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14/20

#14

 聞こえてきた泣き声に、俺も雲雀さんも片付けの手を止めながら、そちらへと意識を遣る。


 女の子がひとり、原っぱをぽつぽつと歩きながらに泣いている。周りの人たちもそんな女の子のことを気にはしているものの、駆け寄って来るような姿は見えない。


 ということは、つまり。


 持っていた荷物を一度地面に置いてから、女の子に歩み寄る。

 それでもなお、こちらを気にするような人はいたとしても、周囲には反応をするような人はいない。


 うん。迷子、ということで間違いないだろう。仮に親が近くにいたなら、俺よりも先に様子を見に来るだろうし。


「おがあさあああああん! おどうさあああああん!」


 泣きながらに両親を呼んでいる彼女の近くまで来て、膝を折って目線を合わせる。

 タッタッタッ、と。俺の置いていた荷物をまとめて持ってきてくれた雲雀さんも、同じく近くまでやってきて。同じように女の子と視線の高さを合わせる。


「どうしたの? 大丈夫?」


 俺がそう声をかけると、それに気づいた女の子は、ズビズビと鼻を啜りながら、涙を目に溜めながらこちらを向く。


「……おにーさんは?」


「俺は悠也。で、こっちのお姉さんが雲雀。君のお名前は?」


「…………ユリ」


 しばらく躊躇ったユリちゃんだが。やや拙いながらにも、そう言う。

 それを聞いた雲雀さんはユリちゃんに不安を与えないようにと笑顔を携えながらに、それで、と話を続ける。


「ユリちゃんは今日、誰と一緒に来たのかな?」


「うう、おかあさんと、おとうさんと。でも、ユリ、迷子に――」


 必要な情報である、ということと同時に。しかしながら、説明に伴って、自身の置かれている状況を再確認せざるを得ない。

 そしてそれを自覚したユリちゃんが再び不安になって、瞳を潤わせてしまう。

 それは、いけない――、


「それは大変だ。お母さんとお父さんが迷子になるだなんて!」


「それは大変です。お母さんとお父さんが迷子になってしまうだなんて!」


「……えっ?」


 三人の、困惑の声が同時に出る。だが、今は俺たちはそちらに気を使っているわけには行かない。

 下手なことに気を割いて、万が一に不安などがユリちゃんに伝わってしまってはいけない。


「よく考えてみてほしいんだ、ユリちゃん。お母さんとお父さんは大人だろう?」


「う、うん」


「だからね、ユリちゃんよりもしっかりとしていないといけないんだ」


 無論、ただの詭弁でしかない。両親の側に責がないかと言われればそれも違うが。だがしかし、両親にだけ原因がある、ということはまずないだろう。

 だがしかし、ただでさえユリちゃんが不安を抱えている現状、彼女に下手な責任感を与えるわけにはいかない。

 それを感じるのは、全部解決してからでも遅くはない。


 それにね、と。今度は雲雀さんが言葉を続けてくれる。


「ユリちゃんがお母さんとお父さんから離れちゃってるってとことは、お母さんとお父さんもユリちゃんから離れちゃってるってことでしょ?」


「うん」


「じゃあ、やっぱりお母さんとお父さんが迷子ですね。だって、しっかりしていないといけない人たちがどこか行っちゃったんですもの」


 ユリちゃんの両親には勝手な説明をしてしまって申し訳ないが、だが、この場を収めるにはこれが手っ取り早い。

 雲雀さんの言葉をそのままに、俺はユリちゃんに向かって。


「それじゃあ、俺とお姉さんと一緒に、迷子のお母さんとお父さんを探そっか」


「……うん!」


 ユリちゃんは随分と落ち着いた様子で。なんならむしろ、ちょっと気持ち的にも楽になったのだろう、少しだけ笑顔を浮かべながらにそう頷いていた。






 ユリちゃんを挟むようにして三人で手を繋いで並んで歩く。


「しかし悠也くん。探すと言ってもどこに行きましょうか」


「まあ、普通に迷子センターでいいんじゃないかな。たぶん両親も困ったらそこに来るだろうし」


 パニックになってその場で探し続けることはあるだろうが。迷子センターに向かうことはあっても、迷子センターから離れることはまずないだろう。だから、すれ違うことはまずないと思っていい。


「しかしごめんね? 雲雀さん。こんなことに巻き込んじゃって」


「いえ。大丈夫ですよ。私も、行こうかと迷っていたくらいだったので」


「ならよかった」


 せっかくの動物園での滞在時間が、というように思っていないだろうか、と。そんな懸念はありはしたが。どうやら大丈夫らしかった。


「ねーねー、ユーヤとヒバリは家族なの?」


「……へ?」


 真ん中で。おそらくは普段から両親に対して行っているのだろう、繋いだ腕にちょっとぶら下がったりして遊びながらに歩いていたユリちゃんがそう尋ねてきて。俺は思わず間の抜けた声を出してしまう。

 チラと雲雀さんの方を見てみると、そっぽに顔を向けながらなにかを呟いていた。その耳は、真っ赤に染まっている。

 うん、よくわかりはしないが、なにやら取り込み中らしい。ならば、俺が訂正しておくべきだろう。


「どうしてそう思ったのかな?」


「んー、なんとなく? だってユーヤとヒバリ、とっても仲良しだったもん!」


「あー。それは俺と雲雀さんは友達だからな。ユリちゃんにも友達、いるだろ?」


「うん!」


 元気よくそう返事した彼女は、そのままにいくつか名前を挙げていく。彼女の大切な友達なのだろう。


「ユリちゃんがその子たちと仲良しなように、俺と雲雀さんも仲良しなんだよ」


「そっかー!」


 どうやら納得してくれたらしい。

 誤解もキチンと解けたらしいし、と。そう思いながらにもう一度雲雀さんの表情を確認してみる。


「……そうなんです。私と悠也くんは仲良しなんですよ」


 なぜか、そこにはどこか不服そうにしている雲雀さんがいた。

 いや、ほんとになんで? 説明すべきところで間違ったことは言ってないはずだよね?


「……悠也くん」


「は、はい。なんでしょう」


 なぜかいつもより威圧感のある雲雀さんに、思わず敬語で反応をしてしまう。


「私は、それでも構わないというか。むしろ、そうなれたら嬉しいな、と。そう思ってますから」


「えっ? それってどういう――」


 意味なんだ、と。そう尋ねようとした俺の言葉は、遠くから飛んできた声によってかき消される。


「ユリ!」


 前方から、駆け寄ってくる二つの影。それを見たユリちゃんはパッと繋いでいた手を離して走り始める。


「お母さん! お父さん!」


「ユリ! どこに行ってたの!」


 母親がユリちゃんのことを抱きしめながらに、そう、優しく叱る。

 父親もそんな二人に寄り添うようにして、三人で身体を抱き寄せ合う。


 うん、よかった。本当に。


 しばらくそんな様子の三人ではあったが、そのうちに父親がハッとした様子で立ち上がり、俺たちの方に向かって「ありがとうございます」と。


「大丈夫ですよ。俺も雲雀さんも、たまたま近くにいただけなので」


「それでもお二人の時間を奪ってしまったことには違いないでしょうし」


「気にしないでください。俺たち二人とも、そうするべきだと思って動いただけなので」


 たしかに時間を使ったことは否定しないが。だが、それをして後悔であるとか、そういう感情は全くない。

 むしろ、あそこで動かなかったほうがあとから気になってしまうだろうとも、そう思える。


 父親から少し遅れて、母親も立ち上がって。こちらからも感謝を述べられる。


「本当に、なんと感謝したらいいことか」


「いえいえ。ユリちゃんとご両親が再会できて本当に良かったです。ね? ユリちゃん」


「うん! ありがとう、ユーヤ、ヒバリ!」


 クルリとこちらを向いたユリちゃんがそう言う。

 その言葉に母親が「さんをつけなさい!」と、そう言うが。そんなやり取りでさえも、できていることが少し微笑ましく思う。


「それでは、俺たちはこのあたりで」


「じゃあね、ユリちゃん!」


 ユリちゃんとその両親に小さく手を振りながらそう挨拶をする。

 両親からはお礼を再び言われ、ユリちゃんは両手を大きく振って送り出される。


 そのやり取りに、少しだけ心が温まりながら。うん、判断は間違っていなかったな、と。そう思える。

 家族は離れ離れにならないに越したことはないだろうから。






 ユリちゃんたちと離れてから、しばらく歩いて。

 そういえば、と。


「まさか、ユリちゃんにかける言葉が揃うとは思っても見なかったな」


「そ、そうですね……」


 あはは、と。苦笑いをしながらに雲雀さんがそう言う。

 まさか全く同じタイミングで、それも、内容までもが同じことを言うだなんて思ってもみなかった。


「その、私も昔に迷子になっていたことがありまして。それで、そのときに言ってもらったことを参考にした、といいますか」


「なるほどな」


「はい。今でもその方は恩人です」


 雲雀さんの纏っている雰囲気がほんの少し変わる。

 それで、なんとなく察してしまう。おそらく、彼女が想起しているであろう相手のことが。


 以前言っていた、想い人のことなのだろう。


「私と同じ歳だというのに。迷子で不安になっていた私を勇気づけてくれて。そして、前を向かせてくれたんです」


 とてつもないやつがいたものだ。たしか十年くらい前と言っていたから、未だ一桁年齢の頃合いだろう。

 それでそんな言い回しができるだなんて。……いや、もしかしたらただひたすらに安心させようと、がむしゃらに、全力だったのかもしれないが。

 しかし、それで結果がついて回っているのだから、立派なものだ。


「そういえば、それで言うならば悠也くんはどうしてあんな言い回しを?」


「あー、俺か? 俺もまあ、過去の経験に由来するものというか」


 とは言っても、雲雀さんみたくいい思い出、というわけではなく。どちらかというと失敗した思い出に由来するものではあるのだけれども。

 ただ、あれに関してはその後の俺の判断がバカだったというか、なんというか。


「そ、それって。その――」


 雲雀さんが顔をハッと明るくさせながらになにかを言おうとした、その時。


 ぽたり、と。肌に冷たいものが触れる。


「……あっ」


 もたなかったか、と。普段そんな信心深くもないくせに、少しばかりお天道様を恨みながら。


「とりあえずこっちに!」


 くるりと周囲を見回して、屋根のある建物へと。雲雀さんの腕を引きながらに駆け込む。


「……降っちゃったか」


「天気予報、晴れのち雨、でしたものね」


 どうやら雲雀さんも調べていた様子で。少し悔しそうにしながら、空模様を眺めていた。

 これが時間経過で弱まってくれるのならば、それでいいんだけれども。パッと見では弱まるどころか強くなっていきそうにさえ見えてくる。


「やっぱり延期をするべきだったのでしょうか」


「とは言っても、チケットの期限もあったしな」


 貰い物なのだから仕方がないのだが、期限がかなり近いチケットで。休日で予定を組めそうなのが今日しかなかった、というのも事実であった。

 だからこそ、今日に決行するしかなかったのだが。天気だけは、どうしようもなかった。


 一度堰を切ったのを皮切りに、ザアザアとなだれ込むように降りしきる雨を見て。はてさて、どうしたものか、と。


「どう、しましょうか」


「うん、そうだな。……とりあえずしばらく様子を見て。それでも変わらなさそうなら、って感じかな」


 この雨の中を無理を押して見て回ることも不可能ではないけれど。さすがに、というところだろう。

 ひとまずは、と。お互いに天気予報を確認はしていたので、折り畳み傘は準備しておこうか、と。


「……あっ」


「雲雀さん、どうかした?」


「いえ。その、折り畳み傘を入れていたつもりが忘れてしまって」


 ああ、なるほど。それはたしかにまずい。

 この雨の中を傘無しで、というのは無茶な話ではある。


「それじゃあ、俺が近くの売店まで買ってくるから。雲雀さんは待っててくれるか?」


 ここは動物園。コンビニのようなビニール傘があるかはわからないが、しかしながら物販として販売されている傘ならばあるだろう。無論、ビニール傘と比べて値は張るが。


「あっ、あの!」


 折り畳み傘を開いて、売店まで走ろうとした俺に対して。雲雀が声をかけて止める。

 くるりと振り返って彼女の方を見ると。なにか意を決した様子の雲雀さんは、顔を真っ赤にしながらに。すう、と。大きく息を吸い込んで。


「その、よろしければ! その傘に一緒に入る、ではだめでしょうか!」


「……えっ?」


 雲雀さんは俺の手元にある折り畳み傘を指差しながらにそう言う。


「えっと、その、悠也くんが嫌なのなら、別に無理にとは言いませんが。その、傘も安くはないでしょうし」


「別に嫌とかそういうわけじゃないんだが。その、折り畳み傘だから、狭いぞ?」


「だっ、大丈夫です!」


 なぜか強い語気でそう押してくる雲雀さん。

 雲雀さんがいいのなら、まあ、いいんだけども。

 ただ、これって――、


「あっ、少しだけ雨の勢いが落ち着いてますね。今のうちに行きましょう!」


 たしかに先程に比べればいくらかはマシになっている雨。

 今がチャンスですと言わんばかりの雲雀さんの押しに突き動かされながら、俺たちは一緒に傘の下に入った。

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