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004 ギルマス

 拙い!掴まれたらステルス発動しても逃げられない。

 態々私を捕まえるって事は、やっぱりこのハゲ熊はこいつらとグルって事ね。

 どうする?

 サバイバルナイフを持ってる右腕は動かせないし、左手でスタンガンを取って攻撃するしか無いか。


「ギルマス、そこまでですよ。それ以上はセクハラなので協会に報告します」

「たぁっ!これ以上やるつもりなんてねぇよ!報告とか簡便しろよ!」


 急激に私の肩を掴んでいる手が緩んで、背後にいるハゲから殺気のようなものが消えていった。

 何があったんだろう?

 様子からして、受付嬢さんが助けてくれたみたいだけど。


「悪かったな、嬢ちゃん達。冒険者ってのは危険な仕事だからよ。身分証明代わりに冒険者登録するのは構わないんだが、実力も無いのに勘違いして魔物に挑もうとする奴がけっこういるんだよ。だから冒険者登録しに来た弱そうな奴には、こうやって洗礼を受けさせるんだ。怖い思いすれば身分証明だけ手に入れて、大人しくしててくれるからな」

「は、はぁ……」


 なんか色々喋ってるけど、何て言ってるか全然分からないわよ。

 ってゆーか、私の肩掴んでる手をいい加減放せ。


「でも、この嬢ちゃんはかなりの実力者みたいだな。そっちの嬢ちゃんは……あん?なんか弱そうなのに、妙な潜在能力を感じるな?」


 なんかハゲが鈴成を見て驚いてる?


「ねぇ鈴成。このハゲ何て言ってるの?通訳してよ」

「あ、ごめんね静ちゃん。なんか大丈夫みたい。このハゲてる人はギルドマスターで、冒険者の人達を使って冒険者という仕事の危険性を教えようとしてくれたみたい」


 なるほどね。

 女の子が2人だけで冒険者になろうとしてたら、そりゃ止めるわよね。

 でも、鈴成に対して驚いてたのは何で?

 今大立ち回りしたの私なんだけど?

 あぁ解った、あの無駄にでかい乳を見て驚愕したのね。

 ったく、男って……。

 私は苛立ちをぶつけるように肩を掴んでいる手を払いのけた。


「うおっ!なんだよ、そんなに怒るなって」


 何言ってるか解らないハゲは無視して、私はリュックから黒豹の牙を取り出して鈴成に渡す。


「ねぇ、鈴成。これを冒険者ギルドで買い取ってくれるか聞いてみてよ」

「あ、うん。分かった」


 鈴成が受付のお姉さんに牙を渡すと、お姉さんは信じられない物を見たように目を見開いた。


「これ、買い取って貰えますか?」

「は、はい……。でも、いったいこれをどこで?」

「どこって、近くの森ですけど?」

「ちょっと待て、それは……!」


 急に私の近くにいたハゲが大きな声を上げて、黒豹の牙を徐に掴んだ。


「ブラックサーベルパンサーの牙だと!?お前ら、ホントに何者なんだ?」

「何者って言われても……」


 なんかハゲが言いがかり付けて来てるみたいで、鈴成が困った顔してるわね。

 今、ハゲの注意は黒豹の牙に向いてるし、さっき肩を掴まれたセクハラ分は報復しとこう。

 即座にステルスを発動してハゲの背後に周り、尻を一突き。


「うぎゃあっ!?」


 ハゲ男は尻を抑えてその場に蹲った。


「ちょ、ちょっと静ちゃん!?」

「鈴成、買い取って貰えるなら早くやっちゃってよ」

「えぇ!?今の行動に対してコメント無しなの?」

「このハゲは私達に害意を示したんだから、報復するのは当然でしょ。さぁ、早くして」

「わ、分かったよぅ……」


 冒険者の仕事の危険性を教える為とは言え、やり方が気にくわないし、セクハラハゲに容赦する必要は無い。

 冒険者ギルドに敵対する行為と取られるかと思ったが、受付のお姉さんは涼しい顔をしていた。

 セクハラハゲに味方など居なかったようだ。

 鈴成は受付のお姉さんと話して、いくらかのお金を受け取ってくれた。

 この世界の貨幣価値が分からないから、後で『異世界流浪記』を読んで確認しておかないとね。

 受付のお姉さんに手を振って、私達は冒険者ギルドを後にした。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 少女2人が冒険者ギルドを去った後、尻を抑えた男達はヨロヨロと立ち上がる。


「痛ってぇ。あの嬢ちゃん、容赦ねぇなぁ」

「か、回復してくれぇ。頼むわぁ」


 酒場の方でお酒を飲んでいた女性が駆け付け治癒魔法を彼等に施すと、尻からの出血が止まり男達は一息つくことが出来た。

 それを横目に、受付嬢はギルドマスターに冷ややかな視線を投げかける。


「ギルマスが刺されたのは、セクハラしたからでしょう?自業自得ですよ」

「いやだって、あの嬢ちゃんは掴まえないと消えちまうからよ。そんな事よりあの2人、妙な言葉を喋ってたな」


 ギルドマスターの問いかけに、自分の記憶を探る受付嬢。


「そういえばそうですね。異国の言葉とも違う、聞き慣れない言葉でした。……って、まさか!?」

「あぁ、多分あの2人、渡る者ウォーカーかも知れんな」


 つるピカな頭をガシガシと掻いて、少女達が出て行った冒険者ギルドの出入口を見つめた。


「ちょっと待ってくれ、ギルマス!渡る者ウォーカーだって?もし仮に彼女達がそうだとしたら、また勇者が召還される可能性があるじゃねーか!」

「だな。こりゃ厄介な事になりそうだぜ。それにあの黒髪の嬢ちゃんかなりの使い手だから、目立って貴族共に目を付けられるかも知れん。いや、あれだけ見事な隠形を使えるあいつは大丈夫か。寧ろあの茶髪の嬢ちゃんの方が目立って危ねぇな」


 自問自答しながら何やら考え込むギルドマスターを見て、冒険者達は次の指示を待つ。


「おい、お前ら。あの嬢ちゃん達が渡る者ウォーカーだって事には箝口令を敷く。あと、誰か一人嬢ちゃん達の護衛に付け。それと、勇者召還に関して貴族共を探れ。おっと、それからブラックサーベルパンサーが出たなら、森の方も調査しないとな」

「「「「「了解!」」」」」


 ギルドマスターの命令を受け、冒険者達は各々の役割を決めると、風の如くギルドから駆け出して行った。


「さて、忙しくなりそうだ」


 冒険者達の後ろ姿を見ながらガシガシと頭を掻くギルドマスターの口角は、僅かに釣り上がっていた。


「ギルマス、顔に出てますよ」

「おっと、やべえ」


 受付嬢に言われて、慌てて口元を隠すギルドマスター。

 元冒険者で日々の退屈に嫌気が差していた彼の心は今、最高のおもちゃを与えられた子供のように弾んでいた。

 長い付き合いの受付嬢は、フォローさせられるのは私達だよとギルドマスターを睨み付けたのだった。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 身分証明書代わりのギルドカードを手に入れた私達は、街の入り口の門へと戻って来ていた。

 冒険者ギルドから門までわずか100m足らずなのに、また数人の男の尻が串刺しになった。

 鈴成の胸は、どんだけ男共を吸い寄せるのよ?

 ブラックホールなの?

 突起物なのにホールとは、これ如何に。


「ねぇ静ちゃん、また失礼な事考えてない?」


 おかしいわね、なんでステルスしてるのに考えが読まれるのかしら?


「だって顔に出てるもの」


 私の思考と会話すんな!

 ぼーっとしてるくせに、変なとこで鈴成はハイスペックだ。


「これ、私達のギルドカードです」

「はい、確認しました。街に出入りする時は、必ず門番にそれを見せるようにしてください」


 鈴成がギルドカードを提示して、漸く門番から街に入る許可を貰えた。

 只街に入るだけで、どれだけの男の尻が犠牲になった事か。

 異世界って面倒くさいわね。


 さて、それじゃあ助けた少女にご飯奢ってもらおうか——と思った時、冒険者ギルドの方から一人の男がこちらに向かって声を上げながら走って来た。

 また馬鹿が一人、ブラックホール胸に吸い寄せられて来たのか……。

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