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ワンフォーアース

作者: 山木 拓


 ワンフォーオール・オールフォーワン。この言葉は素晴らしいと思う。一人が全員のために尽くし、全員が一人のために尽くす。チームや組織でみんながこのような考え方を持てれば、運営は潤滑に進んでいくだろう。まぁ、これを他人に強いたりすると腹立たしく思うのだが。大切なのは、自分から『自分が今いるこの場所のために何ができるのか?』を自主的に考えて行動する事である。

 私は学生時代部活には入っていたし、大学ではゼミに所属していたし、今は会社で働いている。だからこそ周りにいる人間にはきちんと礼節をもって、できる限りの気遣いをして、役割分担を引き受け、仕事をしてきた。それをきちんと出来たのは、その相手が周りにいたから。視界に存在し、お互いを認知していたから。

 だからこそ、この状況を非常に悩ましく感じている。ただの、何気ない日常の一瞬を。


 私は今、スーパーで牛乳を買おうとしている。毎朝飲んでいるので定期的にここに来て同じ牛乳を購入している。いつも通り、陳列された1リットルのパックを一つ取り上げようと手を伸ばした瞬間、気づいた。丁度手にとろうとしていたそれが他のものより賞味期限が一日短いのだ。この事実は私を非常に悩ませた。

 昨今の世界では、人口増加に伴う食料不足が問題となっている。これに対し、世界的に食品を廃棄するのはなるべく少なくしていこうという動きが高まっている。これは政府や企業、飲食店のみならず個人の消費者一人一人に呼びかけられているのだ。そしてニュース番組や店内放送で何度か耳にするのが『陳列されている商品を奥から取ろうとするのではなく手前の期限が近いものから購入していってください』等の案内。私は今まで最低限の食事分しか購入しないタイプだったので殆ど賞味期限を気にせずそして腐らせることなく食べ切ってきた。しかし、だ。このような話を聞かされて以来、逆にこれらの日付を気にするようになってしまったのだ。


 賞味期限が短い牛乳パックはその一本のみ。これがもし前面に陳列されたほとんどが一日短ければ気にならなかったし、短いのにも気づかずにそのまま購入してしまっただろう。あるいはそれに気づいたとしても、何も気にせず購入しただろう。しかし今回は、この一本のみ。そうなってくるとこの牛乳への印象が変わってしまう。途端に貧乏クジが具現化された物体に見えてきたのだ。有名な実験で、二匹の猿のうち一匹はきゅうりを、もう一匹にはぶどうを与えると、きゅうりを受け取っていた個体は与えている人間に不満を訴えたのだ。つまりは他人と比較して自分だけ扱いが悪かったりするのが嫌だったのだ。私の状況はまさにそれである。なぜ私だけこの賞味期限の短い牛乳を購入しなければならないのだ。

 しかも、私は手に取ろうとしていた牛乳の賞味期限が一日短いと気づいてしまったこと自体もタチが悪い。先ほどの猿の実験のミソは、お互い餌を受け取っている状態が見えている点だ。私の場合も、期限が短いのにも気づかないで購入していたならば今のように何も悩みはしないが、私がこれを購入すると、他の人たちは一日長い牛乳を持っていくだろう。私には、より良いものを受け取る猿の姿が見えているのだ。一日賞味期限が短い牛乳を手に取るだけなのに、途端にそれが不満に感じてしまう。


 だったら他の牛乳を持っていけばいいだけなのだが、そうなると私のワンフォーオール・オールフォーワンの精神はどこかに行ってしまう。この局面で身勝手な行動に出るのは、私自身の行動として違和感を感じてしまう。結局のところ私は周りにいる人間しか助けれらない浅ましい人間という判定が下ってしまう。


 周りの人間は、私の葛藤に気も留めずに一日長い牛乳を購入していく。みんなは、この一日短い牛乳の存在に気づいているのだろうか。


 今のこの状況を考えていると、ワンフォーオールの部分に疑問を持つようになってしまう。一人がみんなのために動くと言えば聞こえはいいかもしれなが、言い換えれば誰かが嫌な役割を持たなければならないという意味にも聞こえてくる。きつい肉体労働の建設業だったり、臭い下水道関連の仕事だったり、辛いコールセンター業務だったり、嫌な仕事かもしれないが、誰かが請けなければならない。そして関係のない皆からすれば、それらの存在をはっきりと認知せず、その努力を理解せずに生きているのだ。

 私は、公務員として気楽に生きている。だったら今この瞬間ぐらいは嫌な役割を持とう、そう思った。地球のみんなの食料問題のために動こう。ワンフォーオールならぬワンフォーアースである。私は賞味期限が一日短い牛乳を手に取った。


 その瞬間、声が聞こえてきた。

「その行為、そして心の葛藤、勝手ながら観察させて頂きました。素晴らしい精神性の持ち主ですね」

「貴方は誰ですか?」

 振り返ると、誰もいなかった。というよりみんなの動きが止まり、まるで時間が止まっているかのようだ。

「私は、食料問題を解決するためにこの地球に降りてきた神です。貴方に、ある力を授けましょう。これは貴方にしか出来ない仕事です」

 えらくピンポイントな役割を持つ神で、かなり胡散臭く感じたのだが、一通り話を聞いてみるようにした。

「貴方に授ける力は、地球の食料問題を解決します」

「まさか、人間を殺して消費量を減らせなんて言うんですか」

「そんな物騒な真似はしません。もっと効率の良い方法を取ります。

 生物濃縮という用語をご存知ですか? これは食物連鎖の過程の中で、上位の生物に捕食されてくたびに物質が体内に蓄積されていく現象を指す用語です。この濃縮される事実と同じように、食物連鎖の上位の生物を食べるのは、下位の生物を大量に食べているのと同等の事が起きています。たとえば人間がマグロ一匹を食べたとします。そしてこのマグロが50キロとして、マグロが50キロに成長するまでにはアジやエビを600キロほど食べているとします。こう考えると、人間がマグロ一匹を食べるのと、アジやエビを600キロ食べているのは、ほぼ同じなのです。その差は550キロ。逆に人間がなるべくマグロではなくアジやエビを食べるようにするだけで、食べられる食料は単純計算で12倍も増えるのです。

 ということは、人間はなるべく食物連鎖の上の方の生物を食べない方がいいわけですね。そんなわけで貴方に授ける能力は、牛乳1リットル飲みきるたびに世界のどこかのマグロ漁船を自動で爆破するというものです」


 当然、話は断った。ワンフォーオールをやり続けていると、あのようにつけあがった馬鹿が次から次へと面倒事を押し付けてくる。あんな役目、他の人にやらせておけ。



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