008 言語翻訳
絵本ももう5冊目に突入。
……もう無理。
精神が受け付けないわ、この内容。
どれもこれも、「貴族偉い!庶民無能!」を繰り返すという一種の洗脳のような内容ばかり。
さっきの美少女も、こんな内容の本を読んで育ったのかしら?
あんなに綺麗な顔立ちで中身はこんな事考えてると思うと、ちょっと引くわ。
とりあえず大分この世界の言語にも慣れて来たし、場所を変えてもう少し難しい本にも挑戦してみる事にする。
そろそろ人も増えて来ていて、ちらほらと貴族らしき人も見かけるようになった。
さっきの美少女は何時の間にか、何処にも居なくなっていた。
絵本よりもう少しだけ難しい本をと思って本棚を調べていると、貴族の男性達が入れ替わり立ち替わり、こそこそと本を持って行く棚が有った。
人気のある本が並んでいるという事は、魔法に関係している書物かも知れない。
私は貴族達に気付かれないように注意しながら、その棚にある本に手を伸ばす。
それほど厚くない冊子で、タイトルは意味不明な言葉で書かれていた。
「いかにもって感じで怪しい本ね。魔法じゃないとしても、何か貴族の弱みに繋がる事が書かれているのかも」
ページを開いて中身を確認すると、さすがに絵本とは打って変わって内容は難解な物になっていた。
絵を見ながらでやっと翻訳出来ていた程度の私には、ちょっと難しすぎる。
分かる単語だけを少しずつ追っていって、何やら感情や感覚に関する記述の多い本だという事は分かった。
恐らくこれは物語の類いなんだろうと思う。
じゃあ何故、魔法の書でも無いのに貴族の男達はこそこそとこの棚にある本を持って行ったのだろう?
一先ず、文章に慣れるためには只管読んで行くしかない。
そう思い、次のページの文章へ目を走らせた瞬間、天啓のような閃きが脳を駆け巡り、急激に目の前の書物の文章を理解出来るようになった。
「な、何、今の!?」
先程までたどたどしく追っていた文章が、今はスラスラと読んで理解出来る。
それはさながら日本語を読むように。
「まさか、スキルが発現したとか?」
言語を翻訳出来るようになったらしく、近くで話をしている司書の会話まで理解出来る。
スキルは魔法と違って、命に関わる程の事をしなくても取得出来るみたいね。
これは便利。
本の文章も理解出来るようになったので、揚々と読み進めていくと……。
「これ、官能小説やないかーい!」
どうりで男共がこそこそ持って行く訳だわ!
私は本を叩き付けたい衝動を抑えて元の棚に戻した。
まったく、乙女になんてもの見せるのよ!
いや、見ようとしたのは私か……。
釈然としないながらも、本棚のラベルを確認しながら魔法に関する書籍を探す。
本棚の上段は身長が低めな私にはとても手が届かないけど、台を使ったりしたらバレちゃうかも知れないので、上段は諦めて下段だけを探す。
どうせ初級の魔法は子ども向けだろうから、手の届く範囲にある筈……という淡い希望を胸に抱いて。
そしてそれは期待通りに棚の下段に置いてあった。
『0から分かる初級魔法』。
どこかで見たようなタイトルだなと思いながら、表紙がボロボロになっているその本を手にとってみた。
言語を理解するスキルを得たらしい私には、もうそれは苦も無く読める。
内容はほとんど鈴成が説明してくれた事だけど、『想像系』魔法については書いていなかった。
余程隠蔽したい内容なのか、はたまた確立されていない技術なのか。
いずれにせよ、私達が『想像系』魔法を修得している事は知られない方がよさそうね。
初級と言うだけあって内容は魔法を使う前準備みたいな事ばかりが綴られてあって、肝心な魔法に中々辿り着かず、非常にもどかしい。
魔法言語の意味とか繋がりの仕組みはこの際どうでもいいんだけど、今後の事を考えると読み飛ばしていい項目でも無いのよね。
そしてようやく魔法が一つ出て来たと思ったら、もう最後のページだった。
「何よこれ。結局一つしか魔法載ってないじゃない」
その魔法は、ラノベ等で『言語習得』に継ぐ定番の魔法『能力鑑定』。
ゲーム風に言えば、ステータスオープンの魔法ね。
「ふむふむ。『我が眼に映せ、現の身に宿りし力の計を』」
私が魔法を唱えると、目の前に淡く光る文字が次々に浮かび上がった。
本の説明では、この文字は魔法を唱えた本人にしか見えないらしいけど、図書館にこっそり忍び込んでいる身としては少々焦る。
宙に浮かび上がった私のステータスは、
名前:宮本 静香
職業:ステルサー
体力:80/125
魔力:50/82
スキル:気配隠蔽LV5、臭素減少LV2、姿隠蔽LV10、言語理解LV2
魔法:電撃魔法LV1、空間魔法LV1
あんまり詳しく表示されないけど、スキルと魔法が表示されたのはいいわね。
予想通りだけど、急にこっちの言語が分かるようになったのは、やっぱりスキルを修得したからみたい。
能力鑑定はその都度唱える『詠唱系』魔法だから修得した事には成らないようで、魔法欄には表示されなかった。
ステータスは暫く表示されると空気中に溶けるように消えた。
私はとりあえずこの魔法をメモってから本を棚に戻し、お腹が空いたので図書館を後にした。
「次来る時は、食料を沢山持って来る事にしよう」
今日の収穫は魔法一つだけだったけど、図書館の場所も確認出来たし、これで良しとしておこう。
何時の間にか日は高く上っていて、お昼に近いぐらいまで時間が経っていた。
どうりでお腹が空く筈だ。
朝食も少なかったし、早く戻ってシングに昼飯集ろうっと。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そんな淡い幻想は、宿屋で仁王立ちしていた鈴成によってぶち壊されました。
「何処行ってたの?」
「えっと……貴族街?」
「なんで疑問系なのよ!そこに正座なさい!」
「は、はいっ!」
憤怒の表情を顕わにした鈴成の前では、般若ですら草食動物に成り下がるだろう。
私は逆らう事を諦め、素直に宿屋の板場に正座した。
「私、危ない事しちゃダメって行ったよね!?どうして一人で貴族街なんかに行ったりするの!?馬鹿なの!?お馬鹿なの!?」
何時ものほほんとしてるおっとり系女子の鈴成が、本気で怒るとここまで怖いとは知らなかった。
その形相に睨まれて、裸足で逃げ出したいのを必死に堪える。
「その……、『想像系』の魔法って修得するの大変でしょ?だから、貴族が独占してる『詠唱系』魔法を手に入れた方がいいかなって」
「はぁ?」
いや、怖いんですけど……。
「貴族街がどれ程危険か分かってるの?平民が許可無く歩いてるだけで首が飛ぶような場所なんだよ?どうして静ちゃんは、そんなに考え無しに行動するの!」
そんなの初耳なんですけど。
まぁ、門で居住区画を区切ってるからそうなのかな?とは思ってたけど。
それから暫く鈴成の説教は続いた。
私は足も痺れて涙目になって耐え続けていた。
もうこの娘を怒らせるのは止めとこうとは思うけど、必要とあらば私は再び行動を起こすだろう。
そろそろ足が限界を迎えそうと思ったところで、唐突に宿屋の扉が開かれた。
「おお、何だ。無事だったのか」
肩で息を切らせたシングが、汗だくにも拘わらず爽やかな笑顔を向けて来た。
どうやら私を探し回ってくれていたようだ。
なんか申し訳ないから、集るのは少しだけ控えてあげようかな。
「シングも来た事だし、そろそろご飯に行かない?」
と提案してみたところ、
「まだ話は終わってないっ!!」
鬼の形相と化した鈴成の説教は、その後2時間に渡って続いた。
お腹空いた……。




