魔道具工房オーナー(ハンサム)初登場の回
「そろりそろり」って書くともうチョコプラのあの感じでしか脳内再生できない身体になってしまった(本文中の当該表現は修正しました)
目を覚ますと木目の天井があった。
いい色をした天井だなあ、と思っていると視界を遮るようにストロベリーブロンドの頭がにょきっと出てきた。アルメリアだ。
「起きたね、無事?」
「……ああ、うん」
仕事はなくなったし、意識を失って倒れたけどね。
死んでいないという意味では無事だ。
湾田は先ほど倒れたのとは違う部屋にいるようだった。
ベッドに寝かされている。病院にあるようなものではなく、誰か個人が使うような木製のベッドだ。
「これは」
「君が使っていい部屋だよ。さっき許可とったんだ」
さっき、というのはアルメリアが部屋を出て階段を下りていったときだろう。
許可というのは、一体誰に。
「私は出入りしてるだけで、アトリエのオーナーは別にいるからさ」
「そうなのか」
「うん」
使っていいというのはどういうことだろうか、と湾田は思っていたが、それを訊かなかった。
アルメリアも頷いたきり押し黙ったので、しばらく二人は沈黙した。
「あのさ」
アルメリアが口を開いた。
「暇になろうよって言っただろう?」
湾田が倒れる前のことだ。アルメリアは仁王立ちをして得意げにそう言った。
「ここで少し過ごしたらいいと思うんだ」
「なんで?」
「やることなくて暇になるから」
湾田は眉を吊り上げた。
眺望のいい部屋で何もしないで暇するだけ? そんな上手い話があってたまるか。
「対価は」
「え?」
「俺みたいなまともに活動出来ないおっさんをここに住まわせる理由を訊いてるんだ。ただで済むわけないんだろ?」
「剣呑な物言いをするね」
「条件や前提はきっちり確認したい性質なんだ。言っておくが実験台はごめんだぞ」
「はは、しないよそんなこと。宇宙人でもあるまいし」
宇宙人だと認識した相手にはやるのか、というか宇宙人という概念はあるのか、と湾田は思った。
アルメリアは少し考えてから言った。
「じゃあ、もう少し元気になったら降りてきてよ。手伝ってほしいことがある……もっとも、手伝えればの話だけどね」
そう言い残してアルメリアは部屋から出ていった。扉が閉じられて、部屋には湾田が取り残された。
――手伝えればの話だけどね、って何を手伝わせるつもりなんだ。
湾田は身体をゆっくり起こす。頭痛は治まったようだった。
大きく伸びをすると、湾田は改めて見回した。
ベッドの脇には小さなテーブルと椅子。使い込まれた色の床板。くすみがかった壁際には、洋服ダンス。この部屋にも窓がある。この窓は海と反対側のようで、白い街並みの向こうに小高い丘と森が見えた。青い空。
「のどかだなあ」
湾田はそろりとベッドから足を下ろして立ち上がった。
自分がどれくらいベッドに寝かされていたのか分からないが、思ったよりも身体が軽かった。
元気になったことだし、階下へ行ってみるか。
湾田は扉を開けて廊下に出た。廊下は柵がついていて、その向こうは一階から吹き抜けになっているようだった。
ゆっくりと廊下を階段のほうへ向かう。途中で扉のない部屋の前を通る。ちらりと見やると、最初に到着したあの部屋のようだった。大きな作業机が陣取っているこの部屋は、アトリエと呼ばれるこの場所の、要でもある作業部屋なのだろう。
湾田は一瞬、アルメリアがこの作業机に向かって一生懸命作業する様子を思い浮かべたが、なんだかしっくりこなかった。アルメリアの着ている袖のひらひらして、ごてごてと飾りの多い服は図画工作のような作業には不向きそうだし。
じゃあ、オーナーと呼ばれる別の誰かがここで作業する職人なのか?
考えながら階段を下っていると、階下からバタバタ走り回る足音と、アルメリアと男の声がした。
「アル! 座りなさい!」
「やだ、私悪くないもん!」
「あんなに駄目だって言った対人魔法使っておいて何言ってるんだ!」
「でも床を引きずるわけにいかないでしょ!」
「俺が帰ってくるまで何故待たないかねえ!?」
男の節回しがちょっと独特である。多分、この男がオーナーなのだろう。
「で、使ったのは浮遊術だけ?」
アルメリアはこくんと頷いたようだった。
アルメリアの言い分をまとめると、床を引きずるわけにいかないので浮遊術を使ったということか。
つまり床に倒れた後、覚束ない意識でアルメリアに背負われていると思っていたあのとき、アルメリアは浮遊術で湾田の身体を浮かべて運んでいたのだ。
どうりでふわふわするはずだ。
階段の陰に隠れるようにして会話を聞いていた湾田は、一階へ進み出た。
「あの……」
湾田の控えめな声かけに男が振り向いた。
わー、ハンサム。こいつ元気なハンサムだ。
ブルネットの髪をして眉間に皺を寄せた真面目そうなハンサムは、湾田を見ると眉間の皺を消して心配そうに寄ってきた。
「ああ、具合はもういいんですか?」
「えーと、慢性的に駄目なんですけど今はタイミングよく調子いいようです」
ハンサムは怪訝な顔をする。
「……アル、使ったのは浮遊術だけなんだよな?」
「ううううん……?」
アルメリアは肯定とも否定ともとれる絶妙なニュアンスでそう答える。
「怒らないから正直なこと言ってよ。回復魔法使ったの?」
「……浄化魔法を少し。でも本当に少しだよ!」
「怒らないって言った手前何も言えないんだけど、そうか……浄化魔法か、そっかあ……」
「あの、その、対人魔法ってそんなにヤバい代物なんですか?」
再び眉間に皺が寄ってしまったハンサムは目を閉じて額をごりごりと指の関節で揉みながら言う。
「浮遊術と浄化魔法程度なら基本的に人体に害はないよ。もっとも、こちらの世界に住んでいる人間の場合だけどね」
「えっ」
付け加えられた前提条件を聞いて湾田は不安になる。
確かにアルメリアやハンサムと湾田は、見た目は同じ人間だが住んでいる環境も前提もまったく異なるのだ。
「大丈夫だって! 動物にも植物にも同じ効果が出るんだから異世界人だけ駄目ってことないよ。心臓の位置が違ったりするわけじゃあるまいし!」
アルメリアが笑い飛ばしながら言った。
湾田はおそるおそる確認する。
「……心臓、左側に一つだよな?」
「えっ、右側に縦に並んで二つだけど」
「えっ?」
「嘘だよ! 血は緑色だけどね」
「え」
「やめなさいよ。切れば赤い血が出るでしょ」
ハンサムが窘めても、アルメリアは愉快そうに笑っていた。
この魔女、食えないやつである。
アルメリアと対照的に、ハンサムのほうは真面目な顔をして「問題はそこじゃない」とぶつぶつ言っていた。
次でハンサムの名前と、湾田のこの世界でのお仕事の話が出てきます。
筆が乗ってくると会話で脱線する傾向にあるので(今回の心臓の位置とかほんとどうでもいいやつだった)思ったより序章が長いです。
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