〈20〉The beginning and the end something ー1ー
〈20〉
ー王国暦499年12月30日ー
今年満15歳になった103名の紳士淑女の卵達は、6日前にほぼ全員王宮の礼拝堂に集まっていました──当然全員有力貴族の子女ですけどね。ここでは「成人の儀」が執り行おこなわれている最中でございます。
誰もが神妙な面持ちで大司教の祝福を受けています──当然マルシオ大司教様は既に引退されて、別の方が現在大司教を務めておられますが。とにかく聖女様と騒がれなくて何よりでございました。やがて大司教の祝祷が終わり、全員静かに謁見の間に移動します。ここでは国王陛下から祝福の言葉を受け、今年の「成人の儀」は滞りなく終了となる──筈でしたが。
「クルザート公爵令嬢レディ・アルムディナ、前へ」
突然の国王陛下からのお声掛けに、内心慌てまくる私。えっと私、国王陛下にご指名される様な事を致したでしょうか?
私は疑問に思いながらも前に進み出て、王様の前で最上級のカーテシーを執ります。
「我が姪にしてクルザート公爵の令嬢であるアルムディナ・オコーナー・クルザートよ。今日より一人の大人として父を母を、そして将来伴侶となるべき者を支えて己が人生を邁進していって欲しい。そして貴女には我が娘ミュリエル王女が大変世話になった。また過日の一件でも優れた働きを示した貴女に女侯爵を授けるものとする。私からの心からの褒賞だ。是非とも受け取って欲しい」
そう言って王様は私の方に向かい、誰にもわからない様に軽くウインクをします。過日の一件とは、以前ロンズデール伯爵とブルーデ子爵が起こした謀略未遂事件の件で早期解決の一助になった事を言っておられるみたいです。
私は慌ててカーテシーを執ったまま「慎んでお受け致します」としか言えませんでした。それにしてもまさか叙爵されるとは…… 。
周りは案の定ざわめき立っていますが、王様の横にいるお父様は満足そうです。
王様ェ…… 。
* * * * *
ー王国暦499年12月31日ー
今日はいよいよ運命の大舞踏会が大広間で22時から開かれます。それまでは各々の控え室で家族と過ごします。
控え室と言いましたが10人ぐらいの人が寝泊まり出来る広さと設備を備えた立派な施設でございます。なので当然ですが屋敷と変わらず、中では同行して来たメイド達が食事やお茶の準備をしていたりします。勿論メイド達が寝泊まりする部屋も併設されており、まさに至れり尽くせりです。
「「ディナ、改めて女侯爵叙爵おめでとう!」」
「「「ディナ様、おめでとうございます!」」」
「お父様お母様、そして皆さんありがとうございます」
お母様と途中から職務を放棄 (笑)してきたお父様と、レヴィ卿とジョゼリン先生、そしてメイド'Sから御祝いの言葉を言われ、心の中で苦笑いを浮かべながら謝辞を述べます。
だって、いきなり褒賞とかでいきなり侯爵位を賜るとか、普通は有り得ないですよね? そんな私の顔色を呼んだのかお父様が
「陛下もミュリエル王女の件や例の一件でディナに恩義を感じているのだろう。お前はそれだけの事を成したのだ。堂々としていれば良い」
と軽く笑って答えてくださります。そんな軽く言われても私自身はあまり自覚がありませんので戸惑うのだけなのですが?
「まぁそれは兎も角だ……」
紅茶を一口含み、お父様が急に話題を変えます。
「……本当に今夜の舞踏会のパートナーは彼で良いのかね?」
そう言ってチラチラと私の後ろに控えているレヴィ卿に視線を向けています。お父様……今更何を仰りたいのですか?
「あら? あなたはレヴィ卿に何か不満でもおありなのですか?」
私が反論しようとする前に、お母様がにこやかな笑顔をお父様に向けたまま抗議の声を上げます。そして畳み掛ける様に
「まさか、あなたがレヴィ卿の代わりに舞踏会のパートナーを務めるとか言いませんよね? まさかとは思いますが、娘を行き遅れにさせたいのですか?」
お母様の視線が一層厳しくなりますと、お父様は首を横に慌てて振りました。
現在お父様45歳、お母様33歳、いつまでも仲がお宜しい事です。そしてその仲の良さを表すかの様に、お母様の胎内には只今新しい生命が宿っています。
「お母様。その様に興奮されてはお腹の赤ちゃんに障りますわ」
「あら、あらあらそうね。わたくしとした事が」
私が諭すと少し目立って来たお腹に優しく手を当てて、お母様がコロコロと笑います。どうか無事に私の妹か弟を産んで欲しいものです。
「旦那様、レヴィ卿、そろそろディナ様のお召し物を着替えますので…………」
ルイシアとセルフィナのメイド’S が申し訳なさそうに告げてきます。あら、もうそんな時間に?
「はいはい、殿方は席をお外しくださいませ」
お母様が手をパンッと叩いてお父様達に促します。直ぐに出ていこうとするレヴィ卿とは違い、お父様はなかなか腰を上げません。
「……あなたは嫁入り前の娘の裸体をそんなに見たいのですか?」
お母様が絶対零度の微笑みでお父様に退去命令を出しますと、顔を青褪めさせてそそくさと部屋を出ていきました──やれやれでございます。
男性陣が退出してルイシア達が奥の部屋から持ってきたのは、襟元が開いたクリーム色のシルク地に黒いソフトチュールのオーバースカートがアクセントとして誂えられたドレスでした。この日の為に仕立てた特注品です。
「ではディナ様、お着替え手伝わせていただきます」
ルイシアとセルフィナがツイ、と近付いて来て瞬く間に私は一糸纏わぬ姿に剥かれます──す、素早い!
「──さぁディナ様、全てワタクシ達にお任せくださいませ」
手をワキワキさせるルイシア達に一抹の不安を感じるのは私だけでしょうか?
* * * * *
ちょっとしたハプニング(?)はありましたが、無事ルイシア達の手によって着替えさせられた私。ほんの1ヶ月半前に無理して肥った影響もなく、特注のドレスはサイズピッタリでございます。
「どうですか? 変ではありませんか?」
姿見鏡を前に色々と角度を変えて自分自身の姿を見つつ、お母様やジョゼリン先生、ルイシア達メイド'Sにも聞かずにはいられません。何せ私は国王陛下の姪ですし、先程の叙爵で注目を浴びる事は必至です。なので身嗜みには注意を払わないといけません。
「大丈夫よディナ、とても似合っているわ」
「奥様の仰る通り、とてもお似合いですよディナ様」
「「とてもお似合いでございます」」
お母様、ジョゼリン先生、ルイシア達メイド'Sからそう言われ、漸く愁眉を開く私──だってこうしたのは他人の目にどう映るかですからね。
「ディナ、此方にいらっしゃい」
私が姿見鏡を何度も見直していると、お母様が声を掛けて来られます──何でしょうか?
「はい、お母様」
呼ばれた私はドレスの裾を少し摘み上げるとお母様の元に歩み寄ります。するとお母様はニコリと微笑むと
「そこにお座りなさい」
いつの間にかセルフィナが用意した椅子に手を向けてそう仰ります。私が言われた通り椅子に腰掛けると、お母様はソファーから立ち上がり私の前まで歩み寄るとセルフィナから手渡されたハンドバッグから化粧ポーチを取り出して
「さあ、それではわたくしの手で御粧ししてあげますね」
そう言いながらポーチから化粧道具を幾つか取り出します。
「えっ、そうした事はメイドにお任せすれば宜しいのでは?」
私は疑問そのままにお母様に問い掛けます。するとお母様は微笑みを浮かべたまま
「これも成人の儀のひとつなのですよ。昔からその貴族の家の娘が成人する日には母親がその娘を化粧する習わしなのです」
因みに息子の場合は父親が一人前の貴族の証としてハーフコートを贈るのだそうです。
そんな事を言いながらもお母様は私の顔に軽く白粉を叩くと、アイシャドウと頬紅を施し、仕上げに唇に紅を差してくださります。
「──はい、これで出来上がり。うん、とても綺麗に出来たわ」
お母様が満足気に頷き、私の手を取ると姿見鏡の前まで連れて行って下さります。そして鏡の中には──
「ふわぁ……」
一人の天使が写り込んでいました。その辺は流石美人であられるお母様と美男であるお父様の血を引いているだけの事だけあって、今までの転生の中でも飛び抜けて美少女の部類に入ります。半分以上は自画自賛なんですが!
それにしてもこれが本当に私なのでしょうか? 自分で化粧を施した時より綺麗に見えます。思わず姿見鏡の前で自分に見蕩れていると
「とてもお美しゅうございますよ、ディナ様」
「「とてもお美しいです!」」
ジョゼリン先生とメイド'Sから、そう声を掛けられ何だか恥ずかしくなりました。
「ディナ」
そんな少し照れ気味の私にお母様が後ろから優しく声を掛けて来られます。
「これで貴女も今日から一人前の淑女であり、女侯爵を賜り貴族としても独り立ちとなりました」
私の後ろから肩に手をそっと掛けるお母様の姿が鏡に写し出されます。
「これからの人生は決して平坦な物では無いでしょう。辛い事苦しい事が多いかも知れません。ですが貴女は今日から一人前の貴族として認められたのです。弱音を吐かずどんな困難にも打ち勝ちなさい」
そこまで言うとフッ、と表情を緩めるのが鏡越しに見えます。
「ですが、いつ何処に居ても何があっても貴女はわたくしとお父様の娘、辛い時苦しい時、泣きたい時は迷わず訪れなさい。わたくし達はいつでも貴女の味方ですからね」
そう言って満面の笑みを浮かべるお母様。ですがその眼はとても寂しそうに見え、私は後ろを振り向きます。
「お母様……」
「ディナ、本当に成人おめでとう。そして誰よりも幸せにおなりなさい」
振り向いた私を、そう言いながらそっと御自身の胸に掻き抱くお母様。私もお母様の腰にそっと手を回します。既に二人とも涙目です。もしかしたらこれがお母様と触れ合う最後なのかも知れません。
そして暫く抱き合った後、私は体を離します。
「ぐす、ぐすっ……くすん」
「あらあら、泣いては駄目よ? 折角のお化粧が落ちてしまいますからね」
睫毛を涙で濡らしたお母様が私にそう話し掛けながら、ハンドバッグから取り出したハンカチで私の瞼を優しく押さえてくださります。そして御自身も涙を押さえると
「──さぁ、行ってらっしゃい。レヴィ卿が待っていますよ。我儘になっていらっしゃいな」
私を今一度抱き締めるとクルリと後ろを向かせ、背中を優しく押してくださります。
私は大きく頷くと控え室のドアを開けて、外に待機していた儀典官にエスコートされ舞踏会の会場である大広間へと歩を進めます。
出来ればこれが最後にならない事を、あまり信用の置けないあの女神に願いながら。




