【書籍化記念&御礼】バレンタイン 前編
大っっっ変長らくお待たせ致しました!! 誠に申し訳ございません……!!
言い訳が許されるならば、去年の夏にコロナに罹ってから、後遺症なのか体調不良がずっと続いていて、なかなか執筆できませんでした。現在は両腕が痛くて困っています。
さてさて。ここからが本題です。
拙作が、講談社様にて書籍化されることになりました! コミカライズも決定しております!
わぁぁぁぁ、うわぁぁぁぁぁぁぁ、信じられない奇跡がぁぁぁぁぁ……!
書籍は三月刊行ですが、発売日は今月の28日になるのかな???
書籍化記念&御礼ということでSSを書くつもりが、ちょっとした短編ほどに長くなってしまったので三分割して投稿しようと思います。過ぎてしまいましたが、内容はバレンタインです。
楽しんでいただけたら幸いです。
書影は後書きに載せますね♪
「バレンタインデー、ですか?」
「はい!」
帳面を胸に抱えたキティが、キラキラと瞳を輝かせて首肯します。あまりの勢いにぱちくりと瞬いたわたくしは、持っていたティーカップをソーサーに戻しました。
頂いていた紅茶を一旦卓上に置くことで、続きを話しても良いと許可されたことを察した様子です。ジュリアの教育の賜物ですわね。キティのメイドとしてのスキルアップが著しくて、贔屓目は良くないと思いつつ、つい頬が緩んでしまいます。
「あっちの世界では、バレンタインデーに好きな人へチョコレートを贈るんです。他にもお世話になった人への義理チョコとか、自分のご褒美チョコとか、仲のいい同性の友人同士でチョコレートを交換し合う友チョコとか、お菓子業界の商法にまんまと引っ掛かっている自覚がありつつも、やっぱり買っちゃうんですよね! いろんなフレーバーがあったり、宝石みたいに艶と輝きが美しかったり、パフ入りとかお酒のジュレが入ってたりとか。パッケージやブリキ缶がすっごくお洒落だし、レトロ調が特に人気で、全種類踏破したくて散財するところまでがセットで一年かけてバレンタイン貯金したり!」
「まあ。とても中毒性がありそうです。バレンタインデーとは恐ろしい催しのようですね」
ふんすと鼻を膨らませて、怒涛の勢いで一気に語る熱量に少々驚いてしまいました。
散財するまでがセットということは、誘導や洗脳の類いなのではないかしら。それが見過ごされ、蔓延しているなど信じられません。キティのいた世界は、なんて過酷な場所だったのでしょう。
ですが、貯蓄して対策を練り、臨んでいた点は高く評価できます。ボーダーラインを設け、その範囲内で無茶をする。それならば破産は回避できます。
「あはは、確かに。中毒性ありますね」
ある種の興奮状態で買い求めずにはいられないのだとしたら、鎮静効果のある魔導具を会場や店舗に設置するなり、何か安全対策を講じなければ危険です。言い争いや小競り合い、さらには強奪からの刃傷沙汰、殺人にまで及べば、ただの買い物では当然済みません。
これが我が国で起きた事件であると仮定しますと、とても恐ろしい裏事情が浮上致しますわね。
経済混乱を狙って引き起こされた事態であるならば、反王家派閥の攪乱か、もしくは他国の内乱誘発の可能性も考えられます。由々しき問題ですわ。
そう呟きましたら、キティがきゅっと口をすぼめました。
「物騒。発想が物騒すぎます、エメライン様。バレンタインはそんな殺伐としたものじゃないです。貰う側も贈る側も幸せになれるイベントですから」
「そうなのですか? 散財することが前提のように思えましたが」
「そこは個人の見解の相違だと思います。私みたいにそれありきでお金貯めて買いあさる人間もいれば、自分のご褒美チョコしか買わないとかルールを決めて、予算内で収める人もいますから」
「なるほど。計画的ですのね」
「はい。楽しみ方は人それぞれってだけですね」
どうやらわたくしの早とちりのようです。経済破綻や崩壊と無縁であるならば、これは逆に市場経済が潤いますわね。
需要と供給が増えれば、流通も効率よく機能します。付加価値をつけた商品の多様性はキティのように消費者の購買意欲を高め、さらに売り手の競争原理が働きます。工夫や開発、高品質な生産など、どうやらバレンタインとは経済の発展に繋がる素晴らしい催しのようです。これは是非ともユリエル様にご報告せねば!
ですが、公平性を欠くと暴動や犯罪なども生み出してしまう恐れがありますので、そこはきちんとあらゆるケースを検討してデメリットを減らさなくてはなりませんわ。ああでも、市場開拓に協力してくださる商会はあるかしら。
耳慣れないイベント企画で、既存のチョコレート商品に多様な付加価値をつけて販売する――利益を出さなければならないのですから、簡単ではありません。チョコレートそのものをアレンジしたり、新たに開発したりと、コストもかかります。そもそも馴染みのないイベントで集客できる保証はありません。それらのリスクを承諾してご参加くださいとは言えませんわ。それも含めてユリエル様にご相談ですわね。
「それよりも、です。エメライン様」
沈潜するわたくしの意識を引き戻すように、キティが抱えていた帳面を卓上に開きます。つられて見下ろした頁には、様々なチョコレートがスケッチされていました。ブラウニーやマフィン、ガトーショコラなども描画されています。どれも美味しそうで、画力の高さが伺えます。
「まあ! とってもお上手! 素晴らしい才能ですわ!」
「ふえ!? あ、ありがとうございます……っっ」
昔取った杵柄で、と真っ赤になったキティがしどろもどろに答えます。昔とは、恐らく前世のお話でしょう。絵師だったのかしら。
「趣味でよく二次創作描いてて、ネット投稿とか、コミケに出したりとか、好みの絵師さんと物々交換したり、コスプレイヤーさんたちとコラボ企画立てたりとか。細かな部分は覚えてないんですけど、ぼんやりとそれだけはなんか頭に残ってるというか、手が覚えてたっていうか」
あ、また難解な言葉がたくさん出てきました。とても楽しそうだという雰囲気は伝わりましたよ、キティ。
「――と、そんな話はどうでもよくて。これです、エメライン様」
キティが指差したのは、球体のチョコレートです。その下に書かれている文字を音読します。
「生チョコトリュフ?」
「はい! 他のチョコレートは見かけたことがあるんですけど、これは見たことがなくて。こっちでは存在しないんでしょうか?」
「そうですね……わたくしは見聞きしたことがありません。ジュリアはどうかしら?」
「わたくしも寡聞にして存じ上げません」
「そうよね。王宮で出されたこともないし、実家でもないわ」
「ええ~……そんなぁ……」
がっくりと肩を落とすキティの眉尻が、へにょりと下がります。可愛らしいわ。
「そんなに美味しいのですか?」
「それはもう! 頬っぺた蕩けちゃいます!」
「まあ。そんなに?」
そこまで力説するほどの物なのね。興味が湧いてきました。
「作り方は知っているの、キティ?」
「ちょっと自信ないです……けど、たぶん何回か失敗込みでやれば思い出す、かも……?」
「では料理長に頼んでみましょう。優秀な彼のことですから、きっと再現してくださることでしょう」
「いいんですか!?」




