〈2〉教師と従者と
〈2〉
さてさて、私も順調に育ち4歳となりました!
言葉の発音はまだ少し怪しい所がありますけど、お喋りもバッチリ! たぶんですけどね。ママに先生になって貰って簡単な読み書きも覚えました! そして今日──
「ディナ、こちらにいらっしゃい」
「あいママ、なんでしゅか?」
ママは優しい声で私を呼びます。私はちゃんと返事を返しながら、椅子に腰掛けているママの傍らにいきます。
因みに「ディナ」とは両親が付けてくれた私の愛称ニックネームでございます。流石に「アルムディナ」は長いですからね!
「貴女も、もう4歳……これからはわたくしでは無く、家庭教師の先生に勉強を教えて貰う事になります」
えっ? そんなの初耳なんですけど! 私は内心オタオタしながらも、表面上はいつもの笑顔を絶やさずに「あい、わかりまちた」と答えます。
「しょれで、いつから家庭きょーしの先生がおみえになるんですか?」
「それが……実は今日なの。あなたを驚かそうと思って言わなかったのよ」
そう言ってママは、てへぺろ♡と戯けますが──私の方は流石に固まってしまいました。ママ、頼むからそう言う事は早く言ってくださいよォ…………… 。
* * * * *
ママに抗議する訳にもいかず、私は子供部屋に急いで戻ると、メイドさん達に手伝ってもらいながら身支度を整えたりして、家庭教師の先生の御出迎えの準備をしたのでした──はぁ、疲れる。
それから1時間程経って執事のダンディーおじ様── レイエスに案内されて来たのは、焦茶色の長い髪をポニーテールに纏め、理知的な顔をした女性でした。
「ディナお嬢様、こちらがお嬢様の家庭教師を勤めていただきますジョゼリン・フィッシャー様でございます」
「初めましてアルムディナ様。よろしくお願い致します」
レイエスの紹介を受けてフレアスカートの端を摘み、片足を斜め後ろに引きもう片足の膝を軽く曲げながら背筋を伸ばし屈伸する姿勢──つまりカーテシーをするジョゼリン先生。ソレはもう見事なまでに── 先生の挨拶を受けて
「はじめまちて、ぢょぜりん先生。よろちくお願いちまちゅ」
と私が拙い仕草で答礼をすると、ジョゼリン先生は少し驚いた表情を浮かべていましたが、直ぐに平静を取り戻し穏やかな笑みを浮かべて「はい」と返してくれました。
しかし、また女性家庭教師なんですね………… 。
あ、いや、別に家庭教師が若いイケメンの男の人で、私に勉強を教えているうちにフォーリンラブとか!? そんな事は1ミリたりとも考えてませんからね?!
だって私…… 中身は兎に角、外見4歳児ですよ? 流石に年の差あり過ぎでしょう!?
まぁ、ちゃんと勉強教えてくれるなら良いんですけどね! 決して昔、テレビで再再放送か再再々放送されていたアニメの「アル○スの少女ハ○ジ」のロッ○ン○イヤーさんのイメージの所為ではございません! あちらは執事だし! あれ? 思考がわやくちゃ?!
そんな私の心の葛藤に気付く事無くジョゼリン先生は、淡褐色の瞳に優しい輝きを湛えながら
「では…… 本日は最初と言う事ですので、私からアルムディナ様に幾つか質問させていただきます── アルムディナ様の学力を見極めたいので」
と今日の予定を話します。もっとも前半は私に向けて、最後の部分はレイエスの向けてではありますが。
レイエスは「よろしくお願い致します」と答え、メイドさんのお茶の準備が終わると一緒に部屋から出ていきました。まぁメイドさんはきちんとドアの向こうに控えているんでしょうけどね。
* * * * *
「──ではまずアルムディナ様の言語理解力、つまり人の話を理解しお話ししたりする力を知りたいと思います。まず、アルムディナ様はお父上お母上を、何とお呼びしていらっしゃいますか?」
「あい、パパママでしゅ」
「アルムディナ様」
ジョゼリン先生は私の目を見つめながら真剣な顔で
「これからは「パパ」「ママ」では無く、是非とも「お父様」「お母様」とお呼びになる様に心掛けてください。もうアルムディナ様は赤ちゃんではありませんので」
と諭してくれます。その態度と言葉にジョゼリン先生の真剣さを感じ、「あい」と返事をすると
「あと、その赤ちゃん言葉も直さないといけませんね…… アルムディナ様、話す時にひと息飲み込んでゆっくり話して見てください。特に「さしすせそ」は慌てずに」
私は言われた通りに、一呼吸置いてゆっくりと発声します。
「──はい、わかりました」
おぉー、キチンと発音出来ました! これでたどたどしい赤ちゃん言葉ともおさらばです!
私は小躍りしたくなるのを堪えて、先生に「ありがとうございました」と笑顔で感謝の気持ちを伝えると、ジョゼリン先生はにっこり微笑んで「善うございました」と返してくれます。この先生は当たりかしら?
そんなこんなで語学の他に、本の朗誦と書写、算術、行儀作法なども質問されて、ママ── もといお母様から習った事と今自分が理解している知識をほぼ開示しました── 黙っていたって何れわかる事でしょうし! 先生はそれらに感心しながらも、今後自分が行うべき教育方針を決めたみたいでした。
「── 成程、良くわかりました。アルムディナ様は才知に長けた御息女であらせられるご様子。ですがアルムディナ様、その才は他の人にあまり話してはなりません。人の妬みの対象になりかねません」
またもや真剣な面持ちで語り掛けてくるジョゼリン先生。その瞳には私の今後を憂う気持ちが、ありありと見てとれました。
「はい、わかりました。決してふいちょーするまねはしません」
すると先生はフッと表情を緩めて
「それを聞いて安堵致しました── ですが、お父様とお母様には構わないと思います。きっとお二人ともお喜びになられるでしょうからね── もしアルムディナ様が宜しければ、私から口添え致しましょうか?」
そう言ってにっこり微笑んだのです。転生10回目にしてどうやら私は、「最高の教師」と巡り会えたみたいです。
その後、お父様とお母様に先生は宣言通りに口添えしてくれました。お父様とお母様はかなり驚いた様子だったとは、ジョゼリン先生から聞いた話です。でも、むしろその後が問題で── 。
「流石は我が子! 私の血筋だな、ディナ!」
「あなた、ディナの半分はわたくしの血である事もお忘れなく。ねぇ、ディナ♡」
はい! お父様とお母様に交互に抱き締められると言う一大イベントに発展しました! 娘の私が言う事じゃないけど……本当に親馬鹿な両親で、何だか逆に不安でいっぱいなんですけど?! でもまぁ、これも愛されていると言う事なんでしょうね、きっと!
* * * * *
あっという間に1年経ちました! つまり5歳でございます。この頃になると先生の授業に音楽が加わり、益々毎日を迎えるのが楽しみになって来ていました。
まぁ元々勉強するのは好きな方ですし、何しろ私には元日本人の記憶と知識と、転生9回分の教養がありますし!
なので授業を受けていて、今まで先生に怒られた事は一度もございません。ふふふっ、どや~!
えー、こほん。ま、まぁ、先生にも両親にも「何事にも理解力があり覚えるのが普通の子供より速い」とか「1つを教えるとその先まで理解する才女」と言う評価もいただきましたしね!
そんなこんなの毎日でしたが──ある日
「旦那様、ディナ様をお連れ致しました」
「うむ、ごくろう」
「お父様、ごきげんうるわしゅう」
今日は珍しく、お父様から直接呼び出されました。そもそも滅多に無い事なので、訝しみながらも表情には微塵も出さず、お父様の大きな執務室に入るとカーテシーを執り、きちんと挨拶を致します。
「ディナ、わざわざ来て貰ってすまないね」
お父様の優しい声でカーテシーを解き顔を上げると、大きな机に座るお父様の直ぐ横に我が家のダンディー執事のレイエスが控えていました。そしてその脇に1人の少年の姿が── はて?
ダークブロンドのくせ毛が強い髪に気が強そうな青味がかったグレーの瞳、そして何処と無くレイエスの面影がある年の頃6~7歳の少年です。ひと目でその特徴を把握した私は、顔色一つ変えずお父様の方に視線を合わせます。
「どうかな? ジョゼリン先生の授業は?」
「はい、毎日じゅうじつしています」
するとお父様は、大変満足そうに頷きながら
「それは何より。お前は大事な一人娘、そして聡明な子でもある。いずれ、このクルザート公爵家を担ってもらわなければな」
そう宣うお父様。いやいや、まだ5歳の女の子に言う様な話じゃありませんよね?
「旦那様、今はその様なお話しはなさらない様お願い致します。それより用件を……」
うちのダンディー執事さんにやんわり指摘されて、ムグッと声を詰まらせるお父様。ちょっと笑えます。
しかしこんな事で大丈夫なのかな、公爵家は?
「う、うむ。今日はな、ディナにちゃんと話があって来て貰ったのだよ」
そしてレイエスの脇に控える少年を近くに呼び寄せると
「ディナ、今日からこのエミリオ・キャンベルをお前の従者として就かせる事にした。エミリオはレイエスの息子で今年6歳になる。エミリオ、この子がお前の主人になるアルムディナだ」
「初めましてアルムディナ様。エミリオ・キャンベルと申します。精一杯従者としてお務めさせていただきますので、よろしくお願いします」
唐突な事で唖然とする私の頭の中で、お父様の言葉とエミリオ君の声が交互にリフレインしているのでした。
えっ、ええっ───────── ?!?