〈9〉気遣いのお茶会と3人の貴婦人と
〈9〉
「はぁ……」
「ディナ様、どうかなさいましたか?」
「あ、いえ、何でもないわ」
色々とあった市井の視察から3日後、今日はお母様の私的なお茶会が催される日です。
新たに私専属の従士になったレヴィ様の事がつい気になってしまい、気を抜くとこうして溜め息が口をついて出ます。ちなみにこれで本日25回目の溜め息でございます。思わずルイシアに訊かれますが、私は曖昧な笑顔を見せて追求を躱しています。
でも流石に何時までもこうしている訳にはいきませんね…… 。
私は気を取り直してルイシア達メイド’S に、お茶会に向けての着替えの手伝いを頼むのでした。
* * * * *
バッチリお粧しをして、エミリオ君にお茶会の会場になっているお母様の私室まで、随伴してもらいながら向かいます。
「お母様、アルムディナです」
ドアの前で到着を告げると中から「お入りなさい」と声が聞こえ、私は楚々と中に入ります。
部屋の中には楕円形のダイニングテーブルが設置されていて、テーブルの中央にはケーキスタンド、椅子が上座に1脚左右に3脚ずつ設置されて、それぞれの席にはティーカップと受け皿が置かれていました。お母様は上座にお座りになられてニコニコされています。
さて、私は何処に座れば良いんでしょう? 確か、この様なお茶会の場合は主催者が案内してくださると習ったのですが…… 。
すると主催であるお母様が「貴方はこちらに」と手を向けてご自分のすぐ左側の席を示してくださりました。私はその言葉に軽く会釈すると示された席に向かいます。
椅子を側仕え役の侍女が引いてくれて、静かに腰を降ろします。
それから程なくして3人のご婦人が見えられ、お1人はお母様のすぐ右側に、お1人はその横の席、もうお1人は私の隣の席にお座りになられました。側仕え役の侍女が1人ひとりの席に来て紅茶をカップに淹れて、全員に紅茶を淹れ終えるとお母様はにこやかに開会を告げます。
「さて── 皆さん、わたくしのお茶会にようこそおいでくださりました。本日はわたくしの娘を参会させておりますの。これからはどうか贔屓にしてくださいませね」
お母様のその言葉を受けて、私はスッと席を立つと、椅子の横に立ち
「皆様におかれましては御機嫌麗しく、デイフィリア・オコーナー・クルザートが娘アルムディナ・オコーナー・クルザートです。以後お見知り置きの程よろしくお願い致します」
とカーテシーを執り挨拶をしました。すると3人のご婦人方はそれぞれ席を立ってカーテシーで答礼してくださります。
お母様は先ずご自分の右側にいるご婦人に手を向けて
「アルムディナ、紹介します。彼女はマヌエリタ・アルバ・リンドリー侯爵夫人、リンドリー侯爵様の奥方よ。そしてわたくしの朋友でもありますの」
と紹介してくださりました。紹介されたご婦人は私にカーテシーを執りながら
「初めてお目にかかります、アルムディナ様。お噂は予々主人から聞き及んでおります。今後ともよろしくお願いします」
と丁寧な挨拶を返してくださります。なるほど、この綺麗な金髪の緑玉色の優しい眼差しの人がリンドリー侯爵様の奥さまなのですね! 歳の頃は20代後半でしょうか? 腰までの長い金髪を三つ編みに綺麗に編み込んでひとつに纏め、そこはかとなく上品さを醸し出しております。
「これはご丁寧にリンドリー侯爵夫人。よろしくお願い致します」
私も再びカーテシーで返礼します。
「そして──」
お母様が私の横に立つご婦人に手を向けます。
「そちらはベリンダ・ブリュネ・ジョゼル伯爵夫人。わたくしの幼馴染よ」
「お初にお目にかかります、アルムディナ様。ジョゼル伯爵が妻ベリンダ・ブリュネ・ジョゼルと申します。妃殿下とは幼少の折りより懇意にして頂いております」
こちらも見事なブロンドを纏めてアップにした、いわゆる盛り髪スタイルで琥珀色の瞳が綺麗なご婦人です。歳の頃はお母様と同じ位なのですね…… あ、いえ、何でもございません。兎に角第一印象は生真面目な人とお見受け致しました。
「それとあちらは」
私がジョゼル伯爵夫人に返礼していると、お母様の紹介はリンドリー侯爵夫人のお隣りに立つご婦人に向けられます。
「ミシェル・オランド・リオノーラ伯爵夫人。お父様の補佐役を務めているリオノーラ伯爵の奥方よ」
紹介されたリオノーラ伯爵夫人は、ややおっとりとした感じでカーテシーを執りながら
「お初にお目にかかりますぅ。ただ今ご紹介を賜りましたぁ、リオノーラ伯爵の妻ミシェル・オランド・リオノーラと申しますぅ。アルムディナ様ぁ、今後ともよろしくお願い致しますぅ」
見た目だけではなく喋り方もおっとりなのですね…… 。少し青味がかった金髪、いわゆるアッシュブロンドの髪をやはり盛り髪スタイルにした、淡褐色の瞳が大きな目のご婦人でございます。歳の頃はリンドリー侯爵夫人より下かと思われます。リオノーラ伯爵夫人にも返礼し終えると、お母様がパンッと手を叩き
「さぁ、始めましょう。折角の紅茶が冷めてしまうわ。今日も美味しいお料理を用意したのよ」
と私と3人の方々を促します。
そうですね。折角のお茶会なのだから楽しまなくては! そう思いながら私は自席の椅子に腰を降ろすのでした。
* * * * *
そうして始まった、私にとって初めてのお茶会はメレディス先生から教わった礼儀作法を復習する場でもありました。幾らお母様が懇意にされている方々でも気が抜けません。
先ずは紅茶から楽しむ事にして、芳醇な茶葉の香りを堪能しストレートティーをゆったりいただきます。そしてティーカップをちゃんと空にすると、お母様に受け皿を添えて「お願い致します」と言葉を添えながら渡します。お代わりを飲みたい時は自らティーポットから注ぐのはマナー違反なのです。お母様はニッコリ笑われるとティーポットから紅茶を注いでくださりました。
さて、紅茶のお代わりもいただきましたのでお料理をいただく事に致しましょう。ケーキスタンドから色々な軽食をとっていただくのですが、これにも暗黙の了解があり最初は下段にあるサンドイッチから食べるのです。そして次は中段にあるパン菓子を、上段のケーキは最後に、と言う具合でございます。更に食べ方にも細かいマナーがございますが、基本的には「お茶会」とは夕食までの繋ぎの「つまみ食い」なので、ゆったり楽しむ事が一番なのだとはメレディス先生が仰っておりました。
勿論ただ飲食をしているだけではございません。お母様やリンドリー侯爵夫人など参加しております人達とのお喋りも嗜んでおります。今回は初参加なので聞き役に回りがちですが、人の話には必ず耳を傾け、ある時は相槌を、ある時は積極的にお話に参加したりと結構大変です。
まぁ飲食はその合間を縫う様に致しておりましたけど、それでもそれなりに楽しんでいました。
「本当にぃ、アルムディナ様はお話がお上手ですねぇ」
お母様に話を向けられたリオノーラ伯爵夫人が、ほわほわとした口調で話し掛けて来ます。私より見た目の年齢では歳上のお方なのですが、とても親近感が湧きます。
「ありがとうございます。まだ訥弁の身ゆえ皆様をご不快にしていないか心配でしたのですが……」
「いえいえ、ご謙遜なさらずとも」
とジョゼル伯爵夫人がリオノーラ夫人に賛同しながら話に参加していきました。
「アルムディナ様はまさに幼き頃のデイフィリア様と瓜二つかと思われます。必ずや淑女の鏡になられるお方かと」
…… ジョゼル夫人、持ち上げ過ぎではありませんか? そう言おうとした私の目には真剣な面持ちでこちらを見やるジョゼル夫人が映りました
──この人、本気でその様に思っていらっしゃるご様子です。その真剣な眼差しが怖いです…… 。
「あらあら、ベリンダ。アルムディナをあまり煽てないでくださいませね」
お母様がやんわりと窘めてくださり、ジョゼル夫人は「これは失礼致しました」と退いてくださいました── 良かったです。
「──ありがとうございます、ジョゼル夫人」
とりあえず私は当たり障りの無い様にお礼を言わせていただきます。
「ですが」
若干引き気味だった私に優しい声を掛けてくださるのはリンドリー侯爵夫人。
「わたくしも本当にアルムディナ様の将来が楽しみでございます。これほど聡明なお方にお会い出来たのは2回ですので。もちろん最初の方はデイフィリア様でございますが」
そう言ってニコリと微笑みを向けてくださります。
「あらあら、マヌエリタったら♡」
お母様は私とともにご自分も賞賛を受け上機嫌です。まぁそんな優しい眼差しで言われるとハッキリ言って私も満更ではございません。
「リンドリー夫人、お褒めの言葉ありがとうございます」
私はリンドリー夫人にお礼を述べると、夫人は微笑みを絶やす事無く
「アルムディナ様。どうかわたくしの事はデイフィリア様と同じくマヌエリタと呼んでくださいませ」
そう言って頭を下げてきます。お母様の方を見やると私の顔を見て軽く頷きました。
「では、私の事もディナとお呼びくださいませ」
私も笑顔でリンドリー夫人に提案します。
「はい。ではディナ様、今後とも仲良くしてくださいませね」
そう言って満面の笑みを浮かべるマヌエリタ夫人。この人とはこれからも仲良くしていけそうです。
そんな事を考えているとジョゼル伯爵夫人、リオノーラ伯爵夫人からも同じような申し出を受けまして、私はお2人ともに了承しました。
まぁ今回のお母様の私的なお茶会は、こうした人間関係の構築も目的でしたから、今回は満点には届かなくても及第点以上の収穫は得られたので良かったかと思われます。
こうして終始和やかな雰囲気で、私のお茶会デビューは無事に過ぎていったのでした。
でも── 知らず知らず緊張していて少し紅茶を飲み過ぎたのは皆様には秘密でございます。
本日はあともう一話投稿してあります。そちらも続けてお読み下さい。