四話 ケイリス・アル・カルベ
木々の間からは、森の中とは思えないほど明るい光がこぼれている。光が葉の色を透かし、様々なもの色合いを出してるように思える。
――ちょっとしたステンドガラスのようだな。
この例え方、我ながらうまい言い方だ、と自分に少し感心してしまった。
しかし、俺はなんかまぬけなことを言ってるなとじわじわと感じ、つい自分に苦笑いしてしまった。
「ふっ、俺ってば……変なやつ」
そして俺は本来の目的が眼前にいることを改めて確信し、木々枝をはらいのけながら、ついに『そこ』に入った。
入ってすぐ、俺は思わず息を呑んだ。
――なんて、明るい……。
光り輝く一つの木を中心として、木々がそれを半径五、六メートルで囲んでいるきれいなサークル状の空間がそこにはあった。
これは……誰かが意図して作ったものではない。
なぜそう思ったのかはわからないが、人の手が入ったにしてはあまりにも自然すぎる空間だからだと、この空気を肌に直でで感じたからだろう。
しばらく……四、五分もの間、俺は息をすることも忘れるほどただただ、この空気に酔いしれてしまった。
――なんて不思議な空間なのだろう、そしてなんて贅沢な時間だろう。
天国にあるとするならば、きっとここみたいなところなんだろう。
「おや……新しい客人だ」
どこからか、若い男の凜とした声が空気にこだました。
突然のことに俺は我に返りあたりを見回すと、『ひみつの木』のかたわらにに一人の青年がたたずんでいる。
髪はまるで金糸のように輝きなめらか。顔立ちは一流の職人が作った精巧な人形のようだ。
そして見たことがないほどの透き通って、なおかつ深く蒼い瞳……。まるで吸い込まれそうなほどに。
誰だ。こいつは。
「ここに来るのは……初めてではないでしょ? あなた」
「……俺、いや私は前にも一度ここに来たことがあるわ」
自分の一人称を言い間違えるなんて、随分久しぶりだ。突然のことにおれはかなり戸惑っているな。
いや、それ以上に。
この男には、嘘をつけないオーラを感じる。特にあの蒼く、澄み切った瞳には。
「ふふ、警戒させてごめんなさい。別に怪しむようなものではありませんよ」
太陽のような笑顔で青年は俺に会釈し、さらに言葉を続けた。
「私の名は、ケイリス・アル・カルベと言います。ここで出会ったのもなにかの縁……長い付き合いになるかもしれませんし、あなたには私のことをぜひ、ケイと呼んでいただきたい」
「アル、カルベ……!」
俺は驚いた。なぜなら『アル・カルベ』の性はヤマチ王国の主である国王の家系の性、そのものだったからだ。
そういえば、少し前に町で俺と同じ年頃の女友達が噂してたのを思い出した。
現国王の次男か三男かが超絶の美形で、王宮の侍女たちはみんな彼に釘付けだとか。
その友達も『もし出会うことがあれば、私のこの愛用ハンカチに口づけしていただいて、そして使うことなく家宝として飾ることをここに誓うわ!』と俺や他のみんなにひどく興奮して宣言していたっけ。
――カビが生えて匂いそうだから俺は嫌だけど。
ともなれば、俺の前にいるのは雲の上の、またはるか先にいる殿上人。失礼がないように、母さんのマナー講座で教わった『あれ』をするしか、今においてない!
――失礼したら、首が飛ぶ!
俺は殿下に跪き、右手は胸の上に、左手は地面の方に向かって真っ直ぐと伸ばし、最上級の敬意を心と身体に込めて表した。
「け、ケイリス・アル・カルベ殿下! お! お初にお目にかかります。私の名はサナと申し、王家におかれましては常に敬意を持って」
「い、いやサナ殿。ここは王宮でも何でもないんですから、そんな堅苦しいのは大丈夫ですよ。」
「そ、そんなわけには……。ちゃんとやらないと、私の首が」
何だか、必要以上に場違いな対応をしてとても恥ずかしい気持ちと緊張が入り混じって、顔全体が沸騰したように熱い!
そんな顔を殿下には見せられないしで、俺は未だにこの姿勢を変えることができない!
殿下はいま、俺をどんな目で見てるのだろう……。母さんとアンの俺に向ける、あの蛇のような視線をふと思い出した。
そう思うとよけいに体が石みたいに硬くなっていくのをじわじわと感じる。
「では……わかりました。サナよ、その姿勢を解くことを許す。そして、私に敬語などは不要。私とは友と話すかのように会話してほしい。了承していただけるか? サナ」
ケイリス殿下の再び凜とした強い言葉があたりに響いた。
俺の体はその言葉を待ってたと言わんばかりに、一気に緊張がほぐれ、そのまま地面に座り込んでしまった。
予想以上に緊張していたのか、精神的な疲れもドッと来ているがわかる。
そんな様子を見て、ケイリス殿下は木の側から駆け足でこちらに向かってくる。
「さ、サナ?! 大丈夫か?」
「ええ……大丈夫です、王子。ちょっと緊張しちゃって」
「私も失礼した。そうだな……私も初対面の相手と会った時、ものすごく緊張するから、そういう点でサナへの配慮が足りてなかったな。すまない」
ケイリス殿下が、俺に頭を下げている。平民の小娘である、この俺に。
突然の対応で俺は一瞬の間、何が起きたか理解できなかった。しかし、その数秒後何が起きてるのか、頭より体が先に理解し反応した。
「ああああ頭、上げてください! 殿下! 御身は王子、私は町娘! 私が下げるのはともかく、王子が私に頭を下げるのはおやめください!」
俺の全力の叫びにケイリス殿下は驚きの表情をされながらも、ちょっぴり微笑みかけた。
「ふっ……わかった。でもなサナ。俺が頭を上げるのは、お前が私に対して敬語を使わないと約束したときだ。どうだ? 約束できるか?」
不敬かもしれないが、俺はふとこう思った。
――乙女ゲーのセリフみたいなことを言う人いるんだな……。
と。
「うん……約束する」
さっきのセリフで、俺の心のなかで何かがびっくりするほど冷めてしまった。
「よし! 決まりだ、サナ。立てるか?」
ケイリス殿下、いや、ケイは俺より大きな手を差し伸べてくれた。
まだ少し戸惑いながらもその手もつかむと、一気に俺の体がケイに引っ張られた。
起き上がったその余韻で、体が少し前のめりになりながらもなんとか俺は立つことができた。
「……ところで、サナはどうやってこの場所にみつけた?」
ケイは早速俺に問いかけてきた。
正直に言って、説明することはとてもじゃないができない。あの足元に光る目印だったり、それこそ、ここにある『ひみつの木』が不思議に光り輝くように見えることも、俺にしか分からない特別なことだからだ。
どう答えていいか返しに迷っていると、ケイが言葉を続けた。
「『この木』……普通じゃないよね、サナはどう思う?」
ケイのその言葉に、俺は衝撃を隠すことはできなかった。