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ジェラルドの館にて②

客間らしい大広間の奥、きらびやかな装飾の中にあるソファの傍。

血の匂いがまるで堰を切ったように鼻を襲う。

ジョナサンの部下の若い警官が、震える手でハンクとリリー、それにラットにランタンの明かりを向けた。


リリーはこわごわと室内を覗き込み、ハンクの袖をぎゅっと握りしめる。

いっそう強く血の匂いを感じ取ったラットが、小さく鼻を鳴らした。


「……うわ、これは……」


思わずハンクは息を飲んだ。

絨毯の上には、豪商ジェラルドのものと思しき遺体が横たわっていた。

いや、正確には上半身と下半身が分離し、内臓の一部は飛び出ている。

辺りに血が飛び散り、部屋の真ん中に巨大な血溜まりができていた。


「こんなの、熊でもこんな綺麗に真っ二つにはしないだろう……」


ハンクはしゃがみ込み、懐から取り出した手袋をつける。

何年にもわたる猟師経験で、獣に襲われた獲物の無惨な姿は見慣れているはずだが、それでも人間の身体がこれほどの形で断裂しているのは、衝撃が大きい。


リリーはすぐそばで顔を強張らせながらも、必死に視線を逸らさないでいた。

ラットは彼女の腕の中で、さらに小さく身を丸めている。


「ほら、こっちを見ろ」



ジョナサンが示す先の壁には、深く抉れた爪痕のような線が数本走っていた。大理石のような硬い材質の壁が、まるで粘土でも削ったかのように斜めに削られている。


「ハンク、キミはこれをどう思う?あの噂に名高い誘い名の主のしわざと思うか……?」

「わからん。奴は普通の獣ですぜ、図体もでかい。誘い名の主っていうのなら、窓を破るなり、ドアを壊すなりしてもっと荒々しい形跡を残すとおもうんだがな……。それにここは森じゃない」


ハンクは周囲を見回すが、鍵の掛かった窓ガラスは割れていない。

ドアも特に破壊の形跡はなく、事件発生時は施錠されていたという。


「つまり、どうやって侵入して、どうやって出て行ったのか――謎が多いということだろう?私もそう思っている」

「……ああ」


ハンクは爪痕を指でなぞる。

リリーは不安そうにそれを見つめ、ラットの体を少しだけ抱き寄せた。


「何にしても、こういう獣じみた事件なら、おまえの知識が頼りだ。俺にはさっぱりだ」


ジョナサンは悔しそうに唸る。

警官としてのプライドがあるだろうが、こうした森の怪異や獣の生態はハンクのほうが詳しい。

だからこそ、彼を呼んだのだった。

二人の大人が頭を抱えている中で、ふいに、廊下のほうから人の足音が響いた。

固い靴が高いテンポでタイルを打ち、やがてこの大広間に入ってくると、周囲の警官たちが一斉に身を正した。


「……いまは捜査中です、部外者の――」

「……ッ」


男が、そこに立っていた。


黒髪の青年のように見えるが、その肌はどこか透き通るような白さを帯び、年齢が若すぎる印象だ。

なのに、まるで場の空気をすべて握るかのような圧迫感を持っていた。


ジョナサンは怯んだように一歩後ずさりする。

リリーが抱くラットも異様な匂いを嗅いだのだろうが、若干怯えているように体を震わせていた。


「私だよ。ジョナサン。従弟の亡骸を見に来たんだ。」

「従弟だって、っていうことは、あなたは……」


ハンクの言葉など聞こえていないかのように、青年はそっと、死体を見下ろしていた。


「やはり、ひどいことになってるな」

「領主レインズウィック……?」

「ああ、いかにも。普段はこうして姿を現さないが、ジェラルドが殺されたのでは仕方ない。彼の無念を晴らしてほしいんだ」


青年は部屋の隅々をゆっくり見回し、壁の爪痕を指先でなぞる。

そして、小さく鼻を鳴らしてから、ふいに咳き込むように口元を押さえた。


どうやら、リリーの腕に抱かれたラットの匂いに気づいたらしい。

青年は上質そうな白いハンカチを取り出し、それで口と鼻を覆っていた。


「……犬の臭いがするな。 まったく……うっ、げほっ……だれだ、犬を室内にいれたんだ。」

「私です。操作の役に立つと持ったのですが……。」

「猟師……。」


青年は少しばかり咳き込むと、忌々しそうに鼻をしかめる。

そして、ハンクとジョナサンのほうに顔を向けると、不快そうに息を吐いた。


「どうやら私は、獣の匂いが苦手でね。捜査を頼みたいと言ったが、こうして直接部屋へ来るのは間違いだったかな。……犬がいなくなったころ、改めて見に来ることにしよう」


そう言い捨てると、領主レインズウィックは静かに踵を返す。

去り際にジェラルドの遺体へ一瞥を落とし、言葉少なに呟いた。


「どうか捜査を急いでくれたまえ……。また獣が出ぬうちにな」


そう言うが早いか、ハンクが領主の言葉に反応し振り返ったころには青年の姿は薄暗い廊下の向こうへ溶け込むように消えていた。


「……まるで霧のような男だな」


一通り現場を見終え、玄関ホールへ戻ると、扉際に湿った風がまとわりついた。

石床に落ちる雨だれの音が、さっきまでの血の匂いをゆっくり押し流していく。


ジョナサンが壁時計を一瞥し、短く息を吐く。


「――今夜は現場保全と最低限の確認だけだ。詳しい聞き取りは明朝にまとめてやる。もう深夜だしな、目も耳も鈍る。急ぐならなおさら手順は崩せん」


領主からの督促を思い出したのか、彼は続けた。


「進捗はすぐに上げる。巡査を残して見張りと記録を続ける。使用人には氏名と居場所だけ控えて休ませろ。ハンク、君らも一旦帰れ。朝一番でまた合流だ」


ハンクはうなずき、リリーへ向き直る。


「聞こえたな。今日はここまでだ。ラットを連れて帰るぞ」


リリーは不安を飲み込むように唇を噛み、ラットの背に手を置くと小さくうなずくと、

ラットが耳を伏せ、父娘の間に身を滑り込ませた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


もし少しでも内容が面白かった、続きが気になると感じていただけましたら、ブックマークや、画面下部の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に変えていただければと思います。


ブックマークや星の評価は本当に励みになります!


どんな小さな応援も感謝します、頂いた分だけ作品で返せるように引き続き努力していきます。


これからもよろしくお願いします。

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