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【現実】魔法少女がやってきた回

薄給独身SEの部屋、人が出入り出来そうな家具があまりにもない件について。

※最初ベッドの下から出てくるっていうのを考えたんですが完全にホラーだったので却下。

湾田は部屋中をうろうろしながら、特に上のほうに視線を彷徨わせていた。

それは明らかに人一人の体重がぶら下がっても平気かつ、ロープや紐を引っかけて結ぶことができる場所を探す視線であった。


無意識の行動だった。

湾田は精神的に追い込まれていた。湾田自身がそれに気付いていなかったことで、数か月かけて実に悪化していた。

やがて湾田は確信したように、廊下に繋がる扉の上部を両手で掴んだ。

そして、ゆっくりと両足を床から離す。


それは懸垂と呼ばれる姿であった。

――何やってんだろう、俺。


首吊りに耐え得る場所を探し、テストのためにぶら下がってみているうちに湾田は我に返った。

SEたるもの、どんな時でもテストを欠かさない姿勢が彼の命を寸でのところで救ったのである。


湾田がここで死ねば孤独死だ。死体が腐って異臭を放つまで誰にも発見されない。

そうとなれば多方に迷惑をかける。異臭騒ぎで近隣が騒ぎになるし、特殊清掃代がかかるし、この部屋が事故物件になってしまう。


ただ死ぬだけでもままならないもんだな、と湾田は扉にぶら下がったまま静かに考えていた。

一通り現実について思いを巡らせ、冷静になった湾田が足を下ろそうとした、そのとき。


ガサガサと大きめの生き物が動く音が、扉付きの書棚の中から響いた。

湾田は思わずぶら下がっていた状態から手を離したが、驚いた拍子に着地に失敗してその場に座り込んでしまった。


書棚は湾田お気に入りの映画やドラマのパッケージをコレクションする棚で、人が通れるくらいの幅に、子どもの身長くらいの高さがある。絶対に埃をかぶせたくないという湾田の強いこだわりで扉がついており、普段は閉め切ってある。

その大きめの書棚の中から、明らかに気配がする。

気配に集中しようとするあまり、湾田は息を止めて完全に固まっていた。


やがて――


バァン! と書棚の扉が弾け飛ぶ勢いで開き、中から人が意気揚々と出てきた。


「ひっ」


書棚の扉の開いた衝撃で湾田はようやく声を出した。

その声に反応したのか、書棚から出てきた人間が湾田のほうへ振り向いた。


明るいストロベリーブロンドの、肩まで伸びた髪が最初に目に入った。

それからチョコレート色の大きな瞳に、整った顔立ちでつるりとした白い頬。

袖が広がってふわりとした黒い装束は手が込んでいる。ワンピースのような形だが、同じような黒い膝丈のズボンを合わせている。その裾とハイソックスの間から白い膝が覗いていた。

頭の上にはちょこんと黒い三角帽が何かの冗談みたいに乗っかっている。

駄目押しで、手には指揮棒ほどの長さの木の枝を持っている。あれは恐らく杖だろう。

つまり、どこからどうみても魔法使いのいでたちをした美少女がそこには立っていた。


「君、どうしてそんなところに座ってるの?」


魔法少女が口を開いた。澄んでいて芯のある、少年のような声だった。

湾田は廊下の出入り口の床に座り込んだままだった。はっとして立ち上がる。

魔法少女のほうはどうしてと訊ねてはみたものの、真剣に回答が欲しかったわけではないらしく、既に湾田から視線を外してしげしげと狭い1Kの部屋中を眺めていた。


「光がいっぱいだ」


部屋の照明、それから時計やスマートフォンの液晶画面を眺めながら、魔法少女は独り言を言った。

湾田は徐々に落ち着きを取り戻して、魔法少女が飛び出してきた書棚の無事が気になり始めていた。

何故か満足げな笑みを浮かべている魔法少女は、まだ独り言を続けていた。


「これが魔術じゃないっていうんだから、素晴らしいな」

「俺のコレクションは」

「はい?」


これが湾田と魔法少女との初めての会話となった。


「君がいつからそこに隠れていたのか知らない。強盗でもないようだから通報は一旦待ってやる。その本棚には」

「隠れてなんかいないよ」

「話を最後まで聞けよ。君が扉をぶち破った棚は俺が大事にしている映画がしまってあったんだ。たくさんね」

「うん。え、どうしてそんなに怒ってるの?」

「聞いてたか? 君がそこから飛び出したことで俺の大好きな映画たちが、」

「棚の中にあった長方形の平べったいブロックみたいなものなら全部無事だよ? ほら」


魔法少女が書棚の脇に避けた。

壊れてしまった扉の奥は、まるで何事もなかったかのように湾田お気に入りの映画セレクションが静かに棚板に並んで眠っていた。


「……え?」

野蛮な魔族(バーバラス・マギ)って言ったってそれなりに礼節は守るよ。扉だけは上手く開けられなくて……ごめん」


魔法少女のしょぼくれっぷりに、湾田は「いや、それはいいんだ」と口にしていた。

そのせいで聞きなれない単語がちょいちょい混ざっていることに疑問を覚えつつ、訊くタイミングを完全に逃していた。


「ところで、君の名前は?」


美少女が言った。

お前こそ名乗れよ、と喉元まで出かかったのに、何故か湾田は素直に答えていた。


「わ、湾田です、けど……」

「ワンダ? へえ、私もワンダっていうんだ」


美少女は面白いと言わんばかりにニタリと笑った。


「私はアルメリア・ワンダ。君に用事があってここに来た」

前回で待たせてしまうと座りが悪いなと思ったのでここまで更新しちゃいました。

お察しの通り、無駄な会話の多さを好む作者です。

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