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動転

森を抜けると、雨はすでに上がり、濡れた街路が満月の光を鏡のように映していた。

ハンクは猟銃を肩に担ぎ直し、泥を吸ったコートの裾を引きずるように歩く。

左腕の包帯は血で黒く染まり、呼吸のたびに肋が軋んだ。


町灯の下、ジョナサンの影が揺れている。


刑事は蒼ざめた顔で、数秒黙したあと、静かに一歩踏み寄った。

そして、そのまま手を伸ばし、負傷したハンクの肩にそっと触れた。

その手のひらには、戦場を生き延びた者にだけに向けられる、静かな敬意と労わりが込められていた。


「話は部下から聞いた。悲惨な状況だったな。ゾフもこちらに来てもらっている。傷をみてもらうと良い」

「あぁ、そうさせてもらう」


先に返した警官が無事に街へ戻り、事態を報告すると同時にゾフを呼びに走ってくれたらしい。

その機転にハンクは胸中で「ありがとう」とつぶやいた。


「だが、にわかには信じがたいな。人が巨大な狼の獣に変わるなどと」

「安心しろ、奴はもういない。劇場を襲撃した主犯のヴィクターは “誘い名の主” に喰われて死んだ」

ハンクの報告に、ジョナサンの瞳がわずかに揺れた。


「獣は二体いた……」

「あぁ、二体いた。そのうちの一体は “誘い名の主”で――」

「――違う、ハンク。劇場で目撃された獣は二体とも“人間が狼に化けたような姿”だったと報告されている」

「なんだってッ!?」

ハンクの心臓が鈍く跳ねた。自分が撃ち合ったのは一体だけ。

では、もう一体はどこへ消えた? 


ヴィクターに共犯者がいたというのか。


まだ森かこの町の闇に潜み、息を潜めているかもしれない。


――もう倒すことなんてできないぞ……。


あの時は“誘い名の主”がヴィクターの頭上から現れ、獣同士を食い合わせるという僥倖があった。

だが、あんな幸運が再び訪れる保証はない。

胸の奥が冷え、湿った夜気より重い不安が背骨を這い上がるのをハンクは感じだ。


そんな時だった。


遠雷のような破砕音が町区を震わせたのだ。

二人が顔を上げると、白い煙がゾフの診療所の方から吹き上がっている。


その光景にハンクは蒼ざめずにいられなかった。


「診療所ではリリーが寝ているはずだ」

「霧の獣の標的は最初からリリーだったということか? なぜ?」

「そんなこと知るかッ!! 俺の家族に手出す奴は誰だろうと容赦しないッ!! 鉛玉を叩き込むだけだッ!!」

言い放つやいなや、ハンクは痛む肋を無視して駆けだした。

足元で濡れた石畳が跳ね、満月の光を細長い筋に変える。

ジョナサンは拳銃を抜き直し、部下へ短く命じる。


「全員ゾフの診療所へ急行せよ! ハンクを援護するんだ」

複数のブーツの足音が夜更けの街路に重なり、満月の静けさを切り裂いた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


もし少しでも内容が面白かった、続きが気になると感じていただけましたら、ブックマークや、画面下部の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に変えていただければと思います。


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どんな小さな応援も感謝します、頂いた分だけ作品で返せるように引き続き努力していきます。


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