003 冒険者ギルド
奇妙な装飾をされた門の前には、門番らしき青年が皮鎧を纏って佇んでいた。
そんな薄い装備で、あの黒豹みたいなのから街を守れるの?
門を閉めても壁が低いから、なんか守りが不安な街だという印象を受けた。
門番の青年の容姿は黒髪黒目で肌はやや浅黒いが、外見は日本人のそれに近かった。
私達が街に立ち入っても目立たなそうなので、少し安心出来そうだ。
しかし、言葉は全く通じない。
「――っ」
「――っ」
少女が門番の青年と、なにやら二言三言交わした。
すると青年はこちらに目を向ける。
というか、鈴成の方だけを見ていた……主に胸を。
私はステルスしてるから感知されていないだけだよね?
胸の格差で無視されてるんじゃ無いよね?
今なら、検問をあっさりスルーして街に入れちゃいそうだよ。
「――っ」
青年が鈴成に向かって何かを言ったが、当然の如く私は何を言ったのか理解出来ない。
「私達、外国の人だと思われたみたい。身分証明として、冒険者ギルドで登録してくれって」
通訳乙。
鈴成は、居るとウザいけど、今は居て貰わないと困るわね。
「静ちゃん、何か今、失礼な事考えなかった?」
鈴成の抗議は華麗にスルーして、私は『異世界流浪記』をリュックから取り出す。
第四の異世界『フィーアト世界』の冒険者ギルドのページを開く。
確かにこの本の著者も、初めは冒険者ギルドで登録していたみたい。
そして、案の定その冒険者ギルドでトラブルに巻き込まれたとの記述が。
そんなところに女である私達が行ったら、トラブルどころかT○L○VEるに巻き込まれちゃうんじゃない?
冗談はさておき、登録しなきゃ身分証明が出来なくて街中を歩けないみたいだし、避けては通れないクエストか。
「鈴成、冒険者ギルド周辺では私に話しかけないでね」
「ちょ、非道っ!」
「違うわよ。話しかけられると私のステルスが解けちゃうから、あんたを守り切れないでしょ。私が存在を消して、近づく輩を排除していくから」
「なんか私、囮みたい……」
私一人なら囮すら必要無く、ステルスで通り抜けられるけどね。
鈴成の有り余る存在感は、私のステルスをより強固なものにしてくれるので、話しかけられなければとても便利だ。
特に無駄にでかい胸が、男の視線を一身に集めてくれる。
出来る事ならもいでやりたいが、今は私の存在を隠すのに一役買って貰う必要があるから許しておこう。
少女は巻き込まれないように門の近くで待っていてもらう事にして、私と鈴成は冒険者ギルドへと向かった。
「なんだ姉ちゃん、見ねぇ顔だな。ちょっと俺様とうぎええぇ!!」
サバイバルナイフを近寄って来た男の尻へ突き立てる。
スタンガンは充電が出来ないから、いざという時の保険に取っておかなければならないので温存するためだ。
回復魔法とか回復薬がある世界だし、多少出血するぐらい平気でしょ。
どうせ不埒な輩だろうし、もっとキツいお仕置きでもいいと思うけどね。
「なぁなぁ、姉ちゃんぐぎゃあ!!」
「よぅ姉ちゃんぎええ!!」
「焼き芋いらんかね~?ぐぎょえ!!」
何て言ってるか分からないから、鈴成に近づいて来る奴には片っ端から尻を突き刺していく。
ひょっとしたら関係ない人も巻き込んだかも知れないけど、まぁいいでしょ。
それにしても近づいてくる男が多いわね。
鈴成はそれなりに顔立ちが整っているし、栗色のサラサラしたショートヘアはとても綺麗なので、男を引き寄せやすい。
誰一人としてその綺麗な顔には視線を送らず、全員胸を見ている訳だが。
冒険者ギルドまでわずか100m足らずの間に、10人の尻が割れる事になった。
異世界にも肛門科がある事を祈るわ。
「なんかすごい悲鳴が沢山聞こえたけど、静ちゃん何やったの?痛っ!?」
だから話しかけるなって言ってるでしょうが。
こちらを振り返りそうになった鈴成の尻を蹴飛ばして、ギルド内に押し込んでやった。
ギルド内は酒場も兼ねているようで、右手にバーカウンターのようなものがあり、昼間から酒を煽っている冒険者らしき人達がけっこういた。
左手には受付らしき場所があり、女性が数人等間隔に座って応対している。
それにしてもまだ日が高いのに、受付よりも酒場の方が人数多いってどういう事よ?
しかもゴツい大男だけじゃなく、若い女性もちらほら見える。
ん?なんか酒場の方にもの凄い違和感を感じるんだけど?
あぁ、そうか。
鈴成に群がって来たのと同様に女性冒険者の方へ近づく輩が居ないんだ。
女性達が歴戦の冒険者なのか、はたまた強力なバックに守られているのか。
ギルドに来る度に鈴成に野郎が群がってくると面倒だから、その辺の秘密も『異世界流浪記』で調べておこう。
受付嬢とのやり取りは、この世界の言語が理解出来る鈴成に全部丸投げだ。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドにようこそ」
「あの、冒険者ギルドに登録したいのですが。2人分です」
「え?2人ですか?」
受付嬢さんはあたりをきょろきょろと見回す。
「ここにいます」
鈴成が私の手を取って受付嬢さんにアピールすると、私のステルスが無効化されたようで、受付嬢が目を見開く。
「ど、どうやったんですか?いきなり現れましたけど」
いきなり現れましたけど、とか言ってそう。
通訳無くてもリアクションは異世界共通だね。
多少驚いたものの、普段厳つい野郎共を相手にしている受付嬢は、直ぐに冷静になり、カウンターの奥からカードのようなものを2枚取り出した。
「それでは、このカードに血を少しだけ垂らしてください。血に含まれる魔力がカードに注がれると登録完了します」
「うええ?」
何故か鈴成が嫌そうな顔をしながらカードを受け取った。
「どうしたのよ?」
「何かね、このカードに血を垂らすんだって。少しでいいみたいだけど」
「ふ~ん」
私はサバイバルナイフの先を人差し指に少しだけ突き刺して、滲んだ血をカードに塗った。
私の血はカードに吸い込まれるように消えて、その後淡くカードが発光した。
さすが異世界、魔法みたいな現象が普通に起こるのね。
「うえっ!?静ちゃん、良く出来るね」
「何よ、一滴垂らす程度でいいみたいだし、簡単じゃない。手かしなさいよ」
鈴成の手を少し強引に引っ張って、指先にサバイバルナイフを突き立てる。
「ぎょわあっ!!」
「五月蠅い」
先っちょで突いただけでしょ、大袈裟なんだから。
私がやったのと同じように、鈴成の血をカードに垂らすと、カードが淡い光を放つ。
「登録完了したようですね。確認させていただいていいですか?」
鈴成が恨めしそうな顔で私を一睨みして、カードを2枚とも受付嬢に渡した。
何よ?自分で出来ないみたいだからしてあげたのに。
「はい。ヒビキ=スズナリさんと、シズカ=ミヤモトさんですね。ギルドランクはFからスタートになります。魔物を討伐するとカードに自動的に討伐数が記録されますので、クエスト完了の証明になりますし、ランクアップの査定にも関係します。大切にして無くさないでくださいね」
「は、はい。分かりました」
「後で説明してよ。取り敢えず今は……」
私は振り返り、私達を取り囲むように寄ってきた冒険者達を睨んだ。
先程ギルド内の酒場に居た男の冒険者達だ。
「おいおい、姉ちゃん達、冒険者になるつもりかい?止めといた方がいいんじゃね~の?」
「そうだぜ、あっちで俺達に酌でもしてくれよ」
相変わらず何言ってるか分からないけど、やばい状況だってのは分かるわ。
鈴成だけじゃなくて私にも視線が向いているから、完全にステルスが解けてるって事よね。
相手は5人で、殆どが背丈の大きい肉弾戦タイプの男達。
正面からやって勝てる可能性は低いから、視線誘導の為のインパクトをどこかで作らないと……。
「おいおい、何の騒ぎだぁ?」
ギルドの受付カウンターの奥からハゲ頭で筋骨隆々とした熊みたいな大男が顔を出した。
「ギ、ギルドマスター!」
なんか偉そうな奴だけど、ここのギルドマスターとかそんな感じかな?
異世界ファンタジー小説なんかだと、ここでギルマスが絡んできた男達を止めてくれたりするんだけど……。
「ギルマス、止めたりしねーだろーな?」
「あん?んな事する訳ねーだろ?でも、ギルド内の物は壊すなよ」
「分かってますよ」
鈴成の顔が引き攣ってるところを見ると、止める気は無かったみたいね。
でも、男達の視線が一瞬ハゲの方を向いた御陰で、視線誘導によるステルスを発動出来た。
死角に入れれば相手の大きさは関係無いのよ。
「ん?あの黒髪の女は……ぐぎゃぁ!」
「あ、どうした?ぐぎょええ!」
「ぴぎゃあ!!」
「ぶおああ!!」
「何がっ!?ぐぎぇえぇ!!」
5人の尻を次々にサバイバルナイフで突き刺していくと、全員尻を抑えてその場に蹲った。
ここのお偉いさんも止めなかったんだから、誰も諍いに文句を言っては来ないでしょ。
いや、あのハゲがこいつらと連んでいるとしたら……。
「やるなぁ、嬢ちゃん。目で追うのがやっとだったぜ」
ステルスを発動しているから誰にも見えない筈なのに、熊のような大きな手に右肩を掴まれ、私の背筋に冷たいものが走った。




