手がかりはオカルトに②
そして、5月26日の朝を迎えた。
小鳥遊は目を覚ました。なんとなくではあるが、さっきまで見ていた夢を覚えている。昨日に続いて、二日連続で皆との夢を見るなんてこともあるんだなぁ、と思いながら身体を起こし、身支度を整えた。
ソファの方を見にいくと、昨日と同じように夜凪は眠りについている。
「朝だよー」
小鳥遊がそう言うと、夜凪は目を覚ました。
「……ん?あぁ……」
夜凪は身体を起こした。
「小鳥遊だけか」
「そうだけど、どうかしたの?」
「山岡がルインの書を悪用しようとしたときの夢を見ていた」
それは深怪究明団が解決した事件の一つだ。山岡という男が大魔術師ルインの書という、結構ヤバめの魔導書を悪用しようとした事件だ。結局、山岡はそのルインの書を使いこなすことはできなかった。
「確か、結局本は燃やされちゃったやつね」
「今になってそのときの夢を見るとはな」
「実は、私も吸血鬼を倒したときの夢を見たんだよね」
小鳥遊がそう言うと、少しの沈黙の後、夜凪は答えた。
「そうか……さっさと秋山を連れ戻しちまうことだな」
夜凪はそう言って、洗面所の方へと歩いて行った。
夜凪の反応を見た小鳥遊は改めて思った、小鳥遊も夜凪も秋山のことがとても心配なんだと。そのためには、夜凪の言うとおり秋山の行方を掴むしかない。そのためには、と小鳥遊はポケットに手を入れた。
「魔術商人とムラービトの連絡先、まずはここからよね」
そう口にしながら、昨日もらった二つの連絡先を取り出した。
同好会の人達から聞いた情報によると、ムラービトは対クリーチャー用などの道具を売ってくれるらしい。魔術商人はおじさんによると、今は道具を売ったもらえないとのことだった。魔術商人の方がややこしそうだし、先にムラービトに連絡した方が良いかもしれないと小鳥遊は考えた。
小鳥遊はムラービトの連絡先を詳しく見た。ムラービトの連絡先には、電話をかけた後の答え方も書かれていた。恐らく、それが暗号のようなものになっているのだろう。
小鳥遊は早速ムラービトの連絡先に電話をかけた。すると、すぐに相手は電話に出た。
「道具屋です」
電話に出たのは男性の声だ。
「溶けやすい砂糖はありますか?」
小鳥遊は連絡先に書かれた通りに尋ねた。
「ええ、たくさんございます。他に何かいりますか?」
「ええと、その塩以外はいりません。それだけです」
小鳥遊がそう答えると、相手の声の様子が変わった。
「購入希望の方ですね。ムラービトです。お客様のお名前は?」
「あ、小鳥遊です。ちなみに、何があるか聞いてもよろしいですか?」
「お教えいたしましょう」
そう言うと、ムラービトは品物と値段を順番に話した。
・魔力のこもった短剣 1本3万円
・神聖な弾丸 6発5万円
・拳銃 10万円
・毒 10万円
・万能役薬サンプル 50万円 一個限定
・万物を溶かす薬サンプル 100万円 一個限定
・神聖なるダガー 150万円 一個限定
高い……小鳥遊は最初に聞いてそう思った。そんな簡単に何十万も出せない、でも何か手がかりも得られるかもしれないし。
ムラービトは品物の説明を終えると、再び話した。
「詳細については会ってからお話ししましょう。本日購入をご希望ですか?」
「はい、どこにいけば良いですか?」
「お客様はどこにいらっしゃいますか?」
「えーと、東京です」
「では、三時間後に京丸百貨店11階の高級中華料理翡翠にお越しください。店員にはムラヒトの連れと言ってください。個室をお取りしておきます」
「ありがとうございます」
そうして、電話が切れた。
そのとき、髪を濡らした夜凪が戻ってきた。
「夜凪、三時間後にムラービトさんのところに商品見に行くことになったよ」
小鳥遊は電話の内容を夜凪に説明した。説明を聞いた夜凪は頷いた答えた。
「俺も行こう……それで、金はあるのか?」
「確か、深怪究明団で貯めてたお金が200万くらいあったはずよ」
「じゃあ問題ないな」
「羽川さんにも連絡しとくね」
小鳥遊は羽川にもムラービトについてのことを連絡したすぐに返信が来て、羽川も時間には合流できるそうだ。
小鳥遊達は朝食を食べたりしながら約束の時間まで時間を潰した。
そして三時間後、三人は高級中華料理翡翠に来ていた。
小鳥遊がムラヒトの連れであるというと、店員は三人を個室に案内した。中に入ると、よく見る中華テーブルの奥に一人の男性が座っていた。彼は、白いローブを身に纏っている。顔は見えており、歳は三十代くらいの外国人にみえる。
彼は、三人が部屋に入ると席を立ち笑顔で挨拶した。
「ようこそお越しくださいました」
「こんにちは、あなたがムラービトさんですか?」
「そうです。さぁ、品揃えはこちらとなっております」
ムラービトは電話で述べていた品物をテーブル上に並べた。
羽川はそれを見て考え込んでいる様子だった。小鳥遊は夜凪にコソッと尋ねた。
「やっぱり何か買っていかないと失礼だよね。何買う?」
それを聞いた夜凪はすぐに口を開いた。
「羽川、拳銃とかいいんじゃないか。お前なら持ってても問題ないだろ」
夜凪がそう言うと、羽川はあっさりと頷いた。
「確かにそうだね。私はあまりこういうのには詳しくないから、他のものは君達に任せるよ」
羽川は金を払い、自分用の拳銃と神聖な弾丸を購入した。
こんな違法な拳銃を買って大丈夫なのだろうかと小鳥遊は思ったが、機密情報なども小鳥遊達に漏らしまくっているくらいなので、羽川にとっては些細なことなのかもしれない。
現状わからないことが多いので、小鳥遊はとりあえずムラービトに色々尋ねることにした。
「万物を溶かす薬のサンプルって何ですか?」
「これは私しか作っていない限定商品です。私の祖先が作り始めた凄い薬でね、今も作ってるんですよ」
「どれくらい凄いんですか?」
「何でも溶ける、それは間違いない。だから取り扱いには注意ね、地面にも穴が空きますよ」
「え、怖」
「私の祖先はこの薬で、とんでもない化物を撃退したとかいう話が残ってますよ」
「へー」
こういう話は本当か嘘かどうかは判断できない。でも、本当だったら心強いものではあると小鳥遊は思った。
「ちなみに、最近は何の商品が売れてますか?」
「そうだねー、一つ1000万円する万物を溶かす薬を全部買った人がいたね。だから、今はサンプルしかないんですよ」
「太っ腹な客がいるんですね」
そんな話をしていると、夜凪が会話に入ってきた。
「アンドリューという男を知っているか?」
「知っていますよ」
「万物を溶かす薬を買い占めたのはそいつか?」
「それは、お客様の個人情報ですので」
「そうか……じゃあその短剣を一つくれ」
「ありがとうございます」
夜凪は三万円を支払い短剣を手に入れた。
夜凪のおかげで一つわかったことがある。犯罪組織のボス、アンドリューはクリーチャーを使うという情報は正しい可能性が高い。
深怪究明団の資金を使うのは気が引けるけど……そう思いながらも小鳥遊は103万円を取り出した。そして夜凪の方を見ると、夜凪は黙ったまま頷いた。そうして、小鳥遊は103万円をムラービトに差し出した。
「短剣と、その万物を溶かす薬のサンプルください!」
「ありがとうございます。すみませんね、サンプルしかなくて」
「いえいえ、とんでもないです。じゃあ、今回はこれくらいにしておきますね」
小鳥遊はは品物を受け取り、頭を下げた。
「ありがとうございました。またのご利用を」
ムラービトは軽く手を振った。そして、小鳥遊達は中華料理屋を後にした。
三人は、スイートルームへと戻ってきていた。小鳥遊はテーブルに買ってきたものを並べていた。
「意外と商売慣れしてそうな人だったよねー」
「そうだな」
小鳥遊の問いかけに夜凪は軽くそう答えた。
「気になるんだけど、それは本物なのかい?」
羽川は万物を溶かす薬のサンプルを指差して尋ねた。
「多分本物だと思う。そうよね、夜凪?」
「あぁ。ムラービトが嘘をついている様子はなかった。それに、この入れ物も恐らく普通の物質じゃない。問題ないだろう」
こうして、三人は短剣や拳銃など買った品物を確認していた。
「あ、そうだ。今のうちに魔術商人の方にも連絡してみるね」
小鳥遊はそう言って、机から少し離れた。そして、魔術商人の連絡先を確認し、そこに電話をかけた。
すると、すぐに相手は電話に出た。それは男性の声だった。
「現在、品切れ中でございまして、販売させていただく方を限定させていただいています。そこで質問です」
電話の主は少し間をおくと、その質問を口にした。
「夜の星は何処へ流れるか」
「えっ……」
小鳥遊は固まった。何故深怪究明団の秘密の質問が今ここで出できたのか、急なことに小鳥遊は動揺していた。けれど、小鳥遊はすぐに気持ちを切り替え、答えることにした。
「山に沿い、海へと消える」
小鳥遊がそう答えたものの、相手からの応答はしばらくなかった。電波が良くないのかなと小鳥遊が思い始めたとき、電話の主は口を開いた。
「で、では、本日16時に至急アパート野瀬の103号室にお越しください。全員で、必ず来てください。住所はこちらです」
電話の主は何やら動揺したような様子でそう言って、アパート野瀬の住所を言うと電話を切った。
小鳥遊は急いで住所のメモを取り、夜凪と羽川に見せた。
「なんか16時にこの住所のアパートに来いって言われたんだけど……」
小鳥遊は電話の相手が深怪究明団の秘密の質問を急に尋ねてきたことなど、電話での内容を全て話した。
「……その魔術商人、秋山について何か知ってるかもな」
夜凪はそう口にした。深怪究明団の秘密の質問と答えを知っているのは、小鳥遊と夜凪と秋山の三人である。となれば、魔術商人は秋山から聞き出したと考えるのが自然だ。
「そうね。後、全員でって言われたけど……羽川さんも含むのかな?」
「それはわからないけど、私も行こう。何かあっても私がいた方が良いだろうからね」
「おっ、頼りになるー」
こうして、16時に三人でその住所の場所へと向かうこととなった。
そして時間になり、三人はアパート野瀬の103号の前に来ていた。小鳥遊がインターホンを鳴らすと、中から声がした。
「夜の星は何処へ流れるか」
中からした声は電話での声と同じだ。小鳥遊は同じように答えた。
「山に沿い、海へと消える」
すると、扉が開いた。中には初老のおじさんの姿があった。
「は、入ってください」
男はそう言うと、部屋の奥へと歩いていっていった。
「おじゃましまーす」
小鳥遊達は中へと入った。廊下にキッチン、奥に部屋と普通のつくりだ。そして部屋は畳で、丸い机があるのみだった。
「座って。そして、何も言わずに聞いてください」
男は怯えた様子でそう言った。どういうことだろうと首を傾げながらも、小鳥遊さんは座った。
すると、男は話し出した。
「私は脅されてます。なので、アンドリューを倒してください。アジトは突き止めています」
そう言って、震えた手で住所と簡単な地図が書かれた紙を差し出した。
紙によると、東京のとある路地裏のマンホールを降りたころに隠し扉があるらしく、そこの奥にアンドリューはいるようだ。また、扉のパスワードは44528と書かれている。
そして、その男は怯えた様子のまま黙り込んでしまった。
「なぁ、一ついいか?」
夜凪がそう言うも、男は黙ったままだ。
「何故深怪究明団の秘密の質問を知っている?」
「言えない」
夜凪の問いかけに対して、男はただそう答えた。
「誰に脅されている」
「言えない」
「秋山という男を知っているか」
「言えない、脅されてる」
夜凪が何を尋ねても、言えない、脅されてる、の一点張りだった。
「アンドリューはあの犯罪組織のボスだよね?」
小鳥遊はそう男に尋ねた。
「そうです」
「クリーチャーを使ってくるの?」
「使ってくる」
「クリーチャーの特徴とかはわかる?」
「わからない」
「アジトには何人いるの?」
「わからない。けど狭いし多分一人。アジトは扉を開けたら一直線の廊下で奥に一部屋ある」
男は怯えながらも、ボスに関連することならある程度答えてくれるようだった。アンドリューを倒して欲しいからだろうか。小鳥遊達は他にも質問してみたが、これ以上新たな情報は得られなかった。
怯えるこの男はそのまま置いておいて、アパートを出た。
「アンドリュー、ボスか……本当だったら危険だ」
羽川はそう言った。確かに、いきなりそんな大物にぶち当たるとは小鳥遊も思っていなかった。あの強大な犯罪組織のボスでクリーチャーも使ってくる……危ないことに変わりはない。
「いや、乗り込もう」
夜凪は即座にそう答えた。そした、話を続けた。
「罠の可能性があっだとしても、現状最大の手がかりだ。間を開けずにすぐに向かうべきだ」
確かに、小鳥遊達には新たな情報がたくさん手に入っていた。何故か深怪究明団の秘密の質問を知っていた魔術商人、そしてその魔術商人は脅されている、更に行方不明事件に関わっていると思われるアンドリューを倒して欲しいと言っている。不可解な点は多いものの、秋山に関する情報が手に入る可能性は十分にあると小鳥遊は思った。
「私も、そう思う」
小鳥遊も夜凪の意見に同調すると、羽川は頷いた。
「わかった。ただし、身の危険を感じたらすぐに逃げるようにね。後、武器は持ってるよね」
小鳥遊と夜凪は短剣を、羽川は普段持っている拳銃と、ムラービトから買った拳銃を持っていた。
「羽川、ムラービトから買った拳銃、俺に使わせてくれないか」
「……わかった。それの方が安全だろう」
夜凪の提案を羽川は受け入れ、周りに見えないように渡した。
そうして、三人はそのまま紙に書かれた住所の元へと向かった。