7
卒業パーティーを二週間後に控えた晴天の午後。わたくしエメライン・エラ・アークライトは、かつてないピンチに陥っております。
どうしてかしら。何故バレてしまったのか。
密かに計画を立て、一時的なものですが、正式な招待の名のもとにわたくしは大手を振って国を出られるはず、でした。大義名分を得た、完璧な作戦だったはずですのに。
目の前には、これ以上吊り上げようのない鋭い目をわたくしに向けているお父様と、不憫な子を見るような憐憫の視線を向けるお兄様、そして、王子様然と穏やかな笑みを浮かべていらっしゃる王太子殿下……目、目が、目が笑っておられませんわ! 恐ろしい!
「さて。もう一度問うよ。半月後に開かれるラステーリア国皇太子の婚約者選定の夜会に、エメライン、貴女が参加するというのはどういうことだろうか?」
「しょ、招待状を、頂きましたので」
「貴女は私の婚約者のはずだが。そもそも卒業パーティーの翌日に開かれる隣国の夜会に、貴女はどうやって間に合うつもりでいるんだ? ラステーリア帝都まで片道三日はかかると知らないはずはないだろう?」
い、言えませんわ。卒業パーティーのエスコートは、きっとわたくしではなくカトリーナ様に違いないと確信しているなんて、お父様やお兄様がいらっしゃるこの場ではとても言えません。
お優しい殿下ならばきっとわたくしが恥をかかないよう取り計らってくださるでしょうけれど、殿下のお側に控えている義務がないのならば、卒業パーティーに出席する意味もまたないのです。ならばご招待頂けた夜会に参加するという名目で、今一度魔工学をこの目で見てみたいと思ったのです。そして願わくば、そのまま遊学が叶えば、などと、出過ぎた夢を見てしまいました。
卒業パーティーの頃には婚約も解消されているはずだと思い、夜会の招待に応じる旨を手紙に認めていた、まさにその段階でバレてしまうとは露程も思わず……。
お父様から雷が落とされたのは言うまでもなく、お小言など滅多におっしゃらないお兄様でさえ窘める始末。そして、偶然我が家へ居合わせた殿下から直接尋問されているのが、現在の状況です。
おいでになるなんて、わたくし聞いていないのだけど……。一応まだ婚約者のはずなのに、来訪を知らされていなかったのは納得いきませんわ。文句を言える立場ではありませんけれど!
「エメライン。確かに王宮にもラステーリア皇太子の夜会の件は連絡が来ている。だが公爵の報告がなければ、私の婚約者である貴女個人に、王家を通さず招待状を出していたとは気づかなかっただろう。この夜会がただの夜会ではないことはわかっているね? かの皇太子の婚約者を決める場でもある。そんな場所に貴女が赴く意味を考えてくれ。王太子妃になる者が、王家を通さず招かれた場へ、王太子である私に相談もなく赴く意味を」
ええ、よくわかっておりますわ。ヴェスタース王家に恥をかかせるだけでなく、国際問題になりますもの。でも、それは変わらずわたくしが殿下の婚約者としてお側に居れば、と注釈がつきますけれど。
時期尚早だとわかってはいたのですが、つい溢れる好奇心に抗えず……。
「貴女はヴェスタース王家に嫁ぐ身だ。それをよく考えてほしい」
殿下はどうしてわたくしをそこまで繋ぎ止めようとなさるのかしら。カトリーナ様への想いを秘めたまま、幸福な未来を諦めてまで。
確かに王族に嫁ぐには爵位が足りませんけれど、真実愛し合っておられるのならば、上級貴族家へ養子縁組なされば解決する問題ですわ。王妃教育だって以前申し上げましたとおり、カトリーナ様に頑張って頂けば何とかなると思いますの。きっと愛があれば乗り越えられない試練ではないはずです。
そう何度も提言させて頂いておりますのに、殿下は頑として首を縦に振ってくださらない。共に聞いておられたフランクリン様とグリフィス様も反対なさいますし、わたくしが必死になればなるほど殿下の瞳からハイライトが失せ、お二人は同情を禁じ得ないとばかりに気遣わしげな視線を殿下へ注いでおられました。あれはいったい何だったのでしょう?
「エメライン。貴女の卒業パーティー用に作らせているドレスと装飾品を身に纏って、当日は私のエスコートを受けてほしい。だから、ラステーリア皇太子の夜会には行かせない。いいね?」
有無を言わさぬ雰囲気で、殿下が念を押してこられます。
「それから、ラステーリアには王家から抗議しておいた。私を介さないとは舐めた真似をしてくれる。公爵、よくぞ報せてくれた」
「娘の教育がなっておりませんでした。申し訳ございません。――エメライン。きちんと殿下にお応えしなさい」
お、お父様の目力が凄い。普段から厳しい方ではありますけれど、ここまでお怒りなのは初めてですわ。お父様が厳しい分、お兄様が甘やかしてくださっていたのだけれど、今回はさすがにお兄様も味方になってはくださらないご様子です。
「エメライン」
お父様の、おどろおどろしい声に肩がふるりと震えてしまいます。そんなに睨まないでくださいまし!
「……はい。申し訳ありませんでした。ラステーリアの夜会には参りません」
「私の用意したドレスを着て、私のエスコートで卒業パーティーに出席するんだね?」
「はい」
「うん。ならばいい。ああ、それからもう一つ。ラステーリア皇太子とのやり取りには必ず公爵を仲介するように」
「え?」
「公爵。届く手紙を改めて、公爵が問題ないと判断した場合のみエメラインに手渡すように」
「心得てございます」
「え?」
先帝陛下の妹姫であるお婆様の縁で今回お声掛け頂いただけで、皇太子殿下から一度もお手紙を頂いたことなどないのですが……? どういうこと?
「ではエメライン。明日また学園で」
颯爽と立ち去っていく殿下をお見送りしながら、わたくしの頭は大量の疑問符が飛び交っておりました。
◆◆◆
「ふう……」
一人きりの車内で、ついつい溜め息が溢れる。
アークライト公爵邸を訪ねたのは偶然じゃない。近頃のエメラインの様子はどこか不自然で、学園で見かけるたびにそわそわと落ち着かないように見えた。何かあると踏んだ私は急遽午後の予定をすべてキャンセルして、エメラインの実父、アークライト公爵に面会を取り付けた。王宮勤務の彼と合流し、正嫡のジャスパー殿を加えて直ぐ様アークライト邸へ赴いた。エメラインの専属侍女から現在彼女は手紙を執筆している最中だと聞いた公爵が、娘の部屋といえどノックもなしに突然押し入り、現行犯で特大の雷を落とした。
可愛らしい悲鳴が屋敷中に響いたのは言うまでもない。
……いかんな。あの顔と声は癖になりそうだ。
しかし、本当にギリギリのタイミングだったな。己の直感力に感謝したい。夜会に参加すると返事を出されていたら大変なことになっていた。
常識的でありながら、たまに突飛なことをするのがエメラインだと、長い付き合いで熟知していた甲斐があったというものだ。
さて。舞台は整った。
あとは微調整していくだけ。
最後まで気は抜けないが、一番気掛かりだったエメラインの出国は阻止できた。不穏な芽は摘んでおくにかぎる。
ああ、エメライン。
二週間後、ようやく貴女にすべてを告げられる喜びを、きっと貴女は知る由もないだろう。
私の婚約者となったあの日から、貴女はずっと私だけのレディだった。だから。
そろそろ諦めて、私の腕の中に堕ちておいで。