人分を作るほうが安くなる、ということですか?」


「うん? まあ、そうなる、かな。時間としてもそう大きく変わるもんじゃないし」


「そ、それなら! その。悠也くんさえよければ。その!」


 雲雀さんは、顔を真っ赤にしながら。目をぎゅっとつむって。

 そして、


「一緒に、ご飯を食べませんか!?」






「うへへー、言っちゃったー!」


「雲雀様。気持ちはわかりますが、いろいろと緩み過ぎです」


 床でゴロンと寝転んでいる私に対して、春恵が軽く諌める。

 しかしテンションが上がりきってしまっている私には、そんな言葉つゆほども効かず。緩み切った表情は戻ることを知らなかった。


「あのねあのね、春恵。悠也くんにオムライス食べてもらったの!」


「知っております」


「美味しいって言ってくれたの!」


「存じ上げております」


「それでね、一緒にご飯食べない? って、そう聞いちゃったの。キャー!」


「把握しています。そもそも、この話自体が五回目です」


 春恵は相変わらず表情ひとつ変えないままにそう淡々と言う。

 わかっている。現状では私のテンションのほうが異常だということを。しかし、それをわかっていたからといって、じゃあ抑えておけるものだろうか。


 悠也くんと晩御飯を一緒にするという約束を、取り付けたというこの状況で!


 食費なんかのこともあるし、申し訳ない、と。そう言う彼ではあったが、そこは料理を教えてもらうお礼、ということで抑え込んで。そうしてなんとか、この約束を、あまりにも大き過ぎる戦果を手に入れたのだった。


「はっ。隣の部屋で眠り、同じ部屋で料理を作って、と。これはもしかして実質結婚では……?」


「もしかする要素もなく、そんなわけはありません」


 春恵は、短くそう否定をする。自分でもありえないことを言っていることはわかっているが、少しは乗ってくれてもいいんじゃないだろうか、と。


「……まあ、これで少しだけは解決したかしら」


 私はいつもの調子に戻りつつ、そうつぶやく。

 金銭問題の、そのうちのひとつ。食費のその、夕食分だけは、これで実質的に相殺できる。

 少しは、余裕が生まれてくれればいいが。しかし、そう簡単なものでもないのも事実。他にも、対策は必要だろうし。それに――、


「金銭関係の問題として、調べるように言われていたことで。少し……いえ、かなり問題になりそうなものが」


「……やっぱり、そうなるわよね」


 春恵から貰った報告を確認して、私は大きくため息をつく。

 息子になにも告げず、ひとりそこに置いて夜逃げするような人間たちが、そんなもの払っているわけもないか、と。


「また、こちらについては現在場所を捜索中です」


「しっかり探してね。……戻って来ると、いろいろと面倒だから」


 春恵が、はいと返事をしたのを聞いて。私は直近に降りかかるであろう、その問題に向き合う。


 さて、どうしたものだろうか。……悠也くんを守るためには、どうすれば、いいのだろうか。

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