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冬空に願いを

作者: 水=ようかん

ヒューーーーーー。


夜の街は寒い。


凍てつく風が街に吹き荒れている。


夜の闇が深まるに連れて吹雪も強くなるようだ。


遥かかなたでの街灯が見える。


雪にかき消されて辺りを薄ぼんやりと照らす。


辺り一面真っ白で視界はほとんどない。


闇夜の雪に世界の全て飲み込まれてしまったようだ。




・・・・





そんな中


その吹雪が収まるのを待つかのように


街の裏路地の片隅に一人座りこむ者がいた。



その者は鮮やかな赤いフードを被っている。


ただ、転んだのだろうか?


フードは破れ、服も汚らしい。




フードの隙間から長いお下げをした髪の毛が見える。


少女のようだ。


歳は4,5歳だろうか。


近くに親らしい人物はいない。


たった一人。


雪の中に座っている。


階段のような凹凸のすぐ横に。


寒さから身を隠す体を丸めている。


随分長い間、同じ場所座っていたのだろう。


少女を避けるように周りには雪が積もっている。







ただ、完璧に雪風を防げるわけではない


身を切り裂くように容赦なく吹雪が襲い掛かる。




ビューーーーーーー。




風と共にフードに雪が舞い込む。


少女は寒さから身を守る様に


ギュっと。


一層強く体を小さくする。





・・・





「ゴーン」


不意に遠くでどこかの教会の鐘がなった。







「ゴーン」





「ゴーン」





深夜を知らせる合図なのだろうか


重たい音なのに不思議と街に響く。





「ゴーン」




「ゴーン」




「ゴーン」



少女は黙って聞いていたが


吹雪の音にかき消されるようにしながら


やがて鐘の音は聞えた。







『今は一体何時なのかしら。』


少女かじかむ手を握りしめる。





鐘の音が収まると静寂が訪れた。


吹雪の音も聞こえない。


時間が経つのを刻一刻と待つ少女にはつらい時間だ。


時折吐く息が白くフードから漏れる。







『吹雪がおさまったのかしら?』


ボロボロのフードの下から目を上げる、


辺りは異様な静けさに包まれていた。


気づけば先程の風は収まっていた。


月明りが心地よい。


降り積もった雪は銀白の輝きを放っていた









パッ





後ろから灯りが付く。


ふと振り返ると


そこにドアがあった。


ドアの両横にはモダンなランプがあり、


ボウッと


辺りの空間を照らしている。


そのドアのあるレンガ造りの建物の窓からは、


暖かそうな明るい光がこぼれる。


建物の上の方の看板には


『流星のパン屋』


と書かれていた。


確かに香ばしくておいしそうな匂いがする。



グーーーー。



少女が慌てておなかを見る。



グーーーーー。



おなかが鳴る。


少女は手で抑えてみたが止めることはできない。




チリンッ


チリンッ


前方でベルが鳴った音がした。


お腹に手を当てたまま、


眩しそうにを顔をあげる。




そこに一人の男が立っていた。


男の顔は店中の灯りが染み出て


逆行となりわからない。


小柄な少女からしてみたらとても大きな人影だ。


「おいで」


優しい声がした。


男が少女に手を差し伸べて言う。


少女もつられて男の手を握りそうになったが


はっと、


伸び掛けた手を素早く抑え、


両手を後ろにやる。


そのまま後ろで左右の手を組んだ。



男はゆっくり手を戻すと


「開けておくからね」



そう言ってそのまま振り返ると


男は薄いオレンジ色の店の中へと消えていった。


コツ


コツ


コツ


・コツ・・・


段々と男の足音は小さくなり、やがて消えた。




・・・




それからしばらくして



開け放れたままの大きなドアの前で


少女がゆっくりと、


ドア淵を両手で握り占めるようにしながら


恐る恐る店の中を覗き込む。





温かい。



それもそのはず、


今まで数日あてもなく街をうろつきまわっていたのだ。


指先から頭のてっぺんまで暖かさでじんじんとするようだった。



いつの間にか少女の体は店の中へと吸い込まれていった。






そこには、


「パン」が置かれていた。


ただし、


クリームパンだとか、メロンパンだとかは置かれていない。


()()()()()()()()()()()()だ。


それがところせまし店中にずらり並べている。


まるで夜空から流星が落ちてきて、きちんと整列しているかのような光景だった。


焼きたてなのだろう。


温かい香りが体を包む。





周りを見渡したが先程の男はいない。



キラッ


店の奥から何かが光った。


少女が目をやると


どうやら、窓から何か光がでているようだった。



『何だろう?』


少女は足音をたてないように


そーーと、


忍び込むように中へと踏み入れる。


「よいしょっ」


背伸びをして。


窓枠にぶら下がる様に窓を覗き見た。





そこには満点の星空が広がっていた。


大小様々な星が光輝く。


まるで自分が天の川にいるようだった。


だが、星空など見えるはずはない。


少女にしては果てしなく高い建物が軒を連ねていたはずだ。



まして、


今日は吹雪だ空に星などみえるはずがない。





いつの間にか近くにあった窓際の椅子を


小さな体で引き寄せる


吸い込まれるように少女は椅子にの上に登り、


両膝を付いて窓を眺める。



満点の星空の下には


街の灯りが灯っているようだ。


眩しすぎる程の灯りが見える。


さながら、


自分が天空から地上を見下ろしたかのような、


そんな気分にさせられる。



そんな、上下幾つもの柔らかな灯りを見て


少女からそっと涙が零れ落ちた。


少女の悲しそうな顔がガラスに映っている。





・・・




「お母さん」


思わず声が出る。


少女から漏れた小さな吐息で


窓の景色が揺らめいた。


少女はゴシッゴシと目をこする。





そしてもう一度


窓を覗くと、


満点の読空と街の灯りは消えていた。




そこには、


初めてのお母さんとの異国での旅行の景色が写されていた。



場面が次々と変わる。


幸せな気持ちで初めて見る景色や商品に心が躍った場面


母親と何ともない会話で笑いあっている場面


「出店で食べたお菓子がおいしかったっけ・・」






・・・


「キャーーーーー」


突如、誰かの声が響く。


暴漢だろうか


乱暴そうな男が母親から少女を奪い取る。


少女も必死に抵抗していたが敵うはずがない。


そのまま連れ去られた場面が映し出さた。


母親や少女の身なりはとても良い。


身代金の金目当てだったのだろう。



・・・



気づけば窓の景色は、


走馬灯のように先程よりも素早く変わっていった。


男は少女を脇に抱えながら橋の前に差し掛かる。


そこで少女が隙を見て思いっきり


ガブリと


暴漢にかみつく。


暴漢は驚いて強引に手を振り払う。



払った手は少女に当たり、

そのまま少女だけ橋から川に落ちてしまう。



ザパンッ


水しぶきがあがる。


小さい体を必死に動かしたが、周りの水が重くまとわりついてくる。


段々と光は消え暗くなっていた。


息が苦しい。


苦しい



そのまま、暗い闇の中へと沈んでいった。





眺めているだけでもつらい記憶だった。



さっと


また場面が移り変わる


川のそばの岸辺の場面へと窓ガラスが変わる。


気が付けば、見知らぬ岸辺に流れ着いていた。


服が重い。


水を吸ってドロドロに汚れてしまった体を何とか立て直す。




・・・





それからは散々だった


あてもなく街歩き続ける。


見知らぬ街でどこか目的地などあるはずもない。


ズル


ズル


ズルズル


寒さで足の感覚はなくなり、


手も擦り切れてボロボロだった。



・・・



数日が経った。


ご飯も何も食べることなく少女は彷徨い歩く。


どこかの家から楽しそうな声が聞こえてくる。


必死で涙を堪えながら。


足を動かした。


母親に会うために。


もう一度心から笑えるように・・・




バタッツ



少女は路地裏で倒れてしまう。


「動け、お願い少しでいいから動いて」


自分を鼓舞するように叫ぶ


「何もいらないから、お母さんに会うだけでいいから」


「お願い。・・・動いてよ!!」


寒さで割れた口から必死に声に出す。


それでも動けない。


動けない悔しさで涙が溢れ出る


もう・・


だめかもしれない・・・。


暗がりの路地で沈んでいった景色が浮かび上がる。







・・・



深い暗闇をパン屋の窓は映し出す。


『つらい。』


気づけば少女は窓から目をそむけ


下を俯いていた。


ポタッポタッ


涙がパン屋の床を濡らす。


思わず手を握り締めて


窓枠に力をいれて押し付ける



何度も何度も頭の中で母親を呼ぶ。



『どこにいるの?』


『どこ・・』


『・・どこなの?』


『私はここよ・・・』


もう一度、もう一度だけでいいから・・・


体から力が抜けていく


もうなにも・・考えられない・・・・




・・・




ポンッ



誰かに肩を叩かれた。


気が付くと、


後ろにパン屋がいた。


はっとして


思わず身を小さくする。





「パンのご準備ができました。」


ゆっくりと深く話し出した。



何故だろう?


見ず知らずの他人なのに懐かしさを感じる。




「こちらをどうぞ。」



スッと


星の形に包装されたパンを少女へ差し出す。


思わず男からパンを受け取る少女。




少女には大きすぎるくらいの星パンだ。


温かさが伝わってくる。



欲しい・・・


凄く。


でも、


「私、お金持ってない。」


パンを見つめながら呟く。



そしてきっぱりと


意を決するように、


男にパンを差し返して答える。


「いりません。」



男は差し出されたパンを黙って見つめていたが


優しく笑うと、


少女と同じ目線になるくらいになるまで屈んで言う。




「お代金は結構です。すでにあなたから大切なものを頂いております。」




そう言って手で少女に光る涙をそっと救いあげる。


拭いあげた男の手にキラキラと涙が光っていた。




「あなたに流星のような幸せな時間を・・・」



男がそういったかと思うと、突然温かい風が吹き荒れる。


女の子がさっと目を閉じる。


辺りが光とともに渦巻くような感じがした。



ビュオーーーーー



目を閉じるさなか


温かい光の中を男がそっと。


優しく手を振るような仕草をしているのを見た気がした。



ヒューーーーー



ーー




音が段々と消えていく。


少女はゆっくり目をあける。


そこには、あの男はいなかった。


パン屋も跡形もなく消えていた。



「夢だったのかしら?」


と思ったが


手にはあの温かいパンがあった。


まだ、温かいぬくもりが伝わってくる。


驚いたことに手の傷どころか

体の傷や衣服の汚れもなくなっている。




女の子があたりを見渡す。


見たこともない橋の上にいた。


すでに夜は明けたようだった。



どこかの教会の鐘がなる。


ゴーン。


ゴーン。


ゴーン。


不思議な金の音が鳴り響く。


ゴーン、


ゴーン、


ゴーン。


鐘の音と響きあうように、


川面がキラキラと朝日で光り輝いている。


先程まで雪が降っていたのだろうか、


その名残のように2,3欠片の雪が舞い降りている。


川の遠くでは数羽の水鳥が飛び立ち、


朝が来たことを告げるように街へと飛び立っていく。




・・・・




少女が自分がいるのとは反対側の橋の片隅を見つめる


これから仕事へ向かう通行人だろうか、


傘をもった大人が少女の方へと橋を歩いてくる。



そのまま何気なく見ていたが、


ふと通行人が女の子に気付いた。




ポサッ




側通行人の傘が雪に落ちる音がする。


通行人は女性だった。


少女の瞳のそばに一欠けらの雪が舞い降りる。



二人は一瞬、


黙って見つめ合っていた。



「・・・シエル?」



女性の言葉で突如静寂は破られた。



「お母さん!」



シエルと呼ばれた少女が、


全力で橋の上の雪を蹴って、


先ほど「シエル」と呼んだ母親の元へと一目散に走る。






そして、


二人はしっかりと抱き合った。


「あーーシエル!シエル!」


母親が少女の名前を呼ぶ。


「シエルなのね!?」


「お母さん!!」


二人は確認するかのように顔を寄せ合う


両者の頬をから涙が流れる。


その涙は途切れることなく、


いつまでも伝っていった・・・





・・・



そのあと、二人は暫く抱き合ったていたが


暫くして仲良く手をつなぎながら歩きだした。



「でもどうして?・・・ここにいたの?」


母親が尋ねる


「あれだけ探しても見つからなかったのに」



少女から


「フフッ」


と思わず声が出る


涙とともに満面の笑みを浮かべながら答える。




「それはね・・・」















・・・


雲の隙間から朝日が街へと降り注ぐ、


二人の人影が帰路につくのが見えた。


その足跡の上をシンシンと雪が優しく降り積もる。


雪が降り積もっても、


しっかりと踏みしめた足跡が消えることはないだろう。






どこからか、一陣の風が吹き荒れる。


風に混じってかすかに声がするようだ。




「またのご来店を」



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― 新着の感想 ―
[一言] 母娘再会できて良かった! 星型のパン、食べてみたいですね。
2022/01/20 17:18 退会済み
管理
[良い点] 面白かったです。 無事に再会できてよかったですね
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