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【現実】会社をクビになった回

体力に自信がないからデスクワーク職を選んだんだけど、結局時間で人を売る仕事である以上体力勝負に変わりなかったよね。

不当評価されていると思わないから復讐はしない。

誰かが失敗しようがざまあとも思わない。

あるがままに、ただ流されるままに生きているだけだったのに。


謎の体調不良で仕事を休みがちになって既に二か月が経過していた。


『湾田さんさあ、こっちももうずいぶん待ったわけ』


胃からこみ上げるものを我慢して、這いつくばるようにして、やっと人事からの電話を取れば不必要な暴言のオンパレードだった。通話記録晒せば絶対に向こうが負ける。社会的に負ける。

問題は今の湾田にはベッドに転がったまま「すみません、すみません、はい……」と答える体力しかないってことだ。


若い頃から体力だけが取り柄だった。

有給残数の保持数だけが、誰にも抜かれたことのないたった一つの社内記録。

何があっても朝九時に客先のデスクに就いて、誰よりも長い時間働く。

四次請け五次請けの案件しか取れない会社に所属する下請け派遣SEにとっての最重要スキルだ。


それが、ある日身体を起こせなくなった。

実に十数年ぶりに会社に病欠の連絡をして、それからはあれよあれよと状況が悪化し、現在に至る。


『もしもーし、聞いてます? 湾田さん』

「きいてます、すみません……」

『このままだと月末でさよならなんだけどさあ、どうする?』

「どうする、って何をですか」

『自己都合で退職する?』

「え?」

『いや、こっちとしてはどちらでもいいんだよね。解雇でも自主退職でも。でもさあ、湾田さんにとっては違うでしょ? 自主退職にしといたほうが予後がいいっていうか、履歴書に解雇って書かなきゃいけなくなるわけじゃん。ただでさえ湾田さん年齢的に転職とか難しいだろうに、そこに解雇ってさ――ブツッ

「余計なお世話だ」


通話の切れたスマホに向かって湾田は低く唸った。

真面目に話を聞いた自分が馬鹿だった。クビに変わりない。どうにでもすればいい。

そもそも年齢的に転職が難しいと言い出すあたり、人事スタッフは湾田の年齢が分かっているはずである。どうして経歴も年齢も下の人事スタッフが湾田にため口をきいてくるのかも理解できなかった。

湾田はため息を吐いてベッドに仰向けに寝転がった。


湾田古太郎、ワンダフル太郎といじられて数十年。

天涯孤独のSEから天涯孤独の無職(貯金なし)にジョブチェンジだ。

実際に無職予告がなされた現在、湾田は自身の感情が無であることに静かに驚いていた。

もっと不当な評価や理不尽な処遇に怒りや復讐心が湧くものだと思っていたのだが、凪いだように無であった。


湾田は片手に握ったスマホをいじり、SNSを開く。


『【悲報】無職決定』


送信ボタンを押した直後、湾田の目に飛び込んだネットニュースのタイトルは。


『こんな人が居たら要注意! あなたのやる気を阻害するおじさんSEの特徴』


湾田は深く考えず指の動きに流されるままに記事をタップして開いた。

記事で要注意とされるおじさんSEというのは、びっくりするくらい湾田のことだった。


――インターネットまで俺に冷たいなんて。

と、思ったが意識の低いIT業界従事者にインターネットが冷たいのは今に始まったことではない。

インターネット。それは地獄、それは弱肉強食の世界。嘘を嘘と見抜けない人間に乗りこなすことは難しいはずだったが、あらゆる意味で嘘の技術が高度になりすぎた世界。


『大丈夫?』


個別メッセージが来た。付き合いの長い友人だ。


『大丈夫』


何もだいじょばないのだが、そう答える気力がなかった。大丈夫か訊かれたら大丈夫と反射的に答えることしか今の湾田には出来ない。


『うちで持ってる案件とか紹介するから、生活やばそうならすぐ連絡して』


それは涙が出るほど有難い提案だった。

ただし、湾田がすぐにでも働くことのできる健康体であればの話だ。

今の湾田はとにかく吐き気と胃痛、不眠に過眠、起き上がれば謎の頭痛に苛まれるといった具合で到底労働など無理な話なのである。


労働は出来ない。貯金はない。頼れる親族もない。

生活が破綻するのはすぐ近い未来の話だった。

湾田はスマホを手放した。


そのまま眠って数時間が経過したようだった。

目覚めると真夜中。起きた途端に気分が悪い。

それでも喉の渇きを覚え、湾田は一歩ごとにため息を吐きながらずるずると引きずるように歩き、台所へ向かうと水を汲んで勢いよく飲み干した。

急激に首や頭を動かしたせいで頭痛がひどくなり、湾田は呻きながらその場にうずくまる。


どうしてこんなことになってしまったのか。

湾田は曲がりなりにも勤勉な人間なので、症状が出始めた頃にあらゆる病院へかかっていた。どこへ行っても原因不明とされ、「疲れてるんですかねえ」「ストレスでしょうかね」とうすぼんやり言われては睡眠薬やら漢方やらを処方されるだけだった。

この状態が既に二か月以上続いているのである。


――これはもう無理だな。無理なやつだ。


湾田は静かに立ち上がった。

次の話で異世界からお迎えが来ます。


謎の体調不良で会社を懲戒解雇寸前になった休職中のSEが執筆していますので、

まったりと更新をお待ちいただけると有難いです。

時間はかかりますが、必ず完結させることをお約束いたします。

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