不可怪な事件①
東京にある薄暗くボロいビル、その中に一人の女性の姿があった。手に封筒を握り、少し肩につくくらいの茶色の髪を揺らしながら、階段を登っている。彼女の名は小鳥遊琴星、深怪究明団のメンバーである。服装は白いシャツに黒いズボン、と動きやすそうな格好をしている。
小鳥遊が向かう先にあるのは、深怪究明団の拠点である。深怪究明団はこのビルの一室を借りて、そこを拠点として活動している。
部屋の前についた彼女は扉を開け、中へと入った。中は茶色を基調とした落ち着いた部屋となっており、少し低いテーブルに向かい合うように茶色のソファが置かれている。そして、そのテーブルに足をかけソファに座っている男がいた。
小鳥遊はそんな彼を見て少し意外そうな顔をして声をかけた。
「あ、もう来てたんだ」
「ああ」
彼は小鳥遊の方を見てそう答えた。
彼の名は夜凪千也、彼も深怪究明団のメンバーである。スーツを着ているものの、シャツにはシワが入っており、ジャケットもだらりと着ている。
「何かわかったか?」
夜凪はテーブルから足を下ろし、座り直しながらそう尋ねた。
「ううん」
小鳥遊がそう言って首を振ると、夜凪は手を頭に当て下を向き、ため息をついた。
小鳥遊と夜凪は、ある手がかりを探していた。それは、深怪究明団のもう一人のメンバーである秋山の行方についてであった。
深怪究明団は、小鳥遊、夜凪、秋山の三人で結成されたチームであり、もうすぐ結成一周年を迎える。三人で一周年の記念パーティーをしようという話も出ていたのにも関わらず、秋山は姿を消した。行方不明となって、もう四日になる。
秋山は不可解な行方不明事件があると言って、それを調査していた。そして、『何かわかるかもしれない』とのメッセージを最後に残し行方不明となった。小鳥遊も夜凪も調査を続けているが、手掛かりを掴めずにいた。
「でも、ちょっと気になることがあってね」
小鳥遊はそう言って、手に持っていた封筒を見せた。
「夜凪さぁ、郵便受け見てなかったでしょ」
「どうせお前が見るからな……それで、それは何だ?」
「これ、深怪究明団様ってかかれてるの」
封筒の表には確かにそう書かれている。深怪究明団というのは、あくまで仲間内でのチームであり公にはしていない。それに、ここが拠点であることを知っているのは小鳥遊、夜凪、秋山の三人だけのはずである。
「借せ」
夜凪はそう言って立ち上がり、小鳥遊から封筒を取った。そして、上の方を破り中身を取り出した。中には一枚の紙が入っていた。
夜凪はそれを開き、小鳥遊も横からそれを覗き込んだ。その紙には次のようにかかれていた。
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深怪究明団の皆様
私は、最近起きている不可解な行方不明事件を調査している者です。そこで、秋山さんと仲の良い貴方達からお話を聞かせていただきたく思っております。本日の昼過ぎ、指定のホテルのスイートルームにお越しください。私の方からも有力な情報をお渡しできると思いますので、どうかよろしくお願いします、
警部補 羽川
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「え、警察? それって、事情聴取みたいな?」
小鳥遊は少し驚いた様子でそう言った。
「こんなの放っておけば良いだろ。用があるならこっちに直接会いに来れば良い」
夜凪は小鳥遊にその紙を渡し、再びソファに座った。
小鳥遊はその手紙をもう一度読んだ。警部補というところに少々面食らっていたものの、よく読んでみれば羽川という個人からの依頼に見える。
「でも、何か理由があるんじゃない? もし、ちゃんとした事情聴取なら深怪究明団様じゃなくて、私達個人に来ると思うし」
「信用はできないな」
「それでも、何か秋山に関する情報も手に入るかもしれない」
結局、小鳥遊と夜凪は夕方に指定の場所に行ってみることにした。秋山に関する情報が少しでも手に入ればとのことであった。
そして昼過ぎになり、小鳥遊と夜凪はスイートルームの扉の前にいた。
「本当にここであってるよね?」
ホテルのスイートルームなどとは縁のない小鳥遊は少し不安になっていた。
「とりあえず、鳴らすか」
夜凪は呼び鈴を鳴らした。
すると、中から若い男性が出た来た。白いシャツにネクタイ、グレーのズボンに墨色の黒いコートを羽織っている。歳は二人と同じくらいの若さに見える。
「深怪究明団の二人だね? どうぞ中へ」
そう言われ、小鳥遊と夜凪は広い部屋へと案内された。
スイートルームの部屋ということもあり、とても豪華なつくりになっている。
「羽川だ、よろしく」
爽やかな印象を持つ彼はそう挨拶した。
「私は、小鳥遊」
「俺は夜凪だ。まず、警察手帳を見せてくれ」
夜凪は警戒を怠っていない様子だった。夜凪はそういったことに関しては頼りになる。
「ああ、そうだね。これだよ」
羽川は警察手帳を取り出し見せた。
警察手帳には、上部には羽川の写真に階級と名前、それに県名が書かれており、下部には警察のエンブレムがあった。
夜凪はそれをじっくりと見ていた。
「確かに本物だな」
そう言って、夜凪は豪華なソファに座った。それに続いて、小鳥遊と羽川もソファに座った。
そして、羽川が口を開いた。
「話をする前に一つ。この事件について、上から調査を中止するよう圧力がかかっている。だから、私と話したことは内密にしておいて欲しい」
そのまま羽川は話を続けた。
「じゃあ、本題に入ろう。秋山さんは、不可思議なことを調査するグループに入っていて、最後に君達にメッセージを送っていた。間違いないね?」
小鳥遊と夜凪は頷いた。
「そこで、君達に見てもらいたいものがある。秋山さんが部屋に残していたノートだ。読んでくれ」
羽川は鞄から一冊のノートを取り出し、小鳥遊達に渡した。
「秋山が残したノート……」
小鳥遊はそれを受け取り、夜凪と一緒に読んだ。ノートには次のようなことが書かれていた。
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5/10
今、調べている行方不明事件について。
今は削除されているが、過去に一瞬だけネットで出ていた情報が関連しているとふんだ。それは、あるサイトで特定の手順を踏めばその人物が消えてしまうという噂だ。
その手順
①フリーのオンラインゲームサイト、オンボードにアクセスする
②様々なゲームからチェスを選択する
③ロビー666で、自分を後手版にしパスワードをDuckHuntにする
④すると、プレイヤー名NOTDUCKが入ってくる
⑤対局をする
⑥対局後に、DuckWasHunted と入力する
⑦そしてロビーを退室する
試してみたが、特に何も起こらなかった。
5/13
ロビー99で例の方法を試しているやつを見た。そして数日後、調べてみたら13日から行方不明届を出してい
る奴がいた。家は居酒屋吉野の横にある一軒家だ。東京都内だから、尋ねてみることにした。
5/16
行方不明となった奴の名前は三國一登(22)、実家暮らしだそうだ。しかし、個人情報だからと何も教えてくれない。
5/18
その後も色々調べてたんだが、13日や6日にも行方不明事件があったようだ。俺の仮説が正しければ、20日だ。その時間に試してみれば何が起こるかもしれない。
5/20
0時になってから試したが何も起こらない。
昼に試してみたら驚くべきことが起きた。本当に NOTDUCKが入ってきた。時間は13時45分だ。俺はチェ
スは結構できる。折角だから勝ってやろうと思う。
強すぎる。手も足もでなかった。俺の考えが完全に読まれていた。もしかして、チェスのプロのイタズラなのか? とりあえず俺は、DuckWasHuntedと入力した。今の所変わったところはない。後は退室を押すだけだ。
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それを読んだ小鳥遊は、しばらく沈黙していた。この一年で数々の怪現象を皆で調査してきた彼女だからこそわかる、この内容は本当のことだ。この指定された一連の行為の後に、方法はわからないものの秋山は姿を消したのだ。
「これを最後に行方不明になったわけか」
夜凪はそう呟いた。夜凪もやはり思うところがあるようだ。
少しして、頃合いを見計らったかのように羽川は二人に尋ねた。
「さて、君達は彼の調べていた行方不明事件を調査するのかい?」
「当然、秋山がいないと誰が夜凪の面倒をみるのさ」
小鳥遊はそう明快に答えた。彼の調べていた行方不明事件が秋山が姿を消したことと関係したいることは明白である。それを調査せずに放置する理由なんてなかった。
夜凪は軽く息を吐き、腕を組んで答えた。
「あいつが変なことに首突っ込んで自滅しただけだろ。自業自得だ、俺がわざわざ調査する道理なんてない」
すかさず、小鳥遊は口を挟んだ。
「はいはい、そう言ってますけどね、なんだかんだいつもついてくるじゃん」
小鳥遊からすれば、夜凪が素直に言わずに否定からはいることは慣れっこだった。内心では凄く心配していることも、周りにはバレバレだ。
「……報酬次第だな」
「じゃあ、秋山に焼肉奢ってもらおうよ」
「いいだろう」
「よし、決まり!」
こんな流れも深怪究明団ではいつものことだった。秋山がいないことを除いてはであるが。
小鳥遊と夜凪の返答を聞いた羽川は頷き、再び口を開いた。
「良ければ、私にも協力させてほしい。こちらでしか手に入らないような情報も君達に提供できる」
羽川の眼差しからは真剣な印象を受けた。それに、警察の人に協力してもらえれば調査が捗るかもしれないと小鳥遊は考えた。
「断る理由なんてないよね」
小鳥遊は夜凪に確認をとった。
「今のところはな」
それを聞いて、羽川は安心したのか微笑を浮かべた。
「ありがとう。実は、そのノートに書かれていた三國一登の家へ上がらせてもらえるよう事前に許可をとってあるんだ。今から行こうと思うんだけれど、君達も来てくれないか?」
夜凪と小鳥遊は頷いた。
「あぁ、案内よろしく頼む」
「当然! それじゃあ、レッツゴー!」
そうして、小鳥遊、夜凪、羽川の三人は三國一登の家へと向かった。
時刻は5月24日の15時過ぎ。三人は三國一登の家の前へと到着した。見た目は至って普通の一軒家だ。
「君達は僕の協力者って体でよろしく」
羽川はそう言ってインターホンを鳴らした。
「はーい」
インターホンから女性の声がする。
「先日ご連絡させたいただきました、警部補の羽川です」
羽川がそう言うと、玄関の扉が開き、中から中年の女性が出てきた。
「一登の母です」
「警部補の羽川です。こちらは、私の部下です」
羽川は警察手帳を見せ、そう挨拶した。小鳥遊と夜凪も頭を下げた。
「どうぞ上がってください」
一登の母はそう言って、三人を二階の一登の部屋に案内した。
一登の部屋は至って普通の部屋だ。正面のデスクの上にはパソコンが置かれており、他には本棚やベッドが置かれている。
「一登がいなくなったときから、そのままにしています」
一登の母は少し心配そうな顔をしながらそう言った。
「そうでしたか、ありがとうございます。ところで、当日の一登さんの様子を教えていただけますか?」
羽川がそう尋ねると、一登の母はその日の一登の行動を話し出した。一登の母の話したことをまとめると次のようになる。
5月13日の13時ごろ、一登は一階で昼ごはんを食べていた。そして、二階の自室へ戻った。そして13時30分ごろ、母が二階のカズトの部屋にりんごを持って行ったところ姿はなかった。窓は閉まっているし、一登は外に出ていなはずである。
この話を聞くに、やはり突然行方不明になったこと、これが普通の行方不明事件ではないことは明らかだった。もしかしたら、まだ部屋に秋山が残したノートの内容と関連する手がかりがあるかもしれない。
三人は一登の母に許可をとり、部屋を調べることにした。
小鳥遊は最初に本棚を見た。そこにあるものは、オカルト系の本や雑誌、普通の漫画といったようなもので特に変わったものはない。わかることとしたら、一登はオカルト関連に興味を持っていたことぐらいだろうか。
そうしていると、羽川が一登のパソコンを起動させた。画面がつくとそこにはオンラインゲームサイト、オンボードのチェスの画面が表示されていた。ロビーが大量にあり、そこで対戦ができるようだ。
パソコンを操作する羽川の両脇で小鳥遊と夜凪も画面を覗き込んだ。
小鳥遊は考えた。起動したときにこの画面がついたと言うことは、秋山がノートに残していた方法を一登も試した可能性が高い。そして、一登の母の話と合わせると、この方法を試したものは、さほど時間のたたないうちに姿を消してしまうということになる。
(……まだまだ手がかりがありそう)
一登の母の前ということもあり、口には出さずに羽川はがパソコンを操作するのを見守っていた。
羽川は履歴の欄をクリックした。そこには、次のような検索履歴が残っていた。
・オンボード
・TANMEGALIYAUKOPUOICTKLDHU
HANGUOSPCITHQXLEHXHYL
340
・暗号 解き方
・魔法使い なり方
・オカルト同好会ブログ
羽川は上から順番にクリックした。オンボードはそのままオンボードのトップページにとんだだけであった。次にの三つは単に検索し調べただけのようだ。一応クリックしてみたものの、検索結果に変わり映えはない。
そして最後にオカルト同好会のブログページを開いた。
オカルト同好会ブログは会員制のようである。このページでは記事の投稿、閲覧ができるようでたり、最近の記事が二つほど表示されていた。一つは次のオカルト同好会の日時、
もう一つは魔法使いになれる手順といったタイトルだ。羽川は順番に記事を開いた。内容は次のようになっていた。
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【次のオカルト同好会の日時 5/2 03:33】
皆さん、次は下記の場所でオカルト同好会の集まりを行います。日時は5月25日18時00分です。内容は、オカルト関連の情報交換です
TANMEGALIYAUKOPUOICTKLDHU
HANGUOSPCITHQXLEHXHYL
340
THP EOR ITE KEM OLI KTR UYE
この場所でお会いしましょう。
投稿者 管理人
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【魔法使いになれる手順 3/11 0:00】
①フリーのオンラインゲームサイト、オンボードにアクセスする
②様々なゲームからチェスを選択する
③ロビー666で、自分を後手版にしパスワードをDuckHuntにする
④すると、プレイヤー名NOTDUCKが入ってくる
⑤対局をする
⑥対局後に、DuckWasHunted と入力する
⑦そしてロビーを退室する
この工程を行えば、貴方を魔法の世界に案内しましょう。現実に飽きた方は、是非。帰れなくなる可能性もあるので、興味本位ではやらない方が良いと思います。
投稿者 Requiem
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小鳥遊はこれらの情報を写真に撮って記録した。小鳥遊は興味深い情報が次々と出てきたので、今すぐにでも推理したくなっていた。しかし、まだ一登の家にいるため記録にだけ専念した。
「さて、これくらいで大丈夫かな?」
羽川は二人に尋ねた。小鳥遊と夜凪は頷いた。三人にとって、十分すぎる情報が手に入ったのだ。
羽川達は一登の母に礼を言って家を出た。