〈12〉王様の来訪と姫君の秘密と涙と
〈12〉
それは突然でした。
「なに?! 国王陛下の御尊来の先触れが来ただと?」
「はい、早馬にて使いがありました」
「むぅ、急ぎ出迎えの支度を整えよ!」
「畏まりました。大至急取り計らいます」
お父様と家令のレイエスの慌ただしいやり取りがあり、にわかに屋敷の中がざわめき始めました。どうやら国王陛下がお見えになるみたいです。
この国── オシェル王国の国王陛下は私のお母様の兄上に当たるお方で、つまりは私の叔父上に当たる訳で…… って! 現実逃避している場合じゃありませんでした! 私も直ぐに自室に戻りお迎えの準備をしないといけません! ……… と言ってもいわゆる一張羅に着替えるだけなんですが。
本当に…… スマホでもあれば、メール1本で慌てなくて済むんですが……… 。 まぁ、無いものは仕方ありませんけどね……はぁ。
* * * * *
公爵家総出の大歓迎作戦も準備が整い、程なくして国王陛下御一行の馬車の車列と、警護する騎士団の面々が騎乗する馬群が見えて来ました。流石は国王陛下、馬車も豪華絢爛です。
やがて屋敷の玄関口前に馬車が停ると
「オーウェン・ベネット・ウィンバリー国王陛下の御成りです」
近習の方の声と共に屋敷の玄関の門扉が開け放たれ、馬車から玄関まで絨毯が敷き詰められると、馬車の扉が開かれストロベリーブロンドのビシッとセットされた髪と同じ色の口髭を蓄えたダンディーなイケメンさんが降り立ちました。この方が国王陛下…… 。
続けて御家族の方々も馬車から降り立ち、絨毯の上を歩いてきます。私達一家は最敬礼を執り玄関口でお出迎え致します。
「国王陛下、ようこそお出でくださりました」
お父様が右腕を胸に当て深々と腰を折り礼をします。私達女性陣は最上級のカーテシーです。
「そう畏まらずに楽にして欲しい。今日は身内として訪れたのだからな」
陛下はにこやかに話し掛けます。するとお父様は「はっ…… では」と顔を上げ、私達はカーテシーを解きました。
「改めまして……ようこそおいでくださりました、義兄上」
「うむ。邪魔をするよ、アル」
そう言いながら陛下とお父様は、ガッチリ握手を交わすのでした。
「それでな、今日訪れた訳はな──」
そう言って後ろに控えていた女の子を手招きします。あら? 着飾っていますけど、この子は…… 『丘の上の姫君』ではありませんか?!
見間違いではありません! ストロベリーブロンドのミディアムボブで灰色の瞳、あの時に一緒にサクレ湖を眺めていた女の子です! 本当に姫君だったんですね……… 。
姫君は可憐な仕草でカーテシーを執ると
「ミュリエル・ベネット・ウィンバリーです。アルムディナ様、お久しぶりでございます」
私の顔を見て、にっこり微笑んだのでした。
* * * * *
いつまでも玄関口と言う訳には当然いきませんので、皆んなで大広間に移動致します。何故か私の横にはミュリエル王女様がぴったりと寄り添っていますが……… 何ででしょう? 流石のエミリオ君も何も言えずただ黙って後ろに従うだけでした。
程なくして大広間に入り、皆んな椅子に腰掛けます。当然国王陛下と王妃様と王子様は上座にお座りになりましたが、何故かミュリエル王女様は私の隣りの席に座ります。
「改めて、デイフィリアよ。息災であったかな?」
「はい、兄上もお元気そうで何よりですわ」
国王陛下とお母様が朗らかに歓談しています── お母様って本当に陛下の妹君だったんですね……… 。そう言えばお2人とも顔立ちの雰囲気が似ていますし、瞳の色も同じ灰色ですしね。改めて見比べて納得しました。
「それで義兄上、今日はどのような御用件でしょうか?」
「うむ。今日は我が姪に会いに来たのだよ! 聞けばこのミュリエルがひと月程前、サクレ湖の保養地で会ったと言うではないか! その話を聞いている内にな、是非とも会いたくなったのだ!」
あら? まさか国王陛下はわざわざ私に会う為にお見えになられたのですか?! と言うか、ミュリエル王女様はどんな風に私の事を話したのでしょうか…… 凄まじく気になります!
「あらあら、兄上。3年後の謁見までお待ちになれませんでしたの?」
お母様が少し咎めるように話しますと
「う…… むぅ、仕来りなのはわかっているのだが、可愛い姪に赤子の時の一瞥以来、15歳まで会えないのは我慢ならん!」
と憮然とした口調で話します。不敬ですが、何だか国王陛下が可愛く見えます♡
「それで、早く紹介してもらえないか?! な、フィリアよ!」
そうお母様を愛称で呼びながら急かす国王陛下── やっぱり可愛いかも♡
「はいはい、本当に兄上は……」
お母様は苦笑しながら私に目配せします。私は椅子から立ち上がると、上座の国王陛下方と隣りの王女様に向かい、深々とカーテシーをしながら
「皆様におかれましては御機嫌麗しく。アルナルド・オコーナー・クルザートとデイフィリア・オコーナー・クルザートが娘、アルムディナ・オコーナー・クルザートと申します。御目文字が叶い嬉しく思います。以後お見知り置きの程、お願い致します」
と舌を噛みそうになりながら宮廷作法の授業で学んだ常套句の挨拶を致します。しかし挨拶のあと、何故か陛下から何の返しもありません。
── あら、何か間違えたのでしょうか?? 私はカーテシーを執ったまま内心焦ります。
「んん、あなた……」
「あ、あぁ…… 。私がオーウェン・ベネット・ウィンバリーである。そなたがアルムディナか── うむ、デイフィリアに良く似ているな! よろしく頼むぞ!」
どうやら王様は、お母様に良く似た私の容姿と私のきちんとした挨拶に驚かれていたみたいです。まぁ最近は特にお母様に似てきたかな、とは思いますけど、そこまでなのでしょうか?
「わたくしは王妃のマーティナ・ベネット・ウィンバリーよ。本当に義姉上にそっくりだわ── よろしくね、アルムディナ」
あら、王妃様も私がお母様に似ていると仰るのですね。
「ミュリエルは先程挨拶したからな…… レオンシオ!」
王様に促されて王子様は椅子から立ち上がり、右手を左胸に当てる仕草で会釈しながら
「初めまして! 王子のレオンシオ・ベネット・ウィンバリーです! 11歳になります! よろしくお願いします!」
と元気いっぱいに挨拶してくれました。こうして改めて見比べるとミュリエル王女様は国王陛下に、レオンシオ王子様は王妃様に似たのですね…… 。
特に王女様は、髪と瞳の色は間違い無く陛下の血を色濃く引き継いでいられるみたいです。
対して王妃様とレオンシオ王子様は、アッシュブロンドの髪と琥珀色の瞳なのですね── 等とつらつら考えていると
「それで義兄上。本当にそれだけでしょうな?」
お父様から国王陛下に鋭い指摘が入ります。お父様ナイスです!
だって、ただ私に会いたいからと言って、御家族皆さんでわざわざいらっしゃる事は有り得ませんからね。
この国の仕来りで国王陛下は、各貴族の公子公女と成人するまで公式には会ってはならない事になっているのです。まぁ飽くまでも公式にと限定はされていますけれど…… なので私が成人する15歳まで、陛下もお預け状態だったと言う訳です。
「うむ、勿論それだけでは無いぞ。実はな──」
* * * * *
国王陛下が言う事を要約すると…… サクレ湖の保養地で私に会ったミュリエル王女様から、私の話を何度か聞いているうちに会いたくなったのは勿論ですが── もうひとつ、ミュリエル王女様には近しい友人がいない…… のだそうです。なので従姉妹でもあり年齢もひとつ年上の私に王女様の友人になって欲しいとの事でした。
でも何ででしょう? 幾ら王女様と言っても、同い年のお友達が誰もいないなんて事は有り得ません。
私の抱いた違和感に王妃様が答えてくださりました。
「ミュリエルは極度のあがり症で……誰とも打ち解けられなかったの。でも何故かあなたには不思議とあがる事無く自然に話せたと言うのよ。今までわたくし達家族以外なんの苦もなく話せるのは、幼い頃から傍勤めの近衛騎士団長のみ。そのミュリエルが嬉しそうに話すあなたに是非お友達になって欲しいの」
なんと、そう言う理由でしたか…… つまりは軽い対人恐怖症と言う事なのでしょう……… まぁ申し出を受ける事はやぶさかではありませんが…………… 。
私はお父様とお母様の顔を交互に見ますと、お2人共に頷いています。ならば私が断る理由はありませんね。私は陛下と王妃様に視線を合わせると
「陛下、王妃様。私はこの話、お受け致したく思います」
私の返事に王様と王妃様は一瞬惚けた顔をすると、次には私の手を握り締め興奮気味に
「そうか、そうか! うむ、よろしく頼むぞ! アルムディナ!」
「アルムディナ、本当にありがとう! ミュリエルをよろしくお願いしますね」
と交互にお礼を言います。そんなに大した事じゃないんですけど………… 。王様達の深謝の嵐が収まると、その後ろに頬を紅潮させたミュリエル王女様が立っていて
「アルムディナ様……本当に私でよろしいのでしょうか?」
と半ば泣きそうな顔で聞いてきます。陛下と王妃様の顔をそっと伺うと、しきりに頷いていました。
「はい、これからもよろしくお願いしますね。ミュリエル様」
私がとびきりの笑顔で答えますと、ミュリエル王女様の目からポロリと大粒の涙が零れました。そしてポロポロと涙を零したまま笑顔を見せて「嬉しいですぅ………」とひと言呟き、王妃様に取りすがりながら泣き始めました。
王妃様とお母様が共に涙を流し、陛下と王子様とお父様が満足そうに頷いています。何とも微笑ましい家族の情愛がそこにはありました。私も勿論その一員でございます。
ひとしきり泣いてようやく落ち着いたミュリエル王女様と陛下達御家族と私の家族。
落ち着きを取り戻した王様からは今後の利便性を考え、私のみの王宮への無期限入場鑑札を発行する事を告げられました。本来なら侯爵以上の地位に付かれる貴族にしか発行されてないモノなんですが、王様まさかの大盤振る舞いでございます。
でもそれだけミュリエル様の事を愛されていらっしゃるからだと思います。私のお父様もそうですが、父親は娘に甘いのですね……… 。
そうそう──── 王宮に行く為にも、お父様に頼んでドレスを新調していただきませんと。




