〈3〉魔法と虹色瞳と
〈3〉
「……………」
「……………」
……… 気まずい。とっても気まずいです。えっ、何がですって?
それは当然! エミリオ君の事です! いや、まぁ、私の従者としてお父様が雇ったのはわかります── わかりますが、何で男の子なの?! 普通そこは気を利かせて女の子じゃないの? 今までの9回だって侍女だったのに── !
兎に角とりあえず私はお父様の執務室を出て、ジョゼリン先生の待つ教室として宛てがわれている部屋に黙々と2人で向かって廊下を歩いている最中でございます。とりあえず何か話さないととは思うんですが…… 何を話せば良いのか…… 。まぁ当たり障りの無い話からでしょうか…… ?
「えっと、エミリオ…… くん?」
「何でしょうか? アルムディナ様」
私が声を掛けると数歩後ろを歩いていたエミリオ君が、すかさず近付いてきます。その動きには油断も隙も無く、ピシッとしています。
「んー、わたしの事はディナでいいよ」
「しかし、主人の事をそんな軽々しい呼び方で呼ぶ訳には──」
「でも、あなたのお父様はわたしをディナ様と呼んでくれてるのよ?」
するとエミリオ君は一瞬考え込む仕草をしたと思ったら
「──わかりました。それがアルムディナ様の願いなら。では私もエミリオとお呼びください」
「やーよ、エミリオくんはエミリオくんで良いの!」
私がそう言うとエミリオ君は困った顔をしましたが、それも一瞬、元の表情に戻り「わかりました」と、短く了承してくれました。ちょっとわがままだったかしら?
そんなこんなしているうちに、ジョゼリン先生の待つ教室に到着しました。ドアをノックして部屋に入るといつも通りの穏やかな面持ちのジョゼリン先生が──私は先生に謝罪しながら席に座ります。当然ですがエミリオ君はドアの前で直立不動しています。ジョゼリン先生は横目でチラリとエミリオ君を見ると
「お父上様のご用事はお済みになりましたか? 大体察しがつきますが──」
と意味深な微笑みを投げ掛けます。私は「はァ……」とため息を吐き出すと、エミリオ君が従者になった事を話します。すると先生はひと言
「ディナ様、それはお父上様が将来を見据えた上で『虫除け』をお付けになられたかと思います」
と、更に笑みを深めたのです。先生…… 楽しんでいません?
しかし、『虫除け』ですかぁ…… 大切に思ってくれるのはありがたいんですけど…… やっぱり私は自由恋愛を希望するんですけどねぇ………… まぁ貴族の、しかも公爵の娘だと、今までよりもそのハードルが滅茶苦茶高いんでしょうけど………… 。
結局、その日は授業に身が入らず早々に部屋に引きこもってしまいました─── はァ。
* * * * *
色々と気が滅入ったのも一日だけで、翌日にはいつも通りの平常運転です。だってくよくよしたって、仕方ないじゃないですか! 流石に転生9回もしていると立ち直りも早いものです、はい!
「おはようございます、ディナ様」
「おはよう、エミリオくん」
さも当然のように、私の目覚めと共に部屋に現れるエミリオ君。まさか寝ずの番とかしてない…… わよね?
「…… ちゃんと寝たの?」
「? はい、しっかり寝ましたが?」
良かった~~。こんな年齢から働いているだけでも充分ブラックなのに、寝ずの番なんかさせていたら労働基準法のみならず、児童虐待防止法に引っ掛かりかねません! まぁ、今まで転生先にはそんな法律は無かったですけどね!
「お湯の準備は出来ています。顔をお洗いください」
そう言って部屋履きを揃えてくれます。昨日も思ったけど、本当にお父さんのレイエスにそっくり──と言うか、レイエスがあのまま小さくなったみたいです! これからは彼の事はプチレイエスと呼ぼうかしら?!
そんな感想を私が頭の中で考えているとはエミリオ君は知る由もなく、実にキビキビと動き回ります。昨日聞いた話だと、将来はお父さんみたいな立派な執事さんになるのが目標だとか。
今から明確な目標があるなんて、ある意味凄いと思うけど…… もう少し子供らしくしましょうよ……… まぁ私が言えた事じゃないんですけどね…………… 。
* * * * *
実は私、この世界に転生して来てまだ一度も『魔法』と言うのを見ていません。メイドさん達はいざ知らず、お父様やお母様ですら魔法を使うのを見た事がありません。地球なら兎も角、今まで転生した先は全て魔法が存在し、魔法使いも居たし、私も曲がりなりにも使っていました。元日本人ならやっぱり、あの神秘さと便利さは感動ものなんですけど………… 。
この世界では魔法が無いのでしょうか? これは一度、ジョゼリン先生に聞いてみなくては!
「先生、今日はしつもんがあります」
「珍しいですね。ディナ様から質問だなんて」
「マホウってありますか?」
「マホウ? マジアの事かしら?」
おぉー、どうやらこの世界では『マホウ』ではなく『マジア』と言う名称なんですね! ちゃんとあるんですね…… でも、なら、どうして皆んな使わないのでしょうか?
「マジアは誰もが皆んな、6歳になると教会において『神啓』を受けて自分がどんなマジアが使えるのか、知る事が出来ます。『神啓』を受ける前の子供がいる家庭では、使用人は兎も角、家族でもその子の前ではマジアを使う事は禁じられています。その子が神啓── 神の啓示を受ける前にマジアを見ると、正しい啓示を受けられなくなると言われているんです」
………… 先生、長い説明を一気にありがとうございました。しかし…… なるほど、そう言う理由だったんですねぇー。この世界では宗教が皆んなの生活に深く根差しているから、マホウ── マジアも神様から教えてもらうんですねぇ………… 。
「ディナ様も来年になれば神啓を与えられ、マジアが使える様になられます。あと少し辛抱してくださいませ」
「はい、先生。良くわかりました」
まぁ慌てなくても、あと一年無いですし…… 楽しみは後に取っておかないとつまらないですし!
それにしても、神啓…… ですか。もしかしたら久しぶりに神様の声を聞く事が出来れば良いんですが…… 。
ちなみに── あとでお母様に尋ねたところ、先生から教えてもらったのと同じ話を、まるっと聞かされたのは言うまでもありませんでした── 何故そんな大事な事を話さなかったのでしょうか?
* * * * *
そう言えば私、今まで自分の外見の話をして無かった気が致します。なので少しそれに触れたいと思います。
まず髪はお母様からの遺伝でプラチナブロンドが胸辺りまで伸び、手触りはまさに絹糸みたいです── 何たって自分で自分の髪を触った時に感動したものです、いや本当に!
そして顔立ちも、ほぼほぼお母様の遺伝かと…… あ、いや、勿論お父様も入ってますよ? 顔の輪郭とか、ぱっちりした目に映える紺碧の瞳とか!
でも実は、右側の瞳は虹彩が青・黄・オレンジが入り交じった、いわゆる虹瞳なんですよね── 間近で見ないとわかりにくいですが………… 。実は私ですら4歳になった頃に、自分で気付いたんですけどね。うーん、お父様は兎も角(失礼)、お母様は気付いているのかしら?
あとジョゼリン先生に、エミリオ君は? よーし、これは是非聞いてみましょう!
「エミリオくん」
「何でしょうか?」
「わたしのひとみって変じゃないかしら?」
「いえ、特には」
「良く見て。右のひとみ」
「いや…… 女性の顔を見つめるのはよろしくないかと………」
そう言って、あからさまに照れるエミリオ君。私も自分で言った台詞に気付き、顔から火が出るかと思いました! ま、まぁ、妙齢ではありませんけど、男の子に女の子の顔をまじまじと覗き込ませるのは…… どんな羞恥プレイなのよ?! と、思わず言った自分自身に突っ込みを入れてしまいました。
そのあと結局、羞恥心に身悶えながらもエミリオ君を説き伏せて、瞳を確認してもらいましたが── エミリオ君は良く見ると初めて気付いたみたいでした。なら次は…… 。
ジョゼリン先生にも話したところ先生は気付いていたらしく、私の様な瞳をこの国では虹色瞳と呼んでいる事を教えてくれました。そしてこの瞳を持つ人は総じて、何かしらの特別な才能が顕われる事があるので特別に見られている事も教えてもらいました。
あれ?そうするとお母様は、もしかしたら気付いていたのに言わなかった可能性が?!
その事を後日お母様に問い質したところ、やはりお母様はかなり前から気付いていたらしく、私に聞かれるまで黙っているつもりだったみたいです! 何故に?!?
「お母様はなぜわたしに、わかっていてもお話しになられないのでしょうか?」
「全てをわたくしが先に教えてしまうと、あなたの為になりません。先ずあなたが気付く事が重要なのです」
さも当然のように宣うお母様。だがしかし、これには裏があるのが見え見えです!
「……それはおもてむき、ほんとうは?」
私の鋭い指摘にお母様の表情がピクリと引き攣り、やがて観念したみたいに
「ディナ、女には秘密の1つや2つは必要よ。そうした秘密は女をより美しくより魅力的にするのです。わたくしだって今のあなたの年の頃には、同じ年頃の殿方の視線を集めていたわ。まぁわたくしは、歳上の殿方の方が好みでしたけど♡」
と半ば開き直ったみたいな、ぶっ飛んだ発言をぶちかましてくださりました。
お父様、お母様はとんでも無く自由な思想の持ち主でした…… 特に恋愛に関しては。お父様の施したハードルが一気に下がった気がします…………… 。
えええ…………………………………… 。
本日はあともう一話投稿してあります。そちらも続けてお読み下さい。