ジェラルドの館にて①
鋳鉄の門をくぐると、広大な屋敷敷地が広がる。
石畳の庭を進むと、玄関には既に複数の警官が待機していた。
どの顔も暗く沈んでいる。
「さっき部下たちが室内を一通り確認したが、抵抗の跡は少ない。ただ、壁に深い爪痕があってな。まるで巨大な熊が人間を襲ったみたいに、遺体が真っ二つにされている……」
ジョナサンの話を横耳に聞きながら、ハンクは大きなドアをくぐり、重厚な内装のホールへと足を踏み入れた。
大理石の床に映るランプの光が、陰鬱な影を生んでいる。
リリーはその華麗さと、同時に漂う血生臭さに顔を歪め、「大丈夫……」と自分に言い聞かせるように呟く。足元のラットは、警官たちのただならぬ緊迫感に反応してか、しっぽを低く垂れてそわそわしている。
「ハンク。……本当なら犬っころを室内へ入れるのはどうかと思うんだがな、さっきの話だと犬の鼻が役立つかもしれんのだろう? 仕方ない。だが、余計な物に触らせるな。しょんべんでも引っかけられた、何を言われるかわからない。いいな――」
ジョナサンは苛立ちを押し殺した声でそう言った。
リリーがうなずきかけると、ふいにジョナサンの目がラットへ向いた。
「娘さん、リリーといったか。せいぜいそいつが吠え散らかさないように、良く抑えておくんだな」
「大丈夫です。ラットは賢い子なのです。そんなことしませんよ」
リリーはややむっとした表情を浮かべつつも、ジョナサンの言葉尻に食ってかかりそうになるのをこらえ、ラットを胸に抱いた。
ハンクは苦笑しながら、「まぁ、おとなしくしてれば何も問題はないさ」とリリーに目で促す。
こうして2人と一匹は屋敷の奥へと歩を進めていった。
進むにつれ、廊下の空気はわずかずつ重みを増し、肌を撫でる感触までもが冷たく変わっていく。
やがて、その重苦しさを裂くように、ジョナサンが先導する足音だけが静かに響いた。
「本当に、熊か何かなんでしょうか……?」
リリーが不安げに尋ねると、ジョナサンは振り向かずに答える。
「わからん。足跡も無ければ、窓や扉が壊されている形跡もない。謎ばかりだ」
ハンクは黙って周囲に目を配る。
絵画や装飾品が整然と飾られた豪奢な廊下――そこには特に乱れは見受けられない。
凶器の類も転がっていないようだ。
(熊が暴れたなら、もっとめちゃくちゃになるはずなんだがな……)
「こっちだ、ハンク。死体を見てもらいたい」
ジョナサンが廊下の突き当たりを示す。
その先の扉を開け放つと、鼻をつく血の匂いがはっきりと漂ってきた。
リリーは思わずぎゅっとラットを抱え直す。
「リリー、無理はしなくていい。気分が悪くなったら廊下で待機していろ」
ハンクがそう声をかけると、リリーは表情を引き締め、「平気……」と力なく呟いた。
もっとも、本当に平気かどうかは疑わしいが、それでも彼女の中には何かを見定めたいという意志が感じられていた。
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