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#10

 雲雀さんと一緒にアルバイトをするようになってから、数日が経った頃合い。

 気づけば、なんだかんだと生活のそこかしこに雲雀さんの存在があるな、と。そう感じ始めていた。

 同じところから同じ高校に向かうこともあってか、家を出るタイミングが妙に揃うし、お互い同じクラスなため、席は離れているものの一応同じ部屋で授業を受け。そして、ふたりとも部活には所属していないために帰宅のタイミングも同じ頃合いになりやすい。

 周りの目があるから、と。登下校自体は揃っては行っていないが、それでもどちらかの視界内にもうひとりがいる、という状況になることは多い。

 そうして帰ったあとはというと、一緒にアパートの掃除をして、それから料理。夕飯を食べたら、少しの雑談を経て、帰宅。

 ……いや、そこかしこにいるどころか、もはや雲雀さんが生活に根差しているというところまで来てる気がする。俺が教えている、という建前はあるものの、実質的に夕飯は奢ってもらってしまっているし。


 でも、じゃあこれが悪いことなのかというと。むしろいいことではあって。俺の金銭問題や食事の問題は彼女の存在が直接、間接ともに関与することによって大きく改善したし。バイトに奪われる時間もかなり減り、食事も栄養補給を目的としたものから健康維持を目的としたバランスのいいものになったので、体調もすごぶる良い。

 実際、さっきの時間の授業中も、一切眠くならなかった。

 ……まあ、その代わり、ことあるごとに雲雀さんがこちらに向けてアクションを行ってくることがあるので、そのたびにヒヤヒヤすることもあるのだが。


 休み時間。なんとなしに、そんな自分の現状を振り返りつつ、次の授業の準備を始めていると、前の席の高橋がくるりと振り返りつつ、声をかけてくる。


「なあ、悠也。俺は思うんだ」


「急にどうした、高橋」


「雲雀さん、絶対に俺に気があると思うんだよ」


「…………」


 唐突になにを言い出すかと思えば。高橋の口から放たれたその言葉に、俺は思わず絶句する。

 もちろん、その意味合いとしては、呆れなどの占める割合が大きい。


「ちなみに、そう思った根拠を聞いてもいいか?」


「おお、さすがの悠也であっても気になるか? いいだろう、存分に聞いていくといい!」


 前の席の彼は、自信満々と言わんばかりに、胸を張りながらにそう言う。

 ふふんと、軽く鼻を鳴らしながらに、高橋はそのニヤケ顔を崩さないままで語り始める。


「まず、雲雀さんにめちゃくちゃ優しくしてもらったことだな!」


「……具体的には?」


「落としたハンカチを拾ってもらったし、委員会の荷物を持ってて両手塞がってたときにドアを開けてくれたし。それに、挨拶をしてもらったぞ!」


「どれも普通に雲雀さんが優しいってだけの話じゃないか? それに、挨拶をするのは雲雀さんでなくとも普通のことだろ」


「ふっふっふっ。それがだな、たまたまこの間スーパーで雲雀さんと出会ってだな! そのときに挨拶してもらったんだ!」


 だからといって然程変わらない気がするのだが。まあ、クラスメイトという最低限の体裁が残る学校内と、最悪気づかなかったというテイを通せば無視して他人のフリができる学校外とでは、挨拶に価値の差がある、という話なのだろうか。

 ……まあ、どちらにせよ、雲雀さんであればそのあたり誰にでも分け隔てなくしていそうだが。なにせ、彼女には曲がりなりにも神宮寺グループの令嬢という立ち居振る舞いとしての建前があるので、それらを貶すような事柄はできないだろう。

 俺としても、そのあたりについてはある程度理解がある。


「なんだ、悠也。信じてないって顔だな? まあ、たしかに雲雀さんがまさかスーパーなんかにいるなんて、って俺は思ったが、本当なんだよ」


「いや、別に会ったのは本当なんだろうが。うん」


 彼女は今、ひとり暮らしをしながら自炊の練習をしている。そのための買い出しについては俺がひとりで行ったり、あるいはついていってふたりで行くこともあれば、雲雀さんがひとりで行くこともある。

 だから、その言葉については全く疑問には思っていない。……どちらかというと、スーパーならばクラスメイトたちと会わないだろうし大丈夫だろうと高をくくっていたが、そこまで安全圏ではなかったということを知らされた、という方が大きい。

 聞けば、部活の帰りに適当に買い食いをするために立ち寄ったのだという。なるほど、そういう遭遇の可能性があるのか。……雲雀さんとふたりで買い出しに行くのは控えておいたほうがいいだろうか。


「とはいえ、優しくしてもらっただけで気があると思うのは早とちりじゃないか? そもそも雲雀さんがいろんな人に優しいってのは周知の事実だし」


「そう言ってくると思ってたぜ、悠也。だが、ちゃんとそれ以外の理由もあるんだ!」


「……ほう。聞こうか」


 ふっふっふっ、と。不敵な笑いを浮かべている高橋。その様子をジッと見つめながらに彼の言葉を待つ。

 おそらく、彼の言い振り的にこれが高橋の自信の根拠たる最大の所以。いったいどんな理由が飛び出してくるのだろうか、と。俺がそう構えていると、高橋はキメ顔でこちらに向き直って。


「雲雀さんが、最近になってどんどんこっちを見ている頻度が増えてるんだよ!」


「…………はい?」


「言葉そのまんまだ! 授業中とか休み時間とか、そういうタイミングで雲雀さんと目が合うタイミングが多いんだ!」


「ああ、うん。なるほど。なるほど……ね」


 だいたいの事情を察して、俺はそっと目を伏せた。

 ……うん、なるほど。これは高橋はあんまり悪くない。


「この間なんてこっちに向けて手を振ってたんだ!」


「あー、うん。ヨカッタネ」


 思わず、声が棒読みになってしまう。


 なにが悪かったのか、と。あえて犯人を探すとするならば、高橋が俺の前の席であったためという、そのある意味での運の悪さが原因であろう。


「まあ、それについては俺も否定はしない」


 手を振られている人物が誰か、ということについては敢えて言及はしないが。しかしながら、雲雀さんがときおり高橋がいるような方向に向けて手を振っているのは事実ではあるから。


「だろ? やっぱり雲雀さんは俺に気があるんだって!」


「ちなみに聞いておくが、高橋と雲雀さんって、クラスメイト以上の接点があったか?」


「いいや、ないね!」


 なぜ自信満々にそれを言えるんだ。むしろそこはマイナスポイントだろう。


「で、だ。俺は雲雀さんに告白しようと思う」


「……悪いことは言わない、やめとけ」


「なぜ止める、悠也。ここまでの条件が揃ってて、俺に勝ち目がないと、そう言うのか?」


「よくわかってるじゃないか。そもそも条件もほぼ揃ってねえし」


 目が合う、手を振られる、はともかくとして。それ以外の要素については、雲雀さんって優しいよね、のそのひとことで全てが片付いてしまうレベルである。そして、その目が合うと手が振られるについても、悲しいかな、おそらく高橋の勘違いなのだ。


「そもそも雲雀さんについては、百人切りとの噂があるほどには、色恋については鉄壁だって話があるくらいなんだぞ? ……いやまあ、さすがに百人は盛られてるとは思うが」


 だがしかし、去年一年間を通して、多くの男たちが挑み、そして撃沈してきたというその過去を物語っているのがその噂である。


「ああ、たしか雲雀さんが決まって、心に決めた方がいるからって言って断るってやつだろ? だが、これには大きな落とし穴があるんだよ」


「……なんだよ」


「みんな、この言葉はあくまで断るためだけの建前だと思ってるが、そうじゃねえ。俺が思うに、本当に好きな人がいると思うんだ!」


 なるほど。その意見については、たしかに可能性がありはする。


「つまり、その好きな人ってのが俺だったとしたら、勝ち目は十分にあるってことなんだよ!」


「…………」


 その大前提が成り立つ可能性は、はたしてどれくらいの確率なのだろうか。

 たぶん、限りなくゼロに近いんだろうなぁ。


「もう一度聞いておくが、高橋と雲雀さんの関係性って、ただのクラスメイトなんだよな?」


「おう!」


「過去にどこかで出会っていたこととか、そういうわけでもないんだよな!」


「あるわけねえだろ!」


「……やっぱやめといたほうがいいんじゃねえかな」


「なんでだよ!」


 なんでもなにも、今の問答で理解できねえのか。……いや、理解したくないのか。

 やや興奮状態にあることで、見たくない事実から目をそらして、信じたい事柄を胸に勢いで突き進みたいのだろう。


「とにかく! 今日の放課後に決行するから、応援しておいてくれ!」


「あー、うん。その。……骨は拾ってやる」


「お前! 信じてねえな!」


 ……なお、いちおう約束はしたために、放課後に彼が帰ってくるまで教室で待っておいたが。

 その後の彼がどうあったかについては、わざわざ語るまでもないだろう。






「しかし、心に決めた人、か」


 ホウキを握りながらに、俺はふと、そんなことを呟いていた。

 アパートの掃除をしながら、上の空気味に思考を巡らせる。

 たしかに、俺も噂を聞く限りでは、ただの断りのための文句だと思っていたが。わざわざそれを言うということは、そういう存在が本当にいるのかもしれない。

 なにせ、ただ断るためだけであれば、彼女の立場などを考えれば家の事情で、なんかでもいいわけで。そこをわざわざ想い人がいるかのように言う必要はない。


 いったい誰なんだろうか、と。ただ、純粋な興味として。最近仲良くしている彼女の、そんな話が気になるという、ただ、それだけなはずなのに。

 なぜだろうか、少しだけ、モヤモヤとした感覚を覚えてしまう。


「……くん、悠也くん!」


「うん? ああ、ごめん。どうしたの、雲雀さん」


「いえ、なにやらぼーっとされていたので、どうかしたのかな、と」


 チリトリを手に持ちながら、雲雀さんはそう尋ねてくる。

 あなたの好きな人が誰なんだろうかと考えていました、なんて。そんなことを当然言えるわけもなく。ははは、と。笑って誤魔化しながらに、彼女の持っていたチリトリにゴミを集めていく。


「それにしても、なんというか。今日は災難だった、ね?」


「ええっと。……ああ、なるほど。悠也くんは高橋くんの後ろの席だから、そのことについては知っていたのですね」


「うん。ごめんね。できれば止めようとはしたんだけど」


 とはいえ、アレは止めてどうにかなるものではなかった。言い訳でしかないけれども。組み伏せて止めたとしても、アイツは行ったことだろう。


「いえ、悠也くんのせいではないでしょう? それに、私としても、嫌な話ではありますが慣れてしまったので」


「……ああ、うん」


 噂になるほどの男子生徒たちが撃沈しているのである。その噂が成り立つほどには告白が起こっているというわけで、つまりは、それだけの数、彼女は断ってきたのだ。

 慣れたくはないだろうが、慣れてしまっても仕方はないだろう。


「でも、どれだけ経っても、断る際の罪悪感だけは慣れません。……好意に、悪意がないのはわかってしまいますから」


 それも、たしかにそのとおりなのだろうなと思う。

 今日の高橋なんかもわかりやすい例であるが、ただひたすらな勘違いこそそこにあれど、純粋な好意からのものであるのは明白で。

 だからこそ、その好意に対して。雲雀さんも、真摯に向き合い、断っている。

 そこにある心労は、とてつもないものだろう。


「心に決めた方がいる、と。そう言っているのですけれど、どうしてか中々、告白が減らないんですよね」


 なぜでしょう、と。首を傾げている雲雀さん。

 ……今日、目の前でその理由に対する超理論が展開される様を見ていた人間からすると、苦笑いしか出てこない。

 まあ、高橋のような超理論を考える人間もいれば、雲雀さんの断りの理由をただの建前だと考える人間もいて、その両方が特攻しにきてるのだろうけど。

 ……俺としても、たぶん後者なんだろうなあ、と。漠然と、そう思っていたし。


「ちなみに、その想い人から告白されたら、受けるの?」


「ええ、もちろんです! 十年来のその想いが実るのであれば、断る理由などどこにもありません!」


 ――十年来、その言葉に。思わず、固まってしまう。

 なるほど、それならばたしかに高校に入って一年やそこらの男子生徒たちには勝ち目などありはしないな、と。そう痛感させられる。


「ただ、私のこれは、ひたすらな片想いなので。……きっと、その方は私のことなど忘れてしまっているでしょうし」


「雲雀さんにそんなに想ってもらえるだなんて、その人は幸せですね」


 なんてことはない、ただの相槌として、そういったつもりだった。というか、なんら問題はない、ただの普通の応答だったと、自分でも思っている。

 だというのに、


「…………ええ、そうですね」


 なぜか、雲雀さんはめちゃくちゃに複雑そうな顔をしながら、そう答える。

 なにか、俺は知らずのうちに地雷を踏んでしまったのだろうか。

 どう言葉をかけて謝るべきなのだろうか、と。俺が慌てつつに考えていると。彼女は「悠也くん」と、俺の名前を呼んで、堂々と立って。


「必ず。必ずや、私は想い人のことを助けて、この想いを成就させてみせます。だから、悠也くんは、見届けてください!」


「……うん、わかった」


 心の中に、複雑な想いがないと言えば嘘になる。だが、それが俺が彼女の隣人、そして友人として成すべきことであり、義務であろう、と。


「応援してるし、できる範囲でなら、協力するよ」


「ふふふ。その言葉、しっかりと聞きましたからね?」


 そういう彼女の表情は。嬉しそうでありながらに、どこか、妖しい雰囲気を纏っていた。

 ……まあ、機嫌については直ったようなので、たぶん問題はないだろう。


「さて、今日の掃除はこのあたりでいいでしょうか?」


「うん。そうだね。それじゃあ部屋に戻って、夕飯の準備だね」


 チリトリの中身をゴミ箱に捨てて、ふたり揃って、掃除用具入れに片付けに行く。


「悠也くん、今日の夕飯はなににするんですか?」


「今日は生姜焼きにしようかと思ってる。この間、豚肉が安かったときに買っておいたやつがあるから」

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