私達は深怪究明団①
「はぁー、今日も疲れたー」
自分の部屋に戻ったフルミは、椅子に座り机に倒れかかった。でも、疲れた以上に楽しみなことがある。それは、今日は妹のミルとテレビ通話をする日だということだ。海外の大学に通っているフルミにとって、妹と画面越しに会ってお話をする時間は至福のときであった。
そして、フルミのスマホが鳴った。
「あ、もうかかってきた!」
フルミは急いでスマホをとった。しかし、それはミルからの電話ではなかった。
「はい?」
フルミはそう言って電話にでた。そして次の瞬間、フルミは言葉を失った。
連絡を受けたフルミはすぐに飛行機に乗り、日本へと戻っていた。そのときのことをフルミ自身あまり覚えていない。妹が生きている間に会いたい、その一心であった。
しかし、フルミがついたときには、妹のミルは既に亡くなっていた。意識不明で搬送されてから、意識が戻ることはなかったらしい。
フルミは妹の亡骸の横で泣き崩れた。両親は早くに亡くなっており、姉妹二人で頑張って生きてきた。フルミにとってミルは唯一の心の支えだった。
ミルの唯一の身内であるフルミは、諸々の手続きを行なった。しかし、その過程においてもフルミは妹の死を受け入れられなかった。
そして、検死等も終わり、フルミが妹の亡骸を引き取ることになった。
フルミは亡骸を妹の家で安置することにした。調べたところ、適切に安置していれば、火葬していなくとも、死体遺棄罪に問われることはないようだ。
フルミは大学を休学し、妹が住んでいた家に住むことにした。家は、二階建ての広い家で研究施設のような地下室もある。両親から引き継いだものだ。
フルミはまずは妹の保存状態を維持した。人体の冷凍保存など色々方法はあるが、フルミはできる範囲でそれを行った。
そのとき、フルミは既に自分はどうするべきかを決めていた。それは、妹の蘇生と、妹を殺した者達への復讐であった。
フルミはそれらの方法を調べはじめた。しかしそんな簡単なことではなく、すぐに行き詰まった。
ある日、フルミは気分転換に散歩していた。そのとき、ある女性が声をかけてきた。
「あれ、もしかしてフルミ?」
「小鳥遊さん?」
「やっぱりそうだー! 日本に帰ってきてたんだー」
小鳥遊とは海外に行く前に既に知り合っていた。小鳥遊は星が好きな女性で、ほとんどの星座は暗記している。星だけじゃなく、色々と神秘的な話をしてくれたものだった。
フルミ自身も小鳥遊の話すことは面白いと思うことが多く、興味津々に聞くことが多かった。
「久しぶり……」
「丁度良かった! フルミも一緒にやらない?」
「え、何のこと?」
話を聞いてみると、小鳥遊は怪現象を調査するグループを立ち上げようとしているようだ。
「フルミ、そういうの興味ありそうだったよね!」
確かに、そういう話は面白そうだと思っていた。でも今はそんなことをしている場合ではないとフルミは思っていた。けれど、そこであることに気がついた。
「ええと、魔法とか使えるようになったりするかなー?」
「できると思うよ! まだまだ情報が足りないけど、皆んなで調べてたら、きっと色々できるよ!」
「……じゃあ、私も一緒にやる!」
一緒に行動していれば、何か妹を生き返らせるための情報が手に入るかもしれないとフルミは思った。現代の科学技術では不可能だ、ならば不思議な力というものに賭けてみるしかないというのがフルミの結論だった。
そうして、2022年の5月28日、深怪究明団が結成された。何やかんやあり、メンバーはフルミ、小鳥遊、夜凪、秋山の四人となっていた。
四人はダラダラと皆で過ごしながらも、オカルト的な情報を熱心に収集していた。すぐに成果に繋がるようなことはなかったけれども、フルミにとっては唯一気を休ませることができる時間となっていた。
それとともに、フルミは妹が巻き込まれた事件についても調査を続けていた。そして、最終的に強大な犯罪組織が関わっているところまで突き止めた。
フルミはある人物に犯罪組織に関する情報を流しながらも、自分で復讐する方法を考えていた。
そんなフルミに転機が訪れた。
12月1日、深怪究明団はある事件を解決した。山岡という男が、大魔術師ルインの書を悪用しようとした事件だった。未然に防いだフルミ達は、そのルインの書をどうするか悩んでいた。中には、大魔術師ルインによって書かれたとてつもない魔法が書かれていると言われている。しかし、常人ではそれを読み解くことはできず、精神崩壊の危険性まである。
しかし、破棄してしまうのももったいない。そんなとき、フルミは少しの間自分に貸して欲しいと提案した。他のメンバーもそれ了承した。
フルミは自宅に持ち帰った。読むだけで危険だとしても、妹を蘇らせることができるならと、フルミは意を決してルインの書を開いた。
それから、フルミの計画は順調に進んでいった。力を手に入れ、復讐の準備も整った。
そして、2023年2月10日。
フルミを含め、深怪究明団はフィリピンに来ていた。グール使いがいるという噂を調査しに来たからだ。そのとき、フルミは皆が寝静まったときに、単独で行動をした。
近くに犯罪組織のボスのアジトがある可能性が高かったからだ。何日かかけてフルミはアジトを突き止めた。そして、フルミは単独でそのアジトに乗り込んだはずだった。
しかし、小鳥遊達も実はフルミの後をつけていた。小鳥遊達も一年近く色々な怪事件を解決してきた仲間である、フルミの行動に気がつかないということなどなかった。
けれども、アジトには思ったよりも多くの兵がおり、フルミ達は見つかり、ボスの前へと引っ立てられた。
「お前たちには死んでもらう」
ボスはただそう言い放った。
ボスの周りには30人ほどの部下がおり、銃をこちらに向けている。小鳥遊達が打開策を考えていると、フルミは声を上げた。
「皆んなの記憶を消したい。だからその猶予をくれない? ボス、あなただけは殺さないであげるから」
フルミの突拍子な提案にボスは鼻で笑って答えた。
「やれるならやってみろ」
「フルミ、何言って……」
小鳥遊がフルミに心配そうな目でそう言った。
「私を信じて」
そう言って、小鳥遊の額に手を触れると、小鳥遊は気を失い倒れた。夜凪や秋山も同様であった。
「本当はこっそりと消えるつもりだったのに……巻き込んでごめんね」
フルミは倒れている三人に向かってそう言った。
そして、現在。
小鳥遊達は、そのフィリピンのアジトで消されていたフルミに関する記憶を全て思い出した。
「そうだ……あのとき、私たちを助けてくれたんだよね」
小鳥遊の語り掛けにも、フルミは目を逸らしたままだった。
「一人で抱え込みすぎだ」
夜凪はそう言い放った。
仲間だったフルミとこのような状態で向かい合っている。そして、フルミは目を逸らしたままだ。小鳥遊達の記憶を元に戻したフルミは、何を話すのだろうか。
少しして、フルミは小鳥遊達の方をを見た。そして口を開こうとしたその時だった。
奥の扉の下から突如影が伸びてきた。そして、その影は人型となりフルミと小鳥遊達の間に立ちはだかった。
そして、その影は喋り出した。
「何をモタモタしている」
「ルイン……」
人型の影の問いかけに、フルミはただそう呟いた。
「ルインって、あの大魔術師ルインか?」
夜凪がそう尋ねると、フルミは頷いた。
大魔術師ルインは何百年も前に生きていたという、大魔術師だ。彼の残した魔導書はいくつか残っており、その魔導書にはとてつもない魔法が書かれているとされている。
「ルイン……まさか、あの本!」
小鳥遊は記憶が戻ったと同時に、思い当たることがあった。山岡という人物がルインの書を悪用しようとした事件、あの後ルインの書は燃やされたと思っていた。しかし、記憶が戻った今はっきりしていることは、ルインの書は燃やされてなどおらず、フルミが持って帰ったということだ。
「あの本にルインの意識が残されてたってとこか」
そう言って夜凪は短剣を抜き、ルインの影の方を見た。
ルインの影はフルミに話しかけた。
「さっさと殺せ。妹を生き返らせたいのだろう」
「え、でも……」
フルミは戸惑っている様子だった。やっぱり、フルミは迷っている、今ならまだ間に合うと、小鳥遊は思った。しかし、ルインの影は時間を与えなかった。
「ふん、だったら俺が殺してやる」
ルインの影はそう言うと、影を鋭利な形状に伸ばし、小鳥遊を貫こうとした。
「うわ」
小鳥遊はギリギリでそれをかわした。
その瞬間、羽川はルインの影に向かって銃弾を数発撃った。その内の一発がルインの影に命中した。
「ぐうっ」
ルインの影は少し苦しそうな声を上げた。エネルギー体のようなルインの影にどのような攻撃が効くわからなかったが、どうやらムラービトお手製の武器は効くようだ。
「だったら簡単な話だな」
夜凪は短剣を構えて、ルインの影の方は駆け出した。ルインの影は、影の一部を鋭利な形状に変え、夜凪を襲わせたが、夜凪はそれらを避けるなり、短剣で受け止めるなりしながらあっというまに間合に入った。
そして、夜凪が短剣を振り下ろそうとした瞬間、ルインの影が突如、少女へと姿を変えた。
……何だ、悪あがきか?
夜凪はそう思いそのまま短剣を振り下ろそうとした。
そのときだった。
「ダメ!」
フルミのその声とともに、銃弾が夜凪短剣を弾いた。そして、三人の目の前に銃が突きつけられた。
夜凪は両手をあげた。そしてフルミの様子を見て、再びルインの影が姿を変えた少女の方を見た。
「……なるほどな。この卑怯者が!」
夜凪は珍しく声を荒げた。
小鳥遊達も宙に固定された銃によって動けなかった。でも、状況は理解していた。ルインの影が姿を変えた少女、あれは恐らくフルミの妹、海道ミルの姿だと。
ミルの姿をしたルインはフルミの隣へと移動し、喋り出した。
「そうだ、それでいい。妹を生き返らせたいのだろう。だったら、そいつらを殺せ。そうしたら、蘇生の術を使用した者、つまりお前が死なずに済むよう特別に力を貸してやろう。これで、お前の望みは全て叶うだろう」
フルミは少し息切れした様子で、ミルの姿をしたルインの方を見ていた。そして、小鳥遊達の方へと目を向けた。
小鳥遊から見て、フルミはとても葛藤しているように見えた。
「フルミ、そんな奴の言うこと信じちゃダメ」
「……いいのか、フルミはそれで」
小鳥遊と夜凪は銃を突きつけられながらもそう言って、はっきりとフルミの目を見た。フルミは思わず目を逸らした。
フルミはしばらく下を向いたまま黙っていた。そして、
「わかった」
フルミはそう呟いて顔をあげた。そして、ミルの姿をしたルインの方へと体を向けた。
「ミル……わたし、これ以上大切な人を失いたくない!」
そう言って、手から魔力のオーラでできた手刀を作り出し、ミルの身体を引き裂いた。
「ぐ、ぐあぁぁぁ」
ルインは元の影の姿に戻り、断末魔をあげながら奥の部屋へと消えて行った。
そして、小鳥遊達に突きつけられていた拳銃も床へと落ちた。
「フルミ!」
小鳥遊は嬉しそうな様子でそう声をかけた。
フルミは明るい顔で頷いた。
「奥に魔法陣があるの、そこに逃げたはず」
フルミはそう言って、奥の扉のよこのタッチパネルを操作し、ロックを解除した。
扉が開くと、魔法陣の中心に本があり、そこにルインの影が立っていた。
「くっ、近寄るな!」
ルインの影はそう言って、魔法陣に沿って光の壁のようなものを展開した。夜凪が試しに短剣を刺してみるも、それは硬く弾かれた。
「傷一つつけられないだろう」
ルインの影がそう言うと、フルミは一歩前に出て、光の壁へと手を伸ばした。
「まだ完全に復活できていない貴方の魔法なんて、大したことない」
そう言って、光の壁へと手を当てた。すると、光の壁にビキビキとヒビが入りはじめた。
「お、おい、やめろ! 誰がお前に力を与えてやったと思ってる。それに、人を生き返らせられる魔術師など、私以外にはいないんだぞ!」
ルインの言葉も虚しく、そのまま光の壁は崩壊した。
「さぁ、トドメを」
小鳥遊は頷いて、短剣をルインの影に振り下ろした。
その瞬間、本から伸びていたルインの影は、根本から全て粒子のようになり、消えていった。