007 図書館
諦めたらそこで試合終ry……。
薄れゆく意識の中で、なんか白髭のおっさんが囁いた。
そうだ、こんな所で死んでたまるもんですか!
体を動かそうと最後の力を込めようとした時、視界の端の右手に奇妙な物が映った。
それはパリパリと音を発して小さなスパークを起こしている。
鈴成の言った通り『想像系』魔法が取得出来たんだ!
でも、今はそれを喜んでる暇は無い。
そこで私の加速した思考の中に一つの考えが閃いた。
——AED(自動体外式除細動器)だ!!
右手の親指と人差し指を、心臓に対して対角線を書くように胸にあてる。
時間が無い。
一発で成功させる為に、強めの電力をイメージして……電気魔法発動!
「かはっ!」
ドンっという音が耳の奥で響くと同時に、私の体がショックで反り返る。
——ドクン!
脈動が体の中から轟いた。
意識の加速が徐々に平常へと戻り、現実へと引き戻されていく。
恐らく時間にして数秒だと思うけど、加速した思考の中では数分ぐらいに感じられた。
アスリートが入るっていう、一種の聖域みたいなものだったのかな?
一先ず、成功して良かった——と、思った矢先。
「静ちゃんっ!何やってんの!!絶対やっちゃダメって言った矢先にやるとか、馬鹿なの!?なんでそうやって突飛な行動するのよ!黒豹とか、電撃とか!そんなに考え無しに行動してたら、ホントに死んじゃうんだからねっ!!」
鈴成が私の肩を力いっぱい掴んで、ガクガクと揺さぶりながら叫ぶ。
痛いんですけど?
「ご、ごめんってば。確かに今のはちょっと反省するわ。出力最大にしてたのを忘れてたし」
「ちょっとじゃなくて、思いっきり反省して!!」
「はいはい。痛いからそろそろ放してよ」
魔法覚える為とは言え、ちょっと命懸け過ぎたわ。
涙目のまま釈然としない顔で、鈴成は手を放して自分のベッドに戻った。
鈴成って何で私をここまで心配するんだろう?
別に仲が良い友人って訳でも無いのに。
現時点では唯一の同じ世界出身者だから、自分一人になったら不安ってとこなのかな?
私が落としてしまったスタンガンを拾おうとベッドの下に手を伸ばしたら、鈴成は不機嫌な顔のまま毛布を被って寝る体勢になってしまった。
一通り『異世界流浪記』は読んでしまったし、私も疲れたから寝よう。
拾い上げたスタンガンを空間収納にしまい、私も毛布を被って目を閉じた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌朝。
「私は今、貴族街にいます。何でやねん!」
一人でボケてツッコんでみた。
ぼっち歴が長い私は、一人でボケてツッコミまで出来るマルチな芸人に……って、誰がぼっちやねん!
あぁ、早起きし過ぎたせいでテンション高いわ~、私。
昨日の事は深く反省したので、『想像系』魔法の取得は諦めた。
あの取得方法じゃ、いくつ命が有っても足りないもんね。
という訳で、貴族が独占している魔法を探りに来たのである。
鈴成は邪魔なので一人でこっそりと宿を出た。
日が昇ったばかりなので、昨日の飯係シングもまだ宿には来ていなかった。
「朝食はリュックに入ってる物で我慢しとこうかな」
丁度良くバランス栄養食の類いが数本入っていたので、それで小腹を満たす。
全然足りないけど……。
大きな門を境に歩きやすくなった石畳を悠々と歩いているが、まだ早朝という事もあり、人はほとんど居ない。
門番の人達が眠そうに欠伸をしている横をステルスでするっと通り抜けて以降、メイドさんや執事さんすら見かけないので、道を訪ねる事も出来ない。
もっとも、道なんて訪ねたらステルス解除されて大騒ぎになっちゃうんだけど。
『異世界流浪記』には、貴族街と呼ばれる貴族だけが住む地域に図書館があると書いてあった。
そこに行けばきっと魔法に関する本が有る筈。
でも、どの建物が図書館なのかさっぱり分からないのよね。
というのも、貴族様が住まう建物だけあって、どれも図書館級な立派な建物ばかりで見上げるだけで疲れてしまう。
本当のお金持ちは平屋に住むというのは都市伝説だったらしく、普通に3階建て以上の建物がひしめき合ってる。
まだ入り口に近いから、貴族の中でも階級が低い人達が住む場所なのかも知れないけど。
図書館のように重要な書物を保管する場所はもっと中央にあるのが普通よね。
私は少し小走りに貴族街の街道を進んで行った。
そして、私は貴族街を舐めていた事に漸く気付く。
「広っ!」
普通に元の世界の都市一つ分ぐらいの広さはあるかも?
昨日シングに、この街の事を聞いとくんだった。
もう帰ろうかなと思いかけたその時、見上げたその先に見えたのは、正に中世ヨーロッパを彷彿とさせるお城。
「すごい……さすが異世界」
思わず漏らした独り言を聞く者は周囲に居ない。
けっこうな時間歩いたつもりだったけど、まだ早朝だもんね。
そして、そのお城と隣接するように建っているのが、これまた立派な3階経てのレンガ作りの建物。
早朝という事もあって扉は堅く閉ざされていたが、学者っぽい格好した人が出入りしている扉を見つけたので、そこから勝手に入って中を覗いてみた。
「ビンゴ!」
建物の中は溢れかえる程の本棚に埋め尽くされていた。
ここが図書館で間違い無さそうね。
さて不法侵入かも知れないけど、この国の法律なんて知らないし気にしてもしょうがない。
数人の司書が早朝にも拘わらず忙しなく働いているが、誰も私のステルスを見破る事は出来ない。
私のステルスを見切ったあのギルドマスターは、発動する瞬間を見ていたとはいえ、やっぱり只者じゃないわね。
閑話休題、魔法に関する書物はどこかしら?
ステルスで潜入してると誰にも物を尋ねられないのが不便よね。
ラベルを見ていくが、昨日覚えたばかりの言語では遅々として進まない。
じれったい……。
私は一先ず言語に慣れるために、子供向けの絵本っぽいものから読んでみる事にした。
「『魔法使いと無能な平民』?子供の頃からこんな教育してるって、貴族怖っ!」
まだ慣れない私は、一文字ずつ辿々しく読んでいく。
2回通して読んだところで、漸く内容が理解出来た。
貴族の魔法使いが、ひたすら平民を馬鹿にして終わるお話。
何これ?
オチ無しって。
子供に与えたくない、有害図書に指定してやりたいぐらい教育に悪い本だよ。
こんな本を読んだ子が大人になったら……?
ここの貴族とは極力関わらないようにしようと決めた。
内容はアレだけど、言語を学ぶにはやっぱり挿絵があって文章が簡単な方がいいね。
本を元の位置に戻して、次の本を手に取る。
タイトルは、『魔法使いは強く、平民は弱小』……。
子ども達は、この本を読んで面白いと感じるのかしら?
それとも、この一帯にそういう種類の本が集中して置いてあるの?
まぁ、言語学習の為なんだから、この際、内容はどうでもいいわ。
パラリと1ページ目をめくると、そこには前の本同様の碌でもない内容が……。
呆れて次のページをめくろうとした時、誰かがこちらへ向かってくる音が聞こえたので、ステルス発動しつつ本棚の影へ隠れる。
様子を覗っていると、一人の少女が数冊の本を抱えて歩いて来た。
司書達とは格好が違ってドレスのような青いフリフリの服を着ている事から、恐らく貴族の娘だろうと思う。
金髪碧眼で私よりも少し身長が低い。
顔立ちはもの凄く整っていて、まるで人形のような超絶美少女。
「ほわ~、可愛い娘」
私が呟くと、聞こえた筈は無いのに突然その少女がこちらを見て、視線が合った気がした。
ステルスが見破られた?
そして次の瞬間、恐ろしい程の殺気を感じる。
「っ!?」
やばい!?
殺気はその少女からでは無く、もっと別のところから感じる。
そして、冷たい刀身を首筋にあてられているような気持ち悪い感覚が数秒続く。
今の私じゃ絶対に勝てない相手だ。
そんな奴に見つかっちゃうなんて、最悪!
死を覚悟した次の瞬間、少女が何事も無かったかのように素通りして行くと、その殺気も追随するように消えて行った。
その場で腰を抜かして、ズルズルと崩れ落ちる私。
「や、やばかった……。あの娘の護衛か何かかしら?少女の視線で私のステルスが解けちゃったのか。実はあの少女の方が私にとっては天敵かもね」
突然の窮地から脱した私は長居は無用という考えが頭を過ぎったが、あんな化物と戦う可能性も考えて、なんとか一つでも魔法を持ち帰ろうと決意を固めた。




