〈15〉登城と少女達の夜会と
〈15〉
ミュリエル王女と私を巡る策謀から、1年が経ちました。
私、現在14歳の思春期真っ盛りでございます。無論10回目の、とは注釈が付きますが…… 。身長も、ついこの前測ったら156センチを少し越しました! 体重は…… 無論、秘密でございます♡
まぁ……私の成長はどうでもよろしいですよね。今日はこの2年ですっかり定常作業化した、王都シュターデンの王宮へ登城する日です。お父様があの騒動の後、特別に設えてくださった専用の四頭立て馬車で向かうと致しましょう。
* * * * *
「ディナ!」
「ミュリ、お久しぶりです♡」
部屋に入ってきた私を見つけるや否や、小走りに駆け寄るミュリエル王女── ミュリ。彼女もこの2年で随分成長しました── 勿論心身共にでございます。
あの時懸念されていた軽い対人恐怖症── 所謂あがり症はこの2年ですっかりなりを潜め、最近では王宮詰めの貴族の同い年の子女とも、普通に話せる様にまでなりました。
それに伴い、少しお転婆になられたみたいでございます…… 私に責任を問われても大変困りますが。
「ミュリはいつお会いしても元気ですね」
「ディナこそ、今日はまた一段と綺麗です♡」
「うふふ、お世辞でも嬉しいですわ」
ミュリはお世辞で言っている訳では無いのは知っています。実際この2年で私は益々お母様に似てきて、後ろ姿はお父様でも少し見分けがつかないくらいだそうです。
まぁ、胸のボリュームはまだ私が負けておりますが! でも良いんです、私は未だ成長期でございますから!
「ディナ、どうかしましたか?」
気が付くとミュリが心配そうに私の顔を覗き込んでいました──ちょ、ちょっと近いし!? ついつい自分の考えに没頭した私が悪かったんですが、下から覗き込むミュリの胸元に目が行くと、それはもう見事な双丘が飛び込んで来ました──!
私14歳、ミュリ13歳、1歳しか違わないのに、負けた気がするのは何故でしょうか?
流石にいつまでもガン見している訳にはいきませんので、私は笑顔で「何でもありませんわ」と答えてはぐらかし、ミュリは「そうですか?」と納得してくれました。
全く……私は百合とかじゃありませんからね! 女の子にときめく事は決してございません! 普通にノーマルです!!
「それで……今日は泊まっていかれるんですよね?」
ミュリがおずおずと尋ねてきます。そうなんです、毎週1回は私がミュリの元を訪ねるのは勿論、月イチのペースで王宮にお泊まりしているんです──まさに今日がその日でございます、はい。
私はニコリと笑みを浮かべ「はい。今日はこちらにお世話になります」と答えるとミュリの表情がパァーッと輝きます。そんなに大した事では無いんですけど……ねぇ?
はっ?! もしかしてミュリ……あなた……百合っ気があるのですか?!
私の心の中の戦慄に気付く事無く、ミュリはにこやかに自分の使用人に、私の荷物を部屋に運ぶ様に指示を出しております。いつの間に……… 。
* * * * *
「質問はありませんか?」
ジョゼリン先生の澄んだ声が部屋に響きます。ここはミュリの部屋、そして私とミュリはジョゼリン先生の授業を受けています──何故先生が、と思うそこの貴方! 答えは私の付き添いとしてジョゼリン先生が同行されていらっしゃるからでございます。
最初に王宮を訪れた日に知った事ですが、先生の家系は代々教育者として王族に仕えていた事が判明。なので先生が私とミュリに教導する事は何ら問題無く認められたのでした。
お父様も凄い人を私の先生に迎えたものですね……… 。
先生の授業を滞り無く終え、ホッと息をついているとミュリお付きのメイドさんがドアを開け
「イヴェット・エルウッド様が参りました」
と告げます──その後ろからヒョコッと顔を出されたのは宮廷魔導師のイヴェット先生。
「あの~、お邪魔してもよろしいでしょうか? ディナ様が見えられていると聞いたのですが……」
「はい、お見えになられてますわ」
イヴェット先生の問いに部屋の主であるミュリが答えると、イヴェット先生は顔にいつものほわっとした笑みを顔に浮かべられると
「良かった~。あの〜、このあとお時間よろしいでしょうか?」
と聞いてきます。ミュリは私の方を向き「どうします?」と言う視線を投げ掛けてきますが……無下にお断りする訳にはいきませんわね…… 。
実はイヴェット先生から「魔法大全」を贈られたあと、先生の弛まぬ熱意に根負けした私は弟子(仮)になりました──いつの間にか王様のみならず、お父様からも許可を取り付けている周到さには正直脱帽致します。
「あの……手短にお願い致しますね」
「勿論です~」
ほわほわした笑みを満面に浮かべ、イヴェット先生はいそいそと部屋に入ってきました──意外と策士ですね…………… 。
* * * * *
日中は色々慌ただしかったですが、夕方の晩餐は国王陛下御一家と始終和やかな雰囲気で過ぎていきました。
食後はゆっくりお風呂をいただき、湯上り後あとの薄手の寝間着姿で濡れた髪をタオルで乾かしていると、ドアをノックする音がしました──誰でしょう、エミリオ君でしょうか?
「どなた?」
「──ミュリです」
私の誰何する声に答えたのはミュリでした──何でしょうか? 私は疑問に思いながらもドアを開けると、ミュリを中に招き入れました。
「どうなさいましたか、ミュリ?」
「あの……ですね。就寝前にお話をしたくて…… 。昼間は話す暇があまりありませんでしたし……。」
そう言いながらモジモジするミュリ。何ですか、この可愛い生き物は?! 私には兄妹姉妹が居りませんから余計にそう思えるのです!
思えば元地球では一人っ子、転生9回の内、兄妹姉妹が居たのはたったの3回──つまり七割は一人っ子と言う高確率! だから余計にミュリが可愛い妹みたいに思えて仕方ないんです。
でも私はノーマルですから! 普通に男性が好きです! って、この言い方はこの言い方で、人に聞かれたら余計に誤解を招きかねません!
私がそうしてひとりで悶絶していると、ミュリが少し潤んだ目で見つめてました。私は慌てて「構いませんわ」と返事を返しますと、途端にパァッと華やいだ表情を浮かべるミュリ。
まさかのパジャマパーティー開催? まぁミュリも私もネグリジェにガウンを羽織っているだけのあられもない姿なんですけれど、人目に触れなければ何ら問題ございません。
ミュリはいそいそとベッドの上に乗り、うつ伏せにコロンと寝転がります。私は少し苦笑をしながらその隣りに座りました。なんと言ってもクイーンサイズのベッドなので余裕が有り余っています。
「少し……はしたないかしら?」
ミュリが頬を少し赤らめて呟きました。
「お父上やお母上に見られたら、ですけどね」
「意地悪言わないでください……」
ミュリが布団に顔を埋めてしまいました──ちょっと意地悪し過ぎましたか。
「それで、どんなお話をしましょうか?」
私は無理矢理話題を変える事にしました。するとミュリは布団からガバッ! と顔を上げると一言
「こう言う時は「好きな殿方の話が一番良い」とカタリーナさんが仰っていました! なのでそのお話をしましょう!」
カタリーナさん……何と余計な入れ知恵を………知らない人ですが……… 。しかし、まさか恋バナになるとは思いもよりませんでした!
何を隠そう、私は今まで聴く方専門だったので恋バナを言うなんて門外漢です。なのにミュリは何やら期待に満ちた目で私を見つめてきます。私は密かに溜め息を付くと、にっこり笑って
「では──旗振りしたミュリからお先にどうぞ」
「えっ? わ、私からですか?!」
これぞ必殺! 先鋒は貴方にお譲り致します作戦、作戦完了です!
まさか自分に振られるとは思ってなかったミュリは、急に顔を赤らめしどろもどろになります。
「あ、う……」
私は逆にベッドサイドに置いてあるピッチャーから果実水を優雅にコップに注ぎ、余裕綽綽です。
「えっと、ですね……気になる殿方はいるにはいるんですが………」
ミュリは布団の上でうつ伏せのまま、器用にモジモジしています──が、大体察しはついてます。ですがここは敢えて急かさない様にしておきます。
「誰にも言っては駄目ですからね………あの、その……近衛騎士団長のアレクシス・ヴァイスハウプト・ローガン卿が昔から好きな殿方なんです」
そう言って、キャッと小さな嬌声を上げるミュリ──やはりと言うかなんと言うべきか……… 。アレクシス・ヴァイスハウプト・ローガン卿はミュリが幼い頃から常に傍らにいて守護してくれていた人だから、余計になのかも知れませんね……… 。
「そうですか──その想いが成就すると良いですね。私も密かに応援しています」
まぁ悪い人では無いみたいですし、初恋が成就するか云々はともかく、上手く想いが伝えられると良いんですけどね。で、次は──あっ、私です!
意外とあっさり告白したミュリが、ワクワクと言う音が聞こそうな程の視線で私を見つめてきます。まぁミュリに告白させた手前、私もちゃんと告白しないとミュリに悪いですし……はぁ、仕方ないですね………… 。
「私は───」
そう言いかけて、改めて考えます。果たして私は──誰を好きなのでしょうか?
私は淡い想いでレヴィ様を想い続けていましたが、幼い頃から共に歩んだエミリオ君が私に向ける想いを偶然に知る事になり、心が揺れに揺れまくったまま、今日までその答えを知ろうともせず先延ばしに来ていました。思えば私は二人の想いを受けるのみで、私から想いを伝えた事すらありません。
「真実の愛」等と言いつつ、いつの間にか人に愛される事に慣れ過ぎて人を愛する事を躊躇っていた私がそこに居たのです。
「──いま意中の殿方は……居ないと思います……多分」
そう何とか言うのがやっとでした。それを聴いたミュリは怪訝そうな顔をしましたが、私は愛想笑いを浮かべるだけしか出来ませんでした。
相手が自分をどう思っているのか、などでは無く私自身の相手に対する気持ちがあやふやだった事に今更気付き、私は愕然としてしまいました。
───私は今まで何を知ったつもりでいたのだろう、と。
本日はあともう一話投稿してあります。そちらも続けてお読み下さい。




