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お待たせしましたm(_ _)m
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少し修正しました。
あれからわたくしは、お父様経由でお婆様からお預かりした、曾祖母様が遺された手記の解読に取り掛かりました。時間の許す限り、という制限は付きますが、公務の合間の休憩など、隙間時間を利用して調べておりました。
夜、執務からお戻りになったユリエル様に、父から受け取った遺品のご報告と現物をお見せしましたが、ユリエル様でもまったく読み解けませんでした。
わたくしが嗜んだ古語や消滅言語はかじった程度の浅識ですので、見落としの可能性は十分あります。
拙い知識で判断など愚の骨頂。ということで、幼い頃から通い慣れている、王宮の大書庫室へ足を運んだのは翌日からです。
様々な文字言語の文献と照らし合わせて、僅かでも符合するものはないかと幾日も調べましたが、どれも空振りに終わりました。
一種の符牒のようなものかしら、とも考えました。ラステーリア帝国固有のものであったり、魔工学の精通者にのみ伝わる暗号の可能性など。しかし、お婆様にも帝国人にも読めなかったというのですから、符牒の線はまずあり得ないでしょう。
手記の至る所に貼られている、お婆様の筆跡で添書されている付箋には、様々な視点から読み解こうとした痕跡が見て取れます。
魔工学に精通しておられた曾祖母様に薫陶を受けたお婆様でさえ解けなかったものが、その道の学のないわたくしなどに読み解けるものかしら――と弱気になったのは、大書庫室に通って二週間経った頃でした。
ひと文字も成り立ちを推測できないことで焦りが出たのだと気づけたのは、ユリエル様に「未知の言語へ踏み込んだのだから、時間がかかるのも困難であるのも仕方のないことだ」と諭されたおかげです。
今すぐ解読せねばならない訳ではありません。
学ぶことはいつからでも、またいつまでも出来る貴重で尊いものです。その機会を与えられている現状は何て幸せなのだろうと、わたくしはようやく気づくことが出来ました。
やはりユリエル様は素晴らしい御方です。
ユリエル様のお言葉で、わたくしの狭く濁っていた視野は開けました。新緑に彩られた湖畔に吹く風のような、柔らかく爽やかな心地が致します。
今わたくしがすべき事は、王妃様にお任せいただけた、公賓であるアルベリート王国王弟殿下ご夫妻の歓待です。十分過ぎる以上の気配りを心掛けなくてはなりません。夢見て優先順位を間違えるなど、王太子妃候補失格ですわ。ついつい溜め息が漏れてしまいます。
自室で手記と睨めっこしていたわたくしは、開いたままエンドテーブルに放置して執務席へ移動しました。休憩は終わりです。
いくつかの通達不備で、歓待経費が想定していた予算額を少し越えてしまいました。これはわたくしの失態です。
広げたままにしていた見積書と請求書を見比べ、今度はこちらと睨めっこします。
接遇費用は国費から支払われますので、民間に価格交渉など出来ません。大幅に不足した場合は、爵位に合わせて貴族家から寄付を募ることになります。
王家に恩を売ることが出来るので、上級貴族家は挙って大金を寄付します。あくまで善意ですが、発言権の強化には繋がってしまいます。ですから、国賓や公賓の招聘接遇には予算額の中で調整出来ねばなりません。
今のところまだ差額は小さいですが、最悪寄付金を募った場合、真っ先に大金を支払うのは恐らく軍事を掌握するハウリンド公爵家でしょう。
王家のためにも、カトリーナ様のためにも、これ以上の失敗は許されません。
接遇に関して、公賓の宿泊と午餐会は無事ご準備出来ています。輸入品の寝具はまだ届いておりませんが、夜衣は無事搬入しておりますし、食材の確保も万全です。
後は友好親善関係の増進を図る歓迎行事ですが、こちらは外廷の所掌ですのでユリエル様が責任者として担当されます。ユリエル様のお話では、観劇を予定されているそうです。
当然のことながら貸し切りとなりますし、随行者を含めての移動、警備など、奥向きが務めであるわたくしなどよりユリエル様のご負担は大きいものでしょう。
毎日遅くまで執務室に籠られていらっしゃいます。お疲れでしょうから、少しでも癒やして差し上げられればよいのですが……。
随行員の宿泊もわたくしの担当ですので、こちらも不備なく進めています。
アレルギー体質であったり、妃殿下のように特殊な接遇が必要な方は随行員の中にはいらっしゃらないようなので、王弟殿下ご夫妻が午餐会にご出席されている間にお食事を済ませられるよう、準備は完了しています。
料理人の臨時増員も、経歴詐称など問題がないか徹底的に審査して合格した方々を採用しています。
並行して、メイドや従僕の教育も行っています。
状況を見極め即座に行動できる、そんな高度な接遇スキルを、侍女や侍従が講演者として講演会を開き、彼らに指導しているのです。メイドや従僕たちは別途セミナーを開き、受けた教えの反復練習や意見交換などを積極的に行っていると耳にしました。
意欲的に自発行動が取れることは高評価に値します。皆様の向上心に助けられていますわ。
わたくしももっと努力しなければ! と、触発され意気込んでおりますと、侍女がユリエル様の訪れを伝えました。
「まあ。こんな時間帯に?」
先ほど休憩を兼ねて軽食を頂いたばかりですので、まだ正午を過ぎて然程時間経過していないと思いますが……。
お昼を召し上がる時間もないとお聞きしておりましたのに、何かあったのでしょうか。
心配になってお出迎えしようと席を立つと、直ぐ様入室されたユリエル様が颯爽と現れました。
「ユリエル様」
「ああ、挨拶はいい。食事は済んだか?」
「はい。軽食ですが、頂きました。ユリエル様はお食べになれたのですか?」
「私も軽食だが、一応は腹に入れているから心配いらないよ」
それよりも、と心配のあまり眉尻の下がったわたくしの眉に触れながら、ユリエル様は微笑んでお話されます。
何かしら? 随分とご機嫌でいらっしゃるわ。
「数日前にダニング嬢から手紙が届いていただろう?」
「はい。逓信院から回された、正式なお手紙でした」
「くくっ。普段の彼女からは想像できない行動だよね。まあ入れ知恵したのが誰なのかは予想がつくけど」
例えば血のように赤い目をした騎士とか――具体的な続く言葉には、分かりやすいほどに面白がっている気色が窺えます。
「直接私に送るとダニング男爵家やハウリンド公爵家に口実を与えてしまうからと、エメライン宛で貴女経由で私の手に渡るよう小細工をしていた。ダニング嬢が希望した面会に私が指定した日が今日だった訳だけど、どうせ小細工するならエメラインの部屋で面会しようと思ってね」
「まあ。なるほど。ではわたくしも臨席させて頂けますのね」
「寧ろ貴女にも同席願いたい。急な申し出ですまないが、もうそろそろ着く頃だ。構わないだろうか」
「勿論です。準備させますわ」
目配せするまでもなく、目礼したジュリアを筆頭に侍女やメイドたちが慌ただしく準備を始めます。
執務席の書面は手早くまとめられ、鍵付きの引き出しに直されました。
そうね、国へ招聘した他国の王族に関する書面ですから、目に付くような場所に放置しておくわけにはいきません。
「ダニング嬢と共に訪れる近衛騎士を紹介したい。エメラインが幼い頃からずっと貴女を守ってきた男だ。今まで一度も姿を見せていないからエメラインは初対面となるが、彼は貴女の成長を一番近くで見守ってきた。会ってやってほしい」
「わたくしを、ずっと……? それは大変な任務でしたでしょう。分かりました。是非ご挨拶させてくださいませ」
どんな方かしら、とほんのり温かくなった胸に手を当てて思いを馳せておりますと、エンドテーブルに置きっ放しにしていた曾祖母様の手記をユリエル様が手にされました。
「また解読の続きをしていたの? 頑張るエメラインも素敵だけど、無理だけはしないでね。休憩時間はきちんと休んで欲しい」
「はい。ユリエル様のお言葉に従います」
ゆっくりでいいのだと、急ぐ必要はないと気づいたばかりなので、心配して下さるユリエル様に感謝して微笑みました。
「ダニング男爵令嬢がいらっしゃいました」
「お通しして」
通されたカトリーナ様が、わたくしの姿を認めてパッと笑みを浮かべられました。本当に愛らしい方です。
ふと、その後ろから続いて入られた近衛騎士に目が釘付けになりました。
―――――血のように赤い目をした騎士。では、この方が。
彼もわたくしと視線が合いますと、僅かばかり瞠目しました。直ぐ様はにかむように目礼して、その場に跪きます。
「―――――エメライン様……」
感無量とばかりに声が震えておられます。つられてわたくしもふるりと肩が震えます。
この美丈夫な方が、ずっとわたくしをお守りくださっていたのね。
卒業パーティーで知った、幾度も差し向けられていたという暗殺者。その事実を狙われた本人が一切認識していなかったのも、すべてこの方が水面下で阻止してくださっていたから、なのですね。
今日のわたくしがあるのは貴方のおかげです。感謝してもしきれませんわ。
御礼を申し上げようと一歩踏み出した、露の間。
カトリーナ様が発したお言葉で、わたくしの意識は一瞬でそちらに向いてしまいました。
「……………えっ。え!? なんで!? 日本語!?」
企画に参加しておりました。
『ウチのメイドは色々とおかしい。』総文字数2万以内の、全14話完結済みです。
構想から執筆、脱稿まで5日間の超特急執筆でした。
ラブコメになっております。
よろしければ読んでみてくださいネ〜(๑•̀ㅂ•́)و✧




