〈16〉ミッション『れっつ・かんふぁーむらぶ』①
〈16〉
「──お慕いしております」
目前でのエミリオ君の告白に年甲斐も無くドギマギする私! 中身は既に実質170歳越えのお婆さん、ですが外見14歳の可憐な少女でございます。
でもまァ、面と向かって告白をされた訳ではございません。控え室に居るレイエスとエミリオ君の会話を姿を消してバッチリとリアルタイムで視聴しているんです!
何故こんな事をしているのかと言いますと─────
* * * * *
ミュリとの夜会の時、ミュリは何とか誤魔化しましたが、私自身の不甲斐なさに思いが至り酷く落ち込んだのでした。
屋敷への帰り道、ジョゼリン先生もレヴィ様もエミリオ君達も皆心配してくれましたが、とても言える訳もなく──屋敷に着いてすぐに自室に籠り、もはや恒例となったベッドの上でひとり悶絶をしておりました。
「ゔゔゔ~~」
まぁ1人でいつまでも思い悩んでいても仕方ないのですが……せめて相手の気持ちだけでもわかる事が出来れば、この様に思い悩まず済むのですが…… 。
何の加減かわからないですが私の魔眼は発動せず、どんなに魔力を集中してもうんともすんとも言いません。全く、何が愛情を可視化するですか! いざと言う時に使えない!! あとは本人達に直接聞くしかありませんが……そんな事とても面と向かって聞けませんし…… 。そもそも私が「私の事、好き?」と聞いて、相手が本心から「好きです」と簡単には答えてくれないかも知れませんし……どうやって聞き出せば──と散々悩んだ挙句の果て、唯一私のみが行える方法が頭に不意に浮かびました。
それは聞き辛い事なら誰かに代わりに聞いてもらって、その答えを私が自分自身の姿を【隠蔽】で消して、直に見聞きすれば良いんじゃないかと。
うん、それなら自前の能力だけで何とかなりそうです! そうと決まれば──── 。
私はベッドから飛び起きると部屋を出て、お母様の所に向かいました。ちゃんと身嗜みを整えてからですよ! 以前レヴィ様とエミリオ君の事を聞かれたのを逆手に取ろうと言う訳です。さて、あとはお母様をどう言いくるめるかが問題ですが…… 。
* * * * *
元地球の会社勤めで培ったトークスキルで、何とかお母様を言いくるめる事が出来ました。まるで飛び込み営業した気分です………はぁ。あっ、どう話したかは企業秘密でございます、はい。
何れにしてもこれで「作戦『恋心確認せよ』」発動でございます。
それで今は大食堂にて食事をしながら、お母様の動向に注意している最中でございます。
あっ、ちゃんと料理は楽しんでおりますよ!? 我が家のシェフは頭に超が付く程の有名な人らしいのですが、毎日趣向を凝らした料理には頭が下がる思いです。
やがて食事も終わり、食後の紅茶を飲んでいると
「レイエス」
お母様が家令のレイエスを呼びました。これはもしかして──!
私は密かにマジア【聞耳】を発動させます。耳に魔力を集中するとお母様とレイエスのごく小さな声が聴こえて来ます。
『──と言う話を耳にしたの。浮評だとは思いますが……あなたがエミリオから真相を聞き出して、わたくしに報告しなさい。別に罪過に問う訳ではありませんので、正直に答えさせなさい、と。ああ、あとこの件は旦那様には内密に』
『畏まりました。仕事を終えてから必ず問い質します』
──よし! エミリオ君たち使用人は確か、仕事が終わると一旦それぞれの控え室で休むハズですから、【隠蔽】で姿を消してエミリオ君の控え室の前で待っていればレイエスと一緒に部屋に入れますね!
私は内心ガッツポーズをしながら、表には微塵も出さず優雅に紅茶を飲み干しました──演技だけなら日本ア○デミー賞の演技賞は取れるかも?
* * * * *
食事のあと一旦部屋に戻った私は、エミリオ君とルイシア達メイド’S に「今日は疲れたので早く寝ます」と言い、朝まで起こさない様に厳命しました──つまりアリバイ工作ですね。
より完璧にする為にベッドに身代わりの縫いぐるみを寝かしつけお布団をすっぽり被せると、いよいよ作戦開始でございます。
私は寝間着にガウンを羽織ると、そぉーっとドアを開け辺りの様子を確認します。隣りのルイシア達の控え室はシン……と静まり返っています。案の定ルイシア達は、私の寝付きを確認して食事に行ったみたいでした。
廊下に誰も居ない事を確認して、ドアの外に出ると右手を胸に当て「【隠蔽】」と小さな声で唱えます。すると私の身体はスゥーッと霞んでゆき、ぼんやりとしたまるで幽霊みたいになります。部屋の姿見鏡を見るとそこには私の姿は全く写っていませんでした──本当に透明人間になった気分です。
それをひと通り確認すると廊下に出て、小走りにエミリオ君の控え室に向かいます。途中幾人かの使用人や邸内を警邏巡回している従士の人達に会いましたが、誰ひとり気付きません。【隠蔽】の気配隠蔽もしっかり働いているみたいです。
程なくしてエミリオ君の控え室まで来ると、ちょうどレイエスが控え室のドアをノックしている所でした──ギリギリセーフです。私はレイエスの後ろに立ち、タイミングを見測ります。そしてドアが開きレイエスが入るのに合わせて、ドアの内側にするりと入りました。
──気分はさながらミッ○ョンイン○ッシブルのトム・ク○ーズですね。
などと自画自賛していると、部屋に入ったレイエスと招き入れたエミリオ君が話し合う姿が─── 。
「エミリオ」
「なんでしょうか? 父上」
エミリオ君はいつもの変わらず、落ち着いた様子で答えます。どうでも良いんですが──何でお互い直立不動?
「単刀直入に聞きます。お前はディナお嬢様に対し、どの様な想いを持っているのですか?」
「…………」
「奥様から言われたました。お前がお嬢様に特別な感情を寄せていると言う浮評を聞いたと──」
「………………」
「主人を敬愛するなら構いません。ですが特別な感情を寄せているならば話は別です。特に今の立場でいるお前には唾棄すべき事」
「…………」
そこまで言われて、エミリオ君の表情が強ばりました。
「嘘偽り無く私に全て話しなさい。いいかね? 嘘偽り無く、ですよ?」
「………………」
「………………」
レイエスとエミリオ君の間に沈黙が舞い降り、息をする音だけが響きます。
30秒程の重苦しい沈黙の後、エミリオ君が口を開きました。
「──お慕いしております」
「……それは主人への敬愛では無く、ですか?」
レイエスの眼が鋭くなりました。
「……はい」
エミリオ君は真っ直ぐレイエスの目を見つめながら
「最初は父上の仰る通り敬愛しかありませんでした……が、哀歓共にし何時しかディナ様への情愛へと変わったのです。この気持ちには嘘を付く事は出来ません」
そうはっきり口にしたのでした。それを聞いた瞬間、私の右眼がチリッと疼きました──これってまさか?! もしやと思い発動させた魔眼には青白い輝きを放つエミリオ君の姿が! あれ?! ちゃんと魔眼が機能し働いていますね?!
一方のレイエスは、じっ……とエミリオ君を見つめていましたが、フゥと小さな溜め息とともに
「……なるほど。お前の気持ちは良くわかりました。では奥様にはその様にありのままお伝え致します──ですが安心しなさい。奥様はこの件を、罪過に問う事は無いと仰っています」
決して冷たくはないけど暖かみも感じない──平坦な感じで話すレイエス。
私は私でエミリオ君の愛の告白(?)に、久しく忘れていた胸の高鳴りで顔から火が出そうでした──出しませんですが!
兎にも角にも誰にも見られる事無く(笑)、ひとり悶絶していると
「明日はまた、いつも通りに仕事を務めなさい。決してお嬢様に気取られぬ様に」
──すいません、もう知っています!
レイエスの言葉に思わず頭の中でひとり突っ込んでしまいました。
そんな事とは露とは知らずレイエスは、控え室を出ようとドアの方に向かいます。私は慌てて後に続き、入った時と同じくするりと廊下に出ます。そして一目散に自分の部屋に戻ったのでした。
* * * * *
「はぁ……」
誰にも気付かれる事無く自室に戻った私は、またベッドにうつ伏せていました……なんと言うか私は何かある度、毎回こうしている気が…… 。
それにしても……まさかエミリオ君が私に、そんな熱い想いを抱いていたとは思いもしませんでした。今までエミリオ君は私にとって、手が掛からない弟みたいに感じていたので──実際はひとつ年上ですが──兎に角まさに青天の霹靂です。
こんな事なら聞かなければ良かった……でもいつまでも知らないままではいられませんし……そもそもエミリオ君とレヴィ様、2人の気持ちをはっきり知りたいのは確かですし……うん! とりあえずレヴィ様の気持ちも聴かなければいけないし、エミリオ君の事は一旦棚上げ! エミリオ君、レヴィ様、2人の気持ちを聴いて判断する事に致しましょう──そもそもそれが目的なんですしね!
私は頭の中で思考のループに陥っていたエミリオ君の事を無理やり頭の隅に追いやり、この後あとのことを考える事にしました。
お母様は恐らくレヴィ様に直接お聞きになる事は無いでしょう。恐らくは家臣団団長辺りに確認させるのは間違い無いと思います。話しぶりからすると、確認には短くても2~3日、遅くても1週間ぐらいかと思われます。ならばこの1週間、お母様の傍に居さえすれば、家臣団の誰かと接触するのを察知出来る筈です!
そのあとは正直、運とタイミング任せですが……私の中で何故か上手く事ことが運ぶと言う確信めいたモノがありました。ならば私が今出来る事はただひとつ──!
「さっさと寝ましょう……」
私は改めてベッドに潜り込むと枕元の魔法提灯を消して、ふかふかの枕に頭を埋めました。明日からお母様から目が離せない1週間になりそうです。
「だい……じょうぶ、きっ……と、う……まくい………く…………わ………………」
私は忽ち眠りに絡め取られ、そのまま落ちて行くのでした────── 。




