〈17〉ミッション『れっつ・かんふぁーむらぶ』②
〈17〉
「すまん……もう一度言ってくれないかね?」
団長さんが聞き直します。
「何度でも言いましょう。私はディナ様を心から愛しています、と」
レヴィ様ははっきり宣言するかの様に答えます。エミリオ君の時もでしたが……やっぱり間近で聞くと、とっても恥ずい!
しかし……何ですか、このデジャヴは?!
* * * * *
結局お母様と家臣団の人が接触したのは、エミリオ君の事があってから3日後の事でした。私はジョゼリン先生に「1週間程、勉強をお休みさせていただきます」とお断りを入れ、お母様の傍らにいる様に務めていました。
表向きは来年の「成人の儀」の後の謁見と、そのあと行われる大舞踏会に備えて淑女の見本(笑)であるお母様から色々と御教授を賜る為と言う事にしてあります。もっとも私の場合はメレディス先生のおかげで、宮廷作法も舞踏もバッチリなんでございますが!
勿論お母様の所には伴随しなくても良いと、エミリオ君には厳命してありますので安心です。
その日はいつもと少し違いました。お母様が1時間ほど、私に席を外す様に仰ったのです。私は何か心にピンと来るものがあったのですが、表情には少しも出さず「それでは私は一人で少し邸内を巡視してまいります」と答え、廊下に出るとこっそり隣室に移動し、ドアの鍵を掛け部屋を隔てる壁に耳を当ててマジア【聞耳】を発動させました。
気分はすっかり盗聴マニアでございます。少ししてお母様とご来客様の会話が聴こえて来ました。
『──デイフィリア様、クロード・アルマン・ルイベルジュ参上致しました』
『頭を上げてください、クロード団長殿』
『はっ』
『わざわざ呼び出して申し訳ありませんでした』
『いえ。平時は元より、いざと言う時には我らクルザート家臣団は直ちに馳せ参さんじます』
『まぁ、それは何よりです』
そう言ってころころ笑うお母様。やっぱり家臣団の……しかも団長さんですか! 私も面識がありますが……とにかくお母様も団長さん、そんなサービストークは要りませんから早く本題に──!
『さて……あまり時間もありませんし、呼び出した訳を話しましょうか』
私の心からの叫びが聞こえたみたいに、お母様が本題を口にします。やっぱり親子、以心伝心でございます、ってそれは違いますね。
お母様はクロード団長さんに事の詳細を話します。そして─── 。
『なるほど……委細承知しました』
『良いですか? 決して叱責などせぬ様に──レヴィ卿は将来有望なのですから。飽くまで浮評の真偽のみ確認してください』
『わかっております。彼かの者は何れ私の後継者にと考えているほどの傑物、その才を摘む様な真似は致しません』
『それを聞いて安堵しました。では報告は私に上げてください。決して旦那様の耳に入る事無くお願いします』
『お任せ下さい──ではこれにて』
──どうやら終わったみたいです。では私も次の行動に移りましょうか──── 。
* * * * *
「クロード団長様♡」
屋敷の長い廊下を歩く団長さんの前から、私はやや速歩で近付き声を掛けます。
「おお、これはアルムディナ様」
突然現れた私に少し驚いたみたいな団長さん。
申し訳ございません、実は姿を消して尾行していました! お母様の部屋から充分に離れてから追い越して、そこの角の影で【隠蔽】を解除しただけなんでございます。
「それで? 私に何か御用がおありですかな?」
「はい、今日は屋敷の中を巡視していまして、これから家臣団の詰所に伺おうとしていましたの……そうしたら団長様をお見掛けしましたので」
私は満面の笑みでそう答えます。すると案の定団長さんから
「そうですか。私もこれから詰所に戻りますゆえ、一緒に参りませんか?」
「えっ? 御一緒してもよろしいのでしょうか?」
私はわざとらしい演技で(笑)、ちょっと可愛げに驚いて見せますと団長さんは
「アルムディナ様がおいでになれば、皆の励みにもなるでしょうし」
そう言って白い歯を見せて笑う団長さんなのでした────チョロ過ぎます。
* * * * *
さて、団長さんに伴われて家臣団の詰所になっている屋敷裏手の大部屋まで参りました! 騎士の皆さんの居る待機所に入ると、団長さんがひと言
「諸君! 本日は公爵閣下の御令嬢であるアルムディナ様が、諸君らを慰労の為お見えになられた! 一同、傾注!」
大体10人ほどの騎士達の視線が一斉に私に注がれます! ちょ、ちょっと?! 物凄い圧を感じるのですが?!? 私は一瞬たじろぎそうになりましたが何とか堪えて、軽くカーテシーをしながら
「騎士の皆さん、いつもご苦労さまですわ」
と笑顔を添えて挨拶しました。それを見て満足そうな団長さん──騎士の皆さんからは、何やら「おおーーーッ!」と言う声が聞こえて来ます。何となく体育会系のノリに思わず顔が引き攣りそうになります。
それでも気を取り直してレヴィ様を捜しますと──いました居ました。私と目が逢うと、すぐさま来てくださり
「ディナ様、ようこそおいで下さりました」
と、いつもの様にニコリと微笑み会釈してくれます。そう言えばレヴィ様も18歳になり、従騎士から叙任され正式に騎士になられました──もちろん私の従士でいる事には変わりありませんが。
「何かわからない事がおありでしたら──」
そう言いかけたレヴィ様の言葉は、団長さんの言葉にかき消されました。
「レヴィ卿、すまんが話がある。半刻ほど経ったら私の執務室まで来てくれ」
「はい!」
団長さんは職務に忠実なお人みたいですね……私にとっては好都合でございますが。
「ディナ様、申し訳も御座いません。途中一度外させていただきますがよろしいでしょうか?」
「構いません。私もあまり長居は致しませんし、レヴィ様は職務を優先してくださいませ」
私は笑顔で答えます。レヴィ様は「申し訳ございません」と頭を下げると、詰所の中を案内してくれました。
気になさらないでください──むしろそちらの方が私には最重要事項でございますので!
* * * * *
時間が来てレヴィ様は団長さんの待つ執務室に向かいました。私はレヴィ様と別れると、帰るフリをして待機所のドアを一旦出て、周りに誰も居ない事を確認すると物陰に入り、マジア【隠蔽】を発動させ再び中に入り、レヴィ様のあとを急いで追いかけます。執務室は先程案内されたので場所はわかりますしね。
執務室に着くと丁度レヴィ様がドアを開けて中に入るところでした! 私はドレスの裾をたくしあげると、フ○ーレンス・ジョ○ナーもかくやというダッシュで閉まろうとするドアに飛び込みました! ちょっとあられもない姿で恥ずかしいですが♡
フゥ、と誰にも聞かれない様に息を付くと、大きな執務机の前に立つレヴィ様の傍に急ぎました──姿は見せられませんけど!
「レヴィ・オルティース・アルフォンソ、罷り越こしました」
「うむ、御苦労」
「それで、私に話とは何でしょうか?」
「それなのだが…………」
団長さんは机の上で手を組み、レヴィ様の顔を見ながら
「実は奥方様から頼まれたのだが……卿はアルムディナ様に特定の好意を持っているのかね? 無論それを責める訳ではなく、事実を確認して欲しいとの奥方様の要望であるがな」
「…………」
「私とて個人の恋愛まで口を挟む気は毛頭無いが……クルザート家臣団を預かる身としては放任するつもりも無い。レヴィ卿、事実は──」
──どうなのだと問おうとした団長さんの言葉に被せて、レヴィ様の澄んだ、そして力強い声が執務室に響きました。
「はい、私はディナ様を愛しています」
「すまん……もう一度言ってくれないかね?」
「何度でも言いましょう。私はディナ様を心から愛しています、と」
団長さんは一瞬惚けた様子から難しい顔をして
「それを──アルムディナ様にお伝えしたのかね?」
「いえ、ディナ様は未だ成人しておりませんので……まだお伝え致しておりません」
それを聞いた団長さんは、ホゥと大きな溜め息を吐き出しながら
「それならば良いが……卿の判断は正しい。ホッとしたよ」
と明らかにホッとした様子。この国では男女共に15歳を成人として認め、結婚は成人してからと言う慣わしになっていますが──まぁ貴族は一般の人とは違い、しがらみや体裁があるので大変面倒なのでございます──
──等とそんな事をつらつら考えていたら
「それで卿はどうするつもりなのかね?」
と、クロード団長さんがレヴィ様にお訊ねします。
「ディナ様が来年成人したのち、ちゃんと自分の口から、自分の言葉で告白するつもりです。ディナ様に受け入れられるかどうかは別ですが……」
「閣下や奥方様には?」
「勿論、私がきちんとお話しします。ディナ様の御心を確認してからですが」
成程……つまりは来年成人すれば、私はレヴィ様から告白されていたのですね…………って、えぇぇぇぇぇぇ──!?
私は目前で聴いたレヴィ様の台詞を脳内で反芻して、途端に頭が真っ白になりました。と言うか、何で今の今まで冷静で居られたのかそっちが疑問なんですが!?
そんな風にいつもの如く(笑)ワタワタしていたら、団長さんが
「兎に角、この件は他言無用とする。勿論奥方様には、私から報告しておくが構わないかね?」
と話を締め括りました。
「お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」
レヴィ様は深々と一礼すると「では職務に戻ります」と団長さんに告げ、帰ろうとしています
──おっと、いけない!
私は少し狼狽えながらもレヴィ様の背後に付くと、そのまま一緒に執務室を出ました。そしてそのまま、そそくさと詰所を後あとにしたのでした──途中の物陰で【隠蔽】を解除したのは言うまでもありません!
* * * * *
私はふらふらと一人自室に帰ってきました。
心配するエミリオ君には、お母様の元に行き今日は疲れたので部屋で休ませてもらう旨を、伝えに言ってもらいました。そしてルイシア達にも疲れたので夕食までひと眠りすると伝え、部屋の外に出てもらいました。
ベッドの上にポスッと倒れ込みながら、私はこの数日間の出来事をどこか夢の様に感じている自分に気付き、思わず苦笑してしまいました。
「かなり……疲れているの……かしら…………」
とりあえず自分の為に確認する事は、一応の成功裡に終わったみたいです。
あとは私自身の気持ちを決めるだけですが──しばらく本当に休みたくなりました──はァ。
何はともあれ、これにて作戦ミッション「恋心確認せよ」作戦完了となりました。
二度とこんな事はしなくても良いとは思いますが──はァ。
本日はあともう一話投稿してあります。そちらも続けてお読み下さい。




