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12/20

#12

「それでは、明日。よろしくお願いしますね!」


「ああ、こちらこそ、よろしく」


 時間が経つというのは、思っているよりも早いもので。あっという間に平日の五日間など吹き飛んでしまって。今日は土曜日。つまり、明日は日曜日。

 ついに、明日。約束していた動物園へ行く日である。


 正直、いろいろと思うところはなくはない。それこそ、彼女は問題ないと言っていたものの。雲雀さんの想い人に対して不義理な行為になってしまうのだろうか、であるとか。

 それから、いちおうは衆目からしてみれば、男子高校生と女子高校生が連れあって動物園に訪れているのである。

 その実情が、まさか期限付きのチケットをバイト先で貰ったから、なんて。そんなことを知る人がいるわけもなく。

 つまるところが、傍から見ればデートに見えてしまう、というわけである。


 正直なところ、釣り合っていないとかなんとかで俺が笑われるとかそういうだけであれば問題ない。別にそれだけであれば、全くもって気にしないし。

 実際問題、そうだろうと思っているから。なにせ、片や財閥令嬢、片や親が借金返せず夜逃げで消えた貧乏人。たまたま同じ学校の同じクラスで、同じアパートで隣の部屋に住んでいて。そして、同じバイトをしているだけだ。……なんか、偶然にしては一致項目が多すぎる気もしなくはないけど。

 ともかく、彼女との今の関係性は、ある意味では奇跡のようなもので。だからこそ、別に俺がなんと言われようとも構いやしない。


 だが、それによって雲雀さんのことまで悪く言われてしまう可能性だってなくはない。それだけは、回避しなければいけない。

 いちおう、打てる手は打っておいた。明日のためにキチンと服は用意しておいた。……正直、出費としては痛かったが、大家さんが「生活費等の都合もあるでしょうし」と、初月の給金を先に半分渡してくれていたために、そこから工面することができた。

 どういうふうに行動を取るべきなのか、ということがあまりわからなかったので、前の席の高橋に聞こうとしたのだが。速攻で変な食いつき方をしてきたために話はそこで断ち切った。女性にとって色沙汰話が好物である、という話はよく聞くが。それに関しては男も同じくなのだなあと痛感した。……正直、俺に関しては今までそんなことを考えている暇とかなかったから、あまり実感のようなものはないのだけれども。

 まあ、気をつけるべき行動などについては、今の世の中はスマートフォン、もといインターネットという便利なものがあるのでとても助かる。……あちらのサイトとこちらのサイトで主張が間逆なこともままあって、どれを信じればいいのかわからないことも多かったけど。


 ……ともかく、完璧は無理であろうが。可能な限り、それこそ、雲雀さんの彼氏であると誤解されたとしても恥ずかしくないようには努めるつもりだ。無論、俺としてはデートであるとか、彼氏であるとか。そんなつもりがあるわけではないし。雲雀さんにしても、それは同じなのだろうけれども。


 先程別れるときの、雲雀さんの笑顔。あれは、明日のことが楽しみで仕方がない、というような表情だった。

 きっと、動物園が好きなのだろう。友達とそこに訪れる、ということに対するわくわくからああなったに違いない。


 ……そう。雲雀さんは、とても明日の動物園を楽しみにしている。

 だからこそ、俺は人事を尽くすつもりである。服のことについてもそうだし、立ち回りについても、可能な限りの準備はした。

 なので、俺にあとできることは、天命を待つだけ。特にどこぞの神様に対して敬虔なわけではないが。それでもなお、もしもいるのなら、どうにか明日いっぱいでいいから、もたせてやってくれ、と。


 天気予報。晴れのち雨、と宣告された。その、空模様が。どうにか泣き出してしまわないように。






 電車に揺られること、数十分。駅から歩いて数分くらい。


「つきましたよ、悠也くん!」


「おお、ここが……」


 まだ動物はおろか、中にすら行っていないというのに、入り口の門の前に辿り着いただけでちょっとした感激をしてしまう。

 この手の施設に来るのは、はたしていつぶりだろうか。


 天気は気持ちのいい晴れ模様。今のところは、予報どおり。ただ、このまま予報どおりになってしまうと、午後になってしばらくすると雨になってしまう。どうにか、それが遅れてくれればいいのだけれども。


「悠也くん、どうかしましたか?」


「うん? ああ、ごめん。行こうか」


「はい!」


 貰ったチケットを取り出して、そのまま入り口にいるお姉さんにそれを渡す。

 彼女はニッコリと笑いながらにチケットを切り取ると、半券をこちらに返してくれる。


「さて、それじゃあどこに行きましょうか。悠也くんの行きたいところでいいですよ?」


「え、俺? いやいや、雲雀さんの行きたいところに行ってもらって大丈夫だぞ?」


「いえいえ、悠也くんの……」


「雲雀さんの……」


 あ、これ。よくないやつだ。このまま堂々巡りになってしまって、いつまで経っても決まらないやつ。

 ここで言い合ってるだけ、時間が次々に進んで行ってしまうし。ついでに、入り口付近でそんな話をしているから、周りの視線もかなり惹きつけてしまっている。

 うん、よろしくないな、これは。


「ええっと、それじゃあ。こっちから順番に回っていこうか」


「そ、そうですね」


 どうやら、雲雀さんも現状の状態に気づいた様子で。少々顔を赤らめながらに俺の提案に乗ってくれた。

 うん。これでただのバカップルの痴話喧嘩という名のイチャイチャと周囲から勘違いされることは回避できた。


「あの、悠也くん。少しお願いがあるんですけど」


「ああ、俺にできることならなんでも」


「そうですか! では、もしよろしければ手を繋いでいただいてもいいでしょうか?」


「ああ。いいぞ。……うん? 今なん――」


「ありがとうございます!」


 ぎゅっ、と。俺の右手が柔らかな手に握りしめられる。

 ドクンと心臓が大きく跳ねて、思わず一瞬、身体が硬直する。


「あ……えっ? ええっと、雲雀さん、いったいなにを」


「手を繋いでるだけですよ? ほら、迷子になったら困るので」


「あ、ああ。たしかにそれは、うん、そうだな」


 たしかに、休日も休日。それも日曜日なのだ。ともすればそれなりに人が多くて。

 だから、あまり離れないようにするべきである、というのは十分に理解できる。理解は、できるんだけども!


 こちとら健全……かは微妙だけど、れっきとした男子高校生なのだ。そんなことをされてしまっては、いろいろと変な勘繰りをしてしまう。

 雲雀さんには想い人がいる、ということを知っていたとしても。それはそれとして、感情は浮かび上がってしまうものなのだ。


 とりあえず、ぐるりと周囲を確かめてみる。客層としては学生っぽい人たちから家族連れまで様々で、カップルであろう人たちも、いる。

 ……これならば、手を繋ぐ程度なら傍から見ても然程変には見られないだろう。最悪、俺たちの関係性について勘違いをする人がいたとしても、俺や雲雀さんに身近な人はいないだろうから、下手な噂になることもない。


 ならば、振り解くのもよくないだろう。うん。俺が勘違いしなければいいだけなのだし。


「とりあえず、こっちから行こうか」


「はい!」


 正直、かなり恥ずかしいけれど。しかし、今はその気持ちはなんとか収めておくことにしよう。

 雲雀さんの手が離れないように、しっかり握り返しながら。彼女の手を引きながら遊園地の中をふたりで歩き始めた。






「悠也くん、ゾウさんがいますよ!」


「でかい、ただひたすらにでかい。それでいて、思っていたよりも肌がゴツゴツしてるんだな」


「こっちには、ライオンさんですよ!」


「……こうして眠ってるのを見ると、イメージとは大きく違うもんだな」


 知識としては知ったていたとしても、こうして直に見てみると大きく感じ方が変わるものなのだな、と。少しばかり感心しながらに、観察をしていく。


 ちなみに、雲雀さんは動物の名前に律儀に「さん」をつけて呼ぶ。最初聞いたときはちょっとびっくりしたが、そういえば包丁のときの添える手を「にゃんこの手」と言っていたので、ある意味では自然体の彼女らしいのだろう。

 それについてお前はどう思ったのかって? とてもかわいらしいと思います。ありがとうございます。


「そうですね。こう、なんというか。もっとカッコいいイメージがあったというか。いえ、今の状態でもカッコいいのは間違いないんですけど、ただ……」


「ああ。でっかい猫って感じが、どうしても抜けないな」


 身体をぐでっと、まさしくリラックスした状態で投げ出して。穏やかな顔で、気持ちが良さそうに眠っている。

 だからだろうか。威厳とか、そういうものが消し飛んで。ネコ科らしい愛らしさが前面に出てきている。


「そういえば、悠也くんは犬派ですか? 猫派ですか?」


「あー、どっちだろうなあ」


 言われてみれば、あまり考えたことがない気がする。


「うーん、個人的には犬派かな。猫の気まぐれっぽさも、あれはあれでかわいいとは思うけれど、でも、犬の忠実っぽいイメージのほうが個人的には好きだな」


「ほうほう、忠実っぽいイメージ……参考になりました。ありがとうございます!」


 今の会話のどこになんの参考になるものがあったのかはわからないけど。まあ、役に立ったのならよかった。


「あっ、悠也くん! あちらにキリンさんがいますよ!」


 ぐいっと雲雀さんに腕を引かれ、俺はそれに従うように足を進める。


 ……楽しいな。

 なにをしている、と言われれば、動物を見ているだけで。それ以上でも、それ以下でもないのだけれども。しかしながら、それをふたりで――雲雀さんと一緒で、かつ、彼女とこうして談笑しながら、というだけで。こうも楽しく感じる。

 だからこそ、ほんの少し、心の中に押し潰されそうな、苦しさがありはするのだけれども。しかし、それは俺が考えるべきではない、抱えるべきでないものだろう、と。

 そう思いながらに、ちょこっと奥へと押し込んでおく。


 しばらくふたりで歩いていると、雲雀さんがぱっと顔を明るくさせながらに、ほんの少し高めの声を出す。

 どうやら、随分と興味の惹かれるものを見つけたらしかった。


「悠也くん、見てください。あちらでウサギさんと触れ合いができるみたいです!」


「おお、ホントだ。行くか?」


「ぜひ!」


 ニッコリと、とてもいい笑顔で。彼女はそう答えた。


 雲雀さんに手を引かれるままに、ふたりで歩いていく。

 入り口にて係員の人の指示に従いながらに手を消毒してから、中に入れさせてもらう。


「こう、間近で見ると、って話なんだが」


「ええ。思ってたよりも、大きいですね」


 漠然としたイメージではあったのだが、ウサギは小さいという固定観念があって。

 だからこそ、目の前のウサギたちが。たしかに小さくはあるものの、イメージよりかはずっと大きかった。


「あ、でも触り心地はすごくふわふわしてますよ!」


 雲雀さんが、寄ってきた一匹のウサギを抱き上げながらにそう言う。

 彼女はそのまま、その子をこちらに向けて差し出してきたので。その子をそっと撫でてみる。たしかに、とても柔らかな毛並みがしっかりと感じられる。


「……かわいいな」


「ええ、かわいいですね!」


 ふわふわのウサギを撫でながらに、お互いにそう言葉を交わす。

 緩みきった空気感の中、穏やかな時間が流れて。とても、心地がよい。

 しばらくは、このままでいいや、と。そんなことを思いかけていた、そのとき。


 ……ふと、思わず手を止める。


 ウサギをしっかりと捉えていた視界を、そっと上に上げてみる。

 雲雀さんは先程までの俺と同じく、抱きかかえているウサギのことをしっかりと見ていて。そのウサギはというと、ピタリと手を止めた俺に対して、どうかしたのか、もっと撫でろ、と。視線をこちらに向けていた。


 そう。すっかり失念していたのだが、さっきから俺たちは、一匹のウサギを、雲雀さんが抱きかかえながら、俺が撫でている。


 だから、必然的に距離が近くなってしまうもので。雲雀さんの顔が、すぐ前まで来ていた。


「悠也くん?」


「いっ、いや。なんでもない」


 ウサギと同じく、俺の手が止まっていることに気づいた雲雀さんがこちらに顔を向けてきて。

 ただでさえ間近だったところに、目まであってしまって。

 思わず、視線を外しながらにそう言った。


 適当に笑って誤魔化しながらに、俺は撫でる手を再開させる。

 が、距離感を自覚したからか。めちゃくちゃに緊張してしまった身体では、触った感覚がどうであるとか、そんなことを気にしている余裕は全くなくて。


 ぎこちなく笑っている俺と、不思議そうに首を傾げる雲雀さんの、その傍らで。

 ただ、ウサギが。気持ちが良さそうに目を細めていた。

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