〈21〉The beginning and the end something ー2ー
〈21〉
ー同日夜・王宮大広間ー
控え室の前で控えていた案内役の儀典官に案内されて、大舞踏会の会場までやってまいりました。会場である大広間は音楽団の奏でる煌びやかな音の中、煌々と灯された数多くのシャンデリアの灯りと相まって光彩陸離の様でございます。
「クルザート公爵家令嬢、アルムディナ・オコーナー・クルザート侯爵閣下御出座──」
儀典官の凛とした声が私が会場に来た事を告げ、皆んなが一斉に注目します。中にはご丁寧に最敬礼やカーテシーを執る人も何人かおいでです──お願いですからそんなに畏まらないで欲しいのですが!? 周りの人達の注目を一身に受け、内心大慌ての中──
「ディナ嬢──いや、クルザート侯と言うべきかな?」
親しげに声を掛けてくださったのはセイモン・アルバ・リンドリー侯爵ご夫妻。私は慌ててカーテシーを執ろうとして、やんわり手で制されました。
「共に侯爵位を預かる者同士、そんなに畏まらないで欲しい」
リンドリー侯爵閣下がそう仰ると脇に控えていた夫人も軽くカーテシーを執りながら笑顔で話し掛けてくださります。
「そうでございますよ。お久しぶりでございます、ディナ様。遅くなりましたが女侯爵授爵おめでとうございます」
彼女の名前はマヌエリタ・アルバ・リンドリー。以前お母様が開催されたお茶会の時にお会いしたお母様の朋友のおひとりで、私も親しくさせていただいております。本当に一瞥以来ですね。
「何はともあれ、今夜は楽しまなくてはな。今後とも何かあったら是非とも私や妻を頼って欲しい」
「恐れ入ります。未だ若輩者ゆえご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します」
私は軽くカーテシーをするとリンドリー侯は「任されよ」と力強く頷き、夫人はにっこり微笑みながらカーテシーを返してくださいました。どうやらお2人とも私の事を心配してくださったみたいです──おかげで周りの視線がとても和らぎました。
そうこうしているうちに他の参加者や重鎮のお歴々が来場して、最後に国王陛下御一家とお父様がご来臨されました。皆んな一斉に礼を執ります。王様は右手を上げると
「皆、今宵は大晦日の夜。来年は王国暦500年の重要な節目でもある。共に今年一年の憂さをこの宴で晴らして欲しい! 今宵の舞踏会を心ゆくまで楽しんでくれたまえ! そして昨日成人した諸君らも大いに友好を温め、また盛り上がってくれたまえ! 私からは以上である!」
「応─!」
国王陛下の御言葉に男性陣が声を上げ、大舞踏会が始まりました。ある人達は食事に向かい、ある人達は談話室へと向かい、またある人達は家族と共に過ごし、またある人達は舞踏会のパートナー探しを始めるのでした。
さて、私もレヴィ卿を捜す事に致しましょう── 。
* * * * *
ところでレヴィ卿を探すのにはあまり苦労しませんでした。だって綺麗な銀髪とあの切れ長のアイスブルーの瞳でございますよ? 見間違う事などございません! しかも身長も高いので誰よりも頭ひとつ飛び抜けていてとても目立ちます。
そうして私が見つけた時にはレヴィ卿の周りには何人かの御令嬢方が居て、盛んにレヴィ卿にアプローチをしている最中でございました。
「あの騎士様、もしよろしければ私と踊っていただけないでしょうか?」
「──申し訳ございません。私は既に意中の女性がおります。その方との約束があるゆえ御遠慮申しあげます」
そんな台詞が近付くにつれて聴こえてきます──少しお待たせしてしまいましたね。まぁ斯く言う私も、ここに来るまで幾人かの殿方から「是非ダンスを」と声を掛けられましたが、全て御丁寧にお断り致してまいりました!
「──レヴィ・オルティース・アルフォンソ卿、お待たせ致しましたわ」
私の掛けた声を聞いて明らかにホッとした表情を見せるレヴィ卿に対して、周りに群がっていた御令嬢方は私の姿をひと目見るなり、そそくさと蜘蛛の子を散らしたみたいに退散していきました。それはまあ曲がりなりにも私は侯爵と言う立場ですし、唯の貴族の御令嬢ではとても太刀打ち出来ないと判断されたのかも知れません。
「かなりお待たせ致したみたいで申し訳もございませんでした」
「いいえディナ様、そんな事はございません」
そう言ってにっこり微笑むレヴィ卿──いえ、レヴィ様。その笑顔を改めて間近で見ると、本当にドキッと胸の鼓動が跳ね上がります。それほどまでに私の心はレヴィ様をお慕いしているのですね──等とそんな甘い感想を私が抱いているとは露知らず、レヴィ様は微笑みを浮かべたまま、右手の平を上に向け差し出してきます。
「ではディナ様、参りましょうか」
差し出されたその手の平に私は左手を軽く乗せると、「はい♡」と短く返事を返しレヴィ様にエスコートされて、大広間の中央で踊る人達の中に進み出ます。すると周りでダンスに興じていた人達が私達の姿を認めるとスッと脇に逸れ、私とレヴィ様2人が踊るだけの空間が開けたのございます。
レヴィ様のエスコートする手が組み替えされて右手が私の左脇から背中に回され、私の右手とレヴィ様の左手がしっかり組まれると、何方とも無く音楽に合わせてステップを踏み出しました。
いわゆる社交ダンスのスローフォックストロットと言うものです。前世では雑誌やテレビで見聞きしたのみでしたがやはり知識と言うものは幾ら有っても損にはなりません。そう思いつつもゆっくりとしたステップを踏みながらダンスをしていると、私の右頬にレヴィ様の熱い吐息が掛かり、思わず身体が芯から熱くなるのを感じます。
ふと周りに視線を向けると誰もが踊るを止め、私達の踊りに見入っているみたいでした。その視線に少し気恥しい気はしましたが、それと同時に私は、このままいつまでもレヴィ様と踊り続けたいと願う自分がいるのに気が付きました。
それほどまでに夢の様な時間が演奏と共に緩やかに流れて行きます──永遠かの如く。
やがてそんな永遠に続くと思われた時間は、大きな打ち上げ花火の音で不意に途切れたのです。
それは午前零時に合わせて新しき年の訪れを告げる花火の音── 。
いつの間にか私はレヴィ様に寄り添う様にして、大広間の天井まで届く大窓いっぱいに拡がる息を呑む程の煌めきを残しては消えてゆく大輪の花に見蕩れていました。
レヴィ様は優しく包み込む様に私の肩にそっと手を回すと、優しく、それでいてハッキリと私の名前を呼びます。
「アルムディナ様」
「──はい、レヴィ様」
私は窓の外に咲いては散る光の花を見つめながら返事を返します──その次に紡がれる言葉に期待して。
「──私はあなたを愛しております。初めてお会いした時からずっと。その気持ちに、この言葉に何一つ嘘偽り無く──あなたがいつか仰っていたあなたと言う1人の女性を心より愛しております。私をあなたの傍らに──そう、死が私達2人を別つまで居させてもらえませんか?」
レヴィ様が腕に少し力を込めて、私の肩を抱き寄せます。
──もう、このまま死んでも良いくらいに甘く心が蕩ける様な言葉を受けて── 私は自分の運命を決める台詞を口にします。
「私も──レヴィ様を心より愛しております──いつか死が2人を別つ、その瞬間まで私の傍に居てくださいませ……」
そう告げた次の瞬間、私の魔眼に映るレヴィ様を包む様な白金の輝きは眩しいほどの鮮烈な純白となり、それはまさに神々しさを感じる程にも見えたのです。やがてその神々しい輝きがレヴィ様のみならず私をも包み込むと、私達2人から放たれたみたいに天空へと駆け上がって行くのが見えたのでした──えっ、これは一体?!
私は私にだけ見える光景に一瞬惚けていたら、ふと私は魔眼が発動しない事に気付きました。どんなに右眼に魔力を集めても魔眼はうんともすんとも言いません。突然の出来事に理解が追いつかない私は今の状況を忘れ一瞬パニックに陥りそうになり、思わず身体が小刻みに震え始めました。そんな私の変化を敏感に感じ取ったレヴィ様は心配そうに私の顔を覗き込みます。
「あの……どうかされましたか、ディナ様?」
「あっ……いえ、何でもありませんわ」
私は笑顔で取り繕うと、ギュッとレヴィ様の胸に顔を埋めて
「もう少しこのままで居てください……あと私の事はディナと呼び捨てにしてくださいませ……」
と少し潤んだ目で上目遣いに懇願し、レヴィ様は微笑みながら「喜んで」と快諾してくださりました。
──今まで9回転生した時は、相手の愛の告白を受けて、それが「真実の愛」では無いと強制的に転生させられていましたが、私は今この瞬間も生きています。
どうやら私は、転生10回目にして漸く「真実の愛」に辿り着いたみたいでございます。今、傍には素敵な伴侶となるべき殿方が、そっと寄り添ってくれております。
ここからは私の想像になってしまいますが──あの時天空へと駆け上がっていったあの純白の光と共に、役目を果たした魔眼の力はあの女神様の元に戻っていったのでしょう……と言うかそう言う事にしておきましょう。そうでないと私の頭が容量超過になってしまいますからね!
今はただ、愛する人の傍らで──
いつまでも醒めぬ夢の中を漂うみたいな甘い幸せに浸りながら、幾つもの世界を跨いだ私の壮大な旅は、遂に、今ここに終幕を迎えたのでございます。
……正直に言いますと、もうしばらくは転生は懲り懲りなのは秘密でございますが。
─The end─
本日はあともう一話投稿してあります。そちらも続けてお読み下さい。




