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湾田、パニックでぶっ倒れる回

みなさんはどういうときに疲労を感じますか。

僕は映画を集中して見れなくなった時です。

「海だ」


湾田は窓の外を見つめたまま言った。

誰に言ったともとれない湾田の呟きに、アルメリアが答える。


「うん、海だよ」


太陽の暖かい光が差し込む窓の向こうには、なだらかな丘に沿った街並みと穏やかな海が広がっていた。

ここは魔法連合王国ナイクラバス南東部、レンバル州の魔道具工房(アトリエ)『白鳩』だと、アルメリアは言った。


「……いや、駄目だ飲み込めない」


美しい街並みから目をそらすと湾田は頭を抱えた。


「何をそんなに悩んでいるの?」

「だってさっきから知らないことと有り得ないことのオンパレードだ。なんだよ、魔法連合王国って。連合王国自体グレートブリテン以外聞いたことねえよ。だいたいどういうシステムで俺の家の本棚とこの……アトリエ? が繋がってるんだよ。あとその格好はコスプレじゃないのか? さっきもしかして魔法の呪文とか唱えました?」


湾田はアルメリアに向かってまくしたてた。勢いに圧されたアルメリアはきょとんとして、しばらく思案したのちに


「えっと、コスプレって何?」


とだけ言った。


湾田はがっくりと肩を落とした。

コスプレじゃないのかと問いただしたのはもののついでというか、おまけの部分だ。本当に返事が欲しかったのはそこじゃないし、かといってコスプレとは何かを解説する気にはなれなかった。


「ねえ、君」


アルメリアは俯いた湾田を覗き込むようにして、目を見ながら言った。


「知らないことなんて、これから知っていけばいいでしょ」


湾田より頭一つ小さいアルメリアの、澄んだ声で響く正論に湾田は素直に頷くことができない。


「知りたくないんだよ」

「どうして?」

「……新しいことを知る暇なんてないんだ」


もしかしたらその声は震えていたかもしれない。言いながら、どうしようもない虚しさを覚えていたからだ。


どこにいたって、知らないことのほうが多い。

知ればいいだけとは言うけれど、知ることには時間だけではなく知力ひいては体力も使う。

身体が歳を食って衰えれば衰えるほど、人間は新しいことを受け付けなくなる。

それが一般論だし、湾田も例外ではない、と湾田自身が思っていた。

それは下請けSEとしてまあまあ致命的なことであった。それを分かっているから、湾田は虚しかったのだ。


――あんなに新しい技術や情報を調べて覚えて、使えるようになるのが楽しかったはずなのに。


「そっかあ」


なんとも間延びしたアルメリアの相槌が、天井の高いアトリエに響いた。

湾田を覗き込んでいたアルメリアは「うーん」と言いながら、湾田から離れた。そしてそのまま部屋をうろうろすると、コツコツと足音を鳴らしてどこかへ行ってしまった。

アルメリアの足音からすると、どこかに階段があるようだ。それを下ったところでアルメリアの足音は聞こえなくなった。


――え、鬱気味のおじさんを取り残してどっか行ったの?????

湾田が険しい顔つきで困惑したまま立ち尽くしていると、勢いよく階段を駆け上がってアルメリアが戻ってきた。


「分かった!」


湾田の真ん前に来ると、腰に手を当てて仁王立ちした。

ひらひら袖に手の込んだ刺繍の黒装束を着た美少女であるところのアルメリアは、腰に手を当てて仁王立ちをして湾田に言い放った。


「君、暇になろう!!!!!」

「え?」

「君が新しいことを知りたくないのは君が暇に見えて、実は暇ではないからだ。そうだね?」


唐突に承認を求められて湾田は狼狽えた。


「ど、どうなんだろうなそれは、そもそも――」

「君、疲れてるんだろ?」


明日雨が降るんだろ? と同じような気軽さのアルメリアに、湾田は自分の弱みや目をそらしている部分に軽率に踏み込まれた気がした。

そして苦労を知らなさそうな、整ってつるりとした顔のアルメリアに、湾田は思わず皮肉を返す。


「へえ、初対面のわりに随分わかったようなことを言うね」

「初対面でも分かるくらい君の顔色が悪いって話をしてるんだけど?」


直球で言い返されるとぐうの音も出ない。確かに顔色はずっと悪い。

なんせ身体を起こしただけで頭痛を起こすのだ。

あれ、そういえば――


「俺、具合悪いんだった……」

「あ、ちょっと、まっ」


湾田はその場に倒れ込んだ。自分の現状を思い出したら眩暈がして、立っているのが限界になったのだ。


「……ここで倒れられると面倒なんだよなあ」


アルメリアのぼやきが遠くに聞こえる。

なんでこんな虚弱なおっさんを連れてきたんだろう……と思いながら湾田は意識を手放した。


なんだか、ふわふわする。

足元がおぼつかないのに、不思議と前に前に進んでいるような。

薄らいだ意識の中、湾田がかすかに瞼を開けると、アルメリアの背中が見えた。


――そうか、俺は自分より小柄で若い女の子に背負われてるのか。情けないなあ。

背負われているのだとしたらアルメリアの背中の温度や自分を抱えているはずの腕の感触がしないのはおかしい、ということに気付かないまま、湾田は再び目を閉じた。


ちょこまか更新なのでなかなか話が進まないですが、

今書いているところはプロローグなのであと2~3回で終わって、本編の魔道具修繕異世界ライフに入っていく予定です。


続き期待しているぞい、という方はよろしければ評価やブクマをポチ―としていただけると大変励みになります。

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