〈14〉謀略の因果と後日談と
〈14〉
長い大廊下を通り侍従長に謁見の間に案内されると、国王陛下と王妃様、そしてミュリエル王女とレオンシオ王子が、光輝燦爛とした謁見の間の玉座とそれぞれの座に着き待っておいでであり、その脇には宰相の方が直立不動の姿勢で立っておられました。
「クルザート公爵令嬢アルムディナ・オコーナー・クルザート、前へ」
滅多に来る事の無いその様相に目を奪われていると、不意に宰相の声が耳に届き、私は静々と玉座の前まで敷き詰められた絨毯の上を歩み寄り、深く最上級のカーテシーを執りながら
「王族の方々に置かれましては御機嫌麗しく、新年のお慶び申し上げます」
と恭しく国王陛下御一家へ新年の挨拶を述べます。
「うむアルムディナよ、大義である」
陛下は一応鷹揚に頷きますが、直ぐに笑顔を見せ格好を崩しながら
「本当に良く来たディナよ。息災の様で何よりだ」
と気さくな感じで私に話し掛けて来られます。陛下、横に立つ宰相さんにわざとらしく咳をされていますよ?
私はカーテシーを解くと「お陰を持ちまして息災ですわ」と笑顔で返事を返します。それを見て更に満足そうに微笑む陛下と王妃様。その笑顔を見ると少し心苦しいのですが、ミュリエル王女の為にもやはり先程の件を話すべきなのでしょうね。
「国王陛下。この様な祝いの席ではありますが、実は内密にお話ししたい事がございます。お聞き届け願えますでしょうか?」
私は意を決すると姿勢を正し、国王陛下を真っ直ぐ見ながら発言します。それを見た陛下は何事かと思ったらしく神妙な面持ちになり
「…… ふむ、ならば場所を変えようか。ヴァナー宰相、君も来たまえ」
と言い、私は謁見の間の裏にある控えの間に国王陛下御一家と共に移動しました。
* * * * *
裏にある控えの間は謁見の間と違い落ち着いた雰囲気のある部屋で、その上座の豪奢な椅子に国王陛下がお座りになられ、御家族の面々もそれぞれの座にお着きになります。私は陛下と対面する椅子に静かに腰を下ろします。
「ではアルムディナ、その話とやらをしてみてはくれまいか?」
私の着席を待っていた陛下に促され、私はひとつ深呼吸をすると正直に聴いた話をありのまま全てを話しました。その説明過程で私はマジア【聞き耳】を使用した事による結果だった事も包み隠さず陛下方にお話ししました。
皆さんは私の話を最後まで聞き終えると、国王陛下と宰相さん── ヴァナー宰相は難しい問題に直面した様に考え込み、王妃様と王子は憤りを顕にし、ミュリエル王女は青褪め、と反応は様々ですが皆一様に怒りに身を震わせていました。そして陛下はたっぷり時間を掛けると考えを纏めたらしく
「…… 成程。アルムディナよ、良くぞ話してくれた。そなたの話は良くわかった。ヴァナーよ、どう思う?」
と徐ろにヴァナー宰相に話を向けます。向けられた宰相はふむ、と小さく呟き
「そうですな…… アルムディナ様の話は信じる要素があるとか思います。ロンズデール伯爵には旧支配派と言う噂もありますし、一部からは良からぬ事を画策している噂も聞き及んでおります」
と、何やらきな臭い噂がある事を王様に進言致します。
「ふむ…… ならば《ハーミット》に任せるのが一番か…… 誰か! 誰か在るか?!」
王様がひとこと言うが否や、その背後に全身黒尽くめの人影が出現したのです! 一体何処から現れたのでしょう?!
「── 陛下、ここに」
男とも女とも判断しずらい、くぐもった声が聞こえて来ました。良く見ると顔を仮面で覆っています。
「ロンズデール伯爵とブルーデ子爵が何を企てているか早急に調査しろ。それとミュリエル王女お付きの侍女達も全て身辺調査を。あとミュリエルとアルムディナの周辺の警護を強化するのだ。良いな?」
「はっ!」
そう答えるや否や、現れた時と同じ様にフッと姿が掻き消える全身黒尽くめの人。あれは…… 私の持つ技能【隠蔽】に近い技能スキルなのでしょうか?
「国王陛下…… 今の方は?」
「あれは《ハーミット》。詳しくは言えないが、私の影であり私の手足として動く者達だ」
私の質問に端的に答える陛下。それを聞いて私は、あの黒尽くめさんがいわゆる諜報活動をする密偵だと言う事を理解します。確か「ハーミット」とは地球では「隠者」と言う意味だったはずですし。正に名は体を表すですね。
「とりあえずはミュリエル、そしてアルムディナよ。この件は私に任せてくれまいか? 決して悪い様にはしないゆえ」
そんな事をつらつら考えていたら、国王陛下が真剣な眼差しで私やミュリエル王女を見つめながら話し掛けて来ます。自分の娘と姪と言う身内を悪意から守ろうとする確かな意思が、そこには感じられました。
── ここは専門家に任せた方が良さそうですね。私が出しゃばっても何の得もありませんし──── 。
「わかりました。国王陛下に全てをお任せ致しますので、何卒よろしくお願い致します」
私は深々と頭を垂れ請願の形を執ります。どうやらそれは正解だったらしく陛下は満足そうに何度も頷きました。とりあえず調査結果を後ほど教えて貰える様に頼んで、この話は一旦お終いとなりました。本日の私の予定は全てキャンセルとなり、当然王宮への宿泊も日を改めて、と言う事になったのは言うまでもありませんでした── ミュリエル王女は寂しがっておいででしたが。
* * * * *
今回王宮での出来事は、私が屋敷に帰ってから直ぐにお父様お母様お2人に話しました。お2人とも大変憤りロンズデール伯爵の領地に攻め入る算段をしたのには流石に驚きましたが。勿論お止め致しましたよ?
それとは別にお父様からはマジアで盗み聞きした件について、お小言を賜りました。それに関しては反省しております。でも後悔はしておりません。
さて、それからあっという間に1週間が経ち、どうなったのかと事の成り行きに気を揉んでいた私ですが、お父様の所に国王陛下から書簡が届けられ万事解決した旨をお父様から伝えられ、ホッと胸を撫で下ろしたりもしました。
そして今日、私の屋敷にミュリエル王女が訪れました。もちろん理由は前回予期せぬトラブルで中止になったお泊まり会を決行する為でございます。何でもこの2週間あまり王宮の中はゴタゴタしているのだ、とはミュリエル王女に何故か同行してきた国王陛下の弁ではございますが。勿論私の両親も一緒に聞かせていただいております。
でも陛下、ミュリの随伴を口実に公務を休もうとしておりませんか? お母様も私と同じ思いらしく、ジト目── もとい少し冷ややかな目を陛下へと向けています。
「んんッ、勿論それだけでは無いぞ」
陛下、この期に及んで釈明でしょうか?
「ロンズデール元伯爵の件なのだがな……」
陛下の話では…… あのあと直ちに《ハーミット》が行動を起こし、先ずミュリのお付きの侍女達の身辺調査を行った結果、ブルーデ子爵が自身と特別懇意な関係だった者に、何と私に仕込む為の毒を渡していた事が判明、更にその毒はロンズデール伯爵の息が掛かった薬師から手配した事が判明、もうここまでで既に真っ黒いのですが更にさらに── ロンズデール伯爵が国王陛下に近しい何人かの貴族や官僚に賄賂を送っていた事が判明、その幾つかの事実を持って法務卿が直々にロンズデール伯爵を問い詰めた所、あっさり自供したのだそうです。
「しかし、何故ミュリエル王女では無くディナを?」
お母様が少し憤りながら、その様な言葉を漏らします。それに関しては私も是非知りたいと思いました。
「うむ、それはな──」
国王陛下の口から語られた私を狙った理由ですが…… 自分の娘をミュリエル王女と懇意な間柄にしたかったと言うのは勿論、自身の10歳の息子とも王女を懇意にさせ、何れあわよくば結婚させるつもりだったみたいです。もしそれが叶わなくてもミュリエル王女の弟君であるレオンシオ王子と自身の娘を懇意にさせ、あわよくば玉の輿に、と言う計画も画策されていたのだそうです。
そうして王家の血筋に自分の血を入れる為にも、ミュリエル王女と特別親しい私の存在が邪魔だったのでしょう。私を貶めミュリエル王女から離させるのが今回の目的だったそうです。事実、私に盛る予定だった毒なのですが体調不良を起こさせ、御不浄に行きっぱなしにさせる毒であったらしく…… 正直使われなくてホッとしました。そんな毒を盛られたら目も当てられない結果になっていたでしょうね…… 。話を聞いていたお父様お母様は怒りに身体を震えていましたが、どうかご自重なさってくださいませ。
ちなみに前回ヴァナー宰相が仰っていた『旧支配派』とは先代の国王陛下の時代に存在していた『貴族至上主義』と言う選良思想を今だ持つ人達の事なのだそうです。
そんなこんながあって結局、主犯格のロンズデール伯爵と共犯者のブルーデ子爵は断罪され死罪、その領地は国王直轄地として取り上げられ私財は全て没収、それぞれの一族は3親等まで断絶が言い渡されたそうです。
元日本人としては妻や子供達のみならず、曾祖父母や甥姪まで罰せられる厳しい裁決に暗澹たる想いはありますが、その様にせねば国家そのものが成り立たない事も、施政者側に居る今の立場では納得しなくてはいけません。
ちなみに私がマジアで盗み聞きした事は不問に付されました── 国王陛下、申し訳ございませんでした。。
それにしても…… 度を越した欲望とは、人を容易く破滅させるんですね………… 。




