事情聴取②
大勢の前で話すことに慣れていない彼らにとって、事件の記憶を語るのは苦痛だっただろう。
それでも重要な手がかりがいくつか浮かび上がってきた。
重い足音、獣のうなり声、持ち出された生肉。
そのどれもが、ジェラルドの最期の場に残された異様な状況と符合する。
ハンクは短く息を吐くと、ジョナサンがハンクに小声で耳打ちした。
「やはり……。ただの人間の仕業ではなさそうだな。私の勘はあたるんだ」
「ああ。そのようだ。霧のように消える獣が事件の夜この屋敷の中にいた、ジョナサン……。そう言いたいのだろ。ただ……」
ハンクが言葉を続けようとした時だった、不意に静寂を破る音が響いた。
――グゥゥ…。静かな広間で、ラットのお腹が鳴ったのだ。
リリーが顔を赤らめてラットの頭を撫でる。
「ごめんね……。朝早く出てきたから、お腹すいたよね、ラット」
ラットは恥ずかしそうに鼻先を前足でこすり、所在なげに尻尾を揺らす。
何人かの使用人たちがくすっと小さく笑い、張り詰めた空気がわずかに和らいだ。
ハンクも口元を緩め、「腹が減っては戦はできん、か。申し訳ないな、聞き込みにご協力願っているのに」とジョナサンに言うと、ジョナサンは首を横に振った。
「いや、いいんだ。むしろ緊張が解けたようで助かったよ」
彼は微笑を浮かべつつもすぐに真顔に戻り、「だが、もう少しだけ協力を頼む」と使用人たちに向き直った。
「今話してもらったこと以外にも、何か心当たりがあればぜひ教えてほしい。どんなに些細なことでも構わない」
問いかけに応じて、使用人たちが顔を見合わせる。
だが誰も新たな情報は思い当たらない様子だった。
やがてジョナサンが「分かった、ありがとう。しばらく屋敷内で待機していてくれ」と言い、全員を下がらせる。
ハンクとリリーも軽く一礼し、ほっとした顔で解散していく使用人たちを見送った。
「お父さん、いまの聞き取りで……、何かわかったこと、あるの?」
リリーが控えめに切り出す。
その瞳には不安と好奇心が入り交じっている。
ハンクは腕組みをして低く唸った。
「そうだな……屋敷の中に獣のようなものが入り込んだ可能性は高まった。足音に唸り声、生肉の消失……どれも普通の人間だけじゃ説明がつかない」
低く抑えた声で答えるハンクに、リリーは息を呑んだ。
「みんなが噂する『誘い名の主』じゃないんだよね?」
「残念ながら、奴の仕業ではないな」
誘い名の主――それはレインズベールの森に古くから棲むと噂される怪物の名だ。
昨夜、ジェラルド殺害の報せを受けた時にジョナサンが真っ先に疑った存在。
しかしハンクは簡単に頷かなかった。
誘い名の主は、体高三メートルにも届かんばかりの巨躯をもつ熊のような怪物だ。
その正体を知っているのはおそらく誘い名の主に襲われ生還したハンクだけなのだろう。
ハンクは深いため息を心の中で着いた。
みな正体を知らないため噂ばかりで語りすぎる、そんな巨体が屋敷に入り込めば、あんな巨大な爪痕だけで済むはずないのだ。
「……奴が室内で暴れたのなら、壁面の傷跡一つではしまないだろう」
「じゃあ、他に人を襲う獣がこのレインズベールに居るってこと?」
リリーがそう言ったとき、ラットが突然鼻をひくつかせ、ぴんと耳を立てた。
そして一声「ワン!」と鳴くや否や、凄まじい速さで廊下の奥へ駆け出してしまった。
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