〈10〉魔法と麗しの君と
〈10〉
「はァ……」
お母様主催のお茶会で何とか無事に社交界デビュー(仮)を果たした翌日、私は少し疲れたと言って自室に籠りベッドの上でごろりと寝転がって溜め息をついています。
お母様はおろか、エミリオ君やルイシア達に見られでもしたら、「はしたない」と言われるでしょうが── 今はこの部屋には私一人です。エミリオ君達には少し外してもらい、考え事をする為です。
議題は当然レヴィ様の事…… 。
実はあのあと直ぐに魔眼でレヴィ様を見たら、彼から発せられていた色は少し白みがかった黄色でした。神様から与えられたこの魔眼の能力は、私に対して人がどのくらい愛情を持っているか、最低の赤色から黄色、そして白色を経て最高の白銀色と言う色の違いとして認識出来るんだそうです。
ちなみに──私により悪意を持っている人のは、濁った色として見えるらしいとは知識としてははわかりました。もちろんお父様とお母様はキラキラ感満載のプラチナでございましたが。
そしてレヴィ様の色は白みがかった黄色……これではエミリオ君やルイシア達と大差ありません。出会って話しして一日と経ってないのだから仕方ないと言えば仕方ないんですが……… 。まぁ、お母様が私に付けてくれた専属の護衛役なので、これから嫌でも顔を合わせ話す機会も増えるでしょうし…… そうすれば、もう少し私に対する愛情の度合いが上がるのでしょうか………… って、じゃなくて! 私は何を考えているのでしょう?! それじゃあ交際する事前提の話みたいじゃないですか?! まだ知り合って何日も経ってないのに……… 。それはまぁ、気になる人なのは確かですが………… いくら何でも性急過ぎますよね?!
「ゔゔゔ~~~~」
枕を抱えながらベッドの上で悶絶する私。ひとしきり転げ回った後、それこそが久しく忘れていた一目惚れと言う感情だった事に気付き、私は愕然とするのでした。
── でも、これって本当に一目惚れ、かしら?
* * * * *
「── はい、ではディナ様。私に続いて詠唱してくださいね」
「はい!」
「「風よ、敵を穿つ弾となれ【ウインドバレット】」」
私の差し出した手のひらに周りの空気が集まり、渦巻く風で出来た空気の塊が生まれます。そして手のひらから放たれたソレは、20メートル先に置かれていた木の板で出来た的に当たり、的は大きな音を立ててバラバラに割れました。
それを見て満足そうなのは、私にマジアを教えているイヴェット・エルウッド先生でございます。昨日は1日中悶々としていましたが、気持ちを切り替えまして、本日はマジアの訓練でございます。まぁ色々と溜まった鬱憤晴らしも兼ねて、でございますが! お陰でいつもよりマジアの威力が増しておりますです、はい。
少し離れてレヴィ様とエミリオ君が見守っていますが、ここは意識しては負けです!
「ディナ様、今日はまたマジアの威力が上がっていますねぇ」
イヴェット先生は感心しきりです。先生はお父様が去年王宮から招いてくれた、【火】【風】【光】と3つの属性が使える宮廷魔導師様なんです! 何でも御先祖にエルフがいたらしく、先生はハーフエルフとしてお生まれになったそうです。
それにしても…… こちらの世界にも居るんですね、エルフ。今まで転生した世界にもエルフは普通にいましたから、違和感とかありませんが…… やっぱりエルフと言えば、弓と魔法が得意な種族だと思うんですが…… あ、あと、ベジタリアンと言うのもありましたね。
もっともイヴェット先生はマジアはお得意ですが弓は触った事すら無く、スイーツとお肉が大好物なのだとか……まぁ生まれた環境に性格嗜好は左右されるんでしょうね、きっと。
「でも本当にディナ様はマジアの才能がお有りですねぇ。しかも飲み込みが早いですし適応力も高いですし…… もう私が教える事がありません」
イヴェット先生は、ほわほわした笑みを浮かべながらそんな事を仰ります。
「本来なら正式に私の弟子になっていただきたいのですが…… そんな事を言ったら公爵様に怒られてしまいますしねぇ………… なので誠に残念ですが諦めます」
ちょっとしょんぼりする先生。見た目私と大差ない分、はっきり言って可愛いです♡ でもまぁ、そこは諦めてください……… 私、基本的には平凡に人生を全うしたいので! 多分、恐らくは無理かも知れませんが!
そんな事をつらつら考えていたら、離れていたレヴィ様とエミリオ君が「もうよろしいのでしょうか?」と言って近付いて来ます。
「はい、今日の教導は終わりましたぁ」
イヴェット先生がほんわりした笑みを崩さず、2人に答えました。そう言えばこの2人のマジアの属性ってなんなのかな? 不意に疑問が頭を擡げます。
「あの、レヴィ様? あなたはどの属性のマジアをお使いになるんですか?」
つい疑問に感じた事をレヴィ様にストレートに聞いてしまいました。
「はい、私は【氷】属性ですね」
レヴィ様の返事を聞いて、へぇーと思いました。確か氷属性は水属性の上位属性になるマジアだと聞いた記憶があったからです。イヴェット先生に確認すると
「その通りです。流石はディナ様、良く覚えてましたねぇ」
と如何にも物欲しそうな目で私を見つめてまいります。そんな目をしても弟子にはなりませんからね!
とりあえず気を取り直してエミリオ君にも聞くと
「私は【土】属性のマジアでございます」
とのお答えでした。なるほど、『攻める』より『守り』に優れた土属性のマジアなら執事を目指すエミリオ君にはピッタリだと思います!
勿論レヴィ様も氷属性だなんて希少な属性だと言うのも、大変お似合いだと思います。
その事を2人に話したら大変喜ばれましたが、何故かお互いを見やる視線がキツい気が致しました── 何ででしょう?
ちなみにイヴェット先生は目がウルウルしていて、まるで子犬みたいな目付き顔付きで私を見つめてきます。ですからそんな顔しても駄目ですよ!
後日、イヴェット先生から『魔法大全』と言う魔導書を手渡されましたが…… これって唾つけですよね? ね、イヴェット先生?
* * * * *
イヴェット先生のマジアの授業の翌日。
「おはようございます、アルムディナ様」
「おはようございます、レヴィ様」
いつもの様に大食堂で家族での朝食を終え、エミリオ君を伴って自室に戻る途中、邸内の警邏巡回中のレヴィ様に会いました。
廊下の向こうから私を見かけると同僚の従士の人に何やら断って、わざわざ早足で私の元に来られたのです! ちょっと嬉しいかも♡
「お部屋にお戻りですか?」
「はい、レヴィ様は?」
私の問い掛けにレヴィ様はニッコリ笑顔で
「私は朝の巡回中でしたが、同僚に断ってこちらに参りました」
いやいや幾ら私の専従の警備役だと言っても、それは不味くないかしら?
「あらあら、それは同僚の方に申し訳ありませんでした。後ほどお詫びを申し上げなくては」
私が少し気不味さを口にすると
「私達は公爵閣下の家臣団です。そして私はアルムディナ様の従士でございます。何ら問題ありませんので御安心ください。それにアルムディナ様のその優しいお言葉だけで、皆喜ぶ事でしょう」
レヴィ様はそう言いますが…… そんなものなのでしょうか? ならあとで従士の皆さん2は笑顔をサービスしましょう! なんたってスマイル0円ですからね♡
ちなみに家臣団とは、上級貴族が持つ事を王様から許されている騎士団の事なんですが、「騎士団」と名乗って良いのは王家直属の騎士団のみだとはセイモン侯爵様から教えてもらいました。本当に貴族ってめんどくさいです……… 。
「ではご同僚の従士の方々によろしくお伝えくださいませね。それと私の事は是非ディナとお呼びください」
「ですがあなたは──」
レヴィ様は公爵閣下の御令嬢と言うつもりでしょうけど── そうは問屋が卸しません!
「でも私の従者のエミリオ君にはディナ様と呼んでもらっていますのよ」
間髪入れない私の台詞に、一瞬表情が固まりましたが直ぐ再起動して
「── では私もディナ様とお呼びさせていただきます」
必殺! 既に呼ばれているので気にしないでください作戦、作戦完了です! うふふっ。
ふと気が付くと、私の後ろに控えているエミリオ君が、レヴィ様をジーッと見つめていましたが── その視線は何やら険しげに見えました。
? 別にレヴィ様が私に不敬な事をしてもいないのに…… どうしたんでしょうか?
「エミリオ君?」
「はい何でしょうか、ディナ様?」
私が声を掛けると、いつも通りの生真面目な返事が返ってきます。
「何かありましたか?」
「── いえ、何もございません」
??── 本当に何なんでしょうか?
とりあえず気にはなりましたが、本人が何でも無いと言っている以上、私には深く突っ込んで聞けません。
私はそのままレヴィ様とお話しをしながら部屋に戻ったのでしたが、エミリオ君に感じた違和感が胸の奥でモヤモヤしていました。
明けて翌日、ジョゼリン先生にそのモヤモヤの事を相談したのですが…………。
「ディナ様。それはエミリオ殿がレヴィ様に嫉妬していらっしゃるのですよ。どうやらエミリオ殿はディナ様に特別な感情をお持ちみたいでございますね」
と、いつも通りの穏おだやかな笑顔で言われたのでした。
え── それってつまり恋愛感情?!




