〈18〉知恵熱と訓戒と伝承と
〈18〉
「うぅ~~~」
私は現在絶賛寝込んでます。体調を崩したと言うより、頭の使い過ぎによる知恵熱でございます。
あの作戦のあと、お母様から改めてレヴィ様とエミリオ君の私に対する気持ちを聞き、改めて自分の心に向き合おうとしてこのザマです。
元々、あちこち走り回って直に2人の気持ちを聴いたりしていた上に、今までどっちつかずで居た自分の気持ちに、今更ながら整理もつけられず──はっきり言って精神的に容量超過になりました……はぁ。
まぁ……こちらの世界では一夫多妻の方は意外と多く居おられて、逆に一妻多夫は皆無なので当然、結婚出来るのはどちらかだけですし──どちらも私に対して強い愛情を持っていてくれているのは確認致しましたしね。当然レヴィ様にも魔眼を使いましたが、エミリオ君同様に青白く輝いていました。
でも何で今までちゃらんぽらんな結果しか示さなかった魔眼が、今回ちゃんと発動しているのか──いちばんの疑問が残りますが……推測なら何とか出来ます。
恐らく私は今まで魔眼を使うのに、真実を知る覚悟をしていなかった──ある意味、いい加減な気持ちで魔眼を使っていたから魔眼も本来の力を発揮していなかったのではないか……と、まぁ本当に推測の域を出ませんが……恐らくはこれが間違い無いかと思います。
全く……自分自身で「真実の愛」が欲しいなんて言っていたのに、とんだ体たらくですね。
──コンコンコン。
そんな事をぼんやり考えていたら誰かが部屋のドアをノックしました──医術師の先生は先程お帰りになられたばかりだし、何方でしょうか?
「……はい、どうぞ」
弱々しく返事をするとドアがそぉーっと開けられ、入って来たのは……お母様でした。
「失礼するわね、ディナ」
身体を起こそうとした私をやんわり手で制しながら、お母様はベッドの横に置いてある椅子に腰掛けました。
「どう? 具合の方は?」
「はい、医術師の先生からいただいたお薬が効いて来たみたいで、少し楽になりました……」
お母様は手を伸ばして、そっと私の額に添えて
「……ん、どうやら少し熱が下がりましたね」
と、ひと言呟きました。
「御心配おかけして申し訳ありません、お母様……」
私はつい申し訳無くて、か細い声で謝りますとお母様はふわりとした笑顔で
「あらあら、いつもの元気で大人勝りのディナらしくないわね」
と優しい言葉を掛けてくださります。ちょっとジン……と来ます。
「あなたも未だ14歳……愛される事には慣れていても愛する事には不慣れなのね」
お母様の指がまだ火照る私の額をそっと撫でます。
「ディナ、何も焦る事など無いのよ?例え今はわからなくてもいつかは自然にわかる物──それが愛だから」
お母様、すいません。真実の愛を得られないと、私はお母様やお父様の元から消えてしまうんです!──などと口に出来る訳もなく、私は口を噤みました。
お母様はそれを、私が機嫌を損ねたと勘違いしたみたいで話しを続けます。
「……ねぇディナ、愛はお互いに与え与えられだけでは無いのよ。先ずは相手を赦す事なの。誰にもある短所を認めなくてはいけないの──まずそれが三分の一」
お母様の手が私の頭を優しく撫でます。
「わたくしにも短所があります。お父様だって、国王陛下だって、あなたが気にしているレヴィ卿にもエミリオにも、そして……勿論あなたにも。先ず赦し、そして認め、そしてお互いに補い合うの。あなたの持つ長所で相手の短所を補い、あなたの短所は相手の長所で補ってもらう──これがもう三分の一」
お母様の手は私の頬まで滑り降ります。熱で火照る頬にひんやりするお母様の手が心地良いです。
「そして残りの三分の一は──我儘におなりなさい。愛情とは相手に注ぐ愛の気持ち。でも与えられる事に満足していると、注ぐ愛が枯れてしまうの。あなたが与えて欲しい物は何なのか、ちゃんと相手に伝える事──それが我儘と言う事よ」
そして凄く優しい目をすると包み込む様な声で
「本当に──あなたと言う子は凄く大人っぽい考えや行動をとる割りに、変に内に籠るんですから──お父様は兎に角、わたくしはいつでもあなたの味方、もっと我儘をお言いなさいな」
そう優しく諭してくださいました。流石はお母様、伊達に私より恋愛経験が豊富な訳ではありませんね。と言うか私は転生を10回も繰り返し、都合170年以上も人生を過ごしているにも関わらず、今まで「愛」について漠然としたイメージしか持ち合わせていなかった自分を恥じました。
そうか……ただ「好きだ」と言う気持ちだけでは無く、お互いの長所と短所を認めあい、補完し合うのが「愛」なのですね……私は相手に与えてもらえるのが普通で、敢えて何か求める事は「愛」じゃないと思っていましたけど、与えられるモノに満足しないで我儘言うのも「愛」になるのですね…… 。
本当に愛って奥が深いです…… 。
「兎に角、今日はゆっくり休みなさい。食事はあとでルイシアかセルフィナに運んでもらいますからね」
そう言ってお母様は椅子から腰を上げると、私の額に軽くキスをして、来た時と同じ様にそっとドアを開け部屋を出ていきました。
一人残された私は、お母様の言葉を頭の中でゆっくりじっくり噛み砕いて理解しようとして……また熱が上がってきた気がして止めました。
今日はお母様に言われた様に、ゆっくり休まないといけませんね………… 。
「……寝ましょう…………」
そう呟き目を閉じると思考のスイッチを切り、すぐに訪れた眠りの底に落ちたのでした── 。
* * * * *
それから3日──熱も下がり、いつも通りの生活が戻って参りました…………最初の日にはお父様が職務放棄して王宮から私に会いに駆け付けて、お母様に叱られて小さくなると言う珍事もありましたが、今日はミュリが王都からお見舞いに駆け付けてくれました。
「──もうお加減はよろしいのですか、ディナ?」
ミュリが椅子に座りながら心配そうに尋ねます。
「ええ、ミュリ。御心配おかけして申し訳ありませんでした」
私はベッドの上からにっこりと笑顔で答えます。熱は昨日にはすっかり平熱になったんですが、医術師の先生とお父様から「1週間は安静にしている様に」と仰せつかったので大人しく寝ていましたが……正直やる事が無く暇を持て余していたので、ミュリのお見舞いは本当にありがたいです、はい。
「あなたが熱を出して倒れられたと聞いた時には、目の前が真っ暗になりました……」
ミュリ……何をそんなオーバーな事を…… 。
「だって、クルザート公爵様が血相を変えて『ディナが倒れた!』とお父様に言いに来られて……すぐに屋敷に帰る帰らないと揉めて大変でしたの」
お父様ェ…… 。
「でも何事も無くて良かったです♡あっ、お見舞いのケーキ食べませんか? 王宮の料理長が作ってくださったんですよ♡」
そう言ってミュリは膝の上に置いていた小さなバスケットを、ルイシアに手渡し「お願いね」と頼みます。良いですわねぇ、甘い物は大歓迎でございます!
そうしてミュリが持ってきたケーキと紅茶を楽しみながら他愛もないお喋りをしていると──
「そう言えばあとふた月で今年も終わりですね」
そう言えばそうでしたね。 確か私がバタバタしていたのは誕生日を終えた9月の終わりで、寝込んでいたら10月になっていましたねぇ。この世界と元の世界は同じ様な時間の流れ方で、1日24時間、1週間7日、1年365日なのでございます。もっとも四季の変化は緩やかで夏はあまり暑く無く、冬はあまり寒くはないんですけど……等とそんな事をぼんやり考えていたら
「来年はいよいよ成人の儀。それが済むと大舞踏会です。ディナはパートナーは決まりましたか?」
「いえ? まだですが──それが何か?」
ミュリの言うパートナーとは、大舞踏会で一番最初に踊る相手の事です。そろそろ考えないといけないのは確かですが……それが何かあるのでしょうか?
するとミュリが瞳をやたらキラキラさせながら
「知りませんか? 成人して一番最初に寄り添う男女は結ばれると昔から言われているんです! だから舞踏会で寄り添うパートナーが、まさにそれなんです!」
なんですと?! そんな言い伝えがあるのですね──これは捨ておけません! 華々しい社交界デビューの日に執り行われる大舞踏会で、意中の人と舞い踊る……うん、これは良い事を聞かせていただきました!
ミュリの言葉を聞いて私の心の中でそれぞれバラバラに動いていた様々な歯車が一度にカチリと噛み合った気がしました。
それでは私は文字通り人生の運命の人を大舞踏会までに決める事を目標に致しましょう! エミリオ君とレヴィ様ふたりの内、どちらを選んでも後悔しない様に──お母様の言う通り、自分の心に素直に──我儘になってみましょう!
私はこの3日間、新鮮な気持ちで自分の中にある2人への愛情に向き合い、私なりの答えを導き出しました。あとはその導き出した答えの「解」への道を辿って行くのみです。
私はひとつ小さく頷くと夢見る様な表情のミュリに笑顔を向けて問い掛けます。
「ミュリはやはり……アレクシス近衛騎士団長様なのでしょう?」
「はい! それは勿論です♡」
ミュリが大きな双丘の前で、両手で可愛くガッツポーズをします。
それを微笑ましく思いながら、私も今度こそ「真実の愛」と言う「正解」を得る為、頑張ろうと決意を新たにするのでした。
転生と言う祝福に抗う為にも── 。
この10回目の転生で幸福を掴み取る為にも、悔いのないように──ただひたすらに。
全ては想いの成就の為に── 。




