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〈7〉淑女とマナーとスパルタと

〈7〉



「ふぅ──」


 いつもジョゼリン先生から教えを()う部屋教室に、私の溜め息だけが響きます。今日から宮廷作法(マナー)の先生の授業なのですが、まだお見えにならないみたいです。何でもお母様が王都から直々(じきじき)に呼び寄せた方らしいのですが、どの様なお人なのか…… 少し気になります。


 そんな私の沈思黙考(ちんしもっこう)を破るかの様にドアの向こうからエミリオ君の声が響きました。


「ディナ様、先生がお見えになられました」


「お通ししてください」


 そう言いながら椅子から立ち上がり出迎える姿勢を取る私。ほどなくドアが開くと、布摺(ぬのす)れの音だけ立てながら青いドレスの妙齢(みょうれい)の女性が部屋に入って来ました。

 私はカーテシーを()りながら「ようこそおいでくださいました」と挨拶をします。すると相手の女性も深々とカーテシーを執りながら


「お初にお目にかかります、アルムディナ様。メレディス・グーニュ・メリザンドで御座います。以後宜しく御願い致します」


 と返礼してきました。私はその言葉を受けてカーテシーを解くと相手の女性── メレディス先生も同じくカーテシーを解きながら、スッ…… と両手を下腹部辺りに合わせ私の顔をジッ…… と見つめて来ます。そしてひと言


「何故アルムディナ様はわたくしに礼を執られたのでしょうか?」


 と、厳しい視線を向けて来ます。だけど私にだって言い分があります。


「── 確かに私はクルザート公爵家の娘ではありますが、()()成人前です。公式な立場がはっきりするまでは年長者であられる方に礼を尽くすのは当然だと思いますが? 勿論例外もございますけど── 例えば王族の方々とかでしょうか。王女様などは成人は私達と同じ15歳ですが、対外的には5、6歳から公務に()かれるとお聞きしましたが、私はまだ公務を行っておりませんので」


 私の話を聞いたメレディス先生は厳しい表情から一転、ニコッと微笑みながら「合格です」と告げてきました。どうやら既に作法(マナー)の授業は始まっているみたいです。


 これは──気が抜けませんね。



  * * * * *



 そんな始まりだったメレディス先生の宮廷作法(マナー)の授業でしたけど、あのあと先生との質疑応答を経て私にマナーを教えるのは週に3日と定められました。


 既にジョゼリン先生の授業を週2日受けているので1週間のうち実に5日も勉強する事になります。まるで大学生に戻ったみたいですね。実際授業1回につき1日1時間半から2時間程なので大学の講義を受けるみたいですし、単位も無い分あまり苦にはならないかな…… と思いますけど。


 だけどこれはまだ序の口、実際に始まった授業内容は私を辟易(へきえき)させるモノだったのです…… 。



  * * * * *



「良いですか、アルムディナ様」


 手のひらを胸の前で組み合わせながら私の前を歩くメレディス先生。


「先ず── 毎年行われる「成人の儀」は大晦日の前日、つまり12月30日に王宮にて執り行われます。参加する人達は開催日から数えて6日前に王宮に参集する事になりますが、当日までに王都まで来る事が難しい場合に限り各地方の領主の元で「成人の儀」を執り行う様に法で定められています。次に「成人の儀」の段取りですが────」


 ── と、この様に座学をみっちり1時間受けてからが更に試練が待ち構えています。


「はい、もっと足先に意識を集中して! 足を床に降ろす瞬間にこそ集中しなさい!!」


 ── 足音をなるべく抑える歩き方から始まり


「もっと、深く屈伸して! 背筋は窮屈さを感じさせない様に、しかし真っ直ぐに! その引いた足の膝はしっかり床に着けて! その姿勢を5分は保ちなさい! ほら、姿勢が崩れていますよ?!」


「肩から肘は体の横に、肘から先の手をドレスとスカートの境目の前に指先を綺麗に揃えて服を軽く抑える様に! それではいけません──あなたはお腹が痛いのですか?!」


 ……姿勢が美しいカーテシーやら会釈を、みっちり実践的に叩き込まれたりもしました。その他にも一人前になって対外的に増えるであろう会食時のマナーもみっちりとです! はっきり言ってここまでスパルタだとは思いもしませんでしたが……メレディス先生は決して手を上げる事はせず、ただ覚えるまで何回何十回と同じ事を繰り返し教え込む、それもそれである意味キツい先生だったのです。


 ふくよかな顔立ちに優しげな目で菩薩(ぼさつ)様みたいなイメージだったので、すっかり(だま)された気分です…… それにしても淑女を目指すのは本当に大変なのですね………… はぁ。



  * * * * *



 そんなこんなであっという間に1年経ち私も11歳になりました! 正直に言うとこの1年は、ほぼほぼ宮廷作法(マナー)に時間を費やした1年でした。お陰様でマナーは全てマスター出来たと自負しております! そして我慢強くなった気が致します。


 それはまぁ週3とは言え、()()スパルタでみっちり仕込まれたら我慢強くなると言うものです。まァ自分でそう思っているだけかも知れませんけどね♡


 そしてそんなこんなで今日、集大成としてのいわゆる卒業試験が執り行われる事になりました。メレディス先生を王族の方々と見立て、実際に謁見する事をシュミレーションすると言う内容らしいです。


「アルムディナ様」


 先生はふんわりした笑顔で私に話してきます。だけどこの笑顔に騙されてはいけません。


「ここ大食堂(ダイニング)では「成人の儀」と、その後に開かれる王族主催のお茶会までの一連の流れを模して試験を行います。それと今回はわたくし以外に、わたくしの同僚4人にも試験官を務めていただきますので宜しく御願い致します」


 そう紹介された4人の方々が一様にカーテシーや会釈をします。その他ほかに先生がお連れになった側仕え役の男性2人がこの試験のメンバーになります。何となく大学生の時の就職試験を思い出しますね。


「では始めましょう。アルムディナ様は御自分がどの様な立場に有らせられるのか、良くお考えになられて行動してくださいませ」


 こうして始まった試験は先ず、「成人の儀」での儀礼的なやり取りをひと通り行う事からでした。先生を含め5人の方々の視線の中、教えられた通りに進め無事に終える事が出来ました。もっとも就職試験と同じで、その場では何も言われないんですけどね。


 そして引き続きお茶会を想定した試験に移ります。ダイニングの上座に椅子が置かれ、試験官の5人の方達が座られています。まるで面接試験の時の圧迫面接みたいな圧力を感じます。

 私は教えられた通り視線を先生方の足元に落としながら静かに前に進み出ると、これまた教えられた通り片膝を着くカーテシーをしながら


「皆様におかれましてはご機嫌麗しく、アルナルド・オコーナー・クルザートとデイフィリア・オコーナー・クルザートが娘、アルムディナ・オコーナー・クルザートです。御目文字(おめもじ)が叶い嬉しく思います。以後お見知り置きのほど、よろしくお願いいたします」


 と挨拶の言葉を(つむ)ぎます── が、メレディス先生から「顔を上げて良い」との言葉が聞かれません。一瞬なにか失敗したのかと思いましたが、これが()()での圧迫面接と同じなら── この沈黙で私の焦りや動揺を誘うつもりなのかも知れません。


 焦りや動揺は自身を萎縮させ、このあとの試験に失敗する可能性だってあります。いえ、むしろそうなる様に先導しているのかも? それならそれでも構いません、伊達に就職氷河期を生き抜いた訳ではありませんので!


 そう判断した私はカーテシーの姿勢を執ったまま、微動だにせず先生の声を待ちます。いわゆる持久戦です。


 やがて5分程経って「お顔を上げてくださいませ」と静まり返ったダイニングにメレディス先生の声が響きました。顔を上げて視線を合わせると先生は微笑みながら頷きます。

 どうやら私の導き出した「答え」は先生が満足出来る「答え」だったみたいです。


 そのあとはお茶会と言う設定通りに進み、側仕え役の男性の失態(ミス)(多分わざとですね)を饗応役のメレディス先生に()()()()()悠然と指摘したりもありましたけど、それ以外は特には起こらず無事に終える事が出来ました。


 まぁもっとも食事の合間合間で交わされた会話も、食べ方飲み方はおろか上膳据膳(あげぜんすえぜん)に対する対応と言った食事作法(テーブルマナー)も全て試験だったみたいで、4人の試験官役の方々は盛んに羊皮紙に事細かに書いておられるみたいでした。



  * * * * *



 卒業試験が(とどこお)り無く終わり、メレディス先生が4人の方と一言二言(ひとことふたこと)言葉を交わされてから、場所をお父様お母様の待つ大広間へと移しました。どうやらお2人の前で合否判定を発表するみたいです── なんと心臓に悪い事を………… 。


 結果発表の為、メレディス先生と共に大広間に向かうと、いつもの場所で椅子に座るお父様とお母様が待ち構えていました。


「公爵閣下並びに公爵妃殿下、お待たせ致しました」


 先生がカーテシーを執りながら挨拶すると、お父様は鷹揚(おうよう)に頷きながら「ご苦労であった」と(ねぎら)いの言葉を先生に掛けます。全く私も労って欲しいものですね── とそんな不敬な思いがふと頭を()ぎると、不意にお母様と目が合いました。お母様はそんな私の顔を見てニッコリ笑い掛けてくださりました──もしかして見透かされました?


「それで、アルムディナはどうなのだね?」


 お父様が先生に合否発表を()かします。そんなに急かして不合格だったら倒れるかも知れませんね。


 一方、問われた先生は姿勢を正すと私の目を見つめながら


「アルムディナ様は──文句無く満点で合格で御座います」


 と、今までで一番の笑顔で声高らかに宣言されました。それを聞いたお父様とお母様の悦び様がまた凄かったのです。


「そうか──! そうか!! ディナよ、良くやった!! 流石は我が愛する娘! やはり我が血筋だな!!」


「あなた、前にも言いましたけどディナの半分にはわたくしの血も流れているのですよ? それをお忘れなき様に! でも良く頑張りましたね、ディナ♡」


 そう言いながら交互に抱き締めてくれる両親に挟まれながら、お2人とも子供っぽい人達ですねぇ…… 等と思ったのは秘密でございます。



 えっと、それでお父様お母様? メレディス先生がすっかり蚊帳の外なんですが?

本日はあともう一話投稿してあります。そちらも続けてお読み下さい。

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