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アルベリート王国王弟殿下ご夫妻の、ご来訪二日目である本日のご予定は、先王陛下の廟所ご供花の後に、王立魔法薬学研究所へご訪問、複合文化施設であるアルベリート・ファシリティのレセプションにご臨席となります。
明日は王都近くを流れる大河の可動堰ご視察と、王立植物園をご訪問され、四日目は王立学園のご訪問、夜は舞踏会が開かれます。
王立学園は言わずもがな、ユリエル様とわたくしの母校です。と申しますより、本国の貴族であれば皆等しく母校になるのですけれど。
五日目はハスレット劇団観劇後、アルベリート王国へ向けて出航される――と、要約しますと、ご滞在五日間のスケジュールはこのようになります。
さて、本日の午前のご予定であるご供花ですが、ユリエル様とわたくしも、両陛下の名代として廟所を展墓致します。その後のご予定にユリエル様はご同行されますが、わたくしは王太子宮へ戻ります。
ご視察やご訪問はユリエル様と外廷の方々の領分ですから、奥向き担当のわたくしが随行できますのは、最終日の観劇だけです。
観劇のあと出航まで時間が空きますが、いずれかを訪問するなど予定に捻じ込むには時間が足りませんので、一度迎賓館にお戻りいただいて、ご休憩のち港へ移動、という工程にはなっております。ユリエル様から王弟殿下へお話が通っていれば、その空き時間に妃殿下をわたくしの部屋へお招きして、お話をさせていただけるかもしれません。
随伴しないわたくしが妃殿下とお会いできますのは、本日の展墓と四日目の舞踏会、そして最終日の観劇だけです。
妃殿下の御心次第ですが、きちんと対面して言葉を交わせる最初で最後の機会――ささやかなお茶会ではありますが、受けてくださると嬉しいですわ。
そんなことを思いながら、ユリエル様のエスコートで王太子殿下専用の純白の馬車に誘われます。
ええ、学園の卒業パーティーの日に一度同乗させていただけた、白馬の四頭立ての、あの馬車です。
金のエンブレムと装飾が映える豪奢な馬車は、改めて見ましても美しいの一言に尽きます。本日は白い軍服を着用なさっているユリエル様に、とても似合っておいでです。
一般的に廟所へ参る礼装としては避けるべき軍服ですが、先王陛下は何よりも武を重んじた方でしたので、ユリエル様は敬意を表し、必ず正装で参られます。正帽に正衣、軍袴、手套、靴などはすべて白なので、陽の光に照らされているお姿は神々しくさえ感じます。
神聖で神秘的、そして禁欲的でありながら、相反するように唯一詰襟から覗くすっきりと伸びた首筋の、発するお声に合わせて上下する喉仏の官能的な色香――そんなはしたないことを思うようになるなんて、以前のわたくしが知ったら卒倒するのではないかしら……。
ユリエル様の麗しい軍服姿を大変好ましく思っていると、鈍いと言われるわたくしでもさすがに自覚しているのですが、これがキティの言っていたフェチというものなのかもしれませんわ。
はしたないと分かりつつうっとりと見つめておりますと、カーディナルレッドの天鵞絨の座席に腰掛けたユリエル様が、わたくしの腰を抱き寄せながら仰いました。
「エメライン。エクリシエス殿下から色よい返事を頂戴したよ」
「まあ! 嬉しいですわ」
ご滞在最終日に妃殿下とお話できる許可はいただけましたのね!
あとは妃殿下ご自身の可否だけですわ。
ユリエル様の過剰気味なスキンシップに慣れつつある驚愕の事実はとりあえず横に置きまして、わたくしは掌を合わせて上機嫌に微笑みます。
「本日中に話を通してくださるそうだ」
「ありがたいですわ。ユリエル様が王弟殿下へお話しくださったおかげです。ありがとう存じます」
「滅多に自己主張しない貴女のお願いだからね、この程度お安い御用だよ。でも二人きりで本当に大丈夫? 彼女の態度はあのまま変わらないか、もしくは王族の目がないことで、より一層悪態をつくかもしれないよ?」
そのお言葉だけで、ユリエル様が妃殿下をよく思われていないことがわかります。
友好国であるアルベリート王国へお輿入れされた方なのです。妃殿下の御心に寄り添い、可能な限り理解を深めたいとわたくしは思うのです。こちらが誤解したまま、お見送りすべきではないと。
禍根は残すべきじゃない。後々両国にとって良い結果を招かない可能性があるなら、お帰りになる前に絡まった糸を解して差し上げたい。
それをわたくしならばできるなどと、大それたことを思っているわけではありませんが、少なくとも妃殿下の御心に影を落としているものがわたくしの何かであるならば、やはりこのままでいいとは思えないのです。
「ユリエル様。きっとわたくしは我儘なのですわ」
「我儘? 貴女が?」
言葉にされずともあり得ないと思ってくださっているとわかる、怪訝な面持ちで仰います。
「はい。烏滸がましくも御心を理解したいなどとは、わたくしの思い上がった勝手な言い分です。対話さえ妃殿下はお望みではないかもしれませんし、ユリエル様から王弟殿下へ打診されれば、強制でなくとも妃殿下にその申し出を断ることは難しくなります。わかっていて受けるしかない状況を作ったわたくしは、やはり我儘なのでしょう」
「随分と心優しい我儘だね」
それを我儘だと称するのは貴女くらいじゃないかな――と、ユリエル様が息を漏らすように小さく笑われます。
「メル・デイン聖王国関連で今回が特例だっただけで、転移門を使えない彼女が今後我が国を訪れる機会はほぼないだろう。たとえ誤解があったのだとしても、それは自重しなかった彼女の責任だし、使者にあるまじき態度を咎めるのも、叱責するのも改めさせるのもエクリシエス殿下の役目であって、エメラインの仕事じゃない。貴女に問題があったのなら話は別だけど、そうじゃないからね。私は放っておくのが一番だと思っているが――それでも話してみたい?」
こくりと頷けば、ユリエル様は仕方ないとばかりに苦笑されました。
やはり我儘を申しておりますわよね。ごめんなさい。
「わかった。すでにエクリシエス殿下に話を通しているし、今更本気で反対したりはしないよ。ただ、監視はつけさせてほしい。彼女の言動如何によっては、エクリシエス殿下に抗議することになる。友好国であるからこそ尚更、ヴェスタース王家として看過できない」
仰るとおりです。
親善を深めるための訪問で、友好関係で成り立っている相手国に敵愾心を向けたとあっては本末転倒です。
それをはっきりさせようと、立てなくてもいい波風をわざわざ立てようというのですから、やはりわたくしは我儘なのですわ。




