006 魔法
宿で宿泊の手続きをして、とりあえず1泊分のお金を支払う。
素泊まりで1泊は1人金貨1枚だった。
シングが言うにはそこそこ良い宿らしいので、そこから貨幣価値を考えると金貨1枚で1~2万円ぐらいなのかな?
この世界の宿屋事情とか分からないから、宿泊の価値観も分からないけど。
もう休むのであれば護衛の必要もないだろうと言って帰ろうとしたシングに、晩飯買って来てねと伝えたらもの凄く嫌な顔をされた。
「静ちゃん、容赦無いね」
「何言ってるのよ、あんただってバクバク食べてたでしょうが。異世界なんて何が起こるか分からないんだから、食べれる時に食べとかないと不安じゃない」
自分の事を棚上げする鈴成はほっといて、私は宿屋の人の案内に従って階段を上って部屋に向かった。
部屋は眠るためのベッドと小さな机が置いてあるだけの簡素なものだったが、扉と鍵はしっかりしていたので、冒険者が泊まる分には十分なのかも知れない。
2つあるベッドの一方に腰を下ろして、『異世界流浪記』を取り出して読もうとしたら、向かいのベッドに腰を下ろした鈴成が突然真剣な顔で口を開いた。
「静ちゃん、その『異世界流浪記』だけど、内容を頭に入れたら空間収納に入れておいた方がいいよ」
何時もの脳天気な感じの雰囲気から打って変わった鈴成の表情に一瞬たじろぐ。
「重要な事が書いてあっても、こっちの世界の人にはどうせ読めないでしょ?ってか、空間収納って何よ?そんなチート能力、私持ってないわよ」
しかし、鈴成は少しも表情に変化を見せず、真っ直ぐに私を見つめる。
「その本には書いてないけど、この世界には転生者もいるの。もし転生者にその本が渡ったら大変な事になるよ」
「なんでそんな事知ってるのよ?仮に転生者がいるとしたら、生前にこの本を読んでたかも知れないじゃない」
「この本が出版されたのは2年前だから、本を読んだ後に転生したら2才未満でしょ。私が懸念してるのは、私達が元の世界に戻るまでにトラブルに巻き込まれるんじゃないかって事」
転生が時間軸どおりに行われるとは限らない事を考慮してないって、肝心なとこが抜けてるわね、鈴成。
本を読んだ人が過去に転生してたら防ぎようが無いから、考えても詮無い事だと思うけど。
「分かったわ。でも、空間収納ってどうやんのよ?『異世界流浪記』に書いてあるの?」
パラパラとページをめくるが、それらしい項目を見つけられない。
「それも書いて無いんだけど、異世界に続くワールドゲートを通ると空間系魔法が使えるようになるの。空中に見えない袋があるのをイメージしてみると使えるよ」
私は鈴成の言う事を半信半疑ながらも、試しにリュックを空間収納に放り込んでみた。
すると、空中に吸い込まれるように水色のリュックは消えてしまった。
一瞬目を丸くして驚いたが、ちゃんと取り出せるのか不安になって袋から取り出すようなイメージをしたら、ちゃんと取り出せたのでほっとした。
そして、今度は私が強めの口調で鈴成に問い詰める。
「なんでこんな便利な魔法があるって黙ってたのよ?」
「だって、異世界に来たって気付いてからは周りに人がいたし。この魔法ってワールドゲートを通った人だけが使える特殊なモノだから、あまり知られるのは良くないの」
そう言えばあの助けた女の子もいたし、冒険者ギルドに向かう途中は面倒な男共が寄って来てたもんね。
どこに転生者がいるか分からないし、今まで言えなかったってのも頷ける。
しかし、納得出来ない事はもう一つあるのよね。
「じゃあ、何でこの本に載ってない事まで知ってるのよ?そもそも、この本に載ってる言語に関する記述だけで、あれ程流暢に喋れるのがおかしいのよね。まだ何か隠してるでしょ」
「うっ、それは……」
急に視線が泳いで狼狽える鈴成。
「別に追求はしないわよ。只、必要な情報は教えておいてよね」
「う、うん。分かった」
今は何で知ってるかはどうでもいいし、知ってる情報を開示してくれる事の方が重要。
そもそも私は根掘り葉掘り聞くのは苦手だし、聞かれたくも無いし、そこまで深く人と関わりたいとも思わない。
一先ず鈴成曰く『異世界流浪記』を読めば必要な事は載ってるらしいので、私は『異世界流浪記』のこの世界に関する記述をじっくりと読む事にした。
夕食までの時間、所々本の内容で分からないところを鈴成に聞きながら、大凡この世界の事を理解した。
第四の異世界『フィーアト世界』。
ファンタジーによくあるタイプのオーソドックスな剣と魔法の世界。
オーソドックスなと言ったのは、他に複雑なギミックの魔法が主流な異世界や、オーバーテクノロジーの科学が発達した異世界等もあるらしいので。
ラノベや漫画の知識が生かせそうな世界なのは不幸中の幸いかもね。
科学が発達した世界じゃ知識チートとかも使えないだろうし、逆にテクノロジーについて行けなくて完全に弱者の立場に追い込まれるだろうから。
ただ、この世界の魔法には問題があって、貴族にしか使えないらしい。
そこでふと疑問が頭を過ぎる。
「ねぇ、この本には魔法は貴族にしか使えないような書き方してあるけど、私達が空間系魔法使えるのって何で?」
「静ちゃん、よく読んで。『魔法は貴族が独占している』って書いてあるでしょ」
ん?どゆこと?
「独占してるって事は、貴族しか使えないって意味じゃないの?」
「ううん、使い方を知っていれば平民でも魔法を使えるのよ」
あぁ、なるほど。
つまり、貴族ってのは利益を独り占めする碌でもない奴らって事ね。
いや、治安の為に必要な措置って事も考えられるから、一概に貴族が悪だとも言い切れないか。
この本の書き方だと碌でもなさそうだけど。
あ、但し書きで不用意に貴族と関わらない方がいいって書いてあったわ。
……じゃなくて、今は貴族なんてどうでもいいのよ。
「魔法の使い方を知っていればって、さっきの空間収納みたいにイメージするだけで使える程簡単なら、魔法を隠匿なんて出来ないと思うんだけど?」
私の疑問に、鈴成は指を3本立てて答える。
「魔法は大きく分けて3種類あるの。『方陣系』と『詠唱系』と『想像系』。このうち、貴族が独占しているのは『方陣系』と『詠唱系』の魔法なの。『方陣系』は魔方陣を描く事で使えるし、『詠唱系』は呪文を唱えるだけで使えるから、使用方法を隠匿されたら使えなくなってしまう。これらとは違って、空間収納は体に刻まれた『想像系』の魔法だから、イメージするだけで使えちゃうんだけど、覚える方法に制限があるから貴族の独占魔法には入らないんだよ。平民でも希に魔法が使える人がいるんだけど、多分、この『想像系』の魔法を使ってる筈」
「説明長い」
「非道いよ、静ちゃん。詳しく説明してるのに……」
なるほど、ワールドゲートを通った事で空間に関する魔法の情報が体に刻まれたから、私達は空間系の魔法が使えるのね。
魔法は便利だし、この異世界を生き抜くにはあった方がいいものだ。
無詠唱で使える『想像系』魔法が使い勝手よさそうだし、もっと色々覚える事出来ないかな?
「ねぇ鈴成、あんた覚える方法に制限があるとか言ってたけど、ひょっとして『想像系』魔法の取得方法知ってるんじゃない?」
「っ……!?」
何故か息を飲んで、青ざめる鈴成。
何?聞いちゃいけなかった事なの?
「教えてもいいけど、絶対やっちゃダメだよ。『想像系』魔法は、魔力を伴わない現象を命に関わるレベルでその身に受けると、魔法として宿るらしいの。でも、それも必ず成功する訳じゃなくて、資質に左右されるみたい」
ホントに知ってたわ、こいつ。
本にはそんな事、一文たりとも記述されてないから、ネットとかで調べたとか?
著者がSNSでポロッとこぼした言葉を拾い集めたとか?
まぁ、何故知ってるかはどうでもいいわ。
余裕が無い時は、余計な情報に振り回される訳にはいかないからね。
さて、魔力を伴わない現象って事は、魔法を受けてもその魔法を覚える事は出来ないのか……。
しかも命に関わるレベルでその身に受けるって、火だるまとか水で溺れるとか?
回復魔法を覚えてない状態でやるのは危険そうだね。
そこで一つ思いついてしまった。
現象って、別に自然現象でなくても魔力を伴ってなければいいのよね?
私は空間収納をイメージで開けて、中から護身用のスタンガンを取り出して自分の左腕にあてた。
「え?ちょっ、静ちゃん!?」
バチチッ!という衝撃音と共に、私の体に電気が走る。
「ぐふっ……!」
鈴成の叫び声が響く中、電撃が私の体中を巡った。
遠くなりそうな意識を歯を食いしばって繋ぎ止めようとした時、思考が加速する中で最悪の事態に陥った事に気付いた。
心臓が止まった。
現象として電気を身に浴びようとしたけど、さっき黒豹に使った時に出力を最大にしたのを忘れてた。
このスタンガン、致死レベルの出力が出るって不良品なんじゃないの?
黒豹を倒せた時はそれで助かったけど、今度は一転ピンチだよ。
電気ショックの要領で心拍を戻さなきゃと思って、スタンガンを持つ右手を胸まで持ってこようとした時、体勢が崩れてスタンガンをベッドの下に落としてしまった。
――拙いっ!?
カラカラと音を立てて転がっていくスタンガン。
唖然と私を見つめて硬直する鈴成。
意識がどんどん失われていく中、それと逆行するように思考は更に加速していく。
これが走馬燈?
思いつきで取った行動で死ぬとか、マジ簡便して欲しいんですけど?
そういえばこの世界には転生者もいるんだっけ。
運が良ければ、私も異世界で転生とか出来るのかな?




